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リオデジャネイロ・ライジング・1

 *この物語はフィクションです。作中に登場する人物名や地名等は、現実のものとは一切関係がありません。

 *この物語は『バルセロナ・テンペスト』の続編です。

 一章 雷雲・1

 マカオ国際空港に着き、空港から一歩外に出たとたん、まるでそれを待ちかまえていたかのように雨が激しく地面を叩き始めた。
「……不吉な」
 これから大仕事が待ち受けていることを薄々予感していた私は、つい、そんなセリフをつぶやいた。
 雨に遅れて空が光り、さらに遅れて雷鳴が轟く。
「雨なんか降るときは砂漠にだって降るぞ。特に珍しがるようなものじゃない」
 慰めるとも叱責するともつかぬ調子でユンは、そう言って肩をすくめ、
「凪(なぎ)、……あんまり物事を深刻にとらえ過ぎるなよ」
 と釘をさすような言い方で付け加えた。
「……わかってるよ」
 私は小さくうなずいてみせたが、でも、と、心の中だけで不満の反論をした。
(でも、一番最初に私に大仕事を持ち込んできたのは、ユンじゃないか)
 という不満を。
 少し前のことになるが、バルセロナに他の用事で行っていた私に、こともあろうに殺人事件の捜査、などという、私が手がけるには途方もない大仕事をユンが放り込んできたことを、無論私は忘れていない。(『バルセロナ・テンペスト』参照)。
 今になってみれば、私は完全に油断していた、と思う。ユンやシオウに、そそのかされるようにしてなった『探偵』などという職業名は、でも、便宜上の仮名みたいなもので、私はたぶん勝手に、その実態はユンたちの『お使い』程度の仕事をする人になるのだろう、と思い込んでいたのである。
 だって、私はユンとシオウ、そして彼らの仲間である人々との関りだけが裏社会(というべきであろう彼らの職場)との辛うじての繋がり、という、限りなく一般人に近い元教師、でしかないのだ。
 その私にできることなど、そんなにありはしないだろう。
 と高をくくっていたのが、甘かった。
 まさか、
(自分が人生でそれをすることがあろうとは夢にも思ったことのなかった殺人事件の捜査を、やれと言われるとは思わなんだ……)
 のである。
 そして、今も、予感がするのだ。
 ハオランさんが私に頼みたいと言ってきた仕事も、おそらく、普通に考えれば私ができるような仕事とは思えないような類の仕事なのではないか、という予感が。
 空港からタクシーで一路向かった先は、私にとって三度目の来訪となるカジノ付きホテル、『ブルーリゾート・マカオ』。
 受付で、ホテルのオーナであり最高責任者でもあるチャン・ハオラン氏とアポイントメントがあることを告げると(告げたのは私ではなくユンだが)、即座にデラックス・スィートと銘打たれた、たぶん当該ホテルの中でも一等いい部屋に通された。
 ……まあ、この時点で既に先ほどから感じていた、できそうもない仕事を頼まれそうな予感、が当たる予感はしていたのであるが、嫌な予感は、予感の予感も含めて、程なく的中した。
「お待たせして申し訳ない」
 と、さほど待たせることなくハオランさんが姿を現した。私は飲みかけていた紅茶を、茶碗に口をつけることなく受け皿の上に戻し、
「いいえ、全然」
 と、何とかほほ笑みを浮かべつつ、首を横に振ってみせた。
 私もユンも彼の姿を見た瞬間立ち上がっていたのだが、改めて各々の席(ハオランさんは私の正面、ユンは私の左隣)に腰かけると、さっそく仕事の話が始まった。
「実は、依頼したい仕事というのは、とある殺人事件の捜査なのですが……」
 話をする態勢が整うや、ハオランさんは開口一番そう切り出した。
 そのとき、窓の向こうで雷光が光り、次いで雷鳴が轟いた。……まるで、私の心境を表現しているかのように。
「……まず、私がそのお仕事をお引き受けするかしないか以前の問題として。そういう事案は、私ではなく警察にお任せするべきか、と存じますが」
 雷鳴がおさまるのを待ってから、私はひとまず、そう返事をした。そんな返事をしながら、しかし先方はそんなこと百も承知だろう、我ながら言わでものことを言っているなぁと思ったりしたのだが、果たして、
「もちろん、ブラジルの警察も既に捜査を開始しております。しかし、それとは別に、凪さんにも一応捜査していただきたいのです」
 とハオランさんは大真面目な顔で言う。
(ブラジル……)
 なる国名を、無論私の耳は聞き逃していない。
 ブラジルとは、言うまでもなく、日本の真裏にあるという南米大陸にある国の名前であろう。瞬時に私は脳裏に、かの国を母国とする有名サッカー選手の顔や彼らが代表戦で着用する黄色いユニフォーム、さらに華やかなサンバ・ダンサーの姿を思い浮かべた。追加で、アマゾンとコーヒーも思い浮かんだ。
「ブラジル? 事件は、ブラジルで起こったんですか?」
 と首を傾げつつ問うたのは、ユンである。私の方は、予想外過ぎる話の展開に、絶句してしまっていた。ハオランさんは、ユンに目を向けて、小さくうなずき、
「そう。ブラジルの、リオデジャネイロです。実は我々、遠からぬうちにリオデジャネイロに、この『ブルーリゾート・ホテル』グループの新しいホテルを建てようと計画しておりまして……」
 と説明する。いうなれば、『ブルーリゾート・リオデジャネイロ』といったところか。ハオランさんの『ブルーリゾート・ホテル』グループは、他にも既にいくつかの都市に支店(?)を出しているのだそうだ。
「それで、その下準備として何人かのスタッフをリオデジャネイロに先行させているのですが、殺されたのは、その中の一人なんです」
「状況は?」
 と、これもユン。私の方は、まだ絶句したままである。……これじゃ、どっちが探偵だかわかりゃしない、と私はいまさらながらに思った。
「殺されたのは、チョウ・ジルイという男性スタッフです。車に乗って移動する途中で、銃を持った何者かに襲われたようです。車には、同じく当社の女性スタッフのヤン・クゥシンが同乗していたようです。
 言うまでもないことですが、死因は銃殺。
 事件は夜中に起きたため、目撃者などはありません。
 奇妙なことに、ヤン・クゥシンは事件後現場から立ち去ったようで、その夜以来行方を絶ったまま、未だに発見されておりません」
 事件の詳しい説明をしつつ、ハオランさんは持ってきた書類入れから地図を取り出し、私の方に向けてテーブルの上に広げると、その一点を指差し、
「これは、リオデジャネイロ市の地図なのですが、事件現場は、ここ……。この近くにある海岸は『イパネマ海岸』。有名な場所ですけど、凪さん、ご存知ですか」
「……そういえば、『イパネマの娘』とかいう曲が、ありましたね」
 と、私がその地名から思い浮かぶ辛うじての知識を引きずり出してみせると、ハオランさんはにっこりと笑い、
「そう、ボサノバの名曲ですね。この界隈にも数か所、新ホテル建設の候補地があるのですが、二人はその土地を検分して帰るところを強盗か何かに襲われた……」
「……と、警察の方では、みているんですか?」
 とユンがまた、横合いから口をはさむ。あまり賛成しないような口ぶりである。
「ええ、まあ……」
 とハオランさんは曖昧にうなずいた後、少し表情を暗くし、
「……警察は、むしろ、チョウ・ジルイの車に同乗していたのに、その場で殺されずに姿を消しているヤン・クゥシンの方がクサい、とみているらしく……」
「それって、つまり、ヤン・クゥシンという女性が共犯者とともにチョウ・ジルイを殺害して逃走した、ということですか」
 と私が警察の嫌疑の詳しいところを推察してみせると、ハオランさんは、あからさまに眉間にしわを寄せ、
「私には、とても信じられない話なのですが、警察は、その線で捜査を進めているようです」
「ところで……、その消えたヤン・クゥシンと殺害されたチョウ・ジルイの両名を特に選んでリオデジャネイロに送り込んだのには、何か理由があるんですか?」
 私はハオランさんの話の要点を手帳に書き込みつつ、その辺の事情に事件解決のヒントがないかと考え、人選の意味を問うてみた。ハオランさんは、ちょっと首を傾げ、
「特に大きな理由……というものは、ありません。二人とも優秀なスタッフでしたし、若くてやる気がありましたし。強いて言えば、チョウ・ジルイは父親が不動産関係の仕事をしていたとかで、土地や何かの目利きが多少できるような様子だったのと、ヤン・クゥシンはポルトガル人の祖母がいるとか、大学でもポルトガル語を専攻していた、ということで、ポルトガル語に堪能だったので……」
 ちなみにブラジルの公用語は、ポルトガル語である。
「……凪さん、その手帳をちょっと貸して下さい。チョウ・ジルイとヤン・クゥシンの名前を中国語表記で書いて差し上げますから」
 ハオランさんが私の手帳をのぞきこみ、そう申し出てくれたので、私は素直に手帳とボールペンを手渡した。ハオランさんは、さらさらとペンを走らせた後、
「それから、ここにチョウ・ジルイとヤン・クゥシンの写真がありますから、お渡ししておきます」
 と、また書類入れを開くと、中から二枚の写真を取り出して、メモ帳と一緒に差し出した。写真は、どちらも正面を向いた上半身のアップで、社員証に貼るためのものであるという。
 私は二枚の写真を両手に一枚ずつ持ち、じっくりと観察してみた。ハオランさんの言う通り、二人とも若く、少しほほ笑んでこちらを見つめている。私は、ふいに胸が痛むのを感じた。チョウ・ジルイという男性の方は、既にこの世にいないのである……。
「年齢は、ヤン・クゥシンの方がやや上で、現場での主導権は主に彼女が握っていたそうです」
 とハオランさんが写真の人物たちに対して少し詳しい説明をしてくれる。私は、改めてヤン・クゥシンの写真の方に注目した。普通に、美人である。目力の強い人で、諸事万端テキパキとこなしそうな感じの人、という印象を受けた。
「殺された男性の遺体は、もう中国に戻っているんですか?」
 と、ユンが横から写真をのぞきこみつつ問うのに、ハオランさんは小さくうなずき、
「もう葬儀も済みました。私も参列したのですが、ご両親にひどく恨まれましたよ。何で息子をリオデジャネイロに行かせたんだって……。失踪したヤン・クゥシンに関しては、彼女のご両親がブラジルまで行って既に失踪届けを出したそうなのですが、彼女にかかっている警察の嫌疑というのが決して軽くはない様子だったそうで……」
「つまり、ヤン・クゥシンは失踪した女性として、というより、有力な容疑者として探されている状態なんですね……」
 私は、そうつぶやきつつ、写真二枚を手帳にはさんでカバンの中にしまった。そういう私もまた、リオデジャネイロで彼女を探すことになるだろう、と覚悟しながら。
 果たして彼女は加害者なのか、被害者なのか。
「ところで、凪さん、聞きましたよ。バルセロナで、警察もてこずっていた殺人事件の犯人を、みごと捕まえたそうじゃないですか」
 ふいにハオランさんがそんなことを言いだし、ギョッとした私の驚きを表現したかの如く、窓外が光り雷鳴が轟いた。雨は、まだひどく降りしきっているのである。
 私は、まずユンを見た。
 ユンは、私の視線の意味を素早く理解し、
「いや、俺は話してない」
 と首を横に振る。……だとすると、他にこの話を知っていて、さらにハオランさんに向かって吹聴するような人物、の心当たりなど、私には一人しか思い浮かばないのであるが、果たして、
「『例の老人』から聞きましたよ。この一件、あなたに託していいものかどうか迷っていたので、彼に相談してみたんですよ」
 と、ハオランさんは、にこやかに言った。
 ……やっぱりか、と私は思った。さらに、
「私が凪さんに仕事をお願いするべきか相談したところ、御老人、大変お喜びになられまして」
(……何で喜ぶんだよ)
 と私は不満に思ったが、ハオランさんの方は、いたって朗らかな口調で、
「『迷うことはない、それは、ぜひとも頼むがよいぞ』とおっしゃって、バルセロナでの事件について詳しく話して下さいました。それで、私の方も決心がついて、こうしてあなたにご足労願ったわけです」
 そんなことを言われ、私は、困った。
「……いや、それ、すごい運が良かっただけで、私は本当に何も大したことはしてないんです。それなのに、犯人の方から転がり込んでくるような格好で、見つけてしまった、というような話で……」
 と、私は自分の実力をわきまえているだけに、あらぬ期待をされても困ると考え、正直に、本当のことを言った。……のであるが。
「でも、凪さん、運の力であれ何であれ、あなたがちゃんと犯人を見つけてみせたことに変わりはありませんよ」
 とハオランさんは断固とした口調で言い放つ。さらに、
「私は、この一件、どうも警察には嗅ぎ当てられぬような裏が潜んでいるような気がしてならないのです。それを『例の老人』に言ってみたところ、だったらなおさら凪さんに頼むがよかろう、とアドバイスをされました。御老人いわく『そういう事情なら、なまじっか経験のある名探偵に頼むより……』」
 と、ここで、はたとハオランさんがその先を言い渋ったのは、たぶん私に対する遠慮からであろう。……まあ、私にもそのセリフの先は薄々察しはついていたのであるが、ユンは遠慮なく、
「……運任せの迷探偵の方が、成果が上がるかもしれない、な?」
 とズケりと先を付け足して、にやりとする。ハオランさんは苦笑いし、
「まあ……だいたいそのような感じのことをおっしゃってました」
「…………」
(じじい、人のいないところで好き放題言いやがって)
 私は『例の老人』の顔を思い浮かべ、ムカついた。
『例の老人』というのは、寝たきりの病体でありながら、中国の政財界に巨大な影響力を持つ(らしい)世界的な富豪である。
 もっとも、ひどく恐れられているため、その存在は固く秘されており、知る人ぞ知る人物であっても世間的には全く無名な状態であるようだ。
 ……まあ、それは、どうでもいい。
 どうでもよくないのは、『例の老人』と呼びならわされるこの人物、ひどくねじくれた性格の持ち主である上、寝たきりという境遇のせいかひどく暇を持て余しているらしいことである。
 さらに大きな問題は、どういうわけか私はこの老人に、『からかいがいのある相手』として認識されているらしい。
(相変わらず人を小バカにしていやがる)
 私はそうも思い、さらにムカついたのであるが、
「凪、どうする? 引き受けるなら、俺たちも手伝うけど?」
 と横合いからユンが、しれっと言い、私はひとまず無言でユンを、ちょっとにらんだ。
 こちらとしては、「断っていいのか?」とききたいくらいである。
 私が教師をやめて『探偵』などという、自分がそれになるなど夢にも想像しなかった職名を名乗るようになったのは、ユンたちの仕事を細々とながらサポートするためなのである。サポート、という仕事の、おそらく最大のものは、ハオランさんの如く公然とユンたち裏社会の人々と付き合うわけにはいかないが、双方互いに是非とも相手の力を借りたい、という際の仲介役であろう。少なくとも、私は自分の立ち位置をそう捉えている。
 そうである以上、
「お引き受けしますよ。……でも、あんまり期待なさらないでください。運なんて、ある時はあるけど、無い時は無いんですから」
 と肩をすぼめつつ答えると、ハオランさんは安堵した顔つきになった。
 安堵した顔つきになって、
「それは、よかった。では、早速で申し訳ありませんが、とりあえず上海まで行っていただけませんか」
「……え?」
 私が行くのは、ブラジルのリオデジャネイロではないのか。
 と、一瞬きょとんとしたが、すぐに気づいて、
「ああ、浦東国際空港からブラジルへ発つことになるんですか?……でも、ちょっと待ってください。色々準備もあるし、いったん日本に帰国したいんですけど……?」
「いや、そうではなくて……」
 と、ハオランさんは困り顔で私の言を否定し、それから、さも言い辛そうに、
「あの、……『例の老人』から、ですね、……凪さんがリオデジャネイロに行くことに決まったら、ついでに頼みたい仕事があるから上海の方へも来るように言っておいてほしい、と頼まれてしまいまして……」
「…………」
 そのとき、私の怒りに呼応するかのように、ひときわ大きな雷鳴が辺りの空気を震わせた。
「……マカオから、『ついでに』、上海に来い、と……?」
 どろろろ……という雷鳴の残響の中、私はようやくそう言った。私はこのとき、余程怖い顔をしていたのだろうか。その必要もないハオランさんが、
「……すみません」
 と謝罪し、私は当然ながら、
「ハオランさんが謝る必要はありませんよ。いえ、大丈夫、うかがいますよ、上海に……」
 と、何とか微笑を浮かべようと試みた。
 そのとき、また、ずどん、と、どこかに雷の落ちるような音がした。

「ユン、ブラジルには、知り合いとかいないの?」
『ブルーリゾート・マカオ』を辞去し、次は上海に飛ぶべく、マカオ国際空港へ向かうタクシーの中、私は、そんなことをきいてみた。
 ハオランさんから、仕事を依頼したいのでマカオまで来てほしい、という旨の電話がかかってきたのは、昨晩のことである。私がその電話を受けたとき、ユンも、たまたま私の家(兼探偵事務所)にいたのだが、私がハオランさんからマカオに呼び出された話をすると、
「俺も行く」
 と言い出したので、ちょっと驚いた。というのも、さらにその前日、いつものように突然帰ってきたユンは、
「明日は大陸帰りのショージに会いに行く」
 と言っていたからだ。
 ここでちょっと補足しておくと、ショージというのは、ユンの『仲間』であり、私の友人でもある人で、『餓鬼』という、荒っぽい仕事を主にするグループのリーダーである。その『餓鬼』が、『大陸の方でちょっと大きな仕事』をしていたらしいのだが、それが今日帰国する予定なのだそうだ。
 ユンは結局その方をシオウに任せ(後で聞いた話だが、台湾にいたシオウはユンから一報を受けて、大急ぎで仕事を片付け、朝一番の飛行機に滑り込むようにして大阪に向かわねばならなかったらしい)、私をマカオまでつれてきてくれたのである。
 つまり、ことほど左様に、ユンとその仲間たち、という人々は、常に世界をあっちこっちへ飛び回っており(もっとも、厳密にいえば彼らのテリトリーはアジアに固定されてはいるらしいのだが)、当然世界各国に知り合いが存在する可能性がある。
 そう考えて、一応聞いてみたのであるが、果たして、
「いないことも、ない」
 とユンは、ちょっと曖昧な口調で答えた。
「……どんな人?」
 いないこともない、という返事は、たぶんあんまりいい意味ではなさそうな気がして、遠慮がちに重ねてきくと、
「知り合いといっていいのかどうか、ちょっとわからない人物なんだが、……ほら、凪、ネイサンって人がいるだろう? ちょっと前にバルセロナで会った……」
 ネイサンのことなら、無論覚えている。
 彼はユンの上司で、私がバルセロナを訪れた際もいろいろと世話をしてくれた人だ。
「そのネイサンと同じく、俺たちの『組織』の幹部の一人である『ジュンギ』ってのがいるんだけど、そいつがブラジルにいる。俺たちと同じ韓国人なんだが……」
「へぇ、そうなんだ」
 と私が、のん気な声でうなずいたのは、いかにユンたちの『組織』がワールドワイドに活動しており、さらに、そこに属する人々というのが国籍などというものをあってなかきが如きものといわんばかりの生き様を展開しているとはいえ、いや、逆に、だからこそ、『同国人』という単位に感覚的な親しみを感じずにはいられないんじゃないか、と思ったから、なのだが。……あにはからんや。
 ユンは、さらに続けて、
「ジュンギは、ネイサンとものすごく仲が悪い。だから、ネイサンの直属の部下である俺たちも、ものすごく嫌われている」
「…………」
 私は、胸中が不安でいっぱいになった。
「……え、何でそんなに嫌われちゃったの? 何か、理由でもあるの?」
 ネイサンと、まだ見ぬジュンギとやらいう人物の不仲に特定に理由があるならば、それを知ることで、何とか巻き添えを食わずに彼と接触することが出来はしまいか、という一縷の望みをこめて、ダメ元でそう問うてみる。何せ右も左もわからぬ異国での仕事である。こちらとしては、何とか、一人でも多くの協力者が欲しいのであるが……。
「一説には、サッカーらしい」
 というのが、ユンの答え。……この言い方からすると、ユンにもはっきりした原因はわからないのかもしれない。
「……サッカー?」
「そう。ネイサンがサッカー狂なのは、凪も知ってるだろう? ジュンギも、そうなんだ。それで、噂によると二人は、『世界最強のサッカーリーグは、どのリーグだ』論争で大ゲンカをして、それ以来、互いに互いを不倶戴天の敵とみなすようになった、とか……」
 そんなバカな。
 と、言いたいところだが、ネイサンのサッカーに対する異常なまでの情熱を垣間見たことのある私は、その話を一笑に付すこともまた、できなかった。
 ……それにしても。
「……ひょっとして、ユンの『組織』って、暇なの?」
 と私は、ついきいてしまった。何というか、いい年こいた偉いさんと呼ばれるべき立場にあるらしき人々が……マジでか、と思って。
「バカな。そんなはずない……」
 と、常に忙し気なユンは、当然そう否定しかけ、
「……はずなんだが、なぁ?」
 と小さく首を傾げた。
(つまるところ、ブラジルにはネイサンの天敵がいるらしい……)
 私は、窓外の景色に目をやった。相変わらずの土砂降り。いつの間にか雷はやんだようだが、雨は、やむという言葉を忘れてしまったかのように降り続いている。
(天敵の仲間は天敵……)
 と、みなされる可能性が高そうだ。
 私は不安というより、半ばあきらめの気持ちで、そんな風に考えた。
「ただ、ジュンギがいるのは『サンパウロ』であって、『リオデジャネイロ』じゃないはずだ」
 とユンが励まし口調で付け加えた情報だけが、地獄に蜘蛛の糸、というべきであろうか。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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