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リオデジャネイロ・ライジング・39

 最終章 The Greatest・3

「……キケル、失敗したな」
 次いでセロ王子は、いつもの調子を取り戻し、からかうような口調でそう指摘した。ユンは元気に姿を現したし、彼の様子をみれば、日本から来た女探偵の方も健在であろうことは明らかである。
「面目ありません。……やはり、殺し屋など頼むべきではありませんでした。いっそ、私が自分の手で……」
 とキケルが謝ると、セロ王子は爆笑して、
「バッカだなぁ、おかげで助かったって言ってるんだよ。キケルが自分で行かなくて、よかったよ。そんなことしたって、逆に殺されちゃうだけだよ」
 と笑いすぎて出た涙を指で拭きながら、忠告したのだが、
「そうでしょうか」
 とキケルは、あまり賛成しない口ぶりである。
(キケルは、よくよく悪だくみに向いていないたちらしい)
 セロ王子は感心と同情の混ざったような気持ちでそう考えつつ、
「……来てくれた、ということは、僕のしたことに賛同してくれた、と考えていいのかな」
 と一応念のために確認した。
 セロ王子はキケル宛てに置手紙をしてから、出てきていた。セロ王子はその手紙に、ルビア王子を殺す決断をしたことと、その大体の方法と予定場所及び決行予定時刻、さらに、そのすべてを内緒にしていたことを詫びる文言を書いておいたのである。
 セロ王子としてはブラジル駐在大使であるキケルをこの先も味方に引き入れておきたいのはヤマヤマであったのだが、一方で、キケルが『王族の血』に対して、人並み以上にロマンと敬意を感じているらしいことに対して少なからず危惧を感じていた。セロ王子もそうだが、ルビア王子もまた歴とした王族の一人なのだから。
「私は、あなたの選択と行動を誇りに思います」
 セロ王子の危惧など知る由もないキケルは、そう彼の確認に答え、次いで、
「……ですが、この次に何かなさる時は、隠さずに教えていただきたいと思います」
 と付け加える。セロ王子は相変わらず行儀悪く頬杖をついたまま、軽く肩をすくめ、
「……まあ、前向きに考えておくよ」
 と明言は避けた答え方をする。
 何せキケルは、『悪だくみに向かないたち』、であるようだから……。

     *

 ルビア王子の放った刺客が黄色の蛍光の目印を、セロ王子の放った刺客がピンク色の蛍光の目印をそれぞれ着け、クネイル首相を襲撃すべくバラバラの状態で向かっているらしい、とシオウは説明してくれた。ユンとカワタさんから連絡があったのだそうだ。
「ちなみに、クネイルの乗る車には、金色の蛍光塗料が塗りつけてあるらしい」
 シオウが、次にそう付け加えると、エンゾが首を傾げ、
「クネイル首相に違う車に乗ってもらうか、車に塗られた蛍光塗料とやらを剥がしてしまうわけにはいかないんでしょうか?」
「そうしたいが、無理だろうな。ともかくクネイルとしては、『暗殺計画があったのかもしれない』という噂が立つことさえ、今は避けたいに違いない。不用意な真似はできない」
 シオウはエンゾの提言を即座に却下して、
「ユンとシンとカワタ……それにショージも、おっつけ来るだろう。だが、こっちもそれを、ぼーっと待ってるわけにはいかない。
 手分けして、黄色とピンクの蛍光色をつけた人間を探して追い払おう」
 と言った後、私に目を向け、
「凪だって、一人くらい倒せるだろう?」
「もちろん。一人と言わず、二人でも三人でも!」
 私は特に根拠も自信もないが、ほとんどヤケクソでそう大見得を切ってみせた。
 ……すると、シオウは逆に心配そうな顔つきをした。
「……無理は、しなくていい。いいか、くれぐれも、無理はするな? 俺は一人で大丈夫だから、エンゾとルーカスをつれていけ」
 心配そうな顔つきでそう言った後、私の目を真摯な眼差しで見つめつつ、
「いいか、敵を見つけたからって、いきなり襲いかかるんじゃないぞ? まずは周囲と敵の様子をよく見て、いける、と思ったら、そこからさらに慎重にいくんだ。むやみやたらに敵に襲いかかるような真似だけは絶対にするな!」
 と真顔で言い放った。
 私は……シオウが私を危険人物だと思っていたらしいことを、いま、初めて知った、と思った。

 ともあれ、シオウの心配も心配だが、私も唯一の武装者(三人組の中では)として、ここはひとつ、がんばるしかないようである。……以下、私とエンゾの会話は日本語であるが、私とルーカスの会話はエンゾの通訳を介したものである。
 さて。
 私たちはシオウと別れ、とにかく黄色かピンクの蛍光色を探して、街の中をさ迷い始めた。
「……人が、いないね」
 昼間とはうって変わったゴーストタウンのように静まり返っている街を歩きつつ、私はそうつぶやいた。まあ深夜もとうに過ぎた時刻ということを考えれば、都会でもこんなものかもしれない(夜は家にいる田舎者の私には、その辺のことはよくわからない)のだが、いま、あのサンバ会場の中には八万人の人々がいるらしい、ということを併せて考えると妙な気がした。
「これが、ブラジルなんですよ。サンバの夜とワールドカップのブラジル戦の日は、街路から人がいなくなるのです」
 とエンゾが笑って言い、
「エンゾも、サッカー観るの?」
 と、きいてみたのは、雑談で心細い気持ちを紛らわそうと思ったからである。
 しかし、エンゾがそれに答える前に、
「しっ」
 とルーカスが人差し指を唇に当ててみせ、
「さっき、ピンクの光がちらっと見えた。……あの辺だ、ほら、そこ!」
 と次いで指さした方向に、確かにぼんやりとピンク色の蛍光色が見えた。私たちは慌ててその辺に駐車されていた車の陰に隠れ、
「どど、どうしよう、敵だ」
 と私は両手で銃を握りしめた状態で、いったんうろたえた。……が。
「バカ、怯んでる場合じゃねぇ! あの野郎を、撃って、撃って、撃ちまくって、クネ何とかいう偉い人を殺そうなんざ我ながら馬鹿なことを考えたもんだって悟らせてやるんだ!」
 とルーカスに叱られるまでもなく、……まあ彼の言ったようなことをせねばならないのである。
 しかし、その時、であった。
「待って下さい!……我々は、何故こうも愚かな殺し合いをせねばならないのでしょうか……!」
 突然、エンゾの何かに火がついた。
「敵、といっても、お互い人間同士です。話せば、わかるはずなんです! まずは、お互いわかり合う努力をすべきではありませんか! 私、ちょっと行ってきます!」
 そう言うや、エンゾはぱっと車の陰から飛び出し、
「そこのあなた! 無益な殺し合いは、やめませんか? 私たちは……わかり合えるはずなんです!」
 ……とか何とか言っているようだった。ポルトガル語なので、私にはわからないのだが、たぶん、そう大きくは外れてはいないと思う。
 私は……時と場合によって、世に善人といい人ほど厄介な人はいない、と思った。
 ……などと思っている場合ではない。
 返事は、銃声であった。
「エンゾ!」
 私は慌てて車の陰から飛び出し、銃声のした方向へ発砲しながら、エンゾの腕をつかんで車の陰に戻そうと試みた。
 が、私がそうしてしまう前に、ふいに、相手からの銃撃が止んだ。
 見ると、右手にレンガブロックを握ったルーカスが、こちらに向けて親指を立てている。要するに、
「敵があんたらに気を取られている隙に、そっと後ろに回りこんで……その辺に転がってたこいつ(レンガ)で、ガツンと一発やってやったんだ」
 というのがルーカス自身による説明。彼が倒した敵の姿を改めると、おそらく日本人の、どこかで見た覚えがあるような気のする顔、である。ひょっとしたら、私がイワサキに連れていかれた時にいた、あいつの仲間の一人かもしれない、と思った。こっちもいちいち覚えていないのだが……。
 ともあれ、結果ルーカスに助けられた私とエンゾが口々に礼を述べると、
「いやぁ、仲間として当然のことをしただけだ」 
 とルーカスは、ちょっと気取って謙遜してみせ、でも、すぐに真顔になって、
「それより……、今の手、使えるんじゃねぇか?」
 と提案する。
 私は、何の話かわからず、一瞬きょとんとした。
 
 その後、私たちはルーカスの提案した通り、『敵を発見したら、まずエンゾが囮となって話しかけ、私が威嚇射撃をしている間にルーカスが敵の背後に忍び寄り、鈍器でもって襲いかかる』という作戦を駆使し、三人ほど敵を倒した。
 三人目の敵を倒した辺りで、私はふと、
(世に非力な臆病者ほど怖いものはねぇな……)
 と自分たちの所業を振り返って思ったのだが、……まあ、いま、一番重要視すべきなのは、『つつがなくミッションをクリア』し、『三人が無事に生還すること』である。私は……ひとまず色んなことには目をつぶっておく決意を固めた。
 しかし、四人目の敵と遭遇した辺りで、特にエンゾに疲れがみえ始めた。
 今度は黄色い光を見つけたルーカス(彼は、とても目がいい。普段タクシードライバーとして一日中車の運転をしながらお客さんを探しているせいだろうか、今日の場合は敵の姿を見つけるのが、すごくうまいのである)が、
「よし、エンゾ、行け!」
 と声をかけ、エンゾが手順通り、また敵の方に向かって歩きながら、
「お待ちください、話せばわかります……」
 と日本語で話しかけ始めたのである。……おそらく、今日一日、通訳の仕事でポルトガル語と日本語のスイッチを切り替えすぎたため、混乱してしまっているのだろう。もっとも黄色の蛍光色を身に帯びているということは、相手はルビア王子の放った勢力、要するにリデア王国人であるため、ポルトガル語の方もどこまで通じていたか、は、疑問ではあるのだが……。
 それはともかく、さらに、
「あ、ヤバい、もう一人来た!」
 とルーカスが別の方角を指さし、見ると、今度はピンクの蛍光色。……言うまでもないことだが、こうなると、先ほどまでの作戦が使えない。
「ルーカス、ピンクの方、お願い!」
 私は仕方なく日本語でそう言いつつ(でも、『ピンク』くらいは通じるだろう、と思いながら)、黄色の方へ向かって発砲した。
 当然のこととして相手も撃ち返してきたので、こちらも負けじと撃ち返しつつ、エンゾを回収してビルとビルの隙間に逃げこむ。
「ルーカスは?」
 と頭を手でかばいつつ、エンゾがわめき、慌ててその姿を探すと、なんとルーカスは手に持っているレンガを敵に向けて投げつけるべく投球フォームを決めているところであった。
 無理と無茶にも程がありすぎる。
「バカ、ルーカス、そういうことじゃない!」
 と私は思わずビルの隙間から飛び出そうとしたのであるが、
「凪さん、出ちゃダメです!」
 とエンゾが私の腕をつかんで止めたのと、ほんのちらりと出た瞬間に黄色が撃ってきたのと、で、また元通り引っこまざるを得なかった。
 が、しかし、このままではルーカスが危ない。
「エンゾ、私が撃って敵を引きつけている間に、ルーカスを安全な場所へ回収して!」
 と指示すると、私はエンゾの返事も待たずビルの隙間から飛び出し、黄色の方へ向かって撃ちながら、街路樹の陰へ飛びこんだ。
 が、そこで、ある問題に気づいた。
 残弾が、なくなった、のである。
 ユンたちからは、
「いいか、常に残弾数を意識しながら撃つこと。弾が残り一発になったら、新しい弾倉に替えること!(これは、弾倉を交換している最中に敵に襲われた場合の予備策であるらしい)」
 と口を酸っぱくして言われているのであるが、あいにく、今日の今、この時点で、私は予備弾倉なるものを持たされていなかった。あまり多くの銃弾を調達するとジュンギの耳に入る恐れがある、ということで、今回は「特に無駄撃ちを避けるように!」と言われてはいたのだが……。
(さあ、……どうする?)
 私は自分で自分に問いかけ、でも、ろくな答えなど浮かぶはずもなく、いっそルーカスにならって銃本体を敵に投げつけようか、と考えたとき。
 パンパンパンと連続して銃声が、重なっているみたいにして響き、次いで、
「凪!」
「先生!」
 というユンとシンの声が重なって聞こえた。

 ユンとシンが敵を片付けてしまうのを待ってから、私たちは、とあるビルの入り口の軒下に集合した。
「凪、無事だったか?」
 ユンが、まずそうきき、私は「大丈夫」とうなずいた後、ちょっと胸を張り、
「あのね、私たち、三人の敵をやっつけたんだよ!」
「え、三人も? すごいじゃん」
 と目を丸くしたシンに、ルーカスが提唱した作戦の内容を話して聞かせると、シンは……ちょっと引いた。……何故引く?
 ユンの方は何がおかしいのか手を打って笑いながら、
「なるほど、考えたな。凪、がんばったじゃないか」
 と、ほめてくれた後、腕時計を見て、
「そろそろ、クネイルもホテルに着いてるんじゃないか……」
 と、つぶやいた。
「え、もうそんな時間?」
 驚いて、空を見上げると、……確かに。重たかった夜の闇が、薄く白みかけているようである。夜明けというには、まだ少し早いようだけど。
「いつの間に、こんなに時間が経ってたんだろう?」
 脳内でシオウと別れた時間から今までの時間を数えつつ、私はあきれ声を出した。必死で夢中だったせいだろうか、もっと短い時間のように感じていたのである。
 すると、ユンがにやりと笑い、
「楽しい時間は、あっという間に過ぎ去るものだからな」
 と言ったので、私は眉間にしわを寄せて首を傾げねばならなかった。
(楽しい時間……だったか……?)
 と思って。

     *

 今夜、こんなに上の空でサンバダンサーたちを眺めていたのは、自分だけだっただろう。
 クネイルは、『サンボドロモ』にいる間、何度か思って苦笑いしたその考えを、帰宅(帰る先は、ホテルだが)の車に乗りこみながら、また思い浮かべて苦笑いを漏らした。
 カーニバルは、まだ続いている。
 この後も日を分けて、全部で四日続くらしい。
(この男、ひょっとして、自分も一緒に死ぬつもりなのか?)
 実は内通者、の秘書が、クネイルを後部座席に乗りこませてドアを閉めた後、自らは何食わぬ顔つきで助手席に乗りこむのを眺めつつ、クネイルは、そう訝った。
(……そんなに、私を殺したいか)
 自らの命を犠牲にしてまで? と思うと、クネイルとしては、苦笑いを漏らす以外、どうしようもない。
(ユンは、うまくやっているだろうか)
 走り出した車の中、今度はそちらの方へ考えを巡らせる。
 ユンは、信用できるような気がしていた。少なくとも彼は、つまらぬ情やスローガンで動くタイプの男ではないことは確かだ、と感じている。
 次いで、サンバ会場に入るときに見た、シオウがつれていた女探偵の姿を思い返し、
(……彼女、大丈夫だったかな)
 と、その点に関しては、一抹の不安を覚えた。何というか……彼女は、銃を振り回して暗殺者を追い払う、という姿の想像しにくい人であった。
(……まあ、人は見かけで判断できないものだ)
 クネイルは、そんな一般論で自らの不安を打ち消して、しかし、いずれにせよ、いつか来るだろう戦い、についても考えないわけにいかなかった。
(今回の危機を避けても、いずれ、戦いは避けられないだろう……)
 それを迎え撃つ準備を調えるために、もう少し時間が欲しい。
(いま、自分が消えれば、その準備すら調えられなくなるかもしれない……)
 クネイルは、自らの政権の弱点を充分にわかっている。それは、跡を継げる者がいない、という点にある。人材の不足、という問題はクネイルの責任ではないが、クネイルが自らの能力を最大限発揮できるように作り上げてきた政権は、クネイルという駒一つ抜けば崩壊するしかない。恐ろしく脆いジェンガのような政権、にしてしまった責任は、ある。
 もっとも、クネイルにも言い分はある。
(我が国は、いま、未来への種をまくような状況ではない。次の戦いに勝てば、ようやく、未来のための準備にかかることができる……)
 少なくとも、クネイルはそのように考えている。
(もう少し、時間が欲しい。もう少し……いま少し……)
 祈るような気持ちのクネイルを乗せた車は、ゴーストタウンのように静まり返っている街中を走り抜け、一発の銃声を聞くこともなく目的のホテルへ入った。
 どうやら、ユン(というか、厳密には凪の、だが)の仕事がうまくいったらしい。
 そう確信したクネイルは、つい安堵のため息をつき、ここにはいないユンたちへの称賛の言葉を、ため息の隙間に小さくつぶやいた。
「グレーテスト……」
 と。

     *

 サンバの夜には、もう少し続きがある。
 ショージは、結局間に合わなかった。
 クネイル首相が無事にホテルへ帰ったという知らせを受けたとき、ショージを除く全員が合流しており、その誰も、ショージの姿を見かけた者はいなかった。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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