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リオデジャネイロ・ライジング・40

 最終章 The Greatest・4

「……まさか、ショージのやつ、まだあの廃ホテルにいるのか?」
 とシオウがつぶやき、悲痛な顔をしたカワタさんが、
「俺、ちょっと行ってみてこようか」
 と言い出すと、エンゾが、
「では、私、道案内しますよ。どうせ車をあそこへ置いてきてしまったので」
 と名乗りを上げ、さらに、
「ちょっと待って、それなら僕も行くよ!」
 とシンまでが言い出したのだが、
「まあ、待て」
 とユンが、やんわりと彼らを押し止めた。
「それにしては、イワサキの姿も見なかったようだが……。それとも、誰かやつの顔を見た者があるか?」
 というのが、その理由のようで、確かにイワサキの姿を見た者も誰もいなかったのであるが。
「……でも、やっぱりおかしいよ。ショージさんが、もし無事だったら、絶対にここにいるはずだよ」
 とシンが頑としていう通り、ショージが戦いをボイコットする、などは、よほどの事情がない限り、ありうる話ではない。
 よほどの事情。
 私はその時、考えまいとして考えずにいた可能性が、つい脳裏に浮かび、自分の顔が青ざめたのが自分でもわかった。
(まさか……ショージがイワサキに……)
 の先の恐ろしい文言を思い浮かべる直前、私の携帯電話が鳴り始めた。
 ショージからである。
「ショージだ!」
 と私はまずその知らせを皆に届けてから、電話に出た。……のであるが。
「もしもし、ショージ? いま、何処にいるの? 無事?」
『…………』
「ショージ、大丈夫? 返事して!」
『…………』
「ショージ! ショージってば……、……ん?」
 まったく返事をしないショージの状態から、まさか声も出ないほどの重傷を負っているのかと考え、私は焦って涙ぐみかけていた……のであったが、よく聞くと電話の向こうから、
『……コツッ……』
 と指先か何かで通話口を叩くような音がしている。
 その瞬間、ようやくわかった。
 電話の向こうにいるのは、サイレンスだ。サイレンスが、ショージの電話を使って、私に電話してきているのである。
「サイレンス?」
 それで、念のためそう確認すると、電話の向こうからはっきりと、『コツッ』と音が返ってきた。
「あんたは無事なの?」
『コツッ』
「ショージは? そこにいるの? 生きてるの?」
『コツッ』
「あんたたち、いま、何処にいるの?」
『……(無音)……』
「……こういう時くらい、しゃべりやがれ、この野郎!」
 おそらく緊急事態であるにも関わらず、そして彼は、しゃべる気になりさえすればいつでもしゃべれるらしいことを知っている私としては、当然のこととしてそうキレた。
 すると見かねたらしいユンが、横から手を出して電話を渡すよう要求し、
「貸せ、凪、俺が話す。……サイレンスか? お前、いまから俺がする質問に、答えが『イエス』なら一回、『ノー』だったら二回、何か音を出せ……」
 という方法で、するするとサイレンスから情報を引き出してしまった。私は……何か腑に落ちない気がした。
 ともあれ、ユンがサイレンスから引き出した情報によると、ショージは命に別状はなさそうだが重傷を負って気絶しており、サイレンスが発見して私たちが泊るホテルの近くまで連れてきてくれているらしい。
 私たちが行ってみると、天井がボコボコにへこんだイワサキの車が、ちょっと人目を避けるようにして停止しており、後部座席にぐったりとショージが横たわっていた。
「ショージ!」
 私が、つい驚きの声をあげると、さらに驚いたことに、ショージが目を開いた。
 目を開いたショージは、目玉だけ動かして私を見ると、
「……大丈夫、立てます」
 と、つぶやいたが、つぶやいたまま、ぴくりともしない。……ショージ自身の言い分によると、「立とうと思えば立てるのだが、体を動かすと激しく痛いのでじっとしているだけ」なのだそうだ。
「……そういうのを、『動けない』って言うんだよ、ショージ?」
 と、私があきれてみせると、ショージは口先だけで、
「いやぁ、大丈夫、歩けます」
 と言い張った。
 私は……まあ、そんな意味不明の意地が張れるなら死にゃあしないだろう、と判断した。

 こうして、『サンバの夜』は明けた。
 サンバカーニバル自体は、その後さらに続いていたようであるが、私たちはその間、ずっと足止めを食っていた。
 理由の第一はショージで、彼は翌日には辛うじて立って歩くぐらいはできるようになっていたのだが、何せ顔中腫れて痣だらけになっており、すっかり人相が変わってしまっているのである。
「その顔じゃ、パスポート持って空港に行っても飛行機には乗せてもらえそうにないな。……ショージ、イワサキとボクシングでもやったのか?」
 とユンが、あきれ顔に問うと、ショージは、
「……まあ、そんなようなこと、は、やりましたな」
 と笑った。私は……全然笑い事ではない、と思った。イワサキの、ちょっとした銃弾くらいなら跳ね返してしまいそうな岩石のような体つきを思い返して。
 もっとも、後日、ショージの話を(ユンから)聞いたミゲウが、例の廃ホテルで射殺されたイワサキの死体を発見したところをみると、さすがにあの筋肉で銃弾を弾き飛ばす、というわけにはいかなかったらしい。
 ちなみに、イワサキの死体を発見したミゲウは、
『お前ら、容疑者は生きたまま渡せ!』
 と怒っていたそうだ。
 怒りながらも、ミゲウは事件のその後について、ちょくちょく教えてくれることになるのだが、イワサキの共犯者であるミカは既に逮捕された、のだそうだ。
 ミカは、エレーナに説得され、全て白状したという。
 話は少し前後するが、『サンバの夜』が明けるのを待ちかねるようにして、カワタさんを伴ったミゲウは、『C.O.B.』の敷地内で、ヤン・クゥシンの死体を発見した。
 ヤン・クゥシンの死体は、沼の中に沈められた状態で、生前の面影どころか死因を特定することさえ難しいほど腐敗していたそうである。
 が、おそらく沼が、イワサキが思っていたより浅かったらしいことが幸いしたのだろう。
 泥水の中に沈みきらずに水面に出ていた指についていた指輪が、とりあえずの身元証明に役立ったらしい。彼女の同僚たちが、その指輪を覚えており、
『特定はまだ先のことになるが、死体は、まずヤン・クゥシンとみて間違いなさそうだ』
 とミゲウも、この結果には納得したようである。
 ヤン・クゥシンの死体とイワサキの死体が見つかったことを知った時、ミカは泣いていたそうだ。そのことも、ミゲウが教えてくれた。

『ラーラが、死んだらしいですよ』
 ということを私に最初に教えてくれたのは、ジューダスである。彼は既にサイレンスを伴ってブラジルを後にしており、いまはアトランタ空港にいるのだと言っていた。
「えっ」
 思いもよらなかった話に、私は電話を耳にあてたまま絶句した。さらにジューダスは、
『ブランコも死んだようです。私にも、まだ詳細はわからないのですが……』
 と前置きした後、そう言いつつももう少し詳しい状況を教えてくれたのだが、それによると、
『ラーラは銃殺、ブランコは毒殺されていたようです』
 だそうで、さらに、
『二人は、ラーラの部屋……ほら、先日ラーラに会ったとき、ラーラが、例のメルヘンチックな部屋の他に生活のための部屋がある、と言っていたでしょう? そっちの方の部屋で、二人、折り重なるようにして倒れているのを、信者の一人が発見して警察に通報したそうです』
「ひょっとして……無理心中、とか?」
 私はブランコがラーラの発言に対し、相当頭にきていた様子だったことを思い返しつつ、そう推理してみたのだが、ジューダスはちょっと苦笑いを漏らし、
『まあ、その可能性も否定しきれはしませんが、私が仕入れた情報によると、現場に銃はなかったそうです。もし、ブランコがラーラを撃った後、毒を飲んで自殺したのだとすれば、わざわざ死ぬ前に銃を始末する必要は、あまりないんじゃないですか。
 ……それより、凪さん、もっと他に思い当たる人物がいませんか。ほら、毒を調達することなんか簡単にできそうな、ラーラを自由に操れて、ブランコが邪魔な人物……。
 セロ王子、ですよ』
 私がその名に思い至るより一瞬早くジューダスが答えを自分で口にし、私は、つい顔をしかめた。
 つい顔をしかめたのは、ジューダスが答えを先んじて口にしたのが不快だったからではなく、
「色々知りすぎて邪魔になったブランコを、ラーラを利用して殺した……?」
 という状況が、想像するだけで不快だったからで、さらに、
「ついでに、利用したラーラも誰かに命じて始末させたわけ?」
 と推理したからだが、ジューダスはそちらの方は否定し、
『いえ、それはないんじゃないですか。私の見たところ、セロ王子は、ことラーラに関してだけは、至極真面目に付き合っていたようです。おそらく彼の彼女に対する愛情は本物だったのではないですか。私には、そうみえましたけど』
「……愛する女をだまして、彼女の兄貴を毒殺させても?」
 私は、しかめ面をますます深くした。ラーラは確かにちょっと……変わった人だったが、おそらくブランコとの仲は、さほどまで悪くなかったのではないだろうか。私には、そうみえていたが……。
 ジューダスは電話の向こうから首をすくめる気配を送って寄こし、
『……まあ、我々一般庶民には、ああいう人物の考え方はわかりませんから。でも、たぶん、ラーラはブランコの仲間……教団を立ち上げる前からブランコの子分だった連中、ですね、あいつらに殺されたんだと思われます』
「何かあったの?」
『教団の幹部連中の姿が、一夜にして消え失せているようなんです。かき集められるだけの金を集めて、ね』
「…………」
(どうやら、『ペッロラ・カステーロ』の息の根も、これで止まるな)
 と私は思ったのであるが、後に、この予測は外れた。
 教祖も幹部も活動資金も失った『ペッロラ・カステーロ』に救世主が現れたのだ。
 母親が逮捕、という報道で世界をざわつかせた後、歌手活動引退を表明したエレーナ・ムラカミである。
 彼女が私財を投じ、『ペッロラ・カステーロ』を存続させ、さらに一年後、私財だけでは追いつかなくなったのか教団の宣伝のためかは定かでないが、ともかく歌手としてカムバックを果たしたのである。
「しかし、エレーナの力だけで教団の運営をしていく、など、とても無理だろう。おそらく、彼女の背後には、セロ王子がいるんじゃないか」
 とは、ユンの弁。
 もっとも、これらのことを私が知ることになるのは、もっとずっと後のことで、このときは、
「あ、そうそう。サイレンスが、ショージのこと、助けてくれたみたいなの。よくお礼を伝えておいて?」
 と私が話を変えると、ジューダスはそのことについても詳しいことを教えてくれた。
 あの廃ホテルにいた、ルビア王子の放った暗殺者を倒したサイレンスは、徒歩でリオデジャネイロ市街に帰る途中、道で、イワサキの車と、その運転席で気を失っているショージを発見したのだそうだ。
 そのことについて、ショージは、
「いや、意識はあったんですが動けんかっただけです。そうしたら急にサイレンスのやつが来て。人の体を荷物かなんかみたいに後部座席に放り込んで、自分が運転して街まで戻してくれ……いや、戻さんでもええのに戻しやがって……」
 と、かなり悔し気に語った。……もはやショージも意地なのだろう。
 それはともかく、
『……それで、ですね。サイレンスは、暗殺者と戦うのにエンゾの車を使ったらしいのですが、あいにく、車に爆弾が仕掛けてあったのだそうで……』
 とジューダスが言い、私は……心の底から驚いた。
「えぇっ?……だ、だって、その車、……私も乗ったんだけど?」
 まったくそんなこととは知らなかった私は、今になってうろたえたのだが、ジューダスは、
『まあ、乗ってるときに爆発しなくて良かったですね』
 と、しれっと言った。……まあ、そうなんだけど。
『そういうわけで、サイレンスとしては、エンゾの車はエンゾに返したかったらしいのですが、敵が襲撃してきたのもあって、できるだけ安全な場所で車を爆発させてしまうしかなかった、のだそうです。サイレンスが、エンゾに謝っておいてほしい、と言っています』
 とジューダスが話を結び、私は、
「……伝えておくけど、そういう事情なら、むしろエンゾは、『ありがとう』って言うと思うよ?……まあ、つゆ知らなかったことながら、私も助かったし、そのことも含めて、サイレンスにお礼、言っといてね」
 と肩をすくめた。サイレンスって、ほんとに妙なやつだ、と思って。

 さて。
 ショージの看病(というか、顔の腫れが引くの待ち、というか)でブラジルに足止めを食う形となった私は、ついでの仕事を片付けておくことにした。
 まさしく、ついで中のついでの仕事である『例の老人』からの依頼、『コルコバードの丘で、キリスト像と同じポージングで写真を撮る』という仕事を。
 本日のカメラマンは、ユンだ。
 天気は快晴で、絶好の撮影日和である。
『コルコバードの丘』は、人気の観光地らしく、さらにいえば、キリスト像とともに写真を撮りたい人は多いらしく、順番待ち、というほどでもないが、あまり時間はかけられそうになかった。
「ユン、ちゃっちゃと撮って、ちゃっちゃと終わらせよう」
 と提案した私が、悪かったのかもしれない。
 私は、まるで街を抱きしめようとしている風に両腕を広げる巨大なキリスト像の足元に立ち、カメラという名の携帯電話を構えているユンに向かって両腕を広げるポーズを取……ろうとした。
 が。
 私が両腕を広げきる前にユンがシャッターを切ってしまい、私は、
「早い早い、もうちょっとゆっくり撮って?」
 とお願いせねばならなかった。
「よし、わかった。もう一回……」
 とユンが再度撮影体勢に入り、私も改めてポーズを決めたのであるが、……今度は待てど暮らせどユンがシャッターを切らない。
 そして、私が根負けし、
「ユン、どうかした……?」
 とポーズを解いた瞬間、ユンがシャッターを切った。
「…………」
「…………」
 私とユンは、ちょっとにらみ合った。
「……ユン、ひょっとして、わざとやってない?」
「バカを言うな。凪が早くしろとか遅くしろとか言うから悪いんじゃないか」
 とりあえず、お互いの言い分をそう述べ合ってみたが、……そんなことをしていてもらちが明かない。
「よし! じゃ、一、二の三!……で撮ろう」
 同じことを思ったらしいユンが、そう提案し、私は、
「望むところだ!」
 と返事して、ポーズを取りかけたのだが、
「一、二の三!」
 とポーズを決めきるのを待たずに、またユンがシャッターを切ってしまう。
「ユン、やっぱり、わざとやってるだろ!」
 私は怒りかけ、でも、なんだかおかしくなって、つい笑ってしまう。
「誤解だ、誤解。わざとじゃないって」
 とユンが真面目くさって言い、私はたまらずゲラゲラ笑った。
「ちゃんとやってよ」
「やってるって」
 そんなことを言いあいながら、失敗写真を大量に撮り、
「……よし、そろそろ本気で真面目にやろう。凪、真面目な顔して」
 とユンが言い出したので、私は、
「ちょっと待って」
 と気持ちを整えるべく、両腕を広げたまま、深く息を吸いながら空を見上げた。
 目の中が、その瞬間だけ空でいっぱいになる。私は息を吸いこみながら、笑い転げた心を落ち着かせようと試みた。
(なんか……こうしてると、空を抱きしめようとしているみたいだな?)
 ふと、そんなことを考えた。
 空は、地上で起きることなんて、どうでもいいみたいな穏やかさで、ゆったりとこちらを見おろしている。
 空にしてみれば、私たちの昨日も今日も、そして明日も、それがたとえどんなものであっても、大したことなど何もない、些細な何かでしかないのだろう。
 私は一瞬だけ目を閉じ、
「はい、こっち向いて」
 のユンの声に、目を開きながら前を向いた。


 了
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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