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リオデジャネイロ・ライジング・4

 二章 歌姫とサイレンス・1

 途中、アメリカでのトランジットを含めて丸一日以上の時間をかけ、『ガレオン国際空港』に到着したときには、私は、くたくたに疲れ果てていた。さすが地球の裏側、ブラジルは遠い。
 そして、暑い。
 ブラジルは、真夏であった。日本もマカオも上海も冬だったのに。
「凪、そのティーシャツ、よく似合ってるぞ」
 からかうような口調でユンが言う『ティーシャツ』とは、アメリカの空港で急いで買ったものである。胸に大きな飛行機のイラストと、『Atlanta Airport(アトランタ・エアポート)』の英文字がプリントされている。……大慌てで上海を発ったのはよいが、私は日本からの着たきりスズメの冬装備、無論上海でもできる限り旅行準備の買い物はしたが、残念ながら上海も先述した如く冬だったので、夏服を取り扱う店舗を見つけることが出来なかったのである。
 ちなみにユンは、きっちり自前の夏服をまとっている。言うまでもなく上海の、あの家に置いてあったものである。
 さらに言うまでもないことであるが、私だって日本の自宅に帰れば夏服ぐらい持っている。
 私は、じろりとユンを横目でにらみ、
「……誰のせいでしたっけ?」
 と静かに問うた。
 ユンもさすがにちょっとは悪いと思ったのか、
「何言ってるんだ、似合ってるってほめてるんじゃないか。いやぁ、凪は何を着ても綺麗だなぁ。めちゃくちゃかわいい」
「……ならば、よし」
「……単純、じゃなく、素直なのが凪のいいところだなぁ」
「そうでしょう」
 などと話しつつ、とりあえずタクシー乗り場に向かいかけたとき。
 私の携帯電話が鳴りだした。
 かけてきたのは、シンである。
「シンからだ」
 とユンに断ってから、その場に足を止めて電話に出た。
『先生?』
「シン?……どうしたの、何かあった? いま、どこにいるの?」
 と大阪で留守番しているはずのシンに問いかけたのは、ひょっとしてシンがショージの命令を無視する格好でどこかに遊びに行っている、という事態を危惧した(そんなことを、ショージは絶対に許さないだろう)からなのだが、現実は、私の危惧を大きく上まわっていた。
『後ろ、後ろ。先生、後ろ、振り返ってみて』
 そんなことを言われ、自分の後方に目を向けた私は、口を大きく開いた状態でフリーズした。
 そこに、大阪……いや、少なくとも私の意識の中では、せめて日本国内にいるはずのシンの姿があったからである。
『びっくりした?』
「…………」
 私は……びっくりを通り越して、もはや戦慄した。
「ショ……ショージは、このこと、知ってるの?」
 シンは、もう目前まで近寄ってきているのに、うろたえた私は、電話越しにそう問うた。一応、まだ通話は切れていないのである。
『まだ、知らないと思うよ。知られたら……まあ、ただじゃ済まないだろうね』
 というシンの声は、電話を当てていない方の左耳に、肉声として、はっきりと聞こえた。そこで私は、ようやく、自分たちがいま電話を使わずに直接対話することが可能な状況であることを認識して、電話を耳から離した。
「ちょ、ちょっと待って。そもそも、何で来たの?」
 電話を耳から離して、何とか落ち着いて状況を確認すべく、そう問うと、シンは小さく首をすくめて、
「飛行機で。ついでに言うと、先生たちと同じ便で」
「そういうことじゃなくて。私がきいてるのは、どうして、あんたがブラジルへ来たのか、てこと……」
 と私は、いったん質問に対する答えの軌道修正を試みかけたのだが、遅ればせに、さっきシンが、さらりととんでもないことを言っていたことに気づき、
「ちょっと待って! 私たちが乗ってきた飛行機に、あんたも乗ってたってこと?」
「そう言ってるじゃないか。いやぁ、でも、ラッキーだったな。ショージさんがシオウさんと一緒に上海に飛んだってきいて、さ。そういえば先生、ユンさんとマカオに行くって言ってたし、こりゃ四人、上海で合流してブラジルに行く気だな、とピンときて……」
「ブラジルは、何処から導き出したんだ?」
 と問うたのは、ユン。私の方は、また開いた口が塞がらなくなっていて、言葉を発することが出来なくなっていたのである。
 ユンの問いに、シンはちょっとバツの悪そうな顔つきで、
「……上海で合流てことは、また『例の老人』が絡んできたんじゃないか、て思って、ジューダスに電話してみたら……」
「……してみたら?」
 と、ようやく私は口の機能の回復に成功した。腹が、猛然と立ったからであろう。その先は聞かなくてもわかっていたが、シンは私の視線を避けようとしつつ、
「……即答で教えてくれて、『何なら君も行けばいい、旅費なら出してあげるから』って……」
(あの……クソ野郎!)
 私は胸の内だけでジューダスを、そう罵った。あいつは相変わらず、余計なことばかりしやがる……。
「先生!」
 と、ここでシンは居直った。
「先生は、バルセロナで僕のことを『探偵助手』だって言ってたじゃないか」
「……言ったっけ?」
 あいにく私は、あんまりはっきりとそのことを覚えていなかった。そう言われてみれば、そんなことを口走ったような気もする……が。
「これだから、大人は! その場のノリでいい加減なことばっかり言って!」
 とシンは怒った。
「……何で私が怒られてるんだよ?」
「先生、いや、先生探偵! 名探偵がいい仕事をするには、助手が絶対に必要だよ!」
「妙な呼び方で人を呼ぶな! 何だ、『先生探偵』って。……いやいや、自分で言うのも何だが、先生は『名探偵』じゃないから……」
「僕が先生を名探偵にしてあげるよ!」
「余計なお世話じゃ!」
 と終いにキレると、シンは、やれやれという風に軽く首を横に振ってみせ、
「先生、いや、先生探偵、人からの親切というものは、受け入れるのもまた親切なんじゃない? 先生、前に授業で言ってたじゃないか、『甲斐の国が塩不足で困ってた時に、塩を送った敵国の上杉謙信もえらいけど、国民のために意地を捨てて、それを受け取った武田信玄もえらいんだぞ』って……!」
「……何か、話が、ずれてないか?」
 私は、頭がこんがらがってきた。
 そこでユンが軽く咳払いし、
「……まあ、ともかく、ここまで既に来てしまっているシンを、いまさら送り返すのも手間な話だ。つれて行くしかしょうがない……」
 と結論し、私もそう思ったのだが、シンが「してやったり」的な顔をしたので、とりあえず一発体罰を与えておくことにした。
「あ、痛! 何するんだよ、この……体罰探偵!」
 平手で頭を叩かれたシンは、そう文句をたれたが、私は完全にスルーした。……ていうか、体罰探偵て何だ。
 
 結局シンもつれて、三人でハオランさんから「活動拠点として使ってください」と用意されたホテルへ向かうことになった。
 一番にホテルに向かうのは、そこに日本語を話せる現地の人……いわゆる『現地ガイド』さんが来ているはずだからである。
 そのガイドさんは、ハオランさんの知人の息子さんの友人なのだそうで、ハオランさんのブラジル進出にもいくらか協力している、のだそうだ。
「ハオランが寄こしたガイド?……それって、ひょっとして、先生がちゃんと仕事してるか、見張らせようとしてんじゃないの?」
 と、その話をするとシンは、疑り深い口調でそんなことを言ったが、私は小さく肩をすくめてみせ、
「ちゃんと仕事するんだから、別に見張っててくれて、かまわないよ。……それより、あんた、出合頭に相手にケンカ売ったりしないでよ。ハオランさんは私の依頼人で、ガイドさんは協力者なんだから」
「それで、そのガイドさん、何て名前?」
「『エンゾ・ロレンゾ・マサコ・サンチェス・ペレス・トレス・タナカ』」
 とシンの問いに答えたのは、ユン。私の方は、名前が長すぎて暗記できていないのである。
「……ずいぶん、長い名前だね?」
「よく覚えたねぇ」
 とシンと私の声が重なり、ユンは、
「俺は……紛れ込んでる『マサコ』が、ちょっと気になるけどな?」
 と肩をすくめた。
 その、エンゾ・ロレンゾ・マサコ・サンチェス・ペレス・トレス・タナカさんは、『凪さん』と大書された紙を手にホテルのロビーで私たちを待ちかまえていたので、すぐに見つけることが出来た。
「こんにちは、凪さん。私が、エンゾ・ロレンゾ・マサコ・サンチェス・ペレス・トレス・タナカです。どうぞ、エンゾって呼んでください」
 彼が、にこやかにそう自己紹介したとき、私は心の底から安堵した。
「初めまして、エンゾ。これから、よろしくお願いします」
 初対面のこととて、そう丁寧に頭を下げてあいさつし、自己紹介の後でユンとシンを紹介する。
「日本語、お上手なんですね」
 とロビーに設置してあるソファに座るよう促しつつ、会話のきっかけも兼ねてほめる横からシンが、
「ねぇ、『マサコ』って日本人の女の人みたいな名前だけど、何か意味があるの?」
 と、なれなれしい口調で問うた。この子は、『人見知り』という言葉を知らないたちだ。
「マサコは、僕の祖母の名前です。祖母は日本人なのですが、僕が生まれるとき、もし女の子が生まれたら自分の名前を付けるのだと楽しみにしていたそうです。ですが、生まれたのは男の子で、要するに僕でした。そこで父と母が相談し、『まあ、いっか』という結論に達して……」
「ああ、なるほど。そういえば、子音が『o(オー)』で終わる名前は、ブラジルでは、むしろ男性に多いと聞いたことがあります」
 と、「ポルトガル語は多少ならわかる」らしいユンは、妙なことを知っている。
「ところで、エンゾ、本格的な行動に移る前に、少しうかがっておきたいことがあるのですが……」
 と私は、エンゾの正面の席に陣取って、切り出した。
「亡くなったチョウ・ジルイと失踪しているヤン・クゥシンのことなんですけど、あなた、お二人と一緒に仕事をされていたそうですね?」
「と、いうほどでもないですけどね。僕の父が不動産の仕事をしているので、その関係で特に大したことのない情報を教えたり、アドバイスみたいなことをしただけの話で……」
 ちなみにエンゾは、普段は某大学の大学院で日本語と日本の文化について研究しているのだそうだ。
「でも、だとすると、エンゾは二人ともに会ったことがあるわけですね、エンゾから見て、二人はどんな印象の人たちでしたか?」
「どんな……と言われても……」
 とエンゾは困ったように首を傾げたが、それでも、
「本当に数回会っただけなので、漠然とした印象の話になりますが、二人ともすごく仕事熱心、というか、やる気のある人たちだと感じました。特にヤンさんは積極的な方で……」
「どうして、そのような印象を持ったんですか?」
 と、これはユン。エンゾは、どういうわけか小さく照れ笑いし、
「実は……ヤンさんから、何度か食事に誘われたんです。付き合ったのは、一回だけですけど。たぶん、僕と親しく付き合っておくことで、競争相手を出し抜けないかと考えていたのじゃないか、と思うのですが……」
「競争相手?」
 何の話かわからず眉をひそめると、エンゾは考え込むような目つきをして、
「チョウさんとヤンさんは、新ホテル建設の予定地として、いくつかの場所に目をつけて比較検討していたようですが、そのうちの一か所に、横やりが入ったんですね」
「それって、つまり、同じ土地を欲しがる人が現れたってこと?」
 とシンが横合いから口をはさむと、エンゾはシンの方に顔を向けてうなずいてみせ、
「その通り。ただ、僕の印象ではチョウさんは、さほどその土地に執着していなかったようです。彼が一度、僕に向かってこぼしたところによると、彼らの上司のミスター・ハオランも特に同地に執着する必要はない、と考えていたようです。競り合ってまで欲しがるような場所ではない、とね。ただ、これも僕の印象だけの話なんですが、ヤンさんは、競争相手が現れたことで、かえってその土地に魅力を感じたようで、その、……ちょっとムキになっちゃってるのかな、とは思いましたけど……」
 エンゾは、そこまで言ってしまうと、急に口を閉じて少し目を伏せた。自分がしゃべりすぎたことを後悔するような感じで。そこで私は、できるだけ気楽そうに見えるよう気をつけて笑顔を作り、
「ありがとうございます、大変参考になりました。……でも、知っている人が事件に巻き込まれて殺された、と知ったときは、さぞかし驚かれたでしょうね」
 と、さりげなく話題を変えてみた。エンゾも話が自分のことになると、表情を少し寛がせて、
「ええ、そりゃあもう。僕は事件をニュースで知ったのですが、初めは信じられなくて、警察に直接問い合わせて、やっと、どうも本当のことらしい、と……」
「あなたは、警察に事情を聞かれましたか?」
 とユンが、また横から口をはさむようにして問うと、エンゾは少し困ったような顔つきになりつつ、
「と、いうより、こちらから出頭して話しました。こういうこと、きちんとしておいた方がいいし、……それに、実は僕の叔父が市警に勤めていて。折よくというか悪しくというべきか、殺人課にいるんです。その点からも、放っておくわけにはいかなくて……」
「……そうなんですか」
 私は内心の動揺を押し殺し、神妙な感じでうなずいた。言うまでもなく、私を動揺させたのは、『叔父が市警勤め』の部分である。
 今のところ私は合法的に動いている……はずだが、おそらく今後は銃刀法違反くらいは犯さねばならなくなるだろう。
 それ以前の問題として、ユンとシン、それから、これから合流するシオウ(と、もしかするとショージも)は、それぞれの都合上、偽造(と思われる。私はそこのところを、はっきり確認してはいない)パスポートだの何だのを持って練り歩いているのではないか。
 無論、言うまでもなく、そんなことがエンゾの叔父様の耳に入れば、私たちは地球の裏側で起訴されるに違いない……。
 等々、私は瞬時に様々な心配を脳に浮かべたのだが、ユンもシンも何とも思わなかったらしく、シンに至っては、
「じゃあ、エンゾは容疑者に間違われるってことは、なさそうだね。身内に警察がいると強いなぁ」
 などと、のん気な声と顔つきで、ほめているのか、けなしているのか微妙な発言を繰り出している。……おそらく、本人に悪気はない。ただ、無神経なだけだろう。
 エンゾは、根っからいい人らしく、シンの発言に特に気を悪くする風もなく、
「そうだどいいけど。……でも、叔父を憚ってはっきりと口にする人はいないだろうけど、中には僕のことを怪しいと思っている人がいるんじゃないかな。一回とはいえ、ヤンさんと食事に行っちゃったし……」
 とシンに向かって弱々しく苦笑いを浮かべる。
「ああ、それ。そのことについても、ちょっと聞かせてください。ヤン・クゥシンと食事したとき、彼女とどんなお話をしたんです……?」
 そのことを聞き忘れていたことに気づき、改めて尋ねると、エンゾは、ちょっと両肩をすくめて、
「主に仕事の話……とりとめのない世間話も、少しはしましたけど。でも……いま思えば、彼女、僕を相手にポルトガル語の練習をしてたみたいだったな」
 と、また小さく苦笑いを漏らす。
 要するに、ヤン・クゥシンという女性、ちょっと勝ち気で上昇志向の強い、ワーカホリックタイプの女性だったようである。
「そのとき、ヤン・クゥシンが……何か悩んでる、とか、さもなくば、何か危険に巻き込まれていそうな雰囲気、というか……、とにかく、何か気づいたことってないですか?」
 思えば一回食事を一緒しただけの相手に、そこまでわかるはずもないのだが、イチかバチかきいてみると、案の定、
「いや、何も。彼女は快活で、仕事を成功させることに夢中で、しかも、成功を信じている様子でした。……少なくとも、僕にはそう見えました」
「……わかりました、ありがとうございます。あの、色々おうかがいして申し訳ないんですが、最後にもう一つ。ヤン・クゥシンたちと同じ土地を欲しがっていた人たち、ていうのは、どんな人たちなんですか?」
「詳しいことは、僕も知らないんです」
 私の質問にエンゾは首を横に振り、でも、
「ただ、父も困っていたようなんです。というのも、その競争相手というのが、新興宗教団体だったんです。父は別に特別信仰深いたちでもないのですが、でも、うちは代々カソリックですし、そういった人たちに土地を……それも、一等地を呼ぶべき土地を売ることを嫌っている様子でした。もちろん、はっきりとそう言ったわけではありませんが、でも、父の顔色を見ればわかります」
 と、なるべく多くの情報をこちらに渡してくれようというつもりらしく、それだけ言ってしまうと、でも、また話し過ぎたのを後悔するみたいな表情で口を閉じた。
 新興宗教団体。
「その新興宗教団体、ひょっとして『ペッロラ・カステーロ』とかいう……?」
 嫌な予感がしつつ、そう確認してみると、エンゾは驚いた顔をし、
「え、ええ、その通りです。ご存知なんですか、驚いたな。……ひょっとして、連中、既に日本でも活動しているのですか?」
 と眉をひそめるが、私はそれどころではなかった。
 エレーナ・ムラカミと会うことは、役に立つだろう。
 と言った『例の老人』の真意が少し見えた気がして。
 瞬間、私たちの間に重い沈黙が垂れ込めた。
 すると、シンが小さく咳払いして、
「先生、そうやってじっと考え込んでても、何も始まらないよ? とにかく立って、体を動かさないと!」
「……それもそうだな」
 シンの言葉に納得し、立ち上がりかけて、私は腰を宙に浮かせたまま、はたと動きを止めた。
(そうは言っても、とりあえず何処に行って何をすべきなのだろうか……?)
 ということが、全然わかっていない自分に気づいて。
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