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バルセロナ・テンペスト・10

 三章 ALEJANDRO・3

 アレハンドロとエンリケが、どことなく居心地の悪そうな顔をしているのに気づき、そう問うと、アレハンドロは小さく首をすくめて、
「まあ……俺たちには、あんまりお呼びじゃないかもね」
 エシャンプラ地区は、モデル二スモ建築と呼ばれる歴史的な価値のある建物や高級ブティックの立ち並ぶエリアである。
「俺たちだって別に呼ばれてないけどなぁ」
 とシオウが首をすくめてみせる横で、
「でも、この牛、なかなかかわいいじゃないか。きっと凪が喜ぶぞ」
 とユンが割に真顔で言ったので、シオウはスルーした。
「凪って誰?」
 それが人の名前であるらしいことはわかったが、男か女かもわからないと思いつつエンリケが問うのに、
「昨日話した、私立探偵をやってる俺たちの友達だ。……もうそろそろ来るはずだが……」
 とユンは説明して、腕時計に目をやる。シオウは眉をひそめ、
「あいつら、ちゃんと来られるかな。もっとわかりやすい場所で待ち合わせた方が、よかったんじゃないか?」
「…………」
 ユンとシオウの会話を耳にしたアレハンドロとエンリケは、こっそり顔を見合わせた。
(……なんか、頼りなさそうな……?)
 という危惧が脳裏をかすめる。
「あの……探偵さん、凪さんっていう名前なんだね? どんな人……?」
 とエンリケが今後の参考のために問うと、ユンはちょっと首をかしげ、
「凪か? あいつは数か月前まで、学校の先生をしてたんだ。最近、探偵に転職したばっかりだ。……まあ、ちょっと口は悪いが、性格はまあまあ悪くないから、心配しなくて大丈夫だ」
「……へぇ」
 としか相槌の打ちようがなかった。
(どうも……これは……思ってたのとは違う人が来る予感……)
 というエンリケとアレハンドロの予感は、きっちり三分後、的中した。

     *

 指定された『考える牛』とやらの像のそばに先着していたユンとシオウは、私の姿を見ると、片手を振って合図した。二人のそばに見知らぬ外国人の青年が二人いることには気づいていたが、ひとまずユンとシオウに向かって、
「お待たせ、ごめん、遅かった?」
 と、あいさつする。
「いや、時間通り。迷わなかったか?」
 と、ジェントルなシオウがほほ笑むそばで、ユンが、
「凪、この牛見てみろ。なかなか、かわいいだろ?」
 と、まるで牛の像を作ったのが自分であるかのような言い方をした。『考える牛』……このシュールな設定の像は、有名なロダンの彫刻『考える人』のパロディ作であるようで、じっと考え込むポーズをする牛の姿はユーモラスで、確かになかなかかわいらしいものだった。
「ほんとだ。かわいい」
 私は、まずそう認めた後、
「でも、ちょっと待って。私、ここでひと仕事しなきゃいけないから」
 とことわった。というのも、じじい……じゃなく、『例の老人』の指示書には、この『考える牛』についての記述があったからだ。私は念のため、改めて指示書を見直した。
「……えー、と、『考える牛の像に向かって「何考えてるんですか?」と問うべし』……」
「……それ、無理にやらなくてもよくない?」
 とシン。
「……それは、仕事なのか?」
 とシオウ。
「お前、全力でからかわれているな」
 というユンの感心の声(?)を背に、私はきっちり任務を遂行した。この任務のコツは、……なるべく考えず、自分の行動に関する感想を一切封印し、ひたすら無心となって行うこと、であろう。
 さて。
 あいさつと仕事を済ませてしまうと、私は改めて、ユンとシオウの背後からこちらを見ている二人の青年に目をやった。二人ともあきれたような顔で私を見ている。……その表情の意味を考えることを私は自分に禁じた。
 二人は、たぶん成人はしているのだろうが、顔立ちにややあどけなさが残っており、どちらかというと私やユンたちより、シンの方が年齢が近いようである。一人は中肉中背で、なかなかハンサムな男の子で、もう一人は、小柄でひどくやせた男の子である。二人とも感じは悪くないが、どことなく落ちつかない様子である。
「ユンさん、こいつら、誰?」
 と、シンが、ずけずけというより、もう少し感じの悪い言い方で、そう問うた。私は(おや……?)と思ってシンの横顔を見たのだが、ユンはちらりとシンを見ただけで、すぐにその目を私の方に転じ、
「凪、紹介しておこう。この二人が、昨夜話した件の依頼人だ。右が依頼人のアレハンドロ、左が通訳のエンリケだ」
「通訳?」
 私はちょっと目を丸くして、エンリケを見た。小柄でひどくやせている青年の方であるエンリケは、私の目には、ともすると子供のようにも見えるのだが、エンリケはちょっと張り切ったように胸を張り、
「コンニチハ!」
 と、やや大きすぎる声で、はっきりとした日本語を口にした。
「こんにちは。……えっと、エンリケ君は日本語がしゃべれるのかな?」
 私はつい子供に話しかけるような調子になってしまい、すぐに、しまった、と思ったのだが、エンリケは気にする風もなく、
「うん、そんなにうまくないかもしれないけど」
 と子供っぽい仕草で首をすくめる。すると、シンが横合いから、さっきの感じの悪さなど忘れたような気さくな声で、
「いや、全然うまいよ。何、学校でも行ったの?」
 と、ほめた。私は、また(……おや?)と思ってシンの横顔に目を走らせた。なんなんだろう、この急な情緒不安定ぶりはと思いつつ、ふと、この人こそ依頼人であるらしいアレハンドロの方を見たとき、謎が解けた、ような気がした。
 アレハンドロは、眉間にはっきりしわを寄せて、シンを見ている。そしてシンは、どうもアレハンドロの方をわざと見ないようにしているものらしいことにも気づいた。
(……ひょっとして、シンはアレハンドロが、アレハンドロはシンが気に入らない……?)
 のかと思ったが、しかし、ここまでの短時間、二人はお互いまともに話してもいないはずである。まさか、口をきく前から直感でわかるほど相性が悪い、などということは、ありえない、と、思う、が……?
 という私の内心の危惧をよそに、
「ううん、学校じゃなくて、自分で勉強したんだ」
 と、シンの問いにエンリケは首を横に振りつつ答えた。
「へぇ、独学なんだ。すごいじゃない」
 と、ほめると、エンリケは素直に嬉しそうな顔をし、
「僕はゲームオタクだから。日本のロールプレイングゲームが好きで、どうしても原語版をクリアしたくて、がんばって勉強したんだ」
「……へぇ」
「好きな日本語は、『会心の一撃』です!」
「……なんとなく状況は、わかった。ともかく、よろしく、エンリケ。私はスペイン語、全然わからないから、くれぐれもよろしく。……ところで……」
 と、私は先ほどの危惧を消しきれないまま、依頼人ことアレハンドロの方へ向き直った。
 殺人事件の捜査。
 正直、これは私の手に負えるような事案ではない。
 しかしながら、昨夜のユンとの電話から今日のいまの時間までの間に、私の腹もだいぶん座ってきていた。……ともかく、断るという選択肢がない以上、受けて立つほかないではないか。
 そして、受けて立つ以上、やれるだけのことをやってみるしかない。
 以下、アレハンドロの言葉はエンリケによって日本語に訳されたもので、私(及びシン)の言葉は、またエンリケによってスペイン語に訳されてアレハンドロに伝えられたものである。
「初めまして、アレハンドロ。私が、私立探偵の凪です。こっちは、助手のシン」
 と、まず自己紹介をし、ついでにシンも紹介してやると、シンは小さく首をすくめ、
「あれ? 僕、助手なの? まあ、いいけど……」
 と、つぶやき、アレハンドロに向かってあごをちょっと引くような曖昧な会釈を一瞬した後、すぐに顔を私の方に向け、
「先生、こんなとこで殺人の話するのも何だから、場所、変えない?」
 と提案した。シンの言い分は、それはその通りなのだが、とたんにアレハンドロがムッとした顔つきになり、
「ちょっと待て、何でお前が仕切るんだ?」
 と、突っかかるような口調である。……確かに、いまのは、シンの出しゃばりというべき発言であったのだが、シンもしかし、ムッとした顔でアレハンドロをにらみ、
「別に仕切ってねぇだろ。提案だよ。て、い、あ、ん」
 とケンカモードで応戦している。
(やはり、この二人、出会った瞬間口をきかずともわかるほど、本能的に相性が悪いらしい……)
 ……などと感心している場合ではない。
「ストップ!」
 私は、これ以上ケンカが本格化する前に、と、急いでシンとアレハンドロの間に割って入った。次いで、二人の顔を順繰りににらみつつ、以下の如く宣告した。
「てめぇら、ケンカする気なら、二人とも置き去りにして日本に帰国するぞ」
 と。

 結局、本格的な話し合いは、場所を変えてすることになった。
 アレハンドロに案内されてつれてこられたのは、デサストレ地区と呼ばれるエリアで、そこに住んでいるというアレハンドロは、
「……まあ、ガイドブックには絶対に載らないような場所だよ」
 と首をすくめて説明した。
 そこにある『バモス! ゴラッソ!』という店は、アレハンドロとその仲間たちのたまり場となっているらしい。
 その店で私たちを待ちかまえていたフェデリコ(この人が店長であるのだそうだ)とセルヒオ、そしてアレハンドロとエンリケを合わせて、
「僕たちは、チーム『バルカス』なんだ」
 とエンリケは説明してくれた。もっとも、リーダーであるというアレハンドロは、
「まあ、遊びみたいなもんだよ。チームだなんて、俺たち以外の誰も認めちゃいないよ」
 と苦笑いで付け加えたけれど。
 ともあれ、お互いが簡単な自己紹介を済ましてしまうと、私たち……主に私とアレハンドロは、本題に入らねばならなかった。
「殺された娘の名前は、イサベル・アルバレス。一か月くらい前、ここから遠く離れた森の中で見つかったんだ」
 アレハンドロは、そんな風に事件の経過を説明し始めた。私はなるべく感情をまじえず、フラットにきく努力をしつつ、耳を傾ける。
 昨夜ユンが電話で言った通り、事件は迷宮入りしかけているものらしい。しかしアレハンドロは警察の知らない情報を知っているらしく、
「もしかしたら、犯人はデサストレ地区の人間かもしれない。少なくとも、そう思い込んでいるらしい人物が一人いる。
 ホセ・アルバレス。イサベルには叔父にあたる人物だ」
 と説明した。新しい名前が出てきた。ホセ・アルバレス。そこでシオウが横合いから口を挟み、
「ホセ・アルバレスというのは、スペインでも有数の名門一族であるアルバレス家の次男で、傭兵部隊の隊長だ」
「ようへい」
 私は機械的にそのワードを復唱した。機械的になったのは、感情を入れるほどの実感のない言葉であったからだ。とりあえず説明を求める視線をユンに送ると、ユンはちょっと首をすくめ、
「傭兵っていうのは、正規の軍に属さず金で雇われて戦う兵士のことだ。……とはいえ、ホセというのは名門……要するに富豪の家の出で、父親が他界した際、かなりの額の遺産を継いでるって話だから、金のために戦ってるってわけではないらしいな」
「……なんだか厄介そうな人だな」
 ユンの説明に、私はついそう眉をひそめた。なんというか、その略歴が既にトラブルを抱えているような気がする。ユンは私の感想にちょっと笑い、
「厄介も厄介、大厄介だ。アレハンドロの推測によると、ホセは怒り狂って、この『デサストレ地区』に総攻撃をかけようとしてるようだからな」
 と言ったから、全然笑い事ではない。
「えっ?」
 とおどろいて、シオウの方に視線を転じたのは、にわかに信じられず更なる説明を期待したからである。正直なところ、ユンの冗談かと思ったのだが、シオウは真面目な顔で、
「……残念ながら、既に何人か殺されている。それに、俺もうわさでしか知らないが、ホセという男、激情型の正義漢といったタイプの人間らしい。……どこまで、うわさを信じるかという問題はあるが、ホセがもしうわさ通りの男ならやりかねないって気はする」
 どうもシオウもアレハンドロの推測は正しい可能性があると考えているようである。
 ことここに及んで、私はようやくアレハンドロの言わんとしていることを理解した。アレハンドロとしては、イサベル殺しの犯人をホセが本格的な攻撃をしてくる前に挙げて、デサストレ地区を守りたいのだろう。
 その悲痛な状況に私は胸を打たれたのだが、……しかし。
 そんな方法で本当にデサストレ地区が守れるのだろうか……?
 シンもまた同じことを思ったらしく、これまで全然しゃべらずに聞き役に徹していたのが、ふいに口を開き、
「でも、もう何人か殺されてるんでしょ? だったら、のん気に犯人探しなんかしてる場合じゃないって気がするけど……」
 と、小さく肩をすくめてみせ、ついでユンに目を向けて、
「それに……こんな件に関わって、どうするつもりなんですか?」
 と、ごく小さいが、とがめるような口調できく。私は、ちらりとアレハンドロとエンリケの様子を横目でうかがった。シンの声は小さく、その上ユンに向けられたものだったので、エンリケの耳には届かなかったようである。
 それにしても、シンはやはり、どうにもこうにもアレハンドロが気にくわぬものらしい。
 私は、
「既に『バルカス』と同盟を結んでしまった」
 というユンの説明を不満顔できいているシンの横顔を見つめ、困ったな、と思った。最初に……というのは、呼び出されて日本から『例の老人』に会いに上海に行くとき、シンをつれて行くように指示を出したのはユンである。おそらくあの時、ユンは既にアレハンドロたちと同盟とやらを組んでおり、それならば彼らと年齢の近いシンがいた方が何かと都合がいいと考えたのではなかろうか。
「何で、こんなやつらと?」
 不満丸出しの顔つきでそう吐き捨てたシンを見つつ、私は一瞬、自分の頭を抱えるかシンの頭をひっぱたくか悩んだ。……で、後の方を選んだ。
「痛ぇ!」
「あんたは、口のきき方に気をつけなさい。『こんなやつら』は、ないでしょ。あの人たちは、ユンの仲間で私の依頼人なんだから」
 と厳しい口調を作ってシンをたしなめておいてから、ユンに顔を向ける。そうは言ってみたものの、私もユンの決定がいささか急な話のような気がしたのだ。まあ、アレハンドロたちを放っておけない気持ちは、わかるけれども。
「でも、……ずいぶん、忙しい話なんだね?」
 それで、そう控えめに問いただしてみると、
「ジューダスが、ここに来たんだとさ。それで、俺たちのことをアレハンドロに話したらしい」
 と、ユンは面白くもなさげな顔と口調で答える。
 ジューダス。
 私は全力で顔をしかめた。
「なるほど、そういうこと。……野郎、ゴキブリなみの出没力だな!」
 と、さらにジューダスがサイレンスをつれて、この店にやってきた辺りの事情をきいた後、私はそう断じた。
「先生、……口のきき方」
 と、シンが私の肩をつつくのに、私はフンと鼻を鳴らして、
「あいつは、私の敵だ!」
「……依頼人だってば」
「…………」
 シンに余計なこと(?)を思い出さされ、私は口を閉じざるをえなくなった。心の底から腹立たしい、と思う。
 ともあれ、これで状況はつかめた。無論、ユンたちがこの一件に関わるというのなら(関わるに決まっているようだが)、私もひと肌脱ぐほかあるまい。
 しかし。
 ……もちろん、引き受けるからには、できるだけのことはするつもりでいる。だけど、……殺人事件の調査なんて、一体何をどうしたらいいのか、何から手を付ければよいのかさえわからない。
 という風なことを、アレハンドロたちに聞こえぬよう、こっそりユンに相談してみたところ、
「問題ない」
 とユンは、ばっさり言い切った。
「ダメでもともと、と思ってくれてていい。なんなら、それっぽいことをやってみるだけでもいいんだ」
 と、そこでいったん言葉を切り、一瞬アレハンドロたちに目をやった後、
「アレハンドロがイサベルを殺したやつを探す、ということが重要なんだ」
 と、よくわからないことを言う。私はふしぎに思ったのだが、ユンは私の説明を求める視線に応える代わりにアレハンドロに目を向け、
「凪、アレハンドロって、どう思う?」
 という曖昧過ぎる問いかけをしてきた。私は面食らい、でも、何か答えねばと思って口を開きかけたのだが、そのタイミングで誰かの携帯電話が鳴りだした。
 音の主は、アレハンドロの電話であったようだ。彼は断りの言葉らしきものをつぶやき、すぐに電話に出た。
「……どういう方向性の質問?」
 アレハンドロの電話の邪魔にならぬよう小声で、改めてさっきの質問の具体的な意味をきくと、ユンは、
「いや、……女の凪の目から見て、アレハンドロってどんな感じかな、と思って。男として、魅力あるか?」
「……何で?」
 そんなことをきくのだ、と思ったが、ともかく質問に答えてみるべく、私は改めてアレハンドロの姿を見直した。でも、本当のところ、見直すまでもなく、
「好き好きだし、年齢的な話もあるから一概には言えないけど、モテそうな子だな、と思う。たいていの女は、彼を見て悪い気はしないんじゃない?」
 という判定を下した。どちらかというと、初めて見たときに一番初めに抱いた感想を口にした感じである。ユンはじっと私を見て、
「イサベルくらいの年齢の女の子にも?」
 と質問を重ねてくる。
 その瞬間、私はユンの質問の意味を、そして、アレハンドロがイサベルを殺した犯人を探すことが重要なのだという主張の意味を理解した。
 むしろ、イサベルくらいの年齢の女の子ほど、アレハンドロに魅力を感じるのではないか。
 やがて、それほど待たせることなく電話を切ったアレハンドロが、言った。
「スモからだ。探しものが見つかったかもしれないから、ちょっと来いって」
『スモ』というのは、デサストレ地区でも一~二を争うビッググループのボスの愛称だとエンリケが付け加えて教えてくれた。
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Author:ふじきよ なお
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