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リオデジャネイロ・ライジング・18

 六章 リオデジャネイロの怪人・3

「今後は、私のことを『兄さん』と呼んではいけない」
 とブランコが申し渡してきたのは、二人が、生まれ育ったファベーラと呼ばれる集落から引っ越しをした直後のことだ。
 そう言われたラーラは、驚くというより、むしろあきれた。
「え、どうして? じゃあ、なんて呼べばいいの?」
 と問うと、兄は肩をすくめ、
「ブランコ、と呼びなさい。その方が、かっこいいから」
 と答えたが、ラーラは再び、(変なの……)とあきれた。だって、『ブランコ』は兄妹である二人が共通して持つ名字なのだ。
(私だって、『ブランコ』なのに……?)
 と、あきれつつも、
「……わかった、そうする」
 と、うなずいたのは、そうすることがラーラの習慣だったからだ。
 ラーラは、兄の言うことには何でも従う、と決めている。その方が間違いないからだ。兄は近所の子どもたちの中でも一番頭がよく、みんなから頼りにされていたし、何よりラーラを『飢えさせなかった』。
 これは、すごいことであった。
 実際、父と母が他界する前より、当時まだ少年だった兄が代わりに家を切り回し始めた後の方が、ラーラはずっとお金持ちになった。
 占いは、母から教わった。ラーラは勉強も運動も得意ではなかったが、占いだけは自分でも不思議に思うほど得意であった。
(だけど、占いでお金が稼げるなんて、正直、考えてみたこともなかったわ……)
 とファベーラに両親とともに住んでいたころのことを思い出して、ラーラは未だに兄の賢さに感心してしまう。たぶん、自分一人だったら、占いで稼げるなんて考えもせずに、きっと飢え死にしていたことだろう。
(たぶん、世の中に、私の兄さんほど賢い人は、他にいないんじゃないかしら)
 そう思い、兄の言葉には何でも従ってきたのである。
 そして、それは正解だった。
 ラーラは、いま、子どものころには夢にも思わなかった『お城のような家』に住んでおり、本物の『王子様』と恋をしているのだ。
 だが、そうは言ってもラーラとて、兄に何の不満もないわけではない。
 愛が足りない。
 自分に対して、のそれではない。
(兄さんが、『私の』信者たちに対して、もっと愛情を持ってくれれば……)
 という点に関しては、ずっとラーラは不満に思い続けている。
 ラーラに関していえば、信者たち、という存在に対して、愛情とともに重い責任を感じている。
 ラーラのみるところ、彼、もしくは彼女たちは、悲しみや不安、恐怖や怒りといった負の感情に支配されている人たちである。
 ラーラは、特にその人たちに対し、何をしてあげられるわけでもない。ファベーラに住んでいたころのように、占いをしてあげるわけにもいかないのだ。
 ブランコに止められているからである。
 最初は、どうして信者たち(や、そういうわけではない他の人たち。ブランコからは、「なるべく人と会わずに、部屋で静かに過ごしていなさい」と言い渡されている。『ペッロラ・カステーロ』を、ささやかながら『教団』として立ち上げたときのことだ。以来ラーラは、ブランコが「会っていい」と言ったときに、「会ってもいい」と言った人にしか会っていない)に会ってはならないか、理解できなかった。
 でも、今ならばわかる。
(私の能力を育てるためだったんだわ)
 ということが。
 何故ならば、『教祖』という使命を負って部屋(聖域、と言われているが)に垂れこみ始めてから、ラーラの能力がぐんぐん強くなっているのだから。
 例えば、肉体的苦痛を訴える信者が、いたとする。
 昔のラーラならば、それは『自分の力では、どうすることもできない事態』であったが、今は違う。痛む、という場所に手を当ててやり、一生懸命治るように祈ってやれば、信者たちの体は不思議と苦痛から解放されるらしい。(もっとも、その方法には限度があるらしく、どうにも良くならなかった場合は、教団の人たちが病院に連れて行くのだが)。
 さらに例えば、心に苦痛を抱えて、ラーラの信者候補として新たにやってくる人がいる。
 その時は、彼なり彼女なりの話を(ブランコ及び彼の子分たちが)聞き、(ラーラはブランコから伝えられた話を聞きながら)、ふと思い浮かんだ言葉を口にすれば、(それをブランコから伝え聞いた)彼なり彼女なりは苦痛から解放され、穏やかな顔つきになる(と、ブランコから聞かされている)。
 その信者たちになかなか会えないことは寂しかったが、稀に会うときは、ラーラはちょっともったいぶって、微笑んでみせたりする。
 そうすると信者たちは、本当に嬉しそうな、幸せそうな顔つきになる。中には泣き出してしまう人さえいるのだ。
 その人たちが、ラーラにとって、
(かわいくないわけがない……)
 ということを、しかし、ブランコは今ひとつ共有してはくれない。
(私のことは、兄さんに任せて言う通りにしていれば大丈夫。でも、信者たちのことは、私が何とかしなければならない……)
 とラーラは考えている。
 かつてセロ王子が、
「ラーラは、信者たちを救っているんだね。それは、すごいことだと僕は思うよ。誰かを救う、なんて、並大抵のことじゃないんだよ」
 と、ささやいた日から、その使命感は日に日に強くなっている。まるで不思議な能力と呼応しあい、お互いがお互いを育てあっているかのように。
(私の信者たちを守れるのは、私しかいない……)
 そう考えることは、気持ちのいい事だった。そのためになら、どんな不可能なことも可能にできる、というような、途方もないパワーが湧いてくるのである。
 ラーラのみるところ、信者たち、は、一人残らず何かに苦しめられている様子である。
 その『何か』は、多種多様で個々人によって事情は違うのであるが、日に日に増えていく信者たちの各々の苦しみに個々に対処することが不可能であることくらいは、ラーラにもわかる。
 だから、その個々の苦しみを一つに集約してしまわねばならず、そうすると、
(結局『世界』が悪いのだろう……)
 という結論に、ラーラはすんなりと達してしまうのだった。
 それは大変わかりやすく、また、正確な結論であるように、ラーラには思われた。
(『世界』は、変わらなければならない……)
 正直なところ、ラーラには『世界』というものが、よくわからない。彼女は、そこから切り離されるようにして生きてきたから。
 でも、よくわからないが、信者たちの話を聞くにつけ、そこが『とてもひどい場所』であるらしいことの察しはつく。
 しかも、これから良くなる見込みもそれほどはなく、むしろ『救われるべき人々』が増えていく一方の気配がするらしいことも。
(『世界』を変えなければならない。私は、一人でも多くの人を、その『苦しみ』から解き放たねばならない……)
 その為には、おそらく何らかの『力』が必要なのではないだろうか。兄の『賢さ』という力だけでは足りない(そもそもブランコが、ラーラの使命感に乗り気ではない)、もっと大きな『力』が。
(だから、私の方でも、セロ王子に『役に立って』もらわねばならない……)
 セロ王子が愛情だけでラーラに接しているのではないのと同じく、ラーラの方でも愛情以外のところでもセロ王子を必要としているのである。
(お互いがお互いを必要としている、理想的な『お互い様』というやつじゃないかしら……)
 ラーラがエレーナから教わった日本語を、そんな風に思い浮かべたとき、思考を断つようにドアが外側からノックされた。

     *

 セロ王子は、上機嫌で『ペッロラ・カステーロ』という、いつの間にか教団名を兼ねるようになった通称を持つ建物、を後にした。
 今日のセロ王子は、秘密の逢瀬にふさわしく、『そんじょそこらの若者』に見える服装をしている。要するに、変装している。
(実際、『王子』なんて昨今の世じゃ、だいぶんマイナーな方の『有名人』に入るんだろうな)
 そんなことを考え、歩きながらちょっと首をすくめる。
(しかも我がリデア王国は、世界でその存在感を示すような大国でも経済先進国でもない。おまけに僕は、その弱小国の継承順位十位、要するに、ほぼ確実に『王』になる見込みのない方の王子……)
 さらにそんなことを考え、周囲に人がいないのをいいことに、くすりと一人笑いする。
 不満なのではない。
(おいしい立ち位置……)
 だと思っている。
 実際、下手に目立っていればできないことの方が多くなるものだし、現に今、彼がやっていること、やろうとしていることは、目立たない国の目立たない王族、という立ち位置をフル活用して行っているものである。
 ラーラとの逢瀬は、それなりに楽しかった。
 無論、『ペッロラ・カステーロ』という教団が、いま、彼にとって重要な存在であり、だからこそ教祖であるラーラを絶対に押さえておかなくてはならない、という事情はあるものの、
(ラーラは、かわいい女だ)
 と思っている気持ちにも別に嘘はない。
 さすがに、というべきか、(自分も相当特殊な境遇を生きているセロ王子の目から見てさえ)異様、と形容したくなるような境遇を生きるラーラという女は、彼がこれまで会ってきた女たちと何から何まで違っている。
 ラーラは、兄(セロ王子はラーラから、そのことと、『ペッロラ・カステーロ』が教団として立ち上がるまでの経緯を聞いている)であるブランコに対すると同様にセロ王子にも従順だ。
 確かにラーラには、『超能力』と思われる不思議な能力があるらしい。
 セロ王子は、そのように認めている。それは、ラーラ本人が主張するほど強くはないが、だからといってブランコが否定している(様子をセロ王子は、みてとっている。ブランコは、おそらく生来的に『超常現象』を認めることのできない体質なのだろう)ほど、絶無でもないようである。
 もっとも、王子にとって、そのことは重要ではない。
 重要なのは、『ペッロラ・カステーロ』という集団であり、その核であるラーラであり、(たぶん一般的に見れば)ちょっと変人のラーラと会うことが、
(それはそれなりに楽しい……)
 ことなのである。
 ラーラの不思議な能力など、セロ王子には何の役にも立たないものでしかない。その点については、ブランコと同じで、ラーラの能力という不確定要素を当てにして何か事を起こす気など、さらさらない。
 ……などということを考えつつ歩いていたセロ王子は、門のそばに一人の男性が立っていることに気づき、一瞬足を止めかけた。
 足を止めかけたのは、その男が見覚えのない人物だったからである。
 無論、セロ王子は別に『ペッロラ・カステーロ』の関係者及び信者全員の顔と名前を把握しているわけではない。把握しているわけではないが、外部の者に対して固く閉ざされた『ペッロラ・カステーロ』という場所で、見覚えのない人物に出くわす、ということは、珍しい事ではある。
 セロ王子も継承順位の低い目立たない方であるとはいえ、一応国家の要人の一人である。
 自然、
(刺客……)
 という可能性が頭に浮かんだが、すぐにその可能性を否定した。
 幸か不幸か、現在セロ王子を殺して得られる利益は、その利益を受ける人々の内の誰かが刺客を放ってまで得ようとするようなものではない、はずである。
 しかし、門のそばに立っている男は、興味深そうな目で近づいてくるセロ王子を見守っている。彼が、どうやらセロ王子を待っているらしいことは、確かであった。
 セロ王子は、わざと歩く速度をゆるめ、自分を待っているらしい男のそばを無言で通り抜けようとした。用があるなら、向こうから話しかけてくるだろう、と思って。
「セロ王子ですね」
 案の定、話しかけてきた。驚くべきことに、世界中でその言語をしゃべる人はリデア王国の人だけであろうといわれているアルドリデア語で。
 王子が足を止めると、男はにやにやしつつ、
「御精の出ることで」
 と言うと、くるりと背を向けて早々と立ち去ってしまった。自分から話しかけておいて、相手に返事をする隙も与えぬ早わざである。
(……何だ?)
 セロ王子は束の間、あっけにとられて、去っていく男の背中を見送り、次いで一瞬、追いかけて相手の正体を確かめようかと思ったが、それは思い止まり、男の去っていく方と反対の方角に向かって歩き始めた。
(……何者だろう?)
 気になったが、振り返りたくなる気持ちは、ぐっとこらえる。
 あの男は刺客ではなかったが、決して安全な人物ではない。
 そんな風に感じられて。

     *

 セロ王子を待っていた男ことジューダスは、逃げるように去っていくセロ王子の後ろ姿をちらりと振り返り、
(あの坊やがセロ王子……)
 と口元だけで笑った。
 ジューダスがセロ王子に顔を見せに来たのは、『例の老人』からの指示である。
 もっとも、ジューダスがセロ王子に会うのは、これが初めてではない。
 セロ王子は一度だけだが、『例の老人』宅で行われた誕生日パーティーに出席している(紛れこんでいた、といった方が正確かもしれない。彼は正式な招待客ではなかったのだから)のである。
 その時、ジューダスは請われて彼を『例の老人』のベッドの幕の外まで案内したのである。が。
(どうやら、セロ王子は私のことを覚えておいでにならないらしい……)
 おそらく王侯貴族として生まれ育ったセロ王子は、『従者』の存在など、さして珍しいものでもなく、別に印象に残らなかったのであろう。
(その辺が、ワキが甘い……)
 とジューダスには思われた。
 もっとも、『例の老人』に言わせると、
「あの若僧、育てば化けるかもしれんぞ」
 であって、そう言ったときの口調の苦々しさから、彼が「あの若僧」ことセロ王子を嫌っていることは明らかなのであるが、さりとて、
(ただ、おそらく、『どう化けるか』を、見てみたい気持ちも少しはあるのじゃないか……)
 ということも、ジューダスにはちゃんとわかっていて、そのことに少し満足した。というのも、
(私が世話をしているあの老人は、まだまだ死ぬ気はないらしい……)
 ということが察せられて。
『例の老人』が、セロ王子に興味を持っているのは、無論、どう化けるか見てみたい、という好奇心からだけではない。
「もし、わしが死ねば」
 と『例の老人』は、ジューダスをリオデジャネイロへ送り出すとき、つぶやいた。
「もし、わしが死ねば、そして同時に、あの若僧が順調に『化け』れば、やつは、お前たちにとって強力なライバルとなるか、……下手をすれば『脅威』となって立ち塞がるかもしれぬ……」
 と。
『例の老人』は、グズグズと時間を無駄に過ごすタイプではない。
 彼は既に、彼の有形無形の『財産』を誰にどう引き継がせるか定めており、その為に必要な措置を次々と完了している。
 ジューダスは、既に自分が『何を』引き継ぐのか知らされているが、
(凪はもちろんのこと、ユンですら、自分が既に『引き継ぎ手』の一人に選ばれていることを知らないし気づいていない。それどころか、実際に引き継いだ後にさえ、そのことを知ることはないかもしれない……)
『例の老人』は、古代中国の始皇帝より賢明な王である、とジューダスは考えている。
 王者に限らず、人間というものは、衣食住が満ち足り、生活がある程度以上のレベルに安泰である目安がつけば、次に『不老不死』を求めるものであるらしい。
 伝承によれば始皇帝は『不老不死の妙薬』を探させるために巨大な船を造らせた、といわれている。西洋では類似の伝承はないものの、せめて自らの姿をこの世に留めることをもって不死と為そうとしたのか、絵画を写真に匹敵する写実的な技法へまで発展させ、末にはとうとう写真そのものを写す『カメラ』という機械まで発明してしまった。
 現代に目を移しても、特に生活水準の高い諸国で『アンチエイジング』や『健康』『長生き』という言葉が狂気のように踊り狂っているのが目につくし、写真さえもデジタル化され、人々は『永遠』を希求する切ない衝動に追い回されるようにして生きている……ように、ジューダスには見える。
 だが、『例の老人』は違う。
 彼は既に肉体と魂に見切りをつけ、その代わりに自らが死んでも、自らが生きているのと同じように彼の『力』が働くよう、社会の裏表を生きる各々の人々を使って、『システム』として構成してしまおうとしているのである。
(しかし、それには、まだ時間が必要……)
 とジューダスには思われる。当の本人は、
「未完で死んだとて、その時は、その時よ」
 と笑うが、それに関してはジューダスの方が、
(その完成を見たくてたまらない……)
 のである。
 その為には、
(おそらくセロ王子の頭を押さえておく必要がある……)
 ジューダスは、『ペッロラ・カステーロ』から出てきたセロ王子の姿を思い返し、
(確かに、あの坊やは、育てば私の世話する老人のライバルに化ける可能性がありそうだ)
 と認めた。
 あの二人は、たぶん同じ部類の人間である、とも。
 たぶん、地球上に同時多発的に発生しない方がいいタイプの人たちである、という点で、特に。
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