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リオデジャネイロ・ライジング・11

 四章 Never Give Up・2

 ユンは窓から離れながら、
「いるんだろうけど、姿は見えないな。……それより、エレーナは、何もかも知っていたようだな」
「そうなの。『例の老人』は、手紙であらかじめ彼女に、事件のことについて全部知らせてたみたい……」
 私は改めてエレーナ・ムラカミの言動を思い出し、ゾッと背筋を寒くした。私は彼女のことを、(無邪気な人……)という印象で見ていたのだが、あにはからんや。すっかり、だまされていたようである。……さすが女優、というべきか。
「しかし、逆に良かったんじゃないか? これで、少なくとも、エレーナ・ムラカミは事件に関して何らかの重要な事実を知っているらしい、とわかったんだからな」
「……彼女、私が手紙の内容を知らないことに、よほど確信があったのかな……」
 もしそうでなければ、いや、そうであったとしても、すごい度胸だと思った。もし私が彼女の立場だったら、そんな真似はとてもできない、とも。もっとも、
「ま、相手は世界に名を知られた人気のオペラ歌手だからな。日本の田舎者の探偵を手玉に取るくらい朝飯前、な自信があったんじゃないか?……それ以前に、手紙にはしっかり封がしてあったし、凪がポルトガル語がわからないことくらい、見ればわかるだろうし」
 とユンが、からかうとも慰めるともつかぬ口調で言う通りなのかもしれない。
「……私が、ドサまわりの探偵だということが、バレてたのかな」
「……凪、誰もそこまで言ってないぞ。そもそも、お前、ドサなんかまわったことないだろう。上海もバルセロナもリオデジャネイロも、ドサとは決して言えない」
「住んでるとこが、そもそもドサなんだよ、私は。……ていうか、それでいいの。それがいいの。私、都会人になんて死んでもなれないし、田舎でのんびり生きるのが性に合ってんだから」
「お前は、またそういうことばっかり言う。そういうことばっかり言ってると、出世できないぞ」
「出世しなくていいんだってば。その件に関しては、ユンががんばって」
「……ひとに、なすりつけるんじゃない。俺だって、別にそこまで出世出世と思って生きてないぞ」
「私はいいけど、ユンはがんばって? 私は応援してるから。応援してるくらいが、ちょうどいいから。……まあ、そういう冗談は置いておいて。逆に、さ、エレーナは、あの手紙を読んでパニックを起こして、後先考えず、とりあえず事件のことは知らないふりをすることにした、って可能性は、ないかな?」
「その可能性もあるな」
 ユンは小さくうなずいて、私の推理を肯定し、
「それに、これは俺のカンだが、あの場にいる全員が、何らかの形でグルなのかもしれない。断定はできないが、……ほら、俺たちが、あのレストランに行ったとき、もう全員そろっていただろ? あれは、エレーナが事情を話して予定より早く連中を呼び出したか、あるいは、事情を話して口裏を合わせる時間を作るため、俺たちにあらかじめ遅い時間を告げておいたか……」
「ちょ、ちょっと待って」
 私は、あわててユンの話を遮り、
「確かにエレーナは、それをやろうと思えばできたと思う。……でも、彼女が、いくらなんでも、あんな……銃を持って、車に乗っている人たちに襲いかかるような殺人事件に関わるなんて……」
 何せ彼女は芸能人だ。人気、という変動の激しい感情を仕事の大きな足場にする……。たとえ間接的にしろ、そんなことに関わったことが世間に知れたら、ただでは済まないだろう。
「気づかぬうちに片棒を担がされ、後でそれを知った……ということかもしれないが」
 とユンは推測を付け足し、さらに、
「チョウ・ジルイとヤン・クゥシンの二人が、何故危険を冒すような格好で夜中に出かけるような真似をしたのか……。憶測の域は出ない話だが、ひょっとして、エレーナ・ムラカミの名前を使って呼び出されたんじゃないか、と考えると……」
「……なるほど」
 確かに、それならば、事件に巻き込まれた二人が、ちょっとしたリスクをものともせずに出かけた理由として、うなずける。
 おそらくエレーナは、『ブルーリゾート』の人々にとって重要なお客様であろうし、何より、彼女が持つ名声や人気は、若い二人を興奮させたであろうことは、想像に難くない。
 しかし。
「……でも、そうなると、誰かがチョウ・ジルイとヤン・クゥシンを途中で襲うため、エレーナに呼び出させた、あるいは、エレーナの名前を使って呼び出したわけでしょう?」
「ああ、そうなるな」
「一体、何のために?」
 残念ながら、ここまでの推理の中から、『動機』というやつが、すっぽり抜けてしまっているのである。
 確かに状況だけ見るなら、ユンの説明で一応のカタはつく。しかし、その誰かは、チョウ・ジルイを殺し、ヤン・クゥシンを連れ去ることで、何をどうしようというのか。
 まさか、土地を買うため、ではあるまい。
「それに……、リデア王国から来た人たちは? あの人たちは、だって、何の関係もないんじゃない?」
「確かに、一見、そうとしか思えないようだが、……ただ、ちょっと気になることがあるんだ」
「気になること?」
「そう。ブラジルに来る途中の飛行機の中で読んだ新聞に出ていたんだが、近々……明日か明後日か忘れたが、ともかく、アルドバドルの首相がブラジルに来るらしい……」
「…………」
 私は、無表情でユンを見つめた。
 事態が無駄に(?)大きくなる予感……。
「……今日はもう寝るか」
 ユンは、そう言うやベッドに横たわり、こちらに背を向けて寝る態勢に入ってしまった。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!」
 私は、とりあえずユンの背中にすがりつき、
「話が飛躍しすぎてて、よくわかんないよ! 何それ? アルドバドルの首相が、何か関係あるの?」
 と、追加の説明を求めたのだが、ユンはがばりと身を起こし、
「俺にも、まだよくわからないんだ」
 と言い、
「だけど、このタイミングでリデア王国の二人に会った、しかも同席していたのが、『C.O.B.』との関係が深い『ペッロラ・カステーロ』の幹部、となると、すべて偶然と割り切る気には、なれない」
 と言った後、「あ、そうそう……」と一人うなずき、
「言う暇がなくて忘れるところだったけど、シオウたち、『C.O.B.』の関係者と接触することに成功したらしい。カワタ、というその人物から得た情報によると、やはり『ペッロラ・カステーロ』と『C.O.B.』は、かなり密接につながっているらしい。
『C.O.B.』は要するに傭兵派遣会社なんだが、所属傭兵たちが任意で、形ばかりでも『ペッロラ・カステーロ』に信者登録しておけば、しないより、ややギャラが上がるんだそうだ」
「……『ペッロラ・カステーロ』って、そんな現世利益を追求したような手法で信者増やしてんの?」
 私は、そうあきれたが、ユンは薄く笑い、
「まあ、手っ取り早く人数を増やすには、効率的なシステムなんじゃないか。教団としては、人数が形ばかりでも増えれば、安心して入信する『本物の信者』も増える、というところだろう……」
「……信者の数が多い神様が本物、じゃ、どうしようもない気もするけど……」
 と、あきれてみせると、ユンは首をすくめ、
「そういえば、あのブランコってやつ、宗教団体の幹部というより、やり手の企業家という感じだったな。ただの印象だけど。
 ああ、それから……」
「まだ、何かあるの?」
 私は悲痛な声を出したが、ユンは委細かまわず、
「どうやら、イワサキが生きているらしいぞ。カワタとかいうやつの話を信じるなら、生きて、『C.O.B.』にいるらしい」
「……イワサキ?」
 私は、その名を聞いても瞬時に誰のことかわからなかった。どちらかというと、よくある名字の主として、何人かの有名人が思い浮かんだりしていたのだが、
「ほら、元『餓鬼』の。お前が、いつぞや喉を鉄パイプで突き殺そうとした、あの『イワサキ』だ。あいつ、死んだと思っていたが、生き延びてブラジルにいたんだな……」
 とまで説明されれば、わかりたくなくともわかるしかない。
 私は、全力で絶句した。
 一方ユンは、これで話が済んだと思ったらしい。
「凪も、もう寝なさい。いま、ちゃんと寝ておかないと、いつ、ちゃんと寝ていられない状況になるかわからないぞ」
 と既に眠そうな声で言い捨てて、さっさとこちらに背中を向けて、また横たわってしまった。
 私は……無茶を言うな、と思った。
 世界的歌姫のエレーナ・ムラカミが、事件に大きく関わっているかもしれない。
 その背後には、『ペッロラ・カステーロ』という間接的に武力を持っている状態であると思しき宗教団体がいる。
 ひょっとすると、リデア王国の王子と外交官も、当該事件に無関係ではないのかもしれない。
 さらに、数日内には、そのリデア王国と敵対関係にあるアルドバドル首相がブラジルに来る。
 そして、イワサキが生きていた。
 生きて、しかも『C.O.B.』にいるという。
 ……以上の情報が脳をぐるぐると巡り続け、私はその夜、一睡もせぬままに朝を迎えた。

     *

「探偵、なんて生き物、僕は初めて見たな」
 首都ブラジリアにあるリデア王国大使館へ向かう王族専用ジェット機の中で、セロ王子は機嫌のいい声を出した。
 事実、機嫌がよかった。
 セロ王子は、彼らにしてみれば、『不運な』『偶発的』トラブルを楽しんでいるのである。
「チャン・ハオランは、ともかく、あの『例の老人』とかいう中国人は、一体何者なんでしょうか? 一体何故、探偵など雇ってまで首を突っこんでくるのか……」
 キケルの方はイラ立たし気な口調である。
 そもそも、『C.O.B.』の傭兵を使ったチョウ・ジルイとヤン・クゥシン襲撃事件自体、セロ王子とキケルにとって、寝耳に水の事態であった。二人は首謀者が誰であるかブランコから既に聞かされているが、それを知った後でさえ、何故こんなバカな事件が起こったのか理解できない、と思っている。
「謎の人物、だな」
 セロ王子は、くすりと笑い、
「一度、会ってみたいな」
 と付け足し、
「そんなに心配するな。僕たちには無関係だよ。……事件のことに関しては、高みの見物を決めこんでいればいいさ」
 と慰めるような微笑を浮かべて言う。
(この御方は、まだお若い……)
 キケルとしては、そう思わざるを得ない。
 彼らの祖国であるリデア王国は、いま、正念場を迎えている。永年の敵であるアルドバドルとの戦端が再び開かれる時が、刻一刻と迫っているのである。
『ペッロラ・カステーロ』を仲介として、傭兵集団『C.O.B.』を買い上げ、いざという時の戦力とする、というアイデアは、セロ王子から出たものである。
 セロ王子から、その話を持ちかけられたとき、それまで彼のことを『ちゃらちゃらと芸能人と遊んでばかりいるボンクラ』と思い込んでいたキケルは、
(この御方は、ひょっとすると、天才的な政治家なのかもしれない)
 と目が覚めるような思いがし、さらに、事を実現していくにあたって、セロ王子が魔法のように使ったコネクション(どうやら、キケルが内心眉をひそめつつ眺めていた素性の怪しい芸能人たちの、さらに素性の怪しい知人たちらしい)に舌を巻いたのだったが、しかし、
(どこか、遊び半分でいらっしゃるようだ……)
 という印象は、いまだに否めない。
 何といっても、去年成人したばかり、という若さである。
 それで、キケルは、できるだけ重々しく、
「王子、これは遊びではありません。我が国の未来に関わる問題なのです」
「わかってるよ」
「いいえ、わかってはおられないように思います。いいですか、事が露見すれば、我々は国際社会に非難され、『C.O.B.』は解体となります」
「もし、そうなったら……」
 セロ王子は、くすりと笑い、
「また作り直せばいい」
「王子……!」
「と、いうのは冗談で」
 セロ王子は手で相手を押しとどめるようなジェスチャーをしてみせ、
「大丈夫だよ。僕たちの存在がバレないようにするために、『ペッロラ・カステーロ』ていうクッションを置いてるんだろう? やつらに渡している軍資金だって、僕の個人的財産から、しかも、それなりの工夫をして渡してるんだ。ちょっとやそっと調べたくらいじゃ、わからないように、ね」
 と、にっこりしてみせる。
 それに、と、セロ王子は心の中だけで、その先を付け加えた。
(それに、『ラーラ様』は、完全に僕を愛している。だから、絶対に僕を裏切るようなことはしないだろう……)
 そのことは、キケルには話してはいない。潔癖症のキケルに話せば、目を回して卒倒するだろう。何といってもセロ王子は、『神々の血を引く』王家の一員なのである。キケルも、まさかそれを本気で信じてはいないだろうが、そういう『設定』を重要視し、彼自身も存分にロマンを抱いている様子であるから。
 無論、セロ王子の方でも『ラーラ様』のことを愛している。二人の年齢差は親子ほども離れているが、しかし、この際そんなことは重要ではない。
 重要なのは、彼女が、彼にとって『目的を達成するために重要な道具』であることだ。
 初めから利用するつもりではなかった。
 あり余る暇を持て余すようにして年若くして遊びつくしたセロ王子が、いままでの相手とは『ちょっと違う』相手を探すともなく探しているうち、たまたま知り合ったのが、ラーラであっただけの話である。
 既に『ペッロラ・カステーロ』の教祖として、信者を増やし始めていたラーラは、存外簡単に『落ちた』。
 さらに彼女の右腕……というより、むしろ教団の黒幕として彼女を教祖に仕立て上げたブランコも、セロ王子にとっては好都合なことに、二人の関係を歓迎した。
(当然……)
 王族としての自分の『血』の利用価値を熟知しているセロ王子は、満足感をもってそう考えるのである。
 道具は、使えてこそ意味がある。
 そして、道具を使いこなす者は、自分の道具を心から愛さねばならない、と思っている。
(キケルには、わからない話だろうなぁ)
 セロ王子はキケルの、生真面目な性格が一目でわかるような顔を眺めつつ、にやつきを噛み殺した。
 キケルは、生真面目で堅物だ。
 そのことは、セロ王子にとって非常に好都合なことだった。何故なら、
(『C.O.B.』は僕の個人的財産を投資して動いている、いわば、『僕の』私物だ……)
 ということが、何を意味するか、など、
(キケルには、わかるまい……)
 だろうからである。
「まあ、放っておいても大丈夫なんじゃないかな」
 内心の思案など表情に微塵ものぞかせず、セロ王子はキケルにそう微笑みかけた。
「助手の方は手強そうだったけど、探偵の方は、どうってことない普通の女にしか見えなかった。……きっと何もできやしないさ」
 と。
「……人は見かけで判断すべきではありませんよ。それに、『助手の方が手強そうだった』という時点で、既に問題です。私立探偵と助手、などと言っていましたが、我々は何か、かつがれてるんじゃないですか」
 キケルが生真面目に反論するのに、セロ王子は苦笑いしてみせ、
「かつがれてるのは、間違いないと思うよ」
 と言って、キケルを驚かせた。
「兄上から聞いたんだけど、前にアルドバドルとの小競り合いがあったとき、『ユン』という男から傭兵部隊というのか、ともかく兵士を幾人か借りたらしい。今日会った『ユン』は、その『ユン』じゃないか、と僕は思ってるんだ」
 セロ王子の『兄上』は五人いるのだが、キケルにはそれが、国王の第三子である『ルビア王子』であることが、すぐにわかった。ルビア王子は、やや国粋主義的な思想の持ち主で、特に軍事方面のことに熱心に取り組んでいる。
「……断定できますか」
 とキケルは慎重である。セロ王子は両肩をすくめ、
「たぶん、ね。兄上から、そういうやつがいると聞いて、僕、ちょっと調べてみたんだ。何せユンという男、名前以外の情報が極端に少ないんだ。会ったことがある、というやつすら、満足に見つけることができなかった。ちなみに僕が知りえた情報では、本人の自称によると韓国人らしいが、ひょっとしたら日本人か中国人である可能性もある、ということだった。あと、ちょっと前にバルセロナで大火災があったの、知ってる? どうも、あれにもユンが関わってたらしいんだけど……」
「放火魔なんですか?」
 とキケルが顔をしかめるのを、セロ王子はあきれた顔で見て、
「まさか。詳しいことは、わからなかったんだけど、そういうことじゃないのは確かだ。それに、そんなつまらない悪事を働いて喜んでいるようなやつなら、『例の老人』とかいうやつが、かばうはずがない」
「かばっているのですか、『例の老人』なる人物が、ユンを?」
 キケルが、『例の老人』という中国の影の大物であるらしい人物の存在を知ったのは、つい最近のことである。
 つい最近になって、セロ王子の口から聞かされた。
(私は、セロ王子にも、かつがれているんじゃないか)
 とキケルが危惧するのは、一応念のため、そんな人物がいるのか調べてみたが、その本名どころか、そんな人物が実在するという確証すらつかめなかったからである。
 もっとも、セロ王子に言わせれば、
「そんな、うちの国みたいな弱小国の諜報網に引っかかるようじゃ、やっていけないよ」
 なのだそうだが。
 ともあれ、セロ王子は不満顔をし、
「そのようだ。とにかく僕が、もうちょっと知りたい、と調査の手を伸ばそうとしても、ある一定のところで遮断される……の繰り返し。そもそも『ユン』の『組織』自体が、ひどく秘密主義で動いているようだし、その上、『例の老人』のものと思われる力が、縦横無尽に横槍を入れてくる感じ、というか……」
 ともかく、何もわからないんだよ、と肩をすくめるセロ王子を見つめつつ、キケルはもう一度、
(私は、この方に、かつがれているのではないだろうか……?)
 と内心で自問自答せずには、いられなかった。
 ともかく、とセロ王子は言う。
「ともかく、ここは、かつがれてやっとくしか方法がないんじゃないか。かつがれてやっとこうよ、あの可憐な女私立探偵と、その助手だと言い張っている『ユン』に」
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Author:ふじきよ なお
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