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リオデジャネイロ・ライジング・5

 二章 歌姫とサイレンス・2

 困ってユンを見ると、
「……しっかりしろ、名探偵!……まあ、じゃあ、とりあえず奪い合いになっていた土地というのを見に行ってみるか?」
 と、あきれつつもアドバイスしてくれたので、私たちはそうすることにした。

「ここが、そうです」
 とエンゾが案内してくれた場所は、有名な『コパカバーナ・ビーチ』が遠望できる白亜の豪邸であった。
 周囲はホテルや各種店舗が軒を連ねている中、そこだけぽっかりと人家になっており、
「こんなとこ、どんな人が住むんだろう?」
 と思わず首を傾げてしまった。ちなみに現在は空き家の状態である。
「ここは某ハリウッドスターの別荘として建てられたものだそうです。その方、最近他界されたそうで、ご遺族が売りに出された、ということらしいです」
 とエンゾが説明する。
「確かに場所はいいけど、ホテルを建てるには少し狭そうだな」
 とユンが首を傾げた通り、
「チョウさんも、そうおっしゃってましたね。ただ、ヤンさんは、広さより立地条件……特に景観を重視すべきとお考えのようでした」
「なるほど……」
 エンゾの説明にうなずいてみせつつ、私は改めて周囲の街並みを見まわしてみた。
 ビーチが近いせいか、水着のような格好の人々が少なからずうろついている。さすがブラジルというべきか、噴水のある小さなスペースで犬と一緒にボールを蹴っている人もいる。
 なるほど、リゾート気分を味わうには、もってこいな様子である。
 しかし……。
「わっかんないなぁ。こんなにぎやかな場所に、宗教が何で目をつけたんだろう。言っちゃ悪いけど、そんな人たちが引っ越して来たら、周りの人たちから迷惑がられるんじゃない?」
 とズケズケ言いつつ首を傾げるシンに、ユンが苦笑いしつつ、
「まあ、歓迎は、されないかもしれないな。ただ、『ペッロラ・カステーロ』側からすれば、こういう派手な場所に教団施設を構えることは、いい宣伝になるんじゃないか?」
「なるほどね……」
 私はユンの説明にうなずいたが、しかし、
「……なんぼなんでも、この場所を買いたいあまりに競争相手を殺害する、なんてことは、ありえない、と思うけど」
 ……である。無論、世の中には予想を超える異常な人々や出来事が存在する、という現実は知っているので、その可能性も絶無にしてしまうわけにもいかないのだが……。
 もっともエンゾは目を丸くして、
「まさか、そんなこと、あるわけないですよ。彼らは宗教団体であって、マフィアじゃないんだから」
 と、あきれている。
「でも、日本で昔、新興宗教団体がテロリスト化して、大勢の人たちが犠牲になったことがあるんですよ。……まあ、それは、かなり極端な例ですけど」
 私は一応そんな説明をしてみたが、だからといって別に『ペッロラ・カステーロ』なる集団がチョウ・ジルイを土地を手に入れるために殺した、などと真剣に考えたわけではない。私には、やはり、それは不自然な推測にしか思えない。
「ところで、エンゾ、チョウ・ジルイとヤン・クゥシンが乗った車が襲撃された場所ってわかりますか?」
 思いついて、そう尋ねると、エンゾは小さくうなずいて、
「わかります。新聞でも地図付きで記事が載っているのを見たし、自分でも一度行ってみましたから……。行ってみますか?」

 チョウ・ジルイとヤン・クゥシンの乗った車が襲撃された場所、は、にぎやかな通りから一歩離れた感のある道路で、
「昼間は、人も車も比較的多いように見えますが、夜になるとぐっと寂しくなります。犯罪も多いです。特に女性は、夜一人で歩いては、だめです」
 というのが、エンゾによるこの場所の説明。
 私たちが着いたときには、既に夕刻近くなっていたが、それでも時折車が走り抜けたり、自転車に乗った青年とすれ違ったりした。
「大体この辺りで車と、射殺されたチョウさんが見つかったそうです」
 とエンゾが指差す場所は、何の変哲もない道路で、そこで何かが起こったことを想像することが難しいほどのどかな風情で夕日に照らされている。
 事件は、夜中に起きたのだとハオランさんは言っていた。だから、目撃者はいないのだ、と。
「でも……チョウ・ジルイとヤン・クゥシンは、夜中にここを走っていたんですよね? 二人は、一体どこへ行こうとしてたんだろう?」
 これは、土地勘のない私だけの難問ではない。同事件の捜査に当たっている警察にも、彼らの上司であるハオランさんにも、未だにはっきりしたことは、わからないらしい。
「……たぶん、ですが、先ほどの場所……取り合いになっていたというハリウッドセレブの旧別荘ですね、あそこへ行こうとしていたのではないことは確かだ、と思います」
 その件についてはエンゾもこれまでに考えてみたことがあるらしく、眉間にしわを寄せて、
「二人の乗った車は、そこに、こう……右向きに止まっていたのだそうで。だとすると、あちらは方向が全然違うでしょう? 僕たちは、左の方から来たわけですから……」
 と身振りをまじえつつ指摘する。
 確かにそうだ。
 私たちはエンゾの言う通り左の方角からここへ来たわけだから、先ほどの旧別荘へ行くためには、当然左方向に進まなければならない。……ちなみに、私たちはエンゾの運転する車で移動しているのだが、エンゾは『法定速度厳守』及び『目的地には早く着くより安全に着く方が上等』と考える模範的優良ドライバーである。
「近道を使おうとしていた可能性は?」
 とユンが問うたが、あまり気のない口調であった。それもそのはず、おそらく近道があったとしても、治安が良くないこの道路をあえて使うことはないのじゃないか、と思われたし、そもそも夜中に近道をしてまで出かけねばならない理由……となると、余程のこと、と言わねばならない。
 エンゾは小さく首を傾げ、
「目的地が何処であるかによりますが、少なくともさっきの家へ向かうルートは、ないと思います。それに……僕なら、どんなに急いでいたとしても、夜中にここを通るより、迂回してでも、より安全なルートを取りますけどね」
「ひょっとして、どこかへ行ってて、その帰りだったんじゃないの?」
 とシンが眉をひそめるのに、
「もちろん、その可能性もあるとは思うけど。……でも、二人が仕事で行きそうな場所に関しては警察の方でとっくに調べてるはずだし、ハオランさんも他の現地のスタッフさんたちに言って色々調べてみたそうなんだけど、やっぱり仕事関係の場所には行ってないらしい、少なくとも二人は仕事仲間に何も言わずに行動していたようだ……て言ってた」
 私が、そう説明してやると、シンは、ますます眉間のしわを深くした。
「じゃ、あれだ。きっと二人は付き合ってて、こっそりデートに行ってたんだよ。それで、うっかり遅くなっちゃったから、急いで帰ろうとして、この道に来て……」
「……という風な事件だったら、名探偵凪の出る幕じゃないな?」
 シンの推理を受け、ユンがにやりとして言う。……他人事だと思って面白がってやがるな、と思いつつ、ちょっとにらんでやると、ユンは首をすくめ、
「そんな恨めしそうな顔で人を見るな。凪、自分を名探偵だと信じるんだ。そうでないと、解決できる事件も解決できなくなるぞ」
 などと、無茶苦茶を言う。それで、
「無茶言うなよ」
 と文句を言うと、どういうわけかエンゾが、ユンに加勢し始め、
「いえ、凪さん、ユンさんの言う通りですよ。自分は必ず事件を解決してみせる、自分にはその能力がある、と信じれば、きっとうまくいきますよ」
 と励まされ、私は不満の形に下唇を突き出した。
 自分が名探偵だと信じれば誰でも名探偵になれるなら、ポアロもホームズも別に偉かないだろ。
 と思って。

 ともあれ、現時点で私の最大関心事は、
(ヤン・クゥシンは生きているのか、否か)
 である。
 事件現場を訪れた後、二~三のホテル建設候補地をのぞき、特に何の収穫もなくホテルに戻った私は、今日取ったメモを整理しつつ、そのことを考えた。
(もし生きているのであれば、何故姿を現さないのか……)
 もし既に死んでいるのであれば、この疑問について答えは出るのだが、そうなると、
(何故、チョウ・ジルイは、その場で殺されたのに、ヤン・クゥシンは別の場所で殺されねばならなかったのか……)
 と別の疑問が、わいてくる。ちなみに事件当夜、二人を含むブルーリゾート・ホテルのスタッフさんたちが事務所を構えるビルの駐車場の防犯カメラに、二人が同じ車(言うまでもなく、チョウ・ジルイが遺体で発見されたときに乗っていた車だ)に乗って出て行く姿が確認されているらしいので、同車が襲撃された際、ヤン・クゥシンもその場にいたことは、ほぼ確実であるとみていい。少なくとも警察は、そうみている。さらに、ちなみに。車にはドライブレコーダーが取り付けてあったそうだが、それは、チョウ・ジルイの携帯電話とともに本体ごと持ち去られており、そのことも、ヤン・クゥシンに対する嫌疑を深める原因となっているらしい。
『ペッロラ・カステーロ』という問題もある。
 その宗教団体が、どこまで事件に関わっているかは、まだわからないが、少なくとも『完全なる無関係』とは言えない状態ではないか……。
 等々ということを考えつつ、眠りにつき、翌日は、その『ペッロラ・カステーロ』の看板信者と化しつつあるというエレーナ・ムラカミに会うべく、『マナウス』という町へ向かった。
『マナウス』とは、有名な熱帯雨林であるアマゾンの入り口、といわれている町で、そこへ行くには、まず『サンパウロ』へ行き、そこから出ている直通便で四時間かけて飛ばねばならない。
「じゃあ、日帰りは無理なんじゃない? 先生、せっかく来たんだしさ、アマゾンの方もちょっと見てこようよ」
 リオデジャネイロ発サンパウロの空港への直通バスの中、今後の移動行程の説明を受けて、シンは、そんなのん気なことを言った。
 私は、じろりとシンをにらみ、
「……あんた、できるだけショージと会うの、遅らせようとしてるでしょう」
 ショージはシオウとともに今日辺り、リオ入りするはずである。
 シンは小さく首をすくめ、
「……会えば、まあ、ただじゃ済まないだろうね。骨の一本や二本は、もう覚悟してるから、大丈夫」
「…………」
 覚悟て何のだ、とは私は、きかなかった。さすがに、そのくらいの察しは、つくのである。私は……そのときは、どんな手を使ってもショージを止めねばならない、と覚悟を決めた。
 ところで、中継地である『サンパウロ』には、ネイサンの天敵がいる。
 一説によれば『サッカー・リーグ最強談義』で大もめにもめたという、はたから見れば、むしろそれは親友と呼ぶべき事態であるように見えなくもないのだが、ともあれ、やはりユンは気になっているらしく、口数が減少してきている。それで、
「……私たちは、通過するだけだし、ジュンギって人も気にしないんじゃない?」
 と慰めのつもりで言ってみると、ユンは、ぶすりとした顔と声で、
「甘い」
 と言う。
「ジュンギというやつは、ものすごく執念深い上、細かいことでも気にしてずっと根に持つタイプなんだ。きっとあいつは、気に入らない俺たちの足を引っ張るため、こっそりこちらの動向をうかがっているに違いない……」
 と。……ずいぶん厄介な人も、あったものである。
 もっとも、後でシンがこっそりと(ユンがトイレに立った隙に)教えてくれたところによると、
「サッカーの話は、ユンさんとネイサンが凪先生を怖がらせないために言ってるだけで、本当のところは結局、『組織』内の派閥争いの話らしいよ。ネイサンも、あんまり詳しくは教えてくれなかったけど、ネイサン派とジュンギ派の間で、過去にも色々あったみたい……」
 だそうで、そうなると私の出る幕などないような話であるが、……まあ万が一出くわしてしまった場合はネイサンの要望通り、「世界最高峰のサッカー・リーグは『リーガ・エスパニョーラ』だ!」と言い張ってがんばるべきか、私はちょっと迷った。
 それは、さておき。
 バスが空港に到着するころ、ユンは思い切った決断を下して、私とシンを驚かせた。
「いっそ、こちらからジュンギに会いに行って、あいさつしておこう。こそこそ逃げ回るより、その方がマシだ」
 という決断を。

     *

 凪とシンがユンの決断に驚いている頃、シオウはショージをつれて、リオデジャネイロ入りしていた。
 先日凪たちが使ったタクシー乗り場に向かいつつ、
「そういえば、シオウさん、ポルトガル語は、話せるんですか?」
 ショージが、ふと、そうきくのに、
「勉強中だけど、少しは。……ユンほどじゃない」
「ほう。ユンさんは、ペラペラですか」
「あいつのあれには、敵わないよ」
 シオウは、そう苦笑いを漏らしてみせ、
「それよりショージこそ、せめて英語くらい勉強したらいいのに。……これから、さらに日本の外での仕事は増えるぞ」
 と、からかった。シオウのみるところ、でも、ショージは一片の英語もわからぬわけではないらしい。だいぶん聞きとれてはいる様子なのだが、本人が頑として英会話を口にしようとしないのである。
「大丈夫ですよ。関西弁は、世界共通語ですから」
 と言って。
「そんなバカな」
 とシオウは、つい笑ったが、ショージがその言葉通り、例えば先日の『大陸での仕事』の際も関西弁で押し通したらしいことは漏れ聞いている。とある『餓鬼』のメンバーによれば、
「ああいうのは、『伝わっている』とは言わん。『気迫で相手を呑んでいる』、と言うんや」
 ということらしいのだが、……いずれにせよ、本人がそれで困らないのなら、まあいいか、とシオウは思った。
 二人が乗り込んだタクシーは、法定速度を重要視しないドライバーが運転するタクシーであった。
 シオウが当面宿泊することにしているホテルの名を告げると、タクシーは快調に走りだしたが、目的地への到着を急ぐあまり、忙しなく車線を変更したり、もたついている車にクラクションを鳴らしたりするので、そういうのが嫌いなシオウは顔をしかめた。
「おい、そんなに急がなくてもいいんだぞ。もっと丁寧に運転してくれ」
 顔をしかめながら、そう注文をつけると、ドライバーは鼻で「フン」と笑った後、
「おたくら、日本人か? 日本人は真面目過ぎるって聞いてたけど、本当だな」
「……残念ながら、一応俺は韓国人だ。それに、これは真面目とか国籍の問題じゃない」
「そいつは、失礼した。しかし、真面目ってのは、いいことだが、羽目を外すということも人間、大事だぜ? 人生は、楽しんだもん勝ちだぞ」
「羽目を外したいなら、俺たちのいないところでやってくれ。個人的な意見だが、別に安全運転を心がけて法定速度を厳守しても、人生は充分楽しめるぞ」
 シオウの反論に、ドライバーはしかし、さらにアクセルを踏み込むことで答えた。
「安心しろ、俺は伝説のレーサー『アイルトン・セナ』の大ファンなんだ!」
 と言って。
「……。……いやいやいや、だから大丈夫、な、わけないだろ!」
「俺には『音速の貴公子』の守護霊が、ついている! 天使のお告げだ、『汝、必要以上の速さで目的地に着くように』……てな!」
「……それ、天使じゃなくて、たぶん悪霊だそ」
 ……等々というシオウとドライバーの会話はポルトガル語だったので、ショージには何のことかわからなかったが、とりあえず状況次第でドライバーを撃ち殺してでも車を止めよう、と思った。
 そんなシオウとショージの危惧は、目的地のホテル直前で、しかし予想とは違った形で起こった。
 ホテル前に車を停止させるべく、何十度目かの車線変更を試みた直後、ガツンという金属音とともにタクシーが小さく揺れた。後方からの衝撃である。
 素早くタクシーを道の端に寄せて停止させ、
「誰じゃぁぁぁぁ!」
 と怒鳴りながら出て行ったドライバーは、しかし、数分もしないうちに困り顔で客席の方をのぞきこんできた。
「ぶつかってきた野郎、どうも、外国人みたいなんだ。全然言葉が通じねぇ。あんたら、ちょっと話してみてくんねぇか?」
「…………」
(……こいつ、客を何だと思っているんだろう?)とシオウは内心あきれたが、一応車外へ出るだけは出ることにした。通訳の件はともかく、目的地のホテルの看板は既に見えている、後は歩いて行ってもいい、と思って。
 後ろからぶつかってきた車のドライバーに目をやったのは、単純に好奇心からだったが、シオウと同じく相手の姿を確認したショージは、
「……あいつ……?」
 と眉をひそめた。その様子に気づいたシオウが、詳細を問いただそうと口を開くのを制するように、「あいつ」の方もショージに気づき、
「あっ」
 と声をあげた。
「例の……『C.O.B.』のカワタですよ」
 シオウに素早くそう耳打ちし、ショージは、にこやかに近寄ってくるカワタに軽く手をあげて、あいさつした。

「あんた、『餓鬼』の……ショージだったな」
 カワタは、そう愛想よく声をかけてきた。『仕事先』で会った時と違い平服姿だったが、それはショージの方も同じことである。
「奇遇やな」
「まったくだ。驚いたな、旅行でもしているのか?」
 と首を傾げるカワタを観察しつつ、シオウは、とっさの判断でタクシー・ドライバーに親切をしてやることにした。
「おい、お前、あいつに何か言いたいことがあるんだったら、伝えてやるぞ」
 傷ついたタクシーのお尻を調べているドライバーにそう声をかけると、ドライバーは喜んだ。
「そりゃ、ありがたい! 野郎、車の修理代と車が使えない期間の売上げ予定金、きっちり支払わせてやるぜ!」
 とファイト満々である。
(思うツボ……)
 とシオウは内心でほくそ笑んだ。これでシオウは、『通訳さん』として、カワタと接触できる……。
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