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上海レクイエム・1

 *この物語はフィクションです。登場する人物名、地名、施設名等は現実のものとは一切関係ありません。

 上海レクイエム

 プロローグ

 撃ったのはショージだった。
 取り引き交渉に使ったホテルの地下駐車場、突然物陰から飛び出した男はまっすぐにユンに向かっていった。他の者などいないかの如く、わき目もふらず。
 男は手にナイフを握っていたが、ショージに撃たれた瞬間、それは手から滑り落ちた。カチン、と冷たい音を立てて。ズドンズドン。ショージがもう二発撃ったのは、男が尚もユンに向かって歩を進めたからだ。撃たれた右胸から血を滴らせながら、空っぽになった手をこぶしの形に握りしめて。
 ショージの撃った弾丸は、三発とも男の体に吸い込まれた。撃たれた男は、余力でそれでも二~三歩前に進み、不意に糸の切れた操り人形のように前のめりに倒れた。倒れた男の右手の先が、ユンの靴のつま先に当たる。ユンはその一部始終を、微動だにせず見守っていた。
「ジンチャー(警察官)?」
 銃声を聞きつけて飛んできた取り引き相手(中国系マフィアだ。取り引き内容は、特に大したことのない武器類の売買だった)に、そうではないというしるしに首を横に振るユンの隣で、シオウがそっとつぶやいた。
「いや、こいつは違う」
 ぴくりとも動かなくなった男を注視したまま、ユンは自分の記憶を探る。男は若く、その顔(と言っても、うつぶせに倒れているので、横顔しか見えなかったが)には見覚えがあった。
「……こいつ、リュウジですよ」
 しゃがみこんで男の顔をのぞきこんでいたショージが、いち早く記憶の中からその名をすくいあげ、おどろきの声を上げる。
「リュウジ。……『二竜会(にりゅうかい)』のリュウジか?」
 ユンがショージに向かって確認するのを聞き、シオウは目を丸くした。
「二竜会!? 何故いまさら、二竜会が襲いかかってくるんだ?……あの話は、すっかりカタがついたはずだ」
 と、シオウが目を丸くするのも無理はない。二竜会とは、リュウジがリーダーを務める大阪のごろつき集団で、つい先日円満に解散したはずだった。大阪はショージがリーダーを務める『餓鬼(がき)』のテリトリーで、捨て置かれるには育ちすぎた二竜会は、餓鬼と全面衝突をするか、もしくは解散というところまで追い詰められた。
 結局二竜会は解散の道を選び、リーダーであるリュウジは裏社会から足を洗って、「カタギに戻る」こととなった。同様に「カタギに戻った」者もいたが、仲間の半ばほどは裏社会に留まることを選択したため、その面倒はショージがみることにさえなっていた。だから、いま、ショージの餓鬼には、『元二竜会』という男たちが少なからずいる。
 いずれにせよ、既に話は済んだはずだった。
「他の連中は、いないようだな」
 ユンがそう周りを見回す。どうやらリュウジは、ナイフ一本片手に単身で乗り込んできたものらしい。
「……どういうつもりだ?」
 シオウは首を傾げかけ、ふと耳をそばだてた。遠くかすかにだが、パトカーのサイレン音が聞こえる。おそらく銃声をきいたホテルの人間が通報したのだろう。
「行こう。警察が来ると厄介だ」
 同じくサイレンの音に気づいたらしいユンが言い、三人はリュウジをそのままにその場を離れた。
 ただ一人、ショージは立ち去り際、ふとリュウジを振り返り、
(お前、死に花を咲かせにきたんか)
 と、心の中だけでリュウジに問いかけた。呼吸を失い、静かに目を閉じたリュウジは、満足げな表情をしているように、ショージには見えた。ショージは一瞬だけ目を閉じ、自分が殺した男の冥福を祈った。そして再び目を開くと、リュウジに対して抱いた感情の一切を忘れ、ユンとシオウの後を追った。
 やがて到着し、リュウジの死体を発見した警察は、ならず者同士の仲間割れであろうと推定し、あまり熱のこもらない捜査を進めたが、結局犯人に到達することもなく一年が過ぎた。

                  *

『そういえば、凪(なぎ)は男子校勤めは初めてだって言ってたな。うまくやれてるのか?』
 電話の向こうで、ユンが首をかしげる気配。私もちょっと首をかしげた。
「うまくやってる……つもりだけどなぁ。正直苦戦してるよ。男の子は厄介だな」
 私は手すりに肘をつく格好でもたれかかりながら、そう答えた。どういうわけか屋上という場所はどこの学校でも立ち入り禁止となっており、こうして私用の電話をしたり、隠れてタバコを吸ったりするのに、大変都合がいい。
 そこから見える景色はありふれていて、特筆すべきものは何もない。学校の周囲は住宅地で囲まれており、少し離れた場所に大型スーパーマーケットや会社のビルが建ち並んでいるのが見える。よくある地方都市の風景。
 一方、世界を股にかける非合法組織の、アジア支部のボスであるユンは、いま、上海にいるという。上海。言うまでもなく中国の。
『厄介? 何かトラブルか?』
 上海の空の下からユンがきき、私はあることを思い出して顔をしかめた。
「この間、教室に入ろうとしたら、入り口がびっしりラップでおおわれててさ……」
 言うまでもなく、いたずら、である。その前にはチョークの先が、これまたラップでおおわれており、しばし字が書けないという事態が起こった。
『……突っ込んだのか?』
「突っ込んださ」
 と私は遠い目をしてあらぬ方を見た。そんなことをされているとは露ほども思わなかった私は、無防備にビニールの膜に突入したのだった。ちなみに生徒たちは全員うつむいて肩を震わせていた。……笑ってんじゃねぇよ。
「それより。シオウは元気?」
 と、これ以上思い出しムカつきをしても仕方がないと思い、私は声の調子を変えてそう尋ねた。
 シオウというのはユンの右腕のような存在で、私にとっても大変重要な友人だ。ちなみにユンと違ってマメなシオウは、つい一週間前に電話をくれたので、彼が元気であることを私はほぼほぼ知っている。それでもそうきいたのは、ユンが電話を切ってしまわないためだ。何かもうちょっと話していたいのだが、うまく話題が見つけられなかったのだ。しかしユンの方で電話を引き延ばす気がなさそうなので、ここは私ががんばるしかなさそうだった。
『元気だ』
 ユンの答えは、短い。電話の向こうで肩をすくめる気配。
『なんだか、よく怒ってる』
 と言い足す。私は声を出さずに苦笑いした。
 ユンはいわゆる天才肌の人間だ。そしてそういう人間にありがちな欠点である『日常生活におけるポンコツ』という欠点を、きっちり持っている。それをフォローするのは主にシオウの役目で、きっちりフォローしつつも、時々ブチ切れているらしい。
 私はユンの姿を思い浮かべ、シオウの姿を思い浮かべ、行ったことのない上海の風景を想像しようと努力する。
 だけど目に映るのは、見慣れた町の風景だ。日本のとある地方、とりたてて都会でも田舎でもない、ごくありふれた。私はこの町で住み、毎日学校に通い、生徒たちに日本史を教えている。
 一方ユンは、そしてシオウもまた、上海で、私は詳しく知らないが、時には非合法な行為を含む仕事をしているのだという。
 その距離。
「……今度、いつ来るの?」
 うまく話題を見つけることができず、私はとうとうその質問を発した。この問いは、電話での会話における唯一の目的といっていい。だから、逆に言えば、その問いとそれに関する答えが出てしまったら、用事が済んでしまうわけだ。後は、ジ・エンド。電話を切ったら、しばしのお別れ。
『わからない。近いうちに』
 ユンの返事は、頼りない。近いうちに。ユンの場合、これは三日後かもしれないし、三ヶ月後のことかもしれない。何しろ言っている本人にもわかっていないことらしいので、きいているこっちはますますわからない。しかし、わからないものを問い詰めても仕方のない話なので、私はとりあえず「わかった」とうなずき、「シオウによろしく」と付け足してから電話を切った。
「凪先生!」
 ふいに声をかけられたのは、そのときだ。私はびっくりして、つい手から携帯電話を落としそうになった。落とさなかったけど。
 振り返るといつの間にそこにいたのか、教え子のソウタが立っており、
「ひょっとして……彼?」
 と、にやにやしや顔つきで問う。それには答えず、
「立ち聞きしてたのか?」
 と渋面を作ってみせると、ソウタはひょいと肩をすくめてみせた。
「まさか。そっちの影で寝てたら、先生が勝手に来て電話し始めたんだよ」
 と、貯水タンクの方を指す。(先生が電話を始めたのなら、気をきかせて立ち去ったらどうだ)という言葉を、私は口から出さずに呑みこんだ。他にもっと言うべきことがあったからである。私は電話をポケットにねじこみながら、
「ちょうどいい。ソウタ、お前にききたいことがあったんだ。……午前中、先生の背中に、先生の顔をした見知らぬ女性の全裸写真を貼ったのは、お前か」
 と問うた。先生の顔をした見知らぬ女性の全裸写真とは、要するに合成写真のことである。どこぞの成人誌のグラビアに、私の顔写真を合成して作ったものらしい。
 ソウタは、ヤバいという表情をした。
「お、俺じゃないよ! シンが作ってきて……」
「作ってきて?」
 私は一歩ソウタに詰め寄った。ちなみにシンというのはソウタの親友で、数々のいたずらは主にこのシンの草案であるようだ。
 ソウタは逃げたそうな顔をしつつも、
「……よくできてるから、先生にも見せてやろうってことになって……」
 と正直に答えた。ソウタは本来的には優等生の部類に入る生徒である。シンがいなければ、大人に逆らうということもしないだろう。
「……すみません」
 ソウタが素直に頭を下げる。私はここでソウタを叱っても意味はない(主謀はシンなのだから)と思い、
「放課後、シンと一緒に職員室に来なさい」
 と言い渡した。……やれやれである。
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プロフィール

ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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