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上海レクイエム・5

 二章 Open Pandora’s box

 嫌な予感的中や。
 ショージは、凪がいつも使う駅に向かいながら、何度もこの言葉を胸のうちで繰り返した。昨夜、凪の話を聞いた後、なんとなく胸騒ぎがし、深夜というか早朝に大阪を発ったショージは、既に凪の住む町にいる。
 ショージが、凪からの再びの電話を受けたのは、だから車中でのことであった。
『痛い』
 この不吉な言葉を最後に、凪の声は聞こえなくなった。が、ありがたいというべきかはともかく、通話は切れていない。ショージは片手でハンドルを操りつつ、ときどき電話を耳に当てながら、(アヤセを叩き起こしてくるべきだった)と何度も後悔したが、もう遅い。そのアヤセは、今頃大阪でまだ夢の中にいるのだろうと思うと、わけもなく腹が立つ。
「姐さん? 姐さん、きこえてまっか? きこえとったら、返事してください」
 ショージは何度か電話に向かってそう呼び掛けてみたが、あいにく凪の声は一切きこえてこない。
 まさか、死んでるんやないやろうな。
 そんな不吉な予想が、時間を追うにつれ、リアルに膨れ上がってくる。
 凪は、どこぞの駅にいると言っていた。ショージは噛みつくような顔つきで赤信号をにらみながら、そう思い返す。それが凪の勤める学校の近くの駅なのか、それとも自宅最寄りの駅なのか、それとも異変を感じて途中で降りた駅なのか、は、わからない。ショージが学校近くの駅を選択したのは、半ば賭けであった。
 いまは、自分の選択が正しいことを祈るしかない。
 信号が、赤から青に変わる。車を発進させるため、携帯電話を耳から離そうとした瞬間、ショージは妙な音をききつけた気がし、再び電話を耳に押しつけた。
 ザー……という流水音、次いでガチャリと金属がこすれあう音。よく耳を澄ましていないと聞きとれないほど小さな音であったが、間違いなくきこえた。
(……この音は……トイレちゃうやろうか?)
 ショージはトイレの個室の様子を脳裏に思い浮かべつつ、電話を助手席に放り投げた。トイレの個室に入れば、いまのような音の連続が起こりうる。そう考えを巡らせつつ、改めて車を前進させる。目指す駅は、もうすぐそこだ。
 ……もし、この駅でなかったら?
 ふとそんな不吉な結果を思い浮かべ、ショージは一瞬指の先までぞっとした。ぞっとはしたが、もしそうであっても、見つかるまですべての駅を探し続けなければならない、と思った。たとえ死体になっていたとしても、その体を捨て置くわけにはいかない。

 ショージは一応切符を買って改札を通り抜けた。行く先は適当に選択したが、無論、電車に乗るつもりはない。凪は、多分まだ構内にいるはずだと思ったからだ。おそらくケガをしている凪が、改札を通り抜けたとは考えづらい。
 トイレの場所は、すぐにわかった。その場所を示す看板を見つけ、矢印の指す方へ足早に歩く。
 その駅のトイレは、ホームの隅にひっそりと、まるで人目を避けるような様子で存在していた。
 まずは外からのぞきこんで、誰もいないのを確認してから、ショージはずかずかと婦人用トイレに入り込む。三つ並んだ個室のうち、一番手前のドアだけが閉まっている。鍵の部分が赤い表示になっている。これは中から鍵がかけられているということである。
「……姐さん?」
 と、小さくノックしながら呼びかけてみたが、返事はない。
(ええい、ままよ)
 ショージは思い切ってドアを蹴破ることにした。仕方がない、ことは一刻を争う。……もし、別人がいたら。と、脳の隅で考えてみたが、一応声はかけたのだから、返事をしない方が悪いと思うことにする。
 もともと見るからに頑丈でもなさそうなドアは、三度ほど蹴ったところで、あっけなく開いた。
 開いたドアの向こうに、凪の姿があった。
 凪は便座に腰を下ろした状態で、ぐったりと奥の壁にもたれかかっている。死んだように目を閉じているが、呼吸はしていることが見て取れた。血の匂いが、鼻をつく。
 ぐずぐず思案している暇はなかった。ショージはまず凪の傷の具合を確認し、(幸い深手ではないと見てとった)、床に散らばった荷物を凪のカバンに放り込む。そのカバンを肩にひっかけ、両腕で凪の体を抱え上げる。すると、いままで隠れて見えなかった便座にべったりと血がついているのが見えた。できればそれも拭き取っておきたかったが、そんな時間はありそうもない。(余談だが、この血は後に清掃員が生理中の誰かの粗相であると判断して、顔をしかめながら始末することになる。……ショージがそれを知ることはなかったが)。
 ところで、ラッシュ時を過ぎたとはいえ、駅構内は無論、無人ではない。
 突然ぐったりした女を抱きかかえた男が現れたとき、たまたま居合わせた人々は、ぎょっと息をのんだ。ショージは、かまうことなく(というか、誰かに声をかけられることを避けるべく)急ぎ足で歩き、歩きつつ、
(……はて、この状態で、どう改札を抜けるか)
 と、思案した。駅員に頼んで救急車を呼んでもらう、という事態は避けるべきだ。凪が負傷しながらもその場で倒れず、トイレの個室まで逃げ込んだのは、自分たちをかばうためであったろうことは、きかなくてもわかる。その頑張りを無駄にすることはできない、と思う。
 さりとて、特に妙案もない。妙案もないままに、ともかく改札の方へ向かう。と、駅員が二人、不審そうな顔つきをしながら近づいてくるのが見え、ショージはいったん足を止めた。おそらく誰かが先回りして知らせたのであろう。
「大丈夫ですか? どうかなさいましたか?」
 不審そうな顔つきで凪とショージの顔を見比べながら、駅員が問うてくる。
「見ればわかるやろ、具合が悪いんや」
 ショージは吐き捨て、駅員を押しのけるようにして歩を進める。が、駅員は尚も食い下がり、
「具合が悪いなら、救急車を呼ぶべきですよ」
 とショージにすればわかりきったことを言う。万事休す、……とは、ショージは思わなかった。
「やかましい、あほんだら、そない悠長なこと言うてる場合か! そんなもん待っとって、ほんまにこの人が死んだら、どないするつもりじゃ、ワレ!!」
 そう怒鳴り散らし、さすがに駅員が怯んだ一瞬の間をついて、改札を素早く通り抜ける。絵に描いたような強行突破、というべきであろう。
(……さすがにちょいと、強引だったかな)
 改札を通り抜けると、ショージはそう考え、いったん足を止めた。
「この人は、俺が病院に連れていく。この先にある、『Y』いう病院や。悪いが、そない気にするんやったら、後で病院に電話でもして問い合わせてくれ」
 と、言い捨てて、車へ向かう。病院名まで告げられた駅員は、不審がりつつも追うのをやめ、半ば棒立ちとなってショージの背中を見送った。ついでながら、真面目な駅員が後ほど確認をとったところ、「確かに駅で倒れた急患が運び込まれた」という返事があったため、この話は以降沙汰止みとなった。 
 『Y医院』は、電話帳にも載っている、ごく普通の個人病院である。が、院長の『Y』が、ちょっとしたいわくつきの人物で、ショージとも知らぬ仲ではない。そのため、「何かと融通がきく」のであった。

 路駐していた車に凪を乗せ、病院へ担ぎ込むと、Y医師はすぐに『休診』の貼り紙を出し、凪の手当てを開始した。
(いつかこういうことが起こるんちゃうかと思っとったが……)
 ショージは診療室の外のベンチで待ちながら、そう考えた。幸い即死するほどの深手ではなかったし、発見が早かったからよかったようなものの、もしあのとき、別の駅へ行くことを選択していたら……と考えるとぞっとする。何もかも運が良かったというほかない。そもそも凪は裏社会の人間ではない。それなのに、ユンやシオウ、ショージといった人間とつながっていること自体が危険であることは、十分にわかっていたはずだ。敵対勢力から見れば、いわば歩く穴場のようなもので、今日のような事態も起こりうると心配していただけに、食い止められなかった自分に腹が立つ。
 ユンとシオウには、既に電話で事態を告げた。二人は異口同音に「わかった。すぐにそっちに行く」と言い、その声はそろって冷静で取り乱したような様子はなかったのだが、その心中が決して穏やかではないだろうことは、容易に察しがつく。
(しかし……、一体誰が、何の目的で姐さんを刺したのか……)
 ショージはもう何度も首をひねったその疑問に、また首をひねりながら、なんとなく診療室の方へ目をやった。ドアはぴったりと閉ざされており、中の様子は皆目わからない。次いで、玄関というか、病院の正面出入り口の方を見る。先述したごとく、今日はもう休診にするということで、ガラス張りの扉には休診を告知する貼り紙がされている(もっとも屋内にいるショージからは、何も書かれていない裏面しか見えなかったが)。待合室の照明も落とされているため、ひどく薄暗い。
 さっき駅員に病院名を告げたため、いずれ誰か(もしかしたら警察)が様子を見に来るかもしれない、というショージの懸念は、いまのところ当たっていない。別に心配しているわけではない。医者もグルなのだ。なんとでも言い抜けることができるだろう。
 そう思ってはいたものの、ふいにガラスの扉が外から開かれたとき、ショージは正直なところ、どきりとした。
(来た……か?)
 即座に気合を入れなおしたショージは、しかし、出鼻をくじかれたような格好になった。
 無作法にも休診中の札を無視して入ってきたのは、一目で警察ではないとわかる、世にも珍妙な格好をした男であった。
 最も目を引くのは、その頭だ。複雑な形に整えられた髪を、真ん中から半分ずつ、赤と緑に染め分けている。
「なんや、お前は……」
 ショージは一瞬警戒心も忘れ、あきれて男の全身をじろじろと見まわした。男は大きなリュックサックを背負っており、右手に二つも指輪をつけている。どう見ても、病院へ治療を受けに来た患者の出で立ちとは思えない。更におかしいのは、男の来ているTシャツである。黒一色のそれのど真ん中に、白く抜かれたその文言は、『遠距離恋愛中』。
「…………」
 この男は、いま遠距離恋愛中なのだろうか。だとしても、それをTシャツで主張することに何の意味があるのか。そもそもこんなふざけたTシャツを売っている店があるのか。
 ……等々、様々な疑念が渦巻き、ショージはちょっとの間、言葉を失っていたのだが、男は終始ニコニコと愛想よく笑っている。
「あのぅ……申し訳ありませんが、今日は休診なんですが……」
 たまたま診療室から出てきた看護師の女がそう声をかけた。その態度から、この奇妙な男が常連の患者ではないらしいことがわかる。赤と緑の男は、声をかけてきた看護師の方に向かって、「わかっている」という風に愛想よく首を縦に振ったが、出て行こうという気配はなかった。
 代わりに、男はズボンのポケットから紙切れを取り出すと、ショージに向かってそれをかざしてみせた。紙切れには、どこぞの住所が記されている。男は指先で紙をつつき、その指で次に正面出入り口の方を指した。
「……なんや?」
 とりあえずの危険はなさそうだが、なんとなく不気味な男である。ショージは眉をひそめて、男を凝視した。それに対し、男は再び同じジェスチャーを繰り返す。
 ふいにショージは、男がここまで一切声を発していないことに気づいた。
「ひょっとして……あんた、口がきけんのか?」
 そう確認すると、男は「そうだ、その通り」という風に、嬉しそうに何度も細かくうなずいた。そして再び、紙とドアを交互に指すジェスチャーを繰り返す。ショージは、その動作の意味をちょっと考え、
「……ようするに、その紙に書いてある場所へ行く道をききたいんか?」
 と結論してみせると、男は更に嬉しそうに何度も何度も勢いよくうなずいた。ショージはこの辺の地理に詳しくないため、結局看護師の女が教えることになり、わかりやすい場所まで案内することにして、男を連れて病院を出た。男は出て行く前、ショージに向かって両手を合わせ、拝むようなポーズをとった。どうやら礼を言っているつもりらしい。
(……好意的に見れば、口のきけない男が道に迷った挙句、困って目についた病院を頼ってきたようにも見える……が……)
 男が出て行くと、ショージはそう考えを巡らせた。
(しかしながら、見ようによっては、ここに誰がいるか知っていて、様子を見に来たようにも見える……)
 考えを巡らせつつ、さっきまで目の前にいた男の姿を思い起こそうとし、ショージは軽く苦笑いを漏らした。赤と緑の頭と、Tシャツの妙な文言ばかりが脳に焼き付いていて、肝心の目鼻立ちの印象がまったくといっていいほどない。
 あれがそれを狙っての扮装だとするならば(そうだろう、とショージは思ったのだが)、ちょいと手強い相手が来た、といえるだろう。

                 *

 目を開くと、見慣れぬ白い天井が見えた。
「…………」
 私は天井を見ながら、ちょっとの間考え込んだ。はて、どうやらここは、私の家ではないらしい。ならば、ここは一体どこで、私は何故ここにいるのだろうか。
「姐さん、気づかれましたか?」
 ふいにショージの声がし、私は首だけねじるような格好で、そちらに顔を向けた。ショージはどういうわけかいたわるような笑みを浮かべ、
「大丈夫ですか、痛くないですか?」
 と、問うてくる。
「……大丈夫って?」
 私はショージの言う意味が理解できず、きょとんとした気持ちでそう問い返した。するとショージはにわかに心配げな顔つきになり、
「……ほんまに大丈夫ですか、姐さん? しっかりしてください。姐さん、駅で刺された言うて、トイレで倒れてたんですよ。俺に電話くれたでしょう、覚えてませんか?」
「……駅……電話……」
 私はなんだか頭がはっきり働かず、そう鸚鵡返しにつぶやいたのだが、その瞬間、ある重大なことが脳裏をよぎった。
「が、学校!! 学校は!? いま何時!?」
 そう飛び起きようとしたのだが、どういうわけか体にうまく力が入らず、おまけに腰のあたりに激痛が走ったので、私はうめきながら再び枕に頭を預けた。
「動いたらあきませんよ。傷口が開いたらどうするんですか」
 とショージがあきれ顔でとがめる。ショージは自分の腕時計で確認し、
「二時ですな」
 と教えてくれたが、その答えは私を打ちのめした。それが午前であれ午後であれ(周囲の明るさから見て午後であることは間違いなさそうだが)、学校へ向かうにも、現状の報告をするにも(その現状が、私にはいまだによく把握できていないのだが)遅すぎるからである。
「一応学校の方へは、ここの……、ここ『Y』いう病院なんですが、ここの院長のYいう先生に、『急病で入院した』いうて連絡してもらっておきましたが……」
「あ、そうなの?」
 どうやら無断欠勤にはならずに済んだようである。私はちょっと安堵し、それから、改めて自分の現状について考えを巡らせた。どうやらようやく頭が正常に動き出したようで、事ここに至るまでの経緯が記憶の中によみがえっている。駅で刺されたこと、トイレに逃げ込んだこと。もっともトイレに入った後のことは、よく思い出せなかったが、ショージがここにいるということは、つまり彼が助けてくれたのだろう。
「それから、ユンさんとシオウさんにも電話でこのこと、伝えときました。二人とも、おっつけこちらへ来るそうです」
「……そう」
 ショージが言うのにうなずきながら、私は内心で困ったことになったと考えた。
 シン。
 刺されたと気づき、振り返った私の目に飛び込んできた横顔は、確かにシンだった。何故彼があそこにいたのか。彼は寮生だ。普通に考えれば、彼があの時間に電車に乗るはずがないのだが……。
 ……無論、あの場にシンがいたからと言って、すぐに関連づけて考えることはできないと思う。もしかしたら、誰か友人宅へでも無断外泊していて、たまたま私と同じ電車で登校することになったのかもしれないし。
「……姐さん?」
 突然黙りこんだ私に探るような目を向けるショージをちらりと見、私はすぐに目をそらせた。最近のシンの不審な言動が心をよぎる。
 ショージは、重いため息をついた。
「姐さん、なんかあるんやったら言うてくださいよ」
 私に隠し事があるのを敏感に察したらしく、さとすような口調でそんなことを言う。
「必要やったら、姐さんがええと言うまで、ユンさんやシオウさんにも言いませんから……」
 とまで譲歩する。
 私は考え込んでしまった。確かにいまの私の状態では、動くことすらままならない。もし、万が一、シンが何らかの形でこの一件に関わっているのならば、なんとか自分で事情を問いただしたい、と思った。ユンやシオウが乗り出してくる前に。
 ことが、もし、組織同士の絡み合いの話ならば、二人が出てきた瞬間に私の出る幕など消えてしまうだろう。
 私は仕方なく、駅でシンの姿を見かけたことを白状した。彼が現在学校近くの寮に住んでいるため、電車で登校する必要のないことも含めて。
「シンが? 駅に……というか、姐さんと同じ電車に乗っとったんですか?」
 ショージがそう目を丸くするのに、私は渋々うなずいて、
「でも、たぶん、友達の家に無断外泊でもしてたんだろうと思うけど」
 と、多分に希望的観測のこもった憶測を口にすると、ショージは世にも冷ややかな目で私を見た。
「姐さん、それ、本気で言うとるんですか」
「だって。そういうことだって、ありうるじゃないか」
 という私の頑張り(?)に、ショージは重いため息をもって答えた。
「……むしろ、そのシンいう小僧が姐さんを刺した、と考える方が自然ですよ。明らかに行動が不審すぎるし、偶然にしちゃタイミングが良すぎる」
「いや、だからさ」
 私は内心、ショージの言う通りだと思いつつも、ついそう抵抗した。シンが私を殺そうとしたのかもしれない、など、考えるのも耐え難い。
「だから、逆にシンじゃないと思うんだよ。あいつが私を刺す気なら、直前に怪しまれるような行動はしないはずだ」
 ショージは、何を言い出すかこのクソ馬鹿は、とでも言いたげな目つきで私を見た。
「じゃあ、おききしますが。姐さんは、小僧が白紙でテストを出したとき、こいつ自分を刺そうとしてるな、と、ちょっとでも思いましたか!?」
「……無茶言うなよ」
 思うわけがないだろう。私は唇を尖らせ、不服の意を示した。無論、夢にも思わなかった。そんなの思えという方が、無茶である。その後、シンがユンやシオウ、ショージの名を口にしたときさえ、私の頭にあった危惧は彼らの身に何か起こらないかという心配であっても、自分の身に何か起こるのではないかなどとは一ミリたりとも思わなかった。
 シンは、私の生徒なのだ。そのシンから殺意を持たれるなど、考えるはずがないではないか。
「だけど、やっぱり私は、シンが私を殺そうとしたんじゃないと思う。あの子は、そんな子じゃない」
 私は、まったく頑固にそう言い放った。もはや、駄々をこねているのと同じことだと自分でもわかる。シンが私を殺そうとしたなんて、信じられないし、信じたくない。
 ショージは、そんな私を持て余したような顔つきで見ていたが、
「……まあ、いずれにせよ、シンを捕まえて直接話を聞くのが手っ取り早いでしょうな」
 と折れた。
「たぶん、学校か寮にいると思うけど……」
 と、私がシンの居場所を推測してみせると、ショージはほろ苦く笑い、
「これまでの状況からすると、シンは姐さんを刺した犯人でないにしても、何か事情は知っているに違いありません。もう学校にも寮にもおらんと思いますよ」
 そう言い残して、ショージは部屋を出て行った。彼が姿を消してから、私はようやく自分が助けてもらった礼を一言も口にしていなかったことに思い当たり、がっかりして手の平で額を覆った。自分でも自分にあきれる、と思う。少し落ち着け、と自分に言い聞かせてみる。
 ショージが去って程もないうちに、Y医師がやってきた。医師の説明によると、私は二週間ほど入院しなければならないという。
 二週間。
 仕方がないことだとわかっていたが、私はまたがっかりした。
 二週間後には学校が終わって、夏休みが始まってしまう。
 できれば今学期中に学校へ顔を出して、生徒たち……特に、シンと仲の良かったソウタにシンのことをきいてみたかったのだが……。

 その日のうちに、ショージから電話があった。あれからショージは学校の方へ行ってみたそうで、思った通り、シンは今日学校へは顔を出さなかったらしい。更に、前日から寮からも姿を消していることがわかり、
『学校じゃ、捜索願を出すかどうかで、もめてるみたいですよ』
 とのことである。
 ショージがどうやって、そんな学校内部のことまで知ってくるのか、私には定かでないが、普段から決して素行のよくなかったシンの外泊に対して、校長やら寮長やらがもめているであろうことは、容易に想像できる。
『ともかく俺は、このままシンを探しに行きます。何かわかったら、まず姐さんに連絡しますから安心してください』
 ショージはそう言いおいて電話を切った。どこに探しに行くつもりだろう。私はちょっと考えてみたが、見当がつかなかった。ともあれ、いまは待つしかないらしい。
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プロフィール

ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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オリジナル長編小説中心の小説ブログ。長編小説『リオデジャネイロ・ライジング』完結。長編小説は『上海レクイエム』以降同シリーズの続編となっております。『ダチョウが空を飛んでいる』ぬるりと連載再開。どうぞごゆるり……。

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