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リオデジャネイロ・ライジング・38

 最終章 The Greatest・2

「撃つな!」
 車の外に逃走したユンを撃とうとした部下を、ルビア王子は、銃を持つ手を押さえるようにつかんで止めた。少し離れた場所から、立ちすくんだようにこちらを見ている二人組の通行人がいることに気づいたからである。
「かまうな、大事の前の小事だ」
 ルビア王子は、車内にいる全員に向かってそう言い、
「我々の狙いは、あくまでもクネイルだ。……この車は、もう使えない。この先は徒歩で行くぞ」
 と決断した。

     *

 一方ユンは、車の近くの建物と建物の間にシンとともに身を隠し、人目につかないようにするためであろう、ばらばらに車から出て行くルビア王子一行の様子を見守っていた。
「ユンさん、袖が光ってる」
 そのことに気づき、シンが、ささやき声で指摘する。見ると、確かに両肩の袖が、黄色く光っていた。
「切ってくれ」
 これは味方同士の目印のつもりなのであろうと察しつつ、ユンは自らもナイフを出して光る部分を切り取りながら、シンにもそう頼んだ。
「セロ王子一行に射撃の的にされちゃ、かなわないからな」
 と、そうすべき理由を口にすると、
「……カワタさん、大丈夫かなぁ?」
 とシンが本当に心配している声と表情でつぶやいたので、ユンは車からルビア王子が出てくるのを見逃さぬよう、そちらを注視したまま苦笑いした。
「これくらいのことが大丈夫でなければ困る」
 カワタは、既に『餓鬼』に入ることが決定しているのである。
「それは……そうだけど」
 と、シンは首をすくめた。シンとしては、カワタが『餓鬼』に入るなら、自分の方が先輩ということになる(と思っている)ので、心配をしてやらねばならない、という気分なのである(もっとも、当のシンは『餓鬼』の居候、というべき存在であって、正式なメンバーとしては数えられていないのであるが)。
「他人のことより、自分の心配をしろ。……ほら、ルビアが出てきたぞ」
 と、ユンが注意を促した如く、ルビア王子が一番最後の順番で姿を現し、シンは口をつぐんでそちらの方へ意識を集中した。
「……行くぞ」
 ルビア王子の背中が充分遠ざかるのを待ってから、二人は物陰からするりと滑り出て、追跡を開始する。

     *

 ソフィーアの悲鳴を聞きつけてラーラの部屋に入ったアルトゥールの目に飛びこんできたのは、床に倒れているブランコと、床に座りこんで目を丸くしているラーラ、それに、取り乱してヒステリーを起こしているらしいソフィーア、の姿であった。床に砕けたワイングラスと、そこからこぼれたのであろう少量のワイン。
 アルトゥールは、
「落ちつけ!」
 と、まずソフィーアを叱りつけておいてから、床に倒れているブランコの脈を念のために調べた。ひと目見て彼が死んでいるらしいことはわかったが、それでも、そうせずにはいられなかったのである。
 ここで何が起こったか、誰にきかなくてもアルトゥールには、わかった。……いや、わかった、と思った。
(いつか、こんな日が来るような気がしていた……)
 からである。
 ラーラというブランコの妹は、アルトゥールからみても、とても世間でいっぱしにやっていけるようには思えない、彼らの言葉で片付けてしまうならば、『ノータリン』にしか見えなかった。悪い子ではないのだが、頭のネジが何本かぶっ飛んでしまっているようなのである。
 そのラーラを守り、最悪自分に万が一のことがあっても彼女が何とかやっていけるように、と考えて、ブランコが『ペッロラ・カステーロ』を立ち上げた事情を、アルトゥールは無論よく知っている。
 が、一方で、まるで幽閉されるような格好で生きることを『兄から強制された』ラーラが、いずれ兄を憎むようになるのではないか、という危惧は、アルトゥールの中に早いうちからあったのである。何せ、ラーラという『ノータリン』は、理を説いて何かがわかる、という能力が完全に欠如しているらしいので、何を思いついてどう考えるか、わかったものではないのだ。
 無論、アルトゥールは、『ペッロラ・カステーロ』というものがなければ、強盗か違法薬物の売人にでもなるしかなかったであろう自分たちを、『組織』の重要人物として、できうる限り『出世』させてくれたブランコの心情も、充分理解している。
 だから、腹が立った。
 おそらく、『憎しみのままに毒を混ぜたワインをブランコに呑ませて殺害した』のであろうラーラ、に対して。
 本当のところ、アルトゥール含めブランコの子分たちは、宗教、などという思考回路が肌に合わず、さして楽しい思いをしていたわけではなかったのだが、それは問題ではなかった。
 ブランコは、皆を守り、少しでもマシな人生を与えようとしていたのだ。
 大事なのは、そこだった。
「ラーラ、てめぇ、やりやがったな!」
 アルトゥールは、そう叫び、身に帯びていた拳銃で、ラーラを撃った。三発。
 ラーラは、何が起こったのかわからない、という顔つきのまま絶命し、ブランコの隣に寄り添うような格好で倒れた。何も見えない目を、丸く開いたまま。
「……ソフィーア、婆さんよ、入り用のものを持って逃げな」
 アルトゥールは銃をしまいながら、ぽかんと口を開けたまま、事の成り行きを眺めているソフィーアに告げ、自らも早々に立ち去るべくドアノブに手をかける。
「『ペッロラ・カステーロ』は、もう、おしまいだ」

「よう、アルトゥール、何があったんだ?」
 異変に気づき、ラーラの聖域前まで駆けつけてきた幼なじみで『ペッロラ・カステーロ』の幹部の一人であるマテウスにそう問われ、アルトゥールは、
「ブランコが死んだ」
 と短く答えた。次いで、
「皆に連絡を回せ。幹部の皆に、だ。……『ペッロラ・カステーロ』は、もう終わりだ。集められるだけの金を集めて、ずらかるぞ、てな。俺たちじゃ、ブランコみたいには、できないからな」
 と付け足すと、マテウスは目をぱちくりさせつつ状況を呑みこむ努力をした後、
「ありがてぇ」
 と、つぶやいて、首をすくめた。
「やっと、この生活と、おさらばできる」
 と。
「……急ごう、話は後だ」
 アルトゥールはマテウスに向かってそう微笑みかけ、自らの言ったことを実行すべく、足を急がせた。

     *

(こちらから探しに行くより、向こうから来てもらった方がいい)
 と考え、セロ王子は、カワタたち『C.O.B.』の面々が出払った後も一人で駐車場に留まり、兄に向けてメールを打った。
『緊急事態。身動きが取れない』
 の後、今いる場所を記して送信する。
 ルビア王子からの連絡は、ユンが車内にいる、という急を告げられて以来、全くないのであるが、
(僕がユンなら、兄さんをあの場で殺す、ということはしない……)
 と予測している。おそらくユンの目的であるところの『クネイル護衛』の真の狙いは、
(戦争の回避、であるに違いない。ということは、『サンボドロモ』及びクネイルの移動ルート付近で『ルビア王子が他殺体で発見される』、という事態は、相手にとっても望ましくないはず……)
 だから、である。
(兄さんが、一人で来てくれるといいが)
 この場で兄を始末してしまおうと思っているセロ王子にとって、気がかりはそのことだったが、それも、あまり心配はしていない。
 というのも、
(……まあ、兄さんはクネイル暗殺を優先するだろうし、でも、弟から助けを求められれば、自分が助けに行かなくては気が済まないだろう。あの人は、そういう人だ)
 とも予測しているからである。
 そう考えると、セロ王子は、ほんの少し胸が痛んだ。胸が痛んだが、しかし、まったくそのことと矛盾を感じることなく、つつがなく兄が一人で姿を現してくれることを祈った。
 セロ王子という奇妙人は、次いで、
(ラーラは、うまくやっているだろうか)
 と、『ブランコ殺害計画』の方に思考を移し、今度はラーラのために胸を痛ませた。
(かわいそうなことをさせたな……)
 と、ほとんど涙ぐみそうになり、
(この先、ラーラのことは僕が一生面倒をみてやるんだ)
 なる決意を固める一方で、
(……できれば、ラーラにはぜひとも成功してもらいたいものだ。もし彼女がしくじったら、おそらくブランコは、すぐに僕の企みに気づいてしまうだろう。そうなると、多少強引なやり方で彼を始末せねばならなくなるかもしれない……)
 と、これまた先ほど本人が涙ぐんだ感情と何の矛盾を感じることもなく、当たり前のことを考える自然さで、そう考える。
 奇妙人、というより、いっそ異常人、というべきかもしれない。
 セロ王子は、兄を殺さねばならなくなった自らの運命を呪いつつ、自分の思惑通りに事が運ぶよう祈りつつ、ルビア王子が姿を現すのを待った。

 やがて、その時は来た。
 弟がピンチに陥っているらしいことを知ったルビア王子は、クネイル襲撃に直接向かわせた配下の者に声をかけることはせず、一人でセロ王子を救いに行くことにしたのである。彼は、たった一人で弟の待つ例の駐車場に現れた。
 すべて、セロ王子の思惑通りのことである。
 そんなことは、つゆ知らぬルビア王子は、拳銃を手に、慎重な足取りでスロープを下り、周囲の物音に警戒しながら駐車場へと入った。
「兄さん」
 セロ王子は、兄の姿を見るや、そう声をかけた。
 ルビア王子は、弟の顔を見ると、まずほっと表情を安堵させ、次いで鋭く周囲に視線を配りつつ、
「敵は、どこだ?」
 と、低声で問うた。彼は、まだ弟が敵に捕らわれてここから出られなくなっているらしい、と信じて疑っていない。……それにしては、セロ王子が自由に動き回れる状態でおり、周囲に見張りらしき人物すらいない、という状況を理解していないのである。
 ルビア王子のために多少弁護してやるならば、彼は今、猛烈に焦っているのである。何故なら、
(早く行かないと、クネイルの乗った車がサンバ会場から出てきてしまう……)
 からで、ルビア王子の頭の中は、クネイル襲撃の件でいっぱいなのだ。
(馬鹿だなぁ)
 セロ王子は、そんなルビア王子を冷ややかな目で見た。
(だから、この人はダメだ)
 と。
 状況認識力が甘く、物事の優先順位というものをうまくつけることさえできない。その癖、たぶん自分の力と考えを信じすぎており、だから、『何もしない』という選択肢を取ることすらできない。
 セロ王子にしてみれば、
(愛国心大いに結構だが、真に国のためになることは何かという正確な判断のできぬ者には、むしろ無関心でいてもらった方が、どれほどいいかわからない……)
 としか思えない。
 だから、
「敵? 敵だったら、ここにいるよ」
 と首を傾げてみせつつ、抜き打ちで銃弾を兄の胸といわず腹といわず、たて続けに撃ちこんだ。銃にはあらかじめサイレンサーをつけているので、銃声はほとんど響かなかった。
 ルビア王子が、何発目の弾丸で死んだのか、セロ王子にはわからない。
 ともかくも相手が倒れるまで引き金を引き続け、相手が倒れてしまうと、ようやっと手を休めた。
「……兄さん、あなたこそが、リデア王国の敵だ」
 先ほどのルビア王子の問いに対する答えの続きとしてそうつぶやいたが、それはもはや何の意味もない音にすぎず、届くべき相手を失ってむなしく消え去るだけであった。
 が、これでセロ王子の仕事が終わったわけではない。
(グズグズしてられないな)
 とセロ王子が、ちらりと車用スロープの上の方に視線を送ったのは、おそらくユンがそこまで来ているだろうことが、わかっていたからである。
(どうやら、ここまで踏み込んでくる気はないようだ)
 そうだろう、と予測していたことが、実際にそうであったことに少々安堵しつつ、自分が乗ってきた車にルビア王子の死体を乗せ、積んであった爆弾の時限スイッチを操作し、五分、と設定した。
 もともとは『C.O.B.』に撃たせたルビア王子たちが乗ってきた車に乗せ換えるつもりで持ってきたものだった。
 クネイルにとってもそうだが、セロ王子にとっても、ルビア王子の『サンバの夜作戦』は、そんな計画があったことも含めて、闇から闇へ葬り去らねばならないこと、であった。ここでルビア王子の死体が発見されれば、リデア王国の人々もアルドバドルの人々も、状況から様々な想像を膨らませ、王家にもクネイルにも疑いの目を向けるであろう。
 しかしながら、ルビア王子を『死体も残さぬ状態で始末する』ということは、セロ王子にとっても難問であった。
 考えた挙句、
(死体を爆弾で木っ端みじんにしてしまった上で、兄上の生死を、ぼやかしてしまうしかない……)
 という答えに達したのは、セロ王子としては不本意(我ながら、『苦肉の策』とはこのことだ、と思った)であったのだが、何せルビア王子の計画を知ってから今まで、あまり時間もなく、また、外国で事を決しなければならないという事情も加わって、こういうことになってしまった。
(つまり、賢いやつなら、わかるのさ。戦争を避けたいなら、いま、僕を殺しちゃったらアウト。ブラジルで『セロ王子が死んだ』ら、それにつられる形で兄上が正体を伏せてブラジルにいたことが、ばれる可能性があるし、何より、僕には国に帰って『ルビア王子の生死をぼやかす』っていう役割が、まだ残ってるんだから……)

     *

 という風なセロ王子の考えていることと同じようなことを、スロープの上から下をのぞきこんでいるユンも考えていて、だから、
「踏みこまないの?」
 と不服そうに言うシンに向かって、首を横に振るしかしょうがなかった。
 もっとも、二人はそう長時間、下の様子をうかがっていたわけではない。
 ルビア王子の姿が消え、十分もしないうちに、セロ王子が悠々とした足取りでスロープを上がってきたからである。
「シン、撃つなよ」
 というユンの指示の声と、
「やあ」
 と、二人の姿を見たセロ王子が、にっこり笑ってあいさつした声が重なった。
「歩きながら話そうよ。ここにいると危ないから」
 主にユンに向かって言い、否やのなかったユンはセロ王子と横並びになるようにして歩き始める。セロ王子の口にした英会話をとっさに理解しかねたシンが一歩遅れ、二人の後ろに従う。
「……ルビア王子は?」
 と歩きながらユンが問うたとき、
 どおん、
 と大きな音がして、駐車場から猛烈な熱風と光が吹き出し、辺り一面を激しく震わせた。
 これにはユンとシンのみならず、セロ王子も足を止めてその方を振り返ったのだが、その時には既に熱風も光も止み、衝撃で割れたらしいビルの上階のガラスがパラパラと降ってくるのが見えただけであった。
「兄上なら死んだよ」
 ずい分間の抜けたタイミングでセロ王子は答え、再び歩き始める。ユンも、「だろうな」と言いたいのをこらえつつ、セロ王子に並んで歩きながら、
「俺たちのことは、どうするつもりだ?」
 戦うつもりはあるか? という意味を含めて問う。セロ王子は、くすりと笑って、
「どうも」
 と、相手をからかっているような調子で言う。
「どうもしないよ。君たちだって、僕を殺す気は、ないんだろう?」
 そう言って肩をすくめた後、
「それより、早くクネイルを助けに行ってやりなよ。いま、あいつに死なれても困るからね」
「……なら、何で刺客を差し向けたんだ?」
 と当然の疑問をユンが口にすると、セロ王子は、またくすりと笑って、
「君たちを僕の近くから追っ払おうと思って」
「…………」
 ユンは無言で小さく肩をすくめてみせたが、それは半ば自分を抑えるための仕草だったかもしれない。
 結局(まだ一仕事残っているようだが)これで丸くおさまってしまったのである。文句を言う筋合いもないくらい、丸く。
 ユンにしてみれば、何だかいっぱい食わされたような気がするのだが、腹を立てているわけではなかった。ただ、釈然としない感じが、どうしても胸の底にもやもやと残ってしまうのを、どうすることもできないではいたが……。
 少し広い道路に、一台の黒塗りの高級車が待ちかまえていた。ユンは、その車の運転席にキケルがいることに気づき、セロ王子は、
「……迎えが来た」
 と、どこかほっとした声でつぶやいた。
「じゃあ、この辺で僕はお別れするよ」
 と、これはユンたちに向かって言い、さっさと車の方へ歩いて行きながら、
「後は、任せるよ。あの女探偵さんに、よろしく。……もしかしたら、そのうち、何か仕事を頼むかもしれないから、くれぐれもよろしくって、ね」
 と言う。次いで、車のドアを自分で開いて後部座席に乗りこもうとし、その中途半端な体勢のままユンを振り返って、
「ね、これってさ、最高に……グレーテストなフィナーレだと思わない?」
 と、にやり、と笑った。

     *

「あの者たちは、よろしかったのですか?」
 車が走り出してしばらくしてから、キケルが口を開いた。セロ王子は窓際に頬杖を突いた姿勢を保ったまま、斜め前にいるキケルの横顔に、ちらりと視線を送り、
「いいんだ。……あいつらには、まだ役割が残っているんだから」
 と疲れたような声でつぶやく。事実、疲れていた。兄を追ってブラジル入りしてから今まで、気をゆるめられる時間が一秒もなかったから。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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