FC2ブログ

記事一覧

リオデジャネイロ・ライジング・8

 三章 It's a Beautiful day・2

 その男は電話をしながら歩いており、「例の件だが……」という日本語が漏れ聞こえてきたことから、日本人であるらしいことが察せられたが、問題はそこではない。
(すげぇマッチョ!)
 であることが、シンの興味を強く引いた。
 シンとて一応戦士の端くれである。
(あのマッチョ、飾りじゃねぇな……)
 ということは、一目で見抜けた。いわゆるボディ・ビルダー的肉体美を目指した結果のマッチョではない。おそらく戦うことを目的に体を鍛えた結果のマッチョであろう。
(あの体に画像を合成して先生の顔をくっつけたら、さぞかし面白い写真ができるに違いない!)
 シンは格闘漫画の主人公みたいな体の男の通り過ぎていく背中を惚れ惚れと眺めつつ、そう考えた。ちなみにシンは、凪先生が怒るような画を作ることは、彼女との重要な『コミュニケーションツール』を作ることだと考えている。あれを介せば、どういうわけか会話が弾む(?)。
(何とか、あの兄さん、写真撮らせてくんないかなぁ……)
 の誘惑に逆らえず、シンは携帯電話を片手に立ち上がる。

     *

 ところで、格闘漫画の主人公みたいな体の男、は、他ならぬイワサキであった。
 イワサキは、突然見知らぬ人物が通りすがりに自分を撮影したことに、当然気づいた。
 気づいたので、当然、
「何だ、この野郎!」
 と自分に向かって携帯電話を向け、急にシャッターを切った男に向かって怒鳴りつけたが、相手は、恐るべき速さで走り去り、あっという間に姿を消してしまった。
 イワサキは、一瞬追うべきか迷ったが、
(……まあ、ただ写真を撮られただけの話だ)
 と流すことにしたのは、当面、電話の相手の方が大事だったからである。
『何か問題……?』
 電話の向こうの声は女の声だ。ささやくような声音になっているのは、向こうの問題ではなく、こちらの状況を気遣っているのである。
「いや、大したことじゃねぇ。さっき、妙なガキが通りすがりに俺の写真を撮って行きやがったもんだから……」
『写真? 撮られたの?……どうして、そんなことを?』
「知るもんか。まあ、ただのガキの悪ふざけだろうよ」
『……危険じゃないの?』
 という問いに、イワサキは一瞬頭の中に様々な事態を想定したが、
「……まず、大丈夫だろう。俺は別に芸能人でも有名人でもないし、前科がつくようなヘマもやってねぇ」
『大丈夫、なのね?』
「大丈夫だ」
 イワサキは、そう請け合った後、
「心配するな、ミカ」
 と声音をやわらかくして、ささやく。
「お前の娘は、もうすぐトチ狂った神様から解放される。俺は、約束を守る」
 と。

     * 

「いや、もう散々だったよ」
 ショージとシオウの顔を見たカワタは、開口一番そう言った。自動車は昼間の事故で傷がついたので修理工場に預け、タクシーを使って二人の宿泊するホテルまでやってきた、というカワタは、
「リオデジャネイロで一番うまい肉を出す店につれて行ってやる」
 と言って、二人をその店まで案内した。
「この店には、よく来るんですか?」
 狭いが居心地のいい店の奥まったテーブル席に座り、この場ではショージの雇った通訳に徹して押し通すことに決めたシオウが、単純に話のきっかけとして、そう尋ねると、
「まあ、ちょくちょくは。……けど、やっぱり和食が恋しくて。俺が住んでるとこの近くに、うまい和食屋があって、最近はそっちばっかりですよ」
 とカワタは屈託のない笑みを浮かべて言う。
(住んでるとこ……、ひょっとして『C.O.B.』の寮か何かだろうか……?)
 シオウは、そこのところが気になり、ど素人のふりをして尋ねてみようかと思ったが、どうせ答えてもらえるはずがない、と考えを改めて、
「そんなに長くブラジルに住んでいらっしゃるんですか?」
 に、質問の方角を切り替えた。もっともこの質問は、シオウにとって、わざわざ尋ねてみるまでもないところだったのだが、果たして、
「いや、長いっつっても、二~三か月ってとこですよ」
「けど……、まさか、この間のあれが初陣やった、ちゅうわけやないやろ?」
 ようやくのようにショージが口を開き、ぼそりとそんな指摘をする。カワタは骨付きの肉を豪快にかじりながら、
「いや、初陣じゃないけど、似たようなもんだな。いまのとこに所属してからは、二度目の合戦だ」
「……の割には、落ち着いとったな」
『いまのとこ』とは、『C.O.B.』を指すのであろうと解しつつ、ショージが、からかい半分に言うのに、カワタは苦笑いして、
「その前はフリーでやってたからな。一人で、あっちゃこっちゃ巡り歩いてたけど、何せ効率が悪い。仕事探すのも自分、その他手続きだの事務的な処理だのも自分……。まあ、それはそれなりに自由で楽しんでもいたんだけど、面倒くせぇは面倒くせぇなって思ってるとき、声かけられて……」
「スカウトでもされたんか」
「そう、イワサキさんて人に」
 と言ったカワタの声音は、さりげない感じだったので、ショージもシオウもカワタが意味ありげな視線を一瞬ショージの方に寄こさねば、その、特に珍しくない日本人の名字を、それほど気に止めなかったに違いない。
 カワタは素知らぬふりを装いつつ、せっせと肉を口に運びながら、
「イワサキさん、この間の仕事にエントリーしてなくてさ、俺、何気なく『どうして行かないんですか?』ってきいたんだけど、そしたら、イワサキさん、妙なこと言うんだ。
『俺は行けねぇ。ちょっと知ってるやつが来るみたいだからな。いま、そいつと会うわけに、いかねぇんだ』
 て、さ。妙なこと言うな、と思ってたら、イワサキさん、
『お前は行くんだろ? 向こうに行ったら、たぶん、『餓鬼』ってチームのショージって野郎が来てるはずだから、とんと面を拝んどけ』
 て、ますます妙なこと言って、ニヤニヤ笑うんだ。俺、わけがわからなかったけど、なんか、いやぁな感じと思って……」
「…………」
 イワサキ、という珍しくはない名字だが、知り合い、となると、ショージにもシオウにも思い当たる人物は一人しかいない。
(イワサキ、生きとったか……)
 ショージは容易に、かつて自分のボスであった男の姿を思い浮かべることが出来た。
 ユンとシオウと手を結び、自分が殺した……はずだった男の姿を。
 もっとも銃撃を受け海中に落下したイワサキの死体が、今に至るまで発見されていないことから、(……ひょっとして、生きとるんかもしれんな)という疑惑は、ショージの胸の内には、ずっとあった。
 無論ショージとしては、(おそらく、こちらに対して復讐のチャンスを伺ってる……)のであろうイワサキの情報を引き出したかったのだが、
「お前んとこの団体は、志願制なんか」
 と別の質問を口にしたのは、どうやら厚意だけで注意を促しに来てくれた様子のカワタを、自分とイワサキとの間で板挟みのような状態にしたくなかったからである。
 カワタは、ショージを見て小さくうなずき、
「そうだよ。お前んとこは?」
「指名制やな、どっちかというと……。基本、使えそうなやつと使えるようになりそうなやつを俺が選んで、相性見ながら編制する、て感じかな」
(手狭だから、できる話だな……)
 と胸中でぼやいたのは、沈黙を守っているシオウである。
 ユンとシオウの兵力というのは、基本的に、各地に分在し、各々独立勢力として活動しているのである。全部かき集めれば、それなりの人数になるが、一グループあたりの人数に関していえば、さほど多くはない。(一例をあげるならば、最少はスペインにいるチーム、『バルカス』。その数四人ということになっているが、実質は一人といえよう)。
(エントリー制……か……)
 シオウとしては、いわばライバル企業である『C.O.B.』の営業形態は気にかかる。
(要するに噂通り経営が雑なのか、もしくは、いちいち兵士一人一人の特性を把握していられないほど人数が多いのか……)
 両方だろう、とシオウは予測した。イワサキがカワタをスカウトしたという話から察するに、人数集めには熱心な様子が、みてとれる。おそらく、スカウトに成功すればボーナスが出るようなシステムでも取っているのだろう……。
(……それにしても、イワサキが生きていた)
 ショージの通訳という役柄に徹している以上、『C.O.B.』について探りを入れたい気持ちを抑えねばならないシオウは、沈黙を守って食事に励みつつ、イワサキの方に思考を移した。
 イワサキが生きているらしい、という事実には、ちょっと驚いた。
 死んだ、と思っていたわけではない。
 ちゃんと死んでいるのか、それともどこかで生き延びているのか、という問題そのものに興味を持ったことが、あまりなかったのである。
 あの時(というのは、ショージとともにイワサキを倒した当時のことであるが)、シオウとユンにとって大事だったのは、イワサキを『餓鬼』から追い出してショージをボスの座につかせることであって、イワサキの死は付随的なことでしかなかった。
(生きている、となれば、それはそれで面倒な……)
 などとシオウが考えているなど知る由もないカワタは、
「そりゃ、大変だな」
 とショージの話に対して首をすくめている。ショージは、ちょっと笑って、
「大変なんは、お前もそうやろ。わざわざ外国で就職して……」
「だから、さ、俺、いま、仕事の鬼なわけよ」
 カワタは皿の上のものを早々に片付け、タバコに火をつけつつ、けろりと笑って、
「とにかく仕事があればエントリーしまくってさ、早く金貯めて日本に帰ろうと思って。……まあ、この稼業、一生もんってわけにゃ、いかねぇしな……」
 と言うので、ショージとシオウは一瞬目と目を見かわした。
 どうやら、カワタ、『C.O.B.』を辞めたがっているのではないか……。
 二人の目配せに気づかぬカワタは、苦笑いしつつ、
「自分でも、フリーは面倒だから団体に入ってみたら、今度はわずらわしくてしょうがねぇ、てんじゃ、どうしようもねぇ、とは思うけど、やっぱなぁ……」
 とまで言って、気づいたように、はたと口を閉じる。
「……何や、途中まで言いさして」
 ショージが、シオウの方に目をやりたいのを、ぐっとこらえつつ、そう促すと、カワタはしばらく黙って火のついていないタバコを指先でもてあそび、
「……まあ、同業者のよしみで愚痴らせてもらうけど、……俺の勤め先な、どうも宗教がらみらしいんだよな」
 と苦い汁でも口に含んだような顔つきをしてみせる。
「そうと知ってたら、俺、入らなかったんだけどな」
「イワサキは、何も言わんかったんか」
 とショージが確認すると、カワタは下唇を突き出し、
「全然。……まあ、一応宗教の方は、入信しようとしまいと自由意志だって言われたから、俺は辞退したんだけど」
 辞退はしたものの、武力集団である勤め先が新興宗教団体と密接につながっているということが、カワタを不気味がらせているようだ。
「イワサキは、入信しとんのか」
 というショージの問いに、カワタは小さくうなずき、
「後で文句を言いに行ったら、『いいじゃねぇか、名前だけのことだ。お前も入ればいいのに。ギャラが上がるぞ』て。……どうも、おおっぴらにはされてないけど、形ばかりでも入信した連中、上乗せしてギャラもらってるらしいな。それで、俺、すっかり嫌になっちゃって……」
 情けなさそうに笑ってみせるカワタを前に、ショージとシオウは我慢しきれず、お互いの顔を見合わせて小さくうなずき合った。
「その……、お前の勤め先がつるんでる宗教って、ひょっとして、『ペッロラ・カステーロ』とかいう名前ちゃうんか」
 の問いかけに、カワタは、ちょっと目を丸くして、
「え? 知ってたのか?……なんだ、この話、けっこう有名だったのかな、俺、自分が『C.O.B.』に実際に入るまで知らなかったけど……」

     *

 夕刻、エレーナ・ムラカミに指定されたレストランに行くと、思わぬ大人数が待ちかまえていた。
 たぶん、扱いとしては『個室』に分類されるのであろうその席は、中庭という屋外に設えられており、八人掛けらしいテーブル席には既に五人の人間が腰をおろしていた。
 五人のうちの二人には見覚えがあった。『アマゾナス劇場』の廊下ですれ違った三人のうちの二人である。……もう一人、体の大きな男性がいたはずだが……と、そっと周囲を見まわすと、そのもう一人は中庭を囲む柱の陰に隠れるようにして立っているのが見えた。
 私は、彼が、『護衛』といった役割の人であったらしいことに、ここで初めて気づいた。
「どうも、遅くなりまして……」
 自分たちが、どうやら最後に到着したらしいことを察して、エレーナに向かってそう詫びると、
「いらっしゃい、凪さんとユンさん。ようこそ、ブラジルへ。改めて歓迎します」
 とエレーナは赤ワインの入ったグラスをかざしてみせた。
 すこぶる上機嫌。
 アマゾナス劇場の控え室で会った時の様子が嘘のように、はしゃいでいるらしいエレーナの姿に、私は内心だけで眉をひそめた。
 私が戸惑いを覚えた彼女の変化の原因が、彼女の左隣に座る男性(アマゾナス劇場ですれ違った男性の一人だ)であることに気づいたのは、食事も中盤を過ぎてからのことだ。最初に、
「この人は、ブランコ。私が……とてもお世話になっている人なの」
 と紹介されただけで、ユンとは二言~三言何やらあいさつを交わしていたようだが、私の方は言葉が通じぬ同士、「Nice to meet you」のあいさつ一つで、その場は終わってしまっていた。後々ユンが、「こいつが、例の『ペッロラ・カステーロ』の偉いさんだ」と耳打ちしてくれた。
 もう一人、アマゾナス劇場ですれ違った女性は、やはりエレーナの母親なのだそうで、彼女がいることもエレーナを落ち着かせている様子である。
 要するに、エレーナという女性は、ひどく不安感が強く、ひょっとしたら極度の人見知りなのかもしれない。世界的スター、というその立ち位置からは想像しにくい話、ではあるが……。
 ところで、私とユンはエレーナママであるミカと並んで座っているのだが、私たちの正面に陣取った二人、の正体こそ、振るっていた。
「この方は、リデア王国の皇太子、セロ王子です。そのお隣にいらっしゃるのが、同国外交官のキケルさん。二人とも、私のファンでいて下さるの……」
 とエレーナは、ちょっと誇らしげに二人のことを紹介した。私は……まさか自分の人生の中で、モノホンの王子に会うことがあろうなど、夢にも思わなんだ、と思いつつ、王子と外交官とそれぞれ握手を交わしたのであるが、……それにしても。
 世界的歌姫に新興宗教団体の幹部、さらに、皇太子に外交官。
(……ちょっとした化け物屋敷だな、こりゃ……)
 と私は自分たちのことは棚に上げて、内心だけで首をすくめた。道理で中庭に通ずる廊下や前室に、ラガーマンみたいな体つきの黒スーツがウロウロしていたはずだ、と、いまさらながらに納得する。
(それにしても、リデア王国……)
 私は柔和な顔をした若者である王子と、これまた外交官、などという要職についている割には若く見える(というか、たぶん若い。スピード出世でもしたのだろう)を眺めつつ、その国についての情報を思い出そうと試みた。
『セロ』という王子の名と、『キケル』という外交官の名は、初めて耳にするものであったが、
(……そういえば、リデア王国は隣国アルドバドルと休戦中で、でも、最近また緊張感が高まってきてるってニュースを見たような……)
 という一週間前くらい前にテレビで、何かのついでみたいな格好で流されていたニュースを辛うじて思い出した。何かのついで、みたいな格好だったのは、おそらく、両国とも日本とあまり関わりがない国であるせいだろう。あまり知らない国の戦争の話……。
 だが。
(そういえば、確かどっちの国も核保有国だとか言ってたような……)
 という不穏な情報も伝え聞こえてきている国から来た人々を、私は興味深く観察した。
(……それにしては、のん気そうな顔をしている、ような……?)
 セロとキケルという人物から、戦争が間近に迫っている、という風な切迫感は、まるで感じられない。もっともそれは、王位継承者といっても継承順位がそれほど高くないという王子(彼の父親である現国王は、たいそうな子だくさんであるらしい)と、アルドバドルとの戦争とは関係のないブラジルに駐留している官僚、という二人であるせいかもしれない。
 エレーナは、ひどく機嫌がよく、王子とも外交官とも楽し気に言葉を交わしている。
 彼女の上機嫌の原因の一つが、彼女の左隣に座るブランコという男性であるらしいことは先述した。エレーナは、この『ペッロラ・カステーロ』の幹部であるという男性を、心の底から信じ切っているものらしい。
 もう一つの上機嫌の要因であるミカは、もともと日本人だったのだそうで、だから日本語は問題なかったのだが、初めまして、の、あいさつの後、
「上海の、例の方はお元気ですか?」
 と一言、『例の老人』のことを尋ねてきたのみで、後は、こちらに見向こうともしない。
(どうやら私たちは、彼女にとって招かれざる客らしい……)
 と察しはついたのだが、ミカの不機嫌の原因が、必ずしも私たちだけではないことは、時間の経過とともに、薄々わかってきた。
 ミカがブランコを見る目つきに、はた目にも明らかな嫌悪がこもっている。
 そのことに、ブランコも気づいているようだった。彼の方では、なるべくミカの方を見ないようにしている様子が、みてとれる。もっともエレーナは、そんなこと気にする風もなく、時折ミカに向かって甘えた声で話しかけたり、時には抱きつくような仕草をしたりしている。ミカは、慣れた様子で、それらをいちいち受け止めていた。この母娘の関係が大変良好であることは間違いない。
 それにしても。
 私はエレーナと話すチャンスを待ちつつ、ちらりと横目でユンを見た。
 ユンは、さっきからリデア王国から来た人々と話しこんでいるのである。
スポンサーサイト



プロフィール

ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
FC2ブログへようこそ!
オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

*人気ブログランキング(他サイトに飛びます↓)。

人気ブログランキング

*FC2ブログランキング(ランキングサイトへ飛びます↓)。

ブログURL
http://datyokiyo.blog.fc2.com/

最新コメント