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バルセロナ・テンペスト・4

 一章 Puzzle Of Water・3

「そんな女が、ロペスなんかに引っかかるかねぇ?」
 セルヒオは死体の方を見なくて済むようにドアにおでこを引っつけたまま、うめくように言った。無論、ユンとて言ってみただけのことで、本当にそんなことが起こったなどと考えているわけではない。
「……それにしても、お前たち、妙に落ち着いてるな?」
 ロペスに向かって遅まきながら手で拝むポーズをした後、ユンはアレハンドロに向かってそう言った。
 突然知人が首をへし折られて殺されているのを発見する、というショッキングなシチュエーションの割に、アレハンドロもセルヒオも落ち着きすぎているように、ユンには思われた。もっともセルヒオは恐ろしい死体が目に入らぬよう最大限の努力をしているようだし、事態を知らせに来たエンリケは腰をぬかしていたわけだが、アレハンドロは……。
「二週間ちょいで五人目ともなれば、そろそろ馬鹿正直におどろく気も失せる」
 とアレハンドロは死体に向かって十字を切った後、落ち着いた眼でユンを見上げる。
「君たちこそ、あんまりおどろかないんだね」
 そんなことを言われたが、ユンもシオウもそれには答えず、
「それで、どうするつもりなんだ、この死体の始末……?」
 と実際的な問題を口にした。アレハンドロは答える代わりに、まず視線をセルヒオに向け、
「セルヒオ、警察に電話して死体を引き取ってもらえ。俺は、この人たちと話がある」
 と言った後、ユンとシオウに視線を移し、
「……ということで、警察が来る前にここを離れよう」
 と言った。ユンとシオウに否やはなかったが、悲痛なのはセルヒオである。
「え、アレハンドロ、帰るってのか、俺をここに残して? 俺、警察が来るまでここでロペスと二人きり? やべぇよ、無理だって、そんなん! それに、この状況じゃ、俺、絶対に犯人扱いされるって!」
 と、すがりつくような声を出したが、アレハンドロは断固とした口調で、
「後でエンリケを寄こす。あいつが証人になってくれるはずだ」
「…………」
 セルヒオは絶望のあまり一瞬絶句したが、しかし、それ以上は抗弁せず、渋々と電話をかけ始めた。無論、相手は警察である。その様子を見守りながら、ユンとシオウは、セルヒオがアレハンドロの判断に絶対的な信頼を抱いているらしいことを察し、感心した。アレハンドロは、どうやら仲間内でリーダー的な存在であるらしい。

「信頼されてるっていうか……。別に仲がいいだけだよ。俺とセルヒオ……とエンリケとフェデリコは」
 店に戻ってから、「お前、ずいぶんと信頼されてるんだな」というシオウの言葉に対し、アレハンドロは特に謙遜する風でもなく、そう首をすくめた。
「ただ……、あいつら、気がいいばっかりで全然しっかりしてないから、つい俺がお節介しちゃうことが多いだけで」
 と苦笑いで付け加える。
 セルヒオの身の潔白を証明するため出て行ったエンリケが、「セルヒオと二人だけじゃ怖い」と言い張ってフェデリコをつれて行ってしまったので、店内には、いま三人しかいない。無論、アレハンドロとユンとシオウの三人である。
「ところで……、二週間ちょいで五人目だとか言ってたな。それは、要するにデサストレ地区で連続殺人事件が起こってるってことなのか? 被害者は、全員お前の知り合いなのか?」
 とユンが話題を本題に移すと、アレハンドロは視線をカウンターテーブルに落として、
「いや、そうでもないけど。被害者は、全員デサストレ地区の住人だ。殺されたのは男ばかりで、『トルエノ・ネグロ』か『ニエベ・ロホ』のメンバーばかり……」
「『トルエノ・ネグロ』と『ニエベ・ロホ』、というのは?」
 とシオウがアレハンドロの話を遮るように問うと、アレハンドロは目をあげてシオウを見、
「デサストレ地区の二大チームだ。荒くれ者ばっかが集まってる……。二つのチームはライバル同士で、しょっちゅう小競り合いは起こしてるが……。
 でも、いま起こっている殺人は、それとは関係ない。少なくとも俺は、そう見ている」
「どうして、そう思う?」
 と、今度はユンが口を挟むと、アレハンドロはじろりと視線をユンに向け、
「……ひとつには、いま、両チームの間で本格的な抗争の種がないこと。状況は落ち着いてる……はずだった。最近殺人のせいで、またちょっとぴりついてきてるけど。
 もうひとつ、腑に落ちないのは、被害者たちの殺され方だ。別に全員が首を折り殺されてるわけじゃないけど、あまりにもあっさりやられ過ぎてるし、誰も犯人の姿を目撃していないんだ。まるで、プロの殺し屋に暗殺された、みたいに。銃殺されたやつもいるけど、近隣の誰も銃声を聞いたやつはいないって話だし」 
「サイレンサーを使ったんじゃないか」
 と、シオウが首をかしげて指摘してみせると、アレハンドロは怒ったようなため息をついた。
「この地区の誰もそんなもの持ってないよ。ここにいる悪党ってのは、みんな貧乏人だ。銃を持ってるやつは多いが、三流の粗悪品ばかり。銃による殺人事件がないわけじゃないけど、たいていの連中は、ああいうものを持ってることを見せびらかして空威張りしてるだけだ」
 と、ため息の後、怒ったような口調で言う。
 アレハンドロは『デサストレ地区』の永世中立地帯的存在で、地区に分在するどちらのチームの人々からも、ふしぎと一目置かれて重宝されているものらしい。というのも、『トルエノ・ネグロ』にせよ『ニエベ・ロホ』にせよ、本音のところは「なめられたら終わりだが、できれば本格的な抗争には入りたくない」と思っているからで、うっかり本格的な抗争が始まりそうになった場合、アレハンドロが調停役として双方の間を駆け回ることが珍しくないのだという。
「そんなわけで、一連の殺人事件が同一人物ないし同一の組織の手によるものだとしたら、犯人は外部のもの……だと俺は思ってる。どうしてデサストレ地区の、それも、『トルエノ・ネグロ』と『ニエベ・ロホ』に限って狙われてるのか、は、わからないけど……」
「……お前のチーム、とか、そういうのは、ないのか?」
 慎重な口ぶりで、ユンが問うた。と、いうのも、話の全貌が明らかになるにつれ、「助ける」といっても具体的な手が打ちようのない話であるような気がしてきたからである。ここまでの話からすると、アレハンドロはデサストレ地区の中で特に実際的な『力』を持っているわけではない、いわば『平和大使』ともいうべき存在であるようだからである。
 ユンの問いに、アレハンドロは小さく首をすくめ、
「ないことは、ない。……セルヒオとフェデリコ、エンリケがメンバーで、俺が一応リーダーってことにしてる。『バルカス』っていうんだけどね」
 と言った後、苦笑いで、
「……まあ、デサストレ地区の誰もその名前を記憶してないけどね?」
「…………」
 予想の範囲内、の話だったので、おどろきはなかったが、ユンとシオウは同時に、……これはまずい、と思った。アレハンドロの言う『バルカス』は、要するに地元の仲良し四人組であって、『組織』と呼べる程のものは何もないことは一目瞭然である。
「じ、……人畜無害そうなチームだな」
 とシオウが脳裏に浮かんだ様々な感想の中で、最も失礼ではないものを選んで口にすると、アレハンドロは楽しそうに、
「その通り。俺、あいつらのこと、好きなんだ。お人好しで特に何ができるってわけでもないけど、一緒にいると気が和むっていうか……」
「和んでる場合じゃないぞ」
 シオウがツッコミを入れる横でユンもうなずき、
「お前、さっき、犯人は外部の人間だとか言ってたが、本当に何も心当たりはないのか?」
 と問うてみた。おかしい、と思うのは、アレハンドロは別にデサストレ地区の責任者でもなければ、狙われているという『トルエノ・ネグロ』や『ニエベ・ロホ』のメンバーでもないのである。……それなのに、何故、デサストレ地区の命運を背負うような格好でユンとシオウに救援を求めようとするのか。
 ユンはその点が納得いかなかったのだが、アレハンドロは即答せず、
「…………」
 と一瞬慎重な沈黙を作った後、
「いまのところ、犯人を示す確たる証拠があるわけじゃない。あるのは、殺された連中が、身内同士の小競り合いで死んだとは思えないやり方で手際よく殺されている、という状況証拠だけだ。
 ……だけど。……心当たりと言えるかどうかは、俺にも断言できないけど、ひょっとしたら、と思う人物が、一人だけいる」
「誰だ、そいつは?」
「ホセ・アルバレス」
 アレハンドロは、ユンの目を真っすぐに見てそう答えた。
「ホセ・アルバレス?」
「そう、名門アルバレス家の次男坊で、もともとは軍の特殊部隊にいたとかいう噂だけど、いまは傭兵になってて、中東だのアフリカだのを転戦しているらしい」
「ああ、あの、ホセ・アルバレス……」
 蛇の道は蛇、ユンもシオウも、その名前を一応は聞き知っていた。アレハンドロは、ちょっと目を丸くし、
「ホセを知ってるの?」
「知ってる。直接会ったことはないが……ある種の有名人だからな。うわさでは何度か耳にしたことがある。腕は立つが、相当気難しい男らしいな」
 ユンがうなずく横で、シオウは小さく首をかしげ、
「ホセ・アルバレスは確かに難物だが、カリスマ性のあるリーダーで、部下たちから熱烈に慕われてるって話だ。そのホセ・アルバレスが、デサストレ地区のゴロツキを無差別に殺し歩く、なんて、ちょっと信じがたいが……」
「どうして、ホセが怪しいと?」
 とユンに問われ、アレハンドロは思い出すような目つきになりながら、
「別に証拠と呼べるようなものを見つけたわけじゃない。だけど……最初の殺人が起こる、たぶん二~三日前のことだ。ホセが俺に会いに来たことがあって」
 アレハンドロの答えに、シオウはちょっとよくわからないという顔をした。
「お前、ホセと知り合いだったのか?」
「全然。正直なところ、ホセが俺に会いに来るまで、そんなやつがバルセロナにいるってことすら知らなかった」
「会ったのか?」
 と、こちらはユン。アレハンドロは小さくうなずいて肯定する。
「ホセは、何の用でお前に会いに来たって?」
 ユンは眉間にしわを寄せつつ問いを重ねた。脳の中では、(これは厄介なことになってきた)という思いが渦巻いている。ユンにもまだアレハンドロの話の全貌は呑み込めていないのだが、しかし、戦う相手がプロの傭兵の、しかも名物男のホセ・アルバレスの部隊となると、これはもはや戦争である。
「それが、妙なんだ」
 とアレハンドロも眉間にしわを寄せ、
「あの日、フェデリコから、店にホセってやつが来てお前に会いたがってるんだけどって電話をもらって、誰だろうと思ったけど一応会ってみることにしたんだ。
 で、店に……ここに来たら、確かにホセが、そこの……いまユンが座っている席に座って待ってた。俺が、『何か御用?』ってきいたら、『お前がアレハンドロか』って言って俺の顔をじろじろ見て、そのまんまふいっと帰っちまった。何なんだ、と思ってたら、その二~三日後に最初の事件が起きて……」
「第一の被害者は、お前の知り合いだったのか?」
 とシオウが問う声にも緊張感が増している。先行きはわからないものの、ヤバい匂いだけは、ぷんぷんする。
「知り合いというか、顔見知り程度。『トルエノ・ネグロ』のメンバーで、下っ端の男だ。そいつが、喉をものの見事に掻っ切られていたらしい、て話を人づてに聞いて……」
「……ホセの仕業だと思った?」
 というシオウの言にアレハンドロは曖昧にうなずき、
「ホセの顔が即座に浮かんだのは、確かだ。あいつが俺の顔をじろじろと見たときの目が、なんか、こう、危険な感じがして、ずっと嫌な予感がしてたんだ。その予感が現実になったって思った」
「確かに妙だな……」
 とユンがつぶやいたのは、ホセの目的不明の言動もさることながら、第一の被害者の殺され方である。喉をものの見事に掻っ切る、など、例えばサイレンスのような殺し屋ならば苦も無くやってのけるだろうが、デサストレ地区のゴロツキたちがケンカの末にやるようなことではないように思われる。
 シオウは思わず腕を組みつつ、
「しかし……ホセは、どこで、アレハンドロのことを知ったんだろう? あいつの実家のアルバレス家ってのは、代々法律関係の仕事で財を成したその道の名門一族のはずだ。とてもデサストレ地区に知り合いがいるとは思えないが……」
 その名門アルバレス家に生まれながら、あえて『傭兵』という生き様を選んでいるホセという男は、よほど一筋縄ではいかない人格を持っているのだろう、と脳の隅で考えながら、そんな疑問を呈すると、アレハンドロは、またテーブルの上に視線を落とし、
「……俺も、そこのところが気になって、いろいろ調べてみたんだ。セルヒオたちと一緒に、さ。それで、いまホセがバルセロナに戻ってるのは、予定の帰国じゃなくて彼の姪にあたる娘が殺されたからだってことがわかった。
 殺された娘の名前は、イサベル。イサベル・アルバレス。知らないかな、ものすごく大ニュースになって、連日のようにテレビや新聞で報道されてた事件だけど……」
 とテーブルからユンの方へ視線を戻す。ユンは小さくかぶりを振った。
「いや。俺たちは昨日スペインに来たばかりだからな。それ、いつごろ起こった事件なんだ?」
「一か月くらい前……。そういや最近は何も言ってないかもな。でも、事件発覚当時は、えらい騒ぎだったんだ。なんせ殺されたのが名門アルバレス家の娘で、父親も高名な弁護士らしいし、何より、イサベルって子、なかなかの美人だったから。この事件のことは、たぶん、バルセロナじゅうの人が知ってるんじゃないか」
 アレハンドロは、そこで言葉を切ると、「だけど」と小さくつぶやいて、弱り切ったという風に首を振り、
「……だけど、俺がこの事件に興味を持ったのって、実はホセに会うより前……事件発覚当時のことだったんだ。俺が事件のことを知ったのは、テレビのニュース番組で見て、のことだったんだけど、そのとき被害者として映ったイサベルの写真の顔に、どうも見覚えがあるような気がしたんだ。一生懸命思い出そうとしてみたんだが、次の日、ようやく思い出した。
 俺、イサベルに会ったことがあった、と思う。それも、このデサストレ地区内で。
 いつのことだったかは、はっきりとは思い出せないけど、でも、ともかく、イサベルらしき子が、二~三人の友達と一緒にこの辺を歩いているのを見かけて、俺が追い払ったことがあった。見るからに、『いい家の子たち』が興味本位で見物に来たってことがわかったから。時たまいるんだよ、そういう興味本位で遊び半分にここいらを歩こうとする外部の人間が。そういう、興味本位で来たいい家の子、に住人の誰かがちょっかい出したら、面倒なことになるから、見つけ次第追い出すことにしてるんだ。
 ……で、そんなことがあったことを思い出したから、そのことを警察が嗅ぎつけて捜査しに来たら困ると思って……」
 なんで困るんだ? とは、ユンもシオウもきかなかった。きかなくても、ここに住む人間の多くが、叩けばホコリが舞い上がって視界不良になるだろうくらいのことは、わかる。
「……それで、イサベルって子がデサストレ地区に来たのを見たやつが俺の他にもいるかどうか、ちょっと調べてみたんだけど……」
「来てたのか」 
 とシオウが眉をひそめてみせたのは、アレハンドロの気苦労を思いやってのことである。亡きイサベルには気の毒な話だが、彼女がこのデサストレ地区にとって招かれざる客であったというあたりの事情はシオウにもよく理解できるところである。イサベルがデサストレ地区に来ていた、というその時点で、彼女の家族や学校にとっては『事件』として認定されるであろうし、しかも何らかの被害にあったとなれば、デサストレ地区全体が世間からその非難の対象となるであろう。
 アレハンドロは暗い顔つきで虚空をぼんやり見つめつつ、無意識のようにタバコを箱から一本抜きつつ、
「彼女らしき女の姿を見かけたってやつは、何人もいた。みんな後難を恐れて声はかけなかったみたいだけど。で、彼女らしき女を見かけたってやつらの話によると、その子、何かを探すようにきょろきょろしながら歩いてたらしい。……わかったのは、それだけだ。未だに俺には、彼女が何をしにここに来ていたのかわからない」
「お前自身は、一度しか彼女に会わなかったのか? 最初に追い払って以来……」
 ユンは内心で、
(ひょっとして、イサベルは、アレハンドロに会いに来ていたのではないか?)
 と、ふと考えつつそう問うた。アレハンドロは、なかなかハンサムだし、ユンの目から見ても、どことなく不思議な魅力がある。デサストレ地区の人間にしては、物腰も粗野ではないし、イサベルのような少女が心を惹かれても、おかしくないかもしれない。
 もっとも当のアレハンドロは、イサベルを厄介事の種としてしか認識していないらしく(それも、彼の住む地域の事情及び彼が自分に任じているらしい不思議な使命感からすれば無理からぬ話ではあるのだが)、
「さあ、それもはっきりと思い出したわけではないんだが……」
 と顔をしかめてみせる。
「たぶん、どっかでもう一回くらいは見かけてるんだろう、という気はするんだ。一度会っただけなら、テレビで見たときにぴんと来ない、と思うから。……まあ、デサストレ地区も離れ小島じゃないからな。いくら地元の人たちに嫌われてるからって、完全な没交渉というわけにもいかないし。外部の人間が迷い込んでくることも、別に珍しいことじゃないから、いちいち覚えちゃいらんないよ」
 と首を振った後、弱々しい笑みを浮かべ、
「だが、イサベルが殺される前、デサストレ地区をうろついていた可能性は高いようだ。……たぶん、ホセは、そのことを知ってるんじゃないか。そうなると、やつが『犯人はデサストレ地区の人間に違いない』と思い込んだとしても、おかしくない。実際、その可能性もあるわけだし。そして、イサベルの仇を討つため……」
「デサストレ地区のゴロツキを密かに殺し歩いている?……そんな馬鹿な」
 シオウは鋭い口調でアレハンドロの憶測を否定してみせたが、しかし内心、その可能性を否定しきれないような気がしなくもなかった。ホセ・アルバレスは逸話の多い人物だ。そして、その逸話の大半は、彼の過激な正義感を表すものである。例えば、どこそこの戦いで、略奪行為を働いていた味方の正規軍の兵士をその場で射殺したとか、または、何らかの濡れ衣を着せられて除隊処分となった部下とともに自分も除隊したとか。そういう類の『ホセ話』のどこまでが真実かは定かではないが、枚挙にいとまがなく、自然シオウもうわさ話としていくらか耳にしている。
 シオウの反論に、アレハンドロは首をすくめ、
「俺だって、信じられないし信じたくないさ。いくらなんでも、むちゃくちゃすぎるもの。……でも、現に人が殺されてるんだ、もう既にね。
 それと、もうひとつ、ホセのアルバレス家とデサストレ地区には、ちょっとした因縁がある。地区の再開発計画だ。再開発っていうと聞こえはいいけど、少なくとも再開発された後はバルセロナの刑務所はデサストレ地区の住民でいっぱい、ここに住むのは最低でも合法組、いざ蓋を開けてみれば旧デサストレ地区の住民は、一人も住んでないってことになっても、俺はおどろかないね。……名門アルバレス家の人間には市議会議員も多い。連中が再開発推進の急先鋒になってるって話だ」
「……よって、ホセが親類縁者の仕事を助けるべく、デサストレ地区の住民を先に減らそうとしている?……そいつは、無理があるな」
 ユンは考え深い目つきをしながらそう言った後、
「警察は?」
「いまのところ、イサベルとデサストレ地区を結びつけて考えてないらしい。まあ、普通に考えれば、あんないい家のお嬢様が、この地区に来るはずがないもんな」
「再開発……という名の取り潰しに抗議するため、イサベルを殺す……というようなテロ行為をしそうな過激派の存在は?」
 と相変わらず鋭い口調でシオウが問うのに、アレハンドロは、そっとかぶりを振り、
「デサストレ地区の住人ってのは、軽く叩けば辺りがホコリで見えなくなるような連中が確かに多いけど、そんなことをするやつはいない。ここに住んでる悪党ってのは、そういうタイプのやつらじゃない。殺人事件がないわけじゃないし、たぶん他の地域よりは若干多いんだろうけど、でも、それはケンカでやりすぎた結果だったり、あるいは金目当て、とか、いっそチーム同士の抗争とか……要するにもっと単純なものばかりだ」
「チーム同士の抗争は、いま鎮静化していると言ったが、それは確かなのか?」
 とシオウが問うと、アレハンドロは苦笑を漏らし、
「言ったろ。あいつら、なめられたくないだけで、ほんとは口で言うほどやりたがってないんだよ」
 と説明した後、
「けど……連中が常に臨戦態勢みたいな気で生きてるのも確かな話だ。余計な悶着さえ起こらなければ、にらみ合ってるだけで満足してるが、今回のように殺人が頻発してくると……」
 アレハンドロは、そこまで言って、言葉をいったん切ると、イラついたように乱暴に灰皿にタバコを押しつけ、
「まあ、ともかく、どうも俺たちの『デサストレ地区』が、正体不明の何者か……それも、特殊な戦闘訓練を受けているらしい何者かに狙われているのは確かだ。
 そして、相手の言い分がどうあっても、俺たちとしては、何らかの自衛手段を講じるしかない」
「……ということは、お前は、今後もデサストレ地区の人間が殺され続けると思ってるんだな?」
 というユンの問いに、アレハンドロは自信ありげにうなずいた。
「間違いない。いままで殺された人間の誰をとっても、わざわざ殺す意味が分からない。たぶん、犯人の目的は、あいつらを殺すことそのものにはないに違いない。だとしたら……」
 と言葉を切ってみせたアレハンドロを、シオウはじろりとにらみ、
「……俺たちは用心棒でもボディガードでもないぞ」
 と憮然として指摘した。アレハンドロは、叱られたみたいな顔で首をすくめ、
「わかってるよ、俺たちを守ってくれ、なんて言わないよ。……でも、よければ俺たちと同盟を組んで、協力してくれないか」
「…………」
 アレハンドロの申し出に、ユンとシオウは一瞬顔を見合わせた。『俺たち』。
「俺たち……ということは、デサストレ地区と、ということか?」
 と解釈してユンがきくのに、アレハンドロは首を振って否定の意を示し、
「いや、『バルカス』と、てこと」
 と少し恥ずかし気に、にやりとする。ユンは、面白い、と思い、シオウは、馬鹿にしてやがる、と思った。
「同盟か。組んでやってもいいが、俺たちに何かいいことはあるのか?」
 ユンが意地悪くそう問うのに、アレハンドロは、ここは居直るしかないと腹をくくり、
「残念ながら、ない」
 と言い放った。
「ないものは、ない。俺たちじゃ、君たちの役に立つ何かを提供するなんて、とても無理だってことくらい、わかるだろ?」
 と、さらにそう居直ってみせ、
「ないけど、よければ協力してほしい。俺たち『バルカス』は、デサストレ地区でも合法組……ていうか非戦派……ていうか、まあ、いうなれば、デサストレ地区の良心として活動してるんだ。戦うどころか、武器もない状態だ。でも、君たちは、そうじゃない」
「そうだな、俺たちは、そうじゃない」
 ユンは笑いをかみ殺しつつうなずいた。こと、ここに及んで、居直る、という選択肢をとったアレハンドロが気に入った、と思いながら。
「念のためにきいておくが、お前らの活動って、なんだ?」
 シオウもまたアレハンドロには好感を持っていたのだが、わざと渋面を作ってそう問うた。
 アレハンドロの申し出は、普通ならば、こんなバカな話はない、と即座に席を立って帰るようなものである。しかし、アレハンドロをユンのもとへ導いたのはジューダスで、ジューダスの背後には、ユンもシオウも無視はできない『例の老人』がいる。
 それに、もっとも重要なのはアレハンドロが、彼にとって未知の人々であるユンとシオウに、得体のしれないジューダスの言葉に賭けて助けを求めてきたことである。そこには、決死の覚悟がある、とシオウは思う。
 アレハンドロはシオウの問いに、ちょっと首をかしげ、
「どんな……て、大したことはしてないけど。例えば、まあ、さっき言ったみたいに『トルエノ・ネグロ』と『ニエベ・ロホ』が本格的な抗争になりそうになった時、両方のチームの知り合いと一緒にことをおさめるために駆け回るとか。後は……まあ、知り合いの家族のおじいさんが徘徊して迷子になったのを探しに行ったり、とか、飲んだくれの弁護士さんがいるんだけど、地区の誰かが彼に用があるとき、酔いつぶれてるのを叩き起こしてつれて行ったり、とか……」
 他にも、迷い犬や猫を捜索する、ご老人の手紙の代筆や、ことによっては子守などということも頼まれればやる、ということであった。要するに頼まれれば、できそうなことはなんとかする、というのが、『バルカス』の活動スタンスであるらしい。
「……お前ら、そんじょそこらの役場の人間より地域のために働いてるな」
 シオウが、あきれ半分に感心してみせると、アレハンドロは首をすくめ、
「空いた時間にやるだけで、そこまで本格的にやってるわけじゃないよ。……お人好しが、ばれてるだけっていうか」
 と謙遜するというより、ややぼやく調子である。が、すぐに気を取り直して、
「で、どうなの? 同盟、組んでくれる……?」
 と改めて乞われ、ユンはちょっと首をすくめた。どの道、この件、『例の老人』が絡んでいる以上、避けて通るわけにはいかない。それ以上に、決死の覚悟で助けを求めてきたのであろうアレハンドロを見捨ててしまう気にもなれない。
「……いいだろう」
 とあっさりうなずいてみせると、むしろアレハンドロの方がおどろき、
「え、いいの?」
 と目を丸くする。ユンはそれに対し、もう一度うなずいてみせ、
「まあ、だが、細かい話は後にして。さしあたり、これからどうするつもりなんだ?」
 と逆に問うと、アレハンドロは余程おどろいたのか、少しの間ユンの真意を測ろうとするかのようにじっとその目を見つめ、やがて、覚悟を決めたように重々しい口調で、
「……できれば、ホセと戦わずに済ませたいんだ。だから、イサベルを殺した犯人を捜す。そいつを警察に突き出せば、ホセは戦う理由を失うんじゃないか、と思うんだが……」
「…………」
 ユンもシオウも、一瞬互いの目を見かわしただけで、コメントは避けた。アレハンドロの声は自信なさげで、たぶん、二人が思っていることなど、口に出さずともわかっているのだろう、と思われたから。
「……それは、どちらかというと、探偵の仕事だな。俺たちは、探偵じゃない」
 アレハンドロの言い分に、さしあたりシオウが、そんな言い分を口にすると、
「そうでもないぞ」
 とユンがシオウを横目に見ながら、にやりとした。
「俺たちには、ほら、あいつがいるじゃないか。新米探偵の、あいつが」
 と言われ、シオウは一瞬考え、次いで驚愕の表情を浮かべた。
「あ、凪……!」
 と思い当たった「あいつ」の名前をつぶやき、絶句した。……そんなバカな話はない、と心から思った。
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