FC2ブログ

記事一覧

リオデジャネイロ・ライジング・7

 三章 It's a Beautiful day・1

 ユンと凪(とサイレンス)が、マナウスにあるアマゾナス劇場で、エレーナ・ムラカミの歌を聴いている頃、サンパウロのジュンギの居宅を訪れた者がある。
『イワサキ』という名のその日本人は、現在は『C.O.B.』に所属する傭兵であるのだが、かつては、『餓鬼』のボスであった男である。
 かつて、ユンとシオウ(と凪)と手を組んだショージによって、その座から追い落されるまでは。
「悪い知らせがある」
 イワサキは、イタズラを白状しに来た学生のような顔つきで、にやりと笑った。
「ヤン・クゥシンを殺してしまった」
「……何だと?」
 ジュンギは鋭い目つきでイワサキをにらみつけたが、イワサキはいっこうに気にならないらしく、『元・地下格闘技チャンピオン』だという立派な体を余裕たっぷりにソファの背もたれに預けてみせながら、
「悪い。殺すつもりは、なかったんだけどな。けど、あのアマ、閉じ込めといた場所から逃げ出しやがったから、つい……」
 と、ニヤニヤしている。
「…………」
 ジュンギは舌打ちをこらえ、イワサキをにらみ続けた。
 ユン、シオウ、そして、とりわけショージに恨みを持つイワサキを、それがために役に立つと考えて拾い上げたジュンギであったが、
(この男、だめだな)
 という見切りは、とうの昔についている。それでも、
(まだ、役に立ってもらわねばなるまい……)
 という事実でもって、嫌悪感を押し殺し、
「あの女、生かしておけば、何かの役には立っていたはずだぞ」
 と指摘するに止めた。
 ヤン・クゥシンとチョウ・ジルイの乗った車をイワサキと彼の仲間に狙わせたのは(彼らがそうするよう、さりげなくそそのかしたのは)他ならぬジュンギである。
 狙いは、言うまでもなくユン。
 ヤン・クゥシンかチョウ・ジルイのどちらかを殺し、どちらかを生死不明の状態で連れ去っておけば、チャン・ハオランがユンを使って事件解明及び行方不明者捜索に乗り出すのではないか……。
 というジュンギの思惑は、いまのところ面白いくらい図に当たっている。
(この後、ユンたちを相手に有利に事を運ぶには、ヤン・クゥシンを生かしておいた方が得策……)
 だったことは確かだが、イワサキの方は、さして悪びれる様子もなく小さく首をすくめ、
「だから。悪い。済まなかった、て言ってるじゃねぇか」
 と言った後、またニヤニヤしながら、
「ボス、そんなに神経質になるこたぁねぇ。あいつら、地球の裏側までアホ面さげて、のこのこ来てやがんだ。後は、どうにでもなる……」
「……仕方がない」
 ジュンギは脳裏にわいた様々な言葉を、(この男には、まだ果たすべき役割がある……)という認識でおさえこみ、小さくそうつぶやいた。
「女の死体は、確実に始末しておけ」
「わかっている。安心しろ、ぬかりはねぇよ」
 と自信たっぷりにうなずいたイワサキの言葉を、ジュンギは完全に信じたわけではなかったが、
「なら、いい」
 と素っ気なくうなずくことで、この話を終わらせてしまうことにした。
 明日、ユンと会う。
 ……ことは、イワサキには告げずにおくことにした。
 このバカに知られて思わぬ軽挙をされたら、何もかも台無しになる、と思って。

     *

 アンコール三回の後、コンサートが終わった。
「ユン、コンサート、終わったよ」
 私は、エレーナ・ムラカミが歌い始めてものの数秒で熟睡してしまったユンの肩に手をかけて軽く揺すぶりつつ、そう声をかけた。
 ユンは、寝つきもいいが、寝起きもいい。
 すぐにぱっちりと目を開け、
「ああ、よく寝た」
 とのたまった。私は、
「あんなに大きな音がしてたのに、よく寝られるね」
 と感心したのだが、ユンは、
「寝られるときに寝ておかないと、いつ寝られないような状況になるか、わからないからな」
 と恐ろしいことを言った。私は……夜はホテルのちゃんとしたベッドで寝られる旅行がしたい、と思った。
 ともあれ、私たちは他のお客さんたちの群れから離れて、エレーナ・ムラカミが休憩している(のだろう)控え室の方へ向かった。
 控え室へ通じる廊下は、当然の如く関係者以外立ち入り禁止エリアとなっているわけだが、そこに立ちはだかる警備員さんにアポイントメントがあることを告げると、案外あっさり通してくれたので、私は内心で拍子抜けした。これ要するに、『例の老人』及びジューダスの手回しに疎漏はない、ということなのだろうか。
 エレーナ・ムラカミは舞台衣装のまま、ドレッサーのイスに座って休憩していたようだが、私たちが入っていくと立ち上がって出迎えてくれた。
(これが、エレーナ・ムラカミ……)
 間近で見る彼女は、舞台上にいたときより小柄で少し弱々しく見えた。もっとも少し弱々しく見えたのは、コンサート後の疲労のせいかもしれない。
「初めまして、凪さんですね。上海のおじい様から、お話は伺っております。ようこそ、ブラジルへ」
 と日本語であいさつされ、私は内心の喜びと安堵(日本語が通じる!)を押し隠しつつ、
「どうも、私が凪です。私立探偵やってます。この人は、友人のユン……」
 とエレーナが差し出した右手を握り返した。ひどく柔らかい手だ、と思った。優しい握手。
(……この人には、何か悩みごとでもあるんだろうか?)
 私の次にユンと握手するエレ-ナ・ムラカミを見ながら、私がふとそんなことを考えたのは、彼女が『ペッロラ・カステーロ』なる宗教団体の信者であるらしい、という情報から生じた先入観のせいもあるだろうが、どことなくエレーナの目が暗く沈んでいるように感じたせいでもある。
 私が花束と『例の老人』からの手紙を渡すと、エレーナは、すぐに手紙を開いて読み始めた。ちなみに私は、その手紙に何が書かれているか、知らない。
 私はエレーナが手紙を読む間、じっとその表情を観察していたのであるが、ふいに微かに、ぴくり、と手紙を持つ手が震えた……ように見えたのは、私の気のせいだったのか、どうか。
「わかりました」
 手紙を読み終えると、エレーナはそう太い息とともに吐き出し、次いで私たちの方に顔を向けると、
「ごめんなさい。せっかく来ていただいたのに、あまりゆっくりもしていられないの。これから……今日のコンサートを開くのに協力してくれた方々と会わなくちゃいけないから」
 と申し訳なさげな笑みを浮かべて言った。
「あ、そうなんですか……」
 彼女から『ペッロラ・カステーロ』のことを色々聞いておきたかった私は、内心落胆しかけたのだが、しかし、
「だから、後で夕食をご一緒しませんか。上海のおじい様からのお手紙にも、そうしなさい、と書かれてましたし……。お二人とも、今夜はマナウスに泊まられるんでしょう?」
 とエレーナの方から申し出てくれ、
「え、ええ、ぜひお願いします!」
 と、私は全力で飛びついた。
 結局、ものの五分ほどでエレーナ・ムラカミの控え室から辞することになったわけだが、
「……コンサートを開くのに協力してくれた人たちって、ひょっとして『ペッロラ・カステーロ』の人たちのことかな?」
 控え室から外に出て、ドアを閉めたところで、そう小声で首を傾げると、ユンは、にやりとして、
「その可能性は高いな。ちょっと待って、連中の面を拝んでおくか?」
 などと言う。私はその案を、大変魅力的に感じはしたのだが(何はともあれ、『ペッロラ・カステーロ』の人、というものを一度見てみたい)、……しかし、私たちが用も済んだのに控え室周りでうろうろしていたら、警備員さんに怒られるか、最悪通報されはしまいか。
 ……という懸案を伝えてみたところ、ユンいわく、
「怒られたら、すみません、て謝って退散すればいい」
 つまり、怒られるまで粘る作戦、ということか。
 それに、とユンは廊下の向こう(警備員さんがいる方)を、小さくあごで示し、
「ただ、……そんなに待つ必要もなさげだが」
 と付け足す。
 示された方に目をやると、警備員さんが道を開け、二人の男性と一人の女性を通そうとしている姿が目に飛び込んできた。
(あれが『ペッロラ・カステーロ』の関係者……かもしれない、エレーナ・ムラカミのコンサートの後援者……)
 であろうと推察し、私とユンは彼らとすれ違うべく廊下の端を一列になって歩きながら、近づいてくる彼らの姿を観察した。
 男性二人は女性より若いようだが、三人が母子ではないだろうことは、ひと目でわかった。
 私が、
(……でも、ひょっとすると『ペッロラ・カステーロ』の人じゃないかもしれない……?)
 と、すれ違いざまについ眉をひそめたのは、男性の一人がひどく大きな体つきで目つきの鋭い、宗教関係者というよりは格闘家といった風情の人であったからだが、それよりも私の目を引いたのは、男性二人を引きつれるようにして歩いている女性の方であった。
(もしかして、あの女の人は、エレーナ・ムラカミの母親……?)
 と考えたのは、三人とすれ違った後のことだが、どことなく面立ちが似ていたような気がしたのである。この件に関してはユンも同じ感想を持ったらしく、すれ違った後で、「一族郎党入信してるのかもしれないな」と小声でつぶやいたりしていたのだが、ともあれ、問題の女性は、すれ違いざま、ちらりと横目で私たちを見、特に何のリアクションをすることもなく、そこには何もいないといわんばかりの態度で通り過ぎていった。男性二人は、あからさまに顔をこちらに向け、じろじろと私たちを見ながら通り過ぎた。
 背後で、さっき私たちが出てきたドアが開き、男女の話し声が漏れ聞こえてきた。もっともそれは、直後、ドアの閉まる音を最後に、あっという間に途絶えたが。
(……いまから、神様の話でもするんだろうか?)
 と考えつつ、私は一瞬だけドアの方を振り返ってみた。好奇心に駆られて。

     *

 ユンと凪が、エレーナ・ムラカミに花束を渡したり握手したりしているのを、サイレンスは通風孔にみっちりと詰まった状態で見ていた。
 その通風孔は、まるで測ったみたいにサイレンスの体が、ぴったりおさまるサイズだったので、まさに『みっちり』と形容するしかない有り様なのだが、存外居心地は悪くなかった。
(凪は通れるだろうけど、ユンは入れないかもしれないな)
 などと自分が今詰まっている通風孔に思いをはせている間に、ユンと凪は、さっさと退室してしまった。
(要するに、今夜二人は、もう一度エレーナ・ムラカミと会うんだな)
 と盗み聞いた会話から、そのことを脳内で確認していると、二人とすれ違うような格好で三人の男女がエレーナ・ムラカミの前に姿を現した。
(新たなる登場人物……)
 というのは、サイレンスの主観にすぎず、エレーナ・ムラカミにとって三人は、よく知っている人物であるらしい様子が見ていれば分かった。
「ママ……」
 複雑な声音でエレーナが漏らした言葉は、しかしサイレンスの興味は引かなかった。サイレンスが興味をひかれたのは、むしろ、その『ママ』と一緒にいる男二人である。
(あいつら……大きい方は軍人だな。もう一人は……たぶん、あれがジューダスの言っていた『ペッロラ・カステーロ』の幹部のブランコ、とかいうやつじゃないか……?) 
 というサイレンスの推測は、みごとに当たっていた。

     *

「すばらしい舞台だったよ、エレーナ。ラーラも喜んでいるよ」
 と、『ペッロラ・カステーロ』において、教祖であるラーラの次に重要な人物、とされているブランコは、にこやかに言った。
『ラーラ』という名前だけが公表されている『ペッロラ・カステーロ』の女教祖は、通常滅多に人前に姿を現すことがない。信者たちが、彼女に会い、その声を直接耳にすることも、特別の場合を除けば一切ない(もっとも『重要な』信者であるエレーナには、彼女としばしば会う機会が与えられていたりするのであるが)。
 実際、入信時のあいさつ以来、ラーラの姿を見たこともなければ声も聞かないという信者さえいる。
 一説にはラーラの兄であるらしいと噂されるブランコだけが、ラーラと日常的に接し、彼女の言葉を信者たちに伝え、信者たちの言葉(の一部)をラーラに伝えているのである。
 もっとも、ラーラは、「どんなに離れていても、私には信者たちの声が聞こえる」という特殊能力の持ち主である、という触れ込みなので、エレーナは、それを信じる前提で素直に喜びの笑みを浮かべ、
「よかったわ。自分でも、今日は上出来だったと思うの」
 と言ってのけたので、このアマゾナス劇場にラーラが来ていないことを知っている、エレーナの母親であるミカは、いたたまれぬようにため息をついた。ミカは、ラーラの特殊能力など、これっぽっちも信じていない。
「ねぇ、エレーナ、今夜の会食のことなんだけど……?」
 それで、この、『信じていない人には聞いていられない会話』を打ち切るべく、ミカはやや強引にエレーナとブランコの会話に割って入った。
 今夜の会食、は、あらかじめ予定されていたことである。相手は、『リデア王国』というアジアの小国の王族の一人と外交官で、彼らがエレーナのファンであることから、日頃から交流があるのである。
「そのことなんだけどね、ママ……?」
 とエレーナは甘ったれた声を出した。父親が他界して以来、お互いが唯一の肉親となった母娘なのである。
「さっき、『上海のおじい様』のお使いの人が来たの。ほら、そこにある花束、その人たちが持ってきてくれたのよ……」
 ミカは申し訳程度にテーブルの上に無造作に置かれている花束に目をやってみせた。
 花には興味のないミカであったが、その視線は先ほどに比べ、いくぶん和らいでいる。夫が事業に失敗し、路頭に迷いかけたとき、救いの手を差し伸べてくれた上海の老人には感謝しているのだ。
「その人たちを会食にお招きしたの。いいでしょう? おじい様からも手紙で、『もてなしてやってくれ』て言われたから……」
「…………」
 ミカには、エレーナの心が手に取るように分かった。
 今夜の会食が、嫌なのだ。
 いや、嫌というより、怖い、のだろう、と。
 エレーナのファンである王子と外交官に問題はない。二人ともいい人で、エレーナとも仲が良い。
 しかし、今に始まったことではないのだが、リデア王国は隣国の『アルドバドル』と常時交戦状態なのである。近年、一時の休戦期を経て、両国の緊張感が再び高まりつつあるらしい。
 そのせいだろう、先日リデア王国の国王生誕祭に招かれ歌を披露したエレーナも、アルドバドルの好戦派ともいうべき人々から目の敵にされてしまったらしく、山のような脅迫状が、主にネットを通じて届けられたのである。
「……仕方がないわね」
 V.I.P.との会食に部外者を参加させるという案はよくない、と思いつつも、ミカは渋々うなずいた。エレーナが「行きたくない」とごね出したらオオゴトだし、何より、『例の老人』の名前を出されたら、ミカとしては拒むことが出来ない。
「上海の『例の老人』の関係者の方が、いらっしゃるんですね。……それは、楽しみだ」
 これもエレーナに頼まれて会食に同席することになっているブランコが静かにつぶやき、ミカは嫌な顔をして、そっぽを向いた。

     *

 時間は、少し戻る。
 凪とユンがマナウスに飛び、一人サンパウロに残ったシンは、空港周辺をうろつきながら、さりげなく警戒の目を光らせていた。
 シンの本音をいえば、むしろ、
(ジュンギ一派が、何か仕かけてくればいいのに……)
 で、あって、それを是非とも自分の手で発見及び解決してみたいという、ちょっとした功名心はあるのだが、でも、
(……まあ、さすがにジュンギも、そんな見え透いたことは、やらないか……)
 という、あきらめもついている。ユンにしても、多分に『念のため』の措置としてシンを置いて行ったことは明らかで、現に、空港の中にも外にも怪しいことは何もない。
(がっくし……とか言っちゃいけないんだろうけど……)
 シンは空港の出入り口を見張れる位置にあるベンチに腰かけ、無駄だと知りつつも、周囲を行きかう一人一人の姿を、さりげなくチェックした。
 わかっては、いる。
 もしジュンギが本当に何か仕かけてくると思ったら、ユンはシンを一人で残したりしなかったであろうことなど。
(……察するに、これは僕に対する訓練なんだろうな)
 ということも。もっとも、
(だけど、こういう訓練をさせられるということは、ユンさんは僕に、何か特別な期待をしているのかもしれない)
 とも考えられるので、そうであるならば、なおのこと、
(何か、期待されている以上の結果を出してみたいんだけ……ど……)
 等々、指示されている以上のことをしようとする、という、取りようによっては『悪だくみ』をしかけていたシンの思考が、ふいに目の前を横切った男によって、いったん断ち切られた。
スポンサーサイト



プロフィール

ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
FC2ブログへようこそ!
オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

*人気ブログランキング(他サイトに飛びます↓)。

人気ブログランキング

*FC2ブログランキング(ランキングサイトへ飛びます↓)。

ブログURL
http://datyokiyo.blog.fc2.com/

最新コメント