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リオデジャネイロ・ライジング・9

 三章 It's a Beautiful day・3

「ねぇ、凪さん……」
 ユンたちの英語の会話を聞くともなしに聞き流していると、ふいにエレーナが話しかけてきたので、私は若干あわてた。
「は、はい、何でしょう?」
「いやだ、緊張しないで」
 私の『あわて』を『緊張』と解したらしいエレーナは、慈悲深い笑みを浮かべてみせ、
「凪さんたちは、しばらくブラジルに滞在する予定なんでしょう? よかったら、明日にでも『アマゾン・ツアー』にでも案内しましょうか? 上海のおじい様からも、お手紙で、あなたたちのことを自分だと思ってもてなしてやってほしい、て言われてるし……」
「わあ、素敵」
 私は『例の老人』からの手紙を読んでいたときのエレーナの様子を思い出し、その手紙に何が書かれていたのか気になったのだが、とりあえずは彼女の申し出に、そう喜んでみせ、
「でも、残念なんですけど、仕事があるから明日はリオデジャネイロに帰らなくちゃいけないんです。せっかくお誘いいただいたのに、ごめんなさい……」
「まあ、そうなの? ねぇ、ママ、凪さんは、なかなか腕利きの私立探偵なんですって。この間なんか、バルセロナで殺人事件を解決したそうよ。おじい様がお手紙に書いてたわ」
 じじい、余計なことを書きやがって。
「あら……、そうなの?」
 ミカは、ちょっと気味悪そうに私を見た。
「いやぁ……、たまたま運が良かっただけで……」
 と本当のことを謙遜の如く言いつつ、私はちょっとした賭けに出てみる気になった。
「今回の旅行も、実はチャン・ハオランさん……ご存知ですか、『ブルーリゾート・マカオ』というホテルのオーナーの方なんですけど、その方から直々にご依頼いただいて……」
「『ブルーリゾート・マカオ』のチャン・ハオランさんなら存じ上げてます。私が中国公演に行ったとき、あそこのホテルに宿泊しましたから……。ね、ママ?」
 エレーナが小さくうなずきつつ同意を求めると、ミカは、
「え、……ええ、そうだったかしらね……」
 と曖昧に言いつつ、わずかに目を伏せた。
 私はその態度に不審を感じたが、エレーナの方は無邪気なもので、
「凪さんは、ハオランさんとお知り合いでいらっしゃるの? 彼、何か困ってるの?」
 とズケズケときいてくる。……その口調が少し挑戦的であるように感じたのは、私の気のせいであろうか。
 私は努めてにこやかに、かつ、さりげない口調を装って、
「ええ、実は……」
 と、ハオランさんのブラジル進出計画と、そのためにブラジルに来ていた彼の部下のチョウ・ジルイが殺害され、ヤン・クゥシンが失踪した事件について、大まかに話した。
 話しながら、一同の顔をさりげなく見まわしてみる。
 エレーナとミカ、そして言葉がわからないはずのブランコも、無表情に、あるいは無表情を装って私の話に聞き入っている。この会話にユンとリデア王国の二人は加わっていないのだが、特に王子の方が興味深げに私の方をちらちら見ている様子から、ユンの方でも、いま、私と同じ話をしているらしいことが察せられた。
「なんだか、小説みたいな話ね」
 話を聞き終えたエレーナが、無表情を解いて、にっこりと笑う。
 私は、ミカが心なしか青い顔をしていることに気づいた。
(……この人、何か知ってるじゃないか)
 そう感じ、もう少し探りを入れてみようかと考えたとき、ふいにユンが、テーブルの下の皆から見えない部分で、私の腕をつかんできた。
 それが、(この場で深追いしない方がいい)という合図であることが、すぐにわかったので、私はミカからエレーナに目を移し、
「……ところが、現実なんですよ」
 と小さく首をすくめるに止めた。

     *

(この二人、どうもクサいな)
 とユンが感じたのは、リデア王国のセロ王子が凪とエレーナたちの話に興味を持ち(と言っても日本語の会話がわかるわけではなく、凪たちの様子から何かを察したらしい)、ユンに向かって、「何の話をしてるんでしょう?」と暗に通訳を求めてきたせいばかりではない。(もっともユンは、自分が彼らと世間話しながらも凪たちの話をしっかり聞いていることをセロ王子がちゃんと見抜いているらしいことを感じ、こいつ、ぼーっとしているように見せかけておいて案外抜け目がないな、と腹の底でつぶやいたのだが)。
 セロ王子が、彼の隣に座るブランコに、なるべく視線を向けないようにしているらしいことに、徐々に気づき始めたからである。
 最初は、普段あまり親しくしていない知り合いの二人、にしか見えなかったのだが、さりげなく観察しているうちに、その余所余所しさが、意識して装っているものにしか見えなくなった。
「だけど、探偵の助手というのも、面白そうですね」
 ユンから、凪がエレーナたちにしていたのと同じ説明を聞いたセロ王子は、そんな感想を漏らした。
「しかし、わからないな。その、チャン・ハオラン氏という人物は、私的に事件を解決しようというのですか?」
 とキケル外交官は、眉間にしわを寄せてみせる。この人は、やや神経質な性質らしく、話しながら指先でしきりにナプキンの端をよじっている。
「さあ。……俺たちは、ただ調査依頼をされただけですので……」
 ユンがにこやかにそう受け流すと、セロ王子は両目を好奇心に輝かせ、
「もし、犯人を突き止めたら、どうなさるおつもりなんですか?」
「警察に突き出しますよ、もちろん」
「…………」
 セロ王子は、腑に落ちかねるような顔をした。
 キケルの方は、ズケズケと、
「では、チャン・ハオラン氏は、失礼ながら、ブラジルの警察を信頼していないということですかな」
「さあ……。俺にはハオランさんの胸の内のことは、知りようがありませんから……。しかし、あるいは、そうかもしれません」
 答えつつ、ユンは興味深くキケルの顔を見つめた。
(いやに、突っかかってくるな)
 と思って。
 リデア王国、及びその敵国のアルドバドル、そのどちらの国にもユンは部隊を派遣したことがある。
 もっともその折に、継承順位第十位のセロ王子とブラジル駐留の外交官であるキケルと会うことはなかったので、二人がユンを知らないらしいのは当然のことだろう。
 ユンにしてみれば、リデア王国とアルドバドルの歴史をさかのぼるような因縁にも政治思想の相違にも、もはや民族性のレベルにまで達したかに見える両国間の憎悪にも、興味がない。双方の国の戦いの果てに待つ利益不利益には職務上興味を持たないわけにはいかなかったが、とは言っても、どちらかの国に肩入れする気はない。
 もっとも、ここ数年は、前回の衝突の最後にかわされた和平協定が功を奏し、かりそめとはいえ平和な休戦状態が保たれていたはずである。
 職業的必要性からリデア王国とアルドバドルのその後の経緯をそれとなく見守っていたユンの目にも、最近になって急に高まり始めた両国間の緊張は、不自然なものとして映っている。
 不自然な、何者かの罠に陥ったものであるように。
(セロ王子……か……)
 ユンは継承順位が低いのをいいことに、のらりくらりと遊んでばかりいるらしいと噂のセロ王子の顔を興味深く見守った。セロ王子は、そういう噂がたつのに相応しいような、気楽そうな微笑を絶やさずに座っている。
(こいつ、本当に、ひいきの歌手のコンサートのためにブラジルに来たのかな?)
 セロ王子の自己申告を疑うユンの内心を察しているのかいないのか、セロ王子は、おっとりとした口調で、
「ひょっとしたら、ハオランさんという方は、事件が警察の手に負えないだろう、と思われるような、何か事情を知っているのかもしれませんね?」
 と小さく首を傾げた。
「……もし、ハオランさんがそんなことを知っているのだとしたら、たぶん警察に教えると思いますけどね」
 ユンはフォローの言葉を口にしつつ、でも、腹の底では別のことを考えていた。
(こいつら……エレーナ母娘やブランコだけじゃなく、リデア王国の二人も含めて……全員が事件に何らかの形で関わってるんじゃないか?)
 ということを。

     *

(エレーナ・ムラカミは後で凪とユンに再び会う約束をしていたんだから、エレーナ・ムラカミの後を追えば、凪とユンは向こうから姿を現すんじゃないか)
 というサイレンスの予測は、見事に的中した。
(僕って頭いいよな)
 サイレンスは凪たちの入っていったレストランの入り口を見張りつつ、自分で自分を、そうほめたたえた。いまのところ、自分以外に自分をほめてくれる人が周囲に見当たらないからである。
 本当は、アマゾナス劇場の控え室で、凪とユンが出て行った後、すぐに二人の後を追いたかったのだが、それは叶わぬことだった。
 何故なら、サイレンスが身をひそめていた通風孔は屋内からしか出入りできない構造になっており、いくら『関係者以外立ち入り禁止』ゾーンを突破するパス(どうやら、『関係者』は皆このパスを持っているらしい、とサイレンスは推察した)を持っているとはいえ、
(盗み聞きをした後、相手がまだそこにいる状態で通風孔から登場してみせるのは、さすがにまずい)
 という常識が、サイレンスにはあったからである。
 それで、エレーナが控え室から去るのを通風孔に詰まった状態で待たねばならなかったのだが、……残念ながら、凪とユンが去り、エレーナの母と二人の男が訪れて去った後、エレーナ自身が出て行ってしまうまで、けっこうな時間を要してしまった。
(だけど、驚いたなぁ)
 エレーナママと二人の男が去り、控え室に一人取り残された後のエレーナの様子を思い出し、サイレンスは小さく首をすくめた。
 来訪者たちが去り、一人きりになったエレーナは、『例の老人』からの手紙を改めて読み直すと、それに火をつけて燃やし、次いで凪たちが持ってきた花束をつかみ、床に叩きつけたのである。
(お花、かわいそうだな)
 花を床に叩きつけたことで気が晴れたのか、冷静を取り戻した様子のエレーナが諸支度を整えて出て行った後、ようやく通風孔から這いずり出したサイレンスは、床に散らかったままの花の中から、一輪だけ救出してやることにした。
 叩きつけられた衝撃で花びらが散り散りになっている花々の中から、辛うじて無事だった一輪を拾い上げ、帽子に飾った。
(どうせ、すぐにしおれちゃうだろうけど……、まあ、ゴミ箱直行よりはマシだろう)
 と考えて。でも、サイレンスに救出された花は予想に反して、夕方になっても、まだ健気に咲き続けている。

     *

 ところで、サイレンスの『飼い主』ことジューダスは、サンパウロでシンを発見していた。ユンと凪が二人でマナウスに行き、シンの姿がそこにないことは、サイレンスの報告を受けて、既に知っている。
(ということは、シンは何らかの使命を帯びて、サンパウロに留まっているに違いない)
 という推察は、『事情通』であるジューダスには造作ないことである。
 実はジューダスは既に、ジュンギがイワサキを『飼っている』ことを知っている。……まあ、知っているからこそ、『例の老人』とともに凪をブラジルに送り込んだのであるが。
 言うまでもなく、凪たちとイワサキの因縁に関しても調べ上げている。
 いるからこそ、凪をエレーナ・ムラカミにわざわざ会わせたのである(と、いうことは既にエレーナの母親のミカとイワサキの関係性も突き止めている、ということでもある)。
 ちなみに、(知っているのに何故教えてやらないのか)という点に関しては、少しつじつま合わせに苦心しなくもないのだが、ありていに言えば、(その方が面白そうだから)であるし、さらに気を利かせて、(特に凪は手助けを最小限にすることで成長させた方がいい)という風な善意の皮を、おっかぶせてしまうことも不可能ではない。
 もっとも、凪がそういう手合いの『真実』に自力でたどりつくことができないと判断すれば、教えていたはずなので、要するにジューダスは凪の能力をそれなりに買っているということでもあるのだが、それはそれとして、シン。
「あれ、ジューダスじゃないか。来てたの?」
 と突然目の前に現れたジューダスを見て、シンは目を丸くしてみせたのだが、その声は、「驚いた」というより、「あきれた」という風に響いた。
「やあ、シン、……調子は、どうだい?」
 と問うてやると、シンは一瞬探るような眼差しでジューダスを見つめ、
「……どこまで知ってるの?」
 と逆に問うてきたので、ジューダスは苦笑いした。
「知ってはいないけど、察しはついていると思うよ。君、凪さんたちが戻るまで、空港を見張っているつもりかい?」
 と夕闇がさらに暮れかかる中、辺り全てを照らそうとしているかの如く景気よく明かりを灯している空港に目をやってみせる。
「……まあね。たぶん何が起こるってこともないだろうけど、一応、用心しとくにこしたことはないからね」
 慎重な口ぶりで言いつつ、小さくうなずくシンを前に、(シンは、また少し大人になったかな……)と感じ、ジューダスは胸が温かくなるのを感じた。
 凪は嫌がるであろうが、ジューダスもまたシンを自分の教え子(のようなもの)であると認識して、かわいく思い、その行く末を案じ、できるだけの手助けをしてやりたいと思っているのだ。
「用心の相手は、ジュンギかい?」
 さすがにユンも、ジュンギがイワサキを取り込んでいることには、まだ気づいていないだろうなと考えつつ、そうきくと、シンは、
「知ってるなら、答える必要、なくない?」
 と憎まれ口を叩いた後、ニヤリとして、
「でも、何か情報をもらえるなら大歓迎だよ」
 などと言って、またジューダスを苦笑させた。
「情報というほどのものじゃないけど、ちょっとした昔話をしようと思ってね。それで、君を探してたんだ。……ねぇ、シン、君は、『餓鬼』を作った人って誰か知ってるかい?」
「えっ?……ショージさんじゃないの?」
「違うようだね」
 ジューダスは小さくうなずき、
「もともと『餓鬼』は、大阪でゴロついている悪党グループだったそうだ。リーダーはイワサキという地下格闘技をやっていた男で、当時日本の裏社会では知らぬ者のない有名人だったらしい……」
「ショージさんは? イワサキってやつの下にいたの?」
「そのようだね。ショージは、イワサキのブレーンでサブリーダー……とはいっても、旧『餓鬼』解体後、三分の一強のメンバーが残って新しい『餓鬼』が誕生した、ということらしいから、実際は、もう少し強力な存在だったのだろうけど……」
「……要は、ショージさんが下克上したってわけ?」
 とシンが眉をひそめたのは、話の内容のせいではなく、
(何故ジューダスは、急にそんな話をしてくれるんだろう……?)
 と訝ったせいである。もっとも、何故ジューダスがそんな話をし始めたのかはわからないが、これがシンにとって非常に興味深い話であることは言うまでもない。
「下克上、といえば、そうかもしれないが」
 ジューダスは小さく首を傾げ、
「でも、きっかけは凪さんだよ」
「え、凪先生が?」
「そう。それと、言うまでもなく、ユンとシオウもね。
 というのも、当時、来日したばかりのユンとシオウが、イワサキともめ事を起こしたらしいんだ。もめごとの中身までは調べられなかったんだが、それ自体は特に大した話ではなかったようだ。でも、イワサキは……あれはどうも、脳みそまで筋肉でできている、というタイプの男のようだが、だからこその野性のカンで、ユンとシオウは早いうちに潰しておかねばまずい、と気づいたようだ。
 そこで、イワサキが目をつけたのが、凪さん。
 当時高校生だった凪さんが『餓鬼』に連れ去られたのを、ショージが助けたことが、君の言う下克上の始まりだったようだ」
 ジューダスは、そこで言葉を切ってちょっと笑うと、
「私が自分の目で見た話ではないのだけど、当時現場にいた人から聞いた話によると、イワサキ以下『餓鬼』のメンバーに取り囲まれた凪さんは、鉄パイプをふりかざして、不意打ちを狙ってイワサキに襲いかかったらしい」
「……それは大変だ」
「それも縦に振りかぶるのではなく、エモノを槍の如くかまえて、雑魚には目もくれず、一直線にイワサキの喉を狙って突こうとしていたそうな」
「……イワサキ、死ぬだろ」
「ところが、死ななかった。すんでのところでショージが止めたんだそうだ。たぶん、当時の状況で凪さんがイワサキに致命傷なんか負わせたら、かえって凪さんが危ないと思ったんだろうね」
 ジューダスは、そこまで言ってしまうと小さく肩をすくめ、
「私はこの話、凪さんに会う前に知っていたんだ。まあ、知っていたから彼女に非常に興味を抱いたわけだが……。でも、正直なところ、実際に彼女に会ってみるまで半信半疑でいたんだが……」
「……いやいやいや。『実際に会ってみたら、そんなことしそうな人だった』って言ったら、凪先生に怒られるよ?」
 シンは(凪先生なら、追い詰められるとそれくらいのことは仕出かすだろう)と思いつつも、一応そんなフォローをしておくことにした。
「まあ見た目じゃわからないけどね。実際に会って話してみると、……ああ、この人、やったな、と」
 と首をすくめるジューダスをじっと見つめ、シンは、
「……凪先生って、昔から命知らずの無鉄砲だったんだね」
 と、ひとまずそんな感想をつぶやいてから、
「……でも、ジューダス、何で急にそんなこと教えてくれるの?」
 と、ずっと気になっていたことを、きいてみた。するとジューダスは、
「何でかな?」
 と、はぐらかすように言ってニヤリとし、
「まあ、大人というものは、子どもにはオゴるものだからね」
 と付け加える。
 ……結果、はぐらかされた。
 とシンは思った。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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