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リオデジャネイロ・ライジング・12

 四章 Never Give Up・3

「……はあ」
 キケルは納得しかねたが、曖昧にうなずいておくことにした。
(この御方は、若い上に、やや楽天家が過ぎるようだ……)
 と考え、しかし、
(でも、それでいいのかもしれない。どの道、セロ王子の手を汚させるわけには、いかないのだから……)
 と考えて。すなわち、
(面倒が起こる前に、あの探偵どもを始末しておく方が、よいかもしれない。それも、私の一存ということにして……)
 という思案が、キケルの脳の隅に浮かびかけている。
(悪い考えを起こしているな)
 セロ王子はキケルの顔つきを見て、敏感にそれと察し、またにやつきそうになる唇を噛んだ。
 キケルの如き真面目一本鎗の考えそうなことなど、わざわざ話してもらわずともわかる、と考えながら……。

     *

『ユンかもしれないやつに会ったよ』
 というセロ王子からの電話は、深夜にかかってきた。
 無論ジュンギはユンがブラジル入りしていることを、本人の口から聞いて知っているわけだから、そのことについて改めて驚くはずもないのだが、
『あれ、驚かないね? ひょっとして、知ってたの?』
 というセロ王子の探りには、
「いいえ、知りませんでしたよ。わざわざ教えて下さって、ありがとうございます」
 と嘘の返事を与えておくことにした。もっとも、セロ王子の方は、その嘘をまるで信じなかったらしく、
『本当かなぁ?』
 と楽しげな口調で言い、
『ま、そういうことにしておいてあげるよ』
 と言い置いて電話を切ってしまったのだったが。
「…………」
 セロ王子からの電話について、ジュンギは、いったん考えこまねばならなかった。
(電話の目的は、親切ではなく、こちらの様子を探ることだろう……)
 ことは、明らかである、と思われた。
 ジュンギがセロ王子と知り合ったのは、数年前のことである。
 リデア王国はアジアに属するため、南米赴任を命じられたジュンギが取り引き相手とするわけにはいかなかったので、王族とはいえ興味の対象外としていたのであるが、ある日突然、セロ王子の方からやってきたのである。
「偶然、たまたま知っちゃったんだけど、あなた、ヤバい仕事してるんでしょう?」
 そう好奇心に満ちた目でジュンギを見たセロ王子は、当時まだ十代の若者であった。
 正直なところ、ジュンギには迷惑な客だった。当然だろう。もし、『組織』にこのことが知れて、なおかつ、「仕事の取り引きをした」と誤解されれば、テリトリー逸脱行為を犯したとして、ジュンギが決して軽くはない罰をくらうことになるのだから。
 セロ王子。
 国もとでは、『遊んでばかりいる』『王族史上最高にチャラい』王子として、評判はよろしくないらしい。
(なかなか、どうして……)
 とジュンギが思うのは、無論、セロ王子が『ペッロラ・カステーロ』という手品を使って、崩壊寸前だった旧『Children of Brazil』を『C.O.B.』として生まれ変わらせた手腕を知っているからである。
 もっともジュンギも、いわば、『競争相手』が自らのテリトリー内であるリオデジャネイロで発生し育っていくのを黙って見ているつもりはない。何せ、
(『Children of Brazil』を崩壊させるためのあれこれの工作には、それなりに手間をかけた……)
 のだから。
 そもそもズサンな管理体制で、いつ潰れてもおかしくないような『Children of Brazil』の崩壊を早める仕事は、それ自体は決して難しいものではなかったが、それでも、自分が潰そうとした組織をちゃっかり蘇生されるのは、
(自分の仕事を台無しにされたようで、面白くない……)
 のであるし、それ以上に恐ろしいことに、そんな、いつ潰れてもおかしくないような掃き溜めというべき組織に、さらにセロ王子の手腕で怪しげな新興宗教というオプションがついても、ジュンギの業界では、仕事の注文は多いのである。
 理由は、わかりやすい。そういう連中は、仕事を選ばないからだ。
 どこの世界の『軍事団体』でも、本音は、己の身内の兵力をなるべく損耗したくない。かといって、『場面』によっては、『捨て駒』といわれても仕方がないような戦術戦略をとりたいと考える者も残念ながら存在する。
 それを『傭兵』と呼ばれる非正規戦闘員でまかないたい、という人(団体)が、実際にいるのである。それも、ジュンギのみるところ、少なからぬ数の。
 ジュンギの属する『組織』では、そんな目的が察せられているのに兵を派遣するような真似は許されない。
 人道上の問題、だけではない。
 簡単に捨て駒にされてしまう兵士たちは、心が荒み、それでなくても荒くれ者を多数抱える集団で、最低限の秩序さえ保つことが不可能になるのは目に見えているからだ。
(だからこそ、仕事を選ばぬズサン経営の同業者を野放しには、しておけない……)
 のであって、そのために必要なのは、
(ユンを動かす……)
 ことである、というのが、ジュンギの陰謀なのである。
 幸い、いまのところイワサキは上手くやっているようだ。このままいけば、『ペッロラ・カステーロ』も『C.O.B.』も事件のあおりをくらって、無傷では済むまい……。
 そうなるように期待して、様々の布石を打っているのである。
 その布石を打ったジュンギにとって、
(最高の結果は、相討ち……)
 であることは、言うまでもないことだが、
(……まあ、それがダメなら、ユンに勝ってもらうのがいい……かな)
 と一人首をすくめたのは、ちょっと複雑な心境からである。ジュンギとしては、ネイサン派の連中も叩き潰してやりたいが、やはり『組織』の一員としての実益を考えるなら、『C.O.B.』に痛打をくらわせて、不気味なセロ王子の羽根をもいでおきたい、と思う。
 リデア王国は、その名の通り、『王制』の国である。国民投票によって選ばれた議員たちによる議会の存在もあるにはあるようだが、そんなものは形ばかりのものであるらしく、実際の政治は国王以下王族の面々によって仕切られているのだという。
 現代に至って尚、国の政権を握り続けている王族というだけで充分化け物じみている、とジュンギは思うのだが、ともかく、その中でも最高に奇天烈な化け物がセロ王子であるといえよう。
(一体、やつは何を考え、何を企んでいるのか……)
 少なくとも、(必ずしも我が祖国のため、というだけではなかろう……)とジュンギのカンは告げている。セロ王子という人物は、口先で何をほざこうが、そんな甘ったるい人物ではあるまい。
(ユンが、セロ王子相手にどう出るか……)
 ということに関しては、ジュンギは秘かに楽しみにしている。
 ジュンギのみるところ、ユンの器量は彼の直属の上司であるネイサンの比ではない。……もっとも、その評価には、ジュンギの『ネイサン嫌悪症』が少なからず影響しているのだが……。
(……まあ、いずれにせよ、この戦い、どちらが勝とうが負けようが、私に損はない……)
 そのことを脳内で再確認し、ジュンギは一人で、おさえかねた薄笑いを漏らす。

     *

 まんじりともせずに朝を迎えた私は、たっぷり眠って、すっきりと起きたユンとともに、朝一番の飛行機に乗りこんだ。
「凪、そんな気の小さいことで、どうするんだ」
 と私が夜を徹して、事態の、想像を遥かに超えた大きさ(最悪の場合、開戦間近といわれる国の事情に巻き添えをくうかもしれない……)に悩み続けたことを察したらしいユンが、慰めるとも励ますともつかぬような口調で言う。
「気を強く持つんだ。気持ちさえ強く持てば、何とだって戦える」
 などと無茶苦茶を言われ、私は、
「……できれば何とも戦わずに生きていたいんだけど」
 と、ため息混じりにぼやいたが、無論のこと、ユンの言葉がただの慰め、かつ励まし、であることは百も承知している。
「……まあ、悩みぬいたところで事態が縮小するわけではないしね。それはともかく、サイレンス、ついてきてるのかしら?」
 機内で私は、それとなく周囲の乗客たちの中から彼の姿を探そうとしてみたが、私に見つけられるようなサイレンスではない。
「いるだろう」
 と、ユンの方は、ことさら探すつもりもないらしい様子で、
「別にコソコソついて来させなくても、いっそ合流してもいいんだけどな。……でも、ショージのことがあるから」
「……そうだね。ただでさえややこしい状況なのに、ここでショージとサイレンスの死闘が始まったら困るもんね……」
 私はユンの言葉にそううなずきつつ、またため息をついた。
 ショージは、サイレンスに因縁がある。彼の知人をサイレンスが暗殺したことがあるのだ。ここ最近のサイレンスは私たちにとって、明確に敵、というわけにはいかない存在になっているのだが、しかし、というべきか、だからこそ、というべきか、とにかく迂闊にショージとサイレンスを会わせられない、と私も思う。
 サンパウロの空港に着くと、やや退屈そうな顔をしたシンが待ちかまえていた。退屈そうなのは、
「特に異状ありませんでした」
 ……だったからだろう。私は内心ほっとしたが、しかし、シンは、ただ私たちを待っているようなことはしなかった。無論。
「あ、そうだ。先生、お土産」
 と、シンが、わけのわからないこと(何故待っていた方が土産を用意するんだ、と私は思った)を言いつつ、自分の携帯電話の画面を私の方に見せてきて、
「すごいマッチョでしょ。昨日、この辺を歩いてた人なんだけど、ひと目見て、これは絶対先生の顔をくっつけねば、と思って……」
「……何の義務感に駆られてるんだ、おのれは」
 と私は最近恒例化してしまったらしい、シンの作成した、私の顔をしたマッチョマンの画像を見て顔をしかめた。仕上がりの気持ち悪さはともかく、相変わらずよくできている。
「この人、この辺を歩いてた通りすがりの人なの?……見知らぬあんたに、いきなり写真撮らせてくれるなんて、いい人だね」
 と、そこのところに感心すると、シンはちょっと首をひねり、
「いや……、撮らせてもらったというか、勝手に許可も取らずに撮ったというか……」
 と言ったので、私は一瞬絶句した。
「バ、バカ! あんた、それ、盗撮……」
 絶句からさめてそう叱ると、シンは小さく首をすくめ、
「まあ……そうとも言うかもね」
「そうとしか言わない! あんたは、もう、悪さばっかりして……」
「ごめんよ、先生。どうしても自分を抑えられなくて。……まあ、別に通りすがりのセクシーなブラジル人女性をいやらしい気持ちで撮ったわけじゃないんだから、カンベンしてよ。相手は、日本人のマッチョ野郎なんだから」
「相手と動機の問題じゃないの、これは!……え、相手、日本人なの?」
「うん、たぶん。『何だ、この野郎!』とか言ってたみたいだから。……ほら、この人」
 とシンが携帯電話をいじり、合成前の写真を見せてくる。
 見た瞬間、私は眉をひそめた。
 どこかで見た顔である。
 と、思った瞬間、パッと答えが脳裏にひらめいた。
「……イワサキ! ユン、これ、イワサキだ!」
 あわててユンにシンの携帯電話を見せて確認すると、ユンもさすがに驚いたらしく、ちょっと目を丸くし、
「なるほど、確かにイワサキだな」
 と、うなずいた後、シンに目をやると、
「シン、大手柄じゃないか。悪ガキのイタズラが妙なところで役に立ったな」
 と楽しげな口調で言う。私は……結果オーライでシンの悪事をほめないでほしい、と思った。

 あの時、私は必死だったのだ。自分はもう、イワサキたちに殺されるのだろう、と思いこんで。
 だったら、ただで殺されてなるものか。せめて敵のボスらしきやつを道連れにしてやる。
 ……という答えは、追い詰められた私が懸命に考えて絞り出した、人生の最後の活路、ともいうべき、なけなしの答えだったのである。
 もっとも、その答えに対して、当時私を助けてくれたショージは、
「アホの面倒を見るんは賢いもんの勤めや」
 と吐き捨てつつ、イワサキたちの目を盗んで私を逃してくれ、ユンとともに私を助けに来てくれたシオウからは、
「お前は、泣きながら助けを待つ程度のかわいげもないのか!」
 と罵(?)られ、唯一ユンだけが、
「そうか、凪は、がんばったんだな」
 と、ほめてくれたのだった。
「……まあ、ショージが後で言うことにはさ、あの時、イワサキたちは別に私を殺そう、とか、傷つけよう、みたいなことは考えてなかったんだって。それに、ああいう状況では、変に抵抗するより、大人しくしておいた方が安全だって……」
 ジュンギの『事務所』とやらに向かうタクシーの後部座席、私は、「昨夜ジューダスに会って、イワサキの話を聞かされた」というシンに、改めて当時のことを話して聞かせながら、ついぼやき口調になったのだったが、シンは神妙な顔つきで、
「うん、僕もショージさんの言う通りだと思うよ」
 と、うなずいた。次いで、
「今後は、気を付けてよ。僕たちと一緒にいると何が起こるかわからないんだし……」
 と大人びた口調で、そんなことを言い、さらに、
「でも、先生って学生時代から無鉄砲だったんだねぇ」
 と、心の底から感心した、というような声を出したので、私は全力で顔をしかめねばならなかった。
「誰が、無鉄砲だ。……だってさ、考えてみてよ、当時の私の気持ちを! いきなり見るからに、たちの悪げな男どもに拉致されて囲まれてさ、『殺す気はありませんから』って言われたってさ、信じられるわけないじゃん? そもそも言われなかったし!」
「いや、まあ、それはわかるんだけど」
 とシンは困り顔をしてみせる。
「でも、本当にショージさんの言う通り、そういう時はさ、嘘泣きでもして無力を装って相手の油断を誘う方が得策だよ。とにかく生きててくれなきゃ、こっちだって助けようがないんだから、さ」
 困り顔で、大人が子どもをたしなめるような口調で、そんなことを言う。
 私はシンをにらんで下唇を突き出した。
 この話をすると、当時も怒られたのに、今も怒られるんかい、と思って。
「そもそも拉致される前提で話さないでよ。無力なふり、なんか、できるわけないだろ。私は本当に無力なんだから!」
 と言い返すと、シンは首をすくめ、
「無力な人は、敵のボスの喉を潰しにいったりしないよ」
 と、なんかもっともなことを言った。……まあ確かに。と、私も一瞬思わなくもなかった。
 でも。
 と、私は不満の続きを口にする。
「でも、あの時は、ユンとシオウとは会ったばかりのころで、私は二人が助けに来てくれるなんて思ってなかったし、ショージに至っては敵グループの一人としてそこにいたんだよ」
「それで、イワサキの喉を突こうとしたの?……ちょっと結論が、すっ飛びすぎてない?」
「だって。あの、見るからにゴツイ、バリカタマッチョ野郎が相手だったんだもん。これは、下手な攻撃は返り討ちにあうだけだ、ってことくらい私にもわかるし、だったら、こっちが弱いと思って相手が油断している隙に一撃必殺で仕留めるしかない、と思って……」
「……追い詰められてるのか、余裕があるのか」
「追い詰められてたの! でなきゃ、『仕留める』なんて選択肢、脳に浮かびもしなかったよ。で、まあ、私としては精いっぱい知恵を絞って、おそらく相手は私が鉄パイプを持ったら上段から振りかぶると予測するに違いない、だから、できるだけ殴りかかるように見せつつ、最後の一瞬で突きにいこう、と……」
 そんな説明をしながら、私は、ふと、あの突きがショージに止められることなく、イワサキにヒットしていたら、どうなっていただろう、と考えた。
 イワサキは、死んでいただろうか。
 正直なところ、全然わからない。私には、ああいう攻撃が相手にどのくらいのダメージを与えられるのかの見当さえつかないのだ。
 ただ、私の必死の作戦は最後まで到達しなかった点を除けば、いま考えると、面白いくらいうまくいっていた。イワサキにしてみれば、私に全力で殴られたところで、さして痛くもないとタカをくくっていたに違いない。さらに言えば、私の脳に『急所を狙う』という程度の戦略(?)がある、ということさえ、夢にも思わなかったことだろう。
 それも無理からぬことで、当時の私はケンカ一つしたことのない、運動部員ですらない、ごく普通の女子高生だったのだから。
 もっともシンは、
「なんか……戦国時代の足軽みたいな戦い方だね」
 と私の決死の作戦を評したのであるが。私は……言いたいようにほざいてやがれ、と思った。
「シン、そんなに心配するな」
 と、ここでようやくユンが話に入ってきて、
「凪だって、もう大人なんだから、もしまた危険な目にあっても、今度は助けが来るまで時間を稼ぐくらいの知恵はある……はずだ」
 と言ったが、シンはあんまり信じない顔をした。……何で信じないんだよ。
「そうだよ。あれは全部子どものころの話なんだから。いまの私は、大人です。もしまたイワサキたちに捕まったとしても、みんなが助けに来てくれるってわかってるんだから、ちゃんと大人しく待ってます」
 私が止めのつもりで、そう請け合うと、……シンは疑わしげに私を見、
「本当に、そうしてよ。僕、嫌だからね。せっかく助けに行っても、先生がバリカタマッチョと相討ちで倒れてるなんて」
 と重々しい口調で、念押しするように言った後、
「……でも、まあ、一番いいのは、そもそも捕まらないでね」
 と結論した。
 言われるまでもなく、そうしたい、と思う。
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