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ラスベガス・ロストシティ・30

 十章 攻×防・2

(それに……いまはセロ王子から離れない方がいいだろうな)
 私は夜も更けつつある空港の中を見回しながら、そう考えた。
 エサルがセロ王子の存在をどこまで重く見ているか、はわからないが、その矛先が、いつセロ王子に向いても不思議ではない。
 もっとも、いまのところエサルはロサンゼルスにいる。サイレンスからショージに、エサル本人がアルドバドル大使館へ向かっている旨報告されたというから間違いない。そのショージたちは、大使館の中にいる人々が秘かに避難するのを手伝っているらしい。
 テナイアとロドトスを連れ去ったのはエサルに雇われたならず者だろうとセロ王子は確信している。その真偽はさておいて、でも、二人を連れ去ったならず者たちが、まだラスベガスにいる可能性は高い。
 つまり……いま、セロ王子の身は、絶対的に安全だとは言い切れない状態なわけだ。
(ユンはもうショージたちと合流したかな)
 気ばかりもんでいてもしょうがない、と思ってなるべく考えずにいたことが、ふいに頭をよぎり、私は自分を戒めるべく拳を額に当てた。
「ユンたちなら大丈夫」
 私がつい考えてしまったことが、シオウにはわかったらしい。小さくそうつぶやいた後、
「それより、こっちはこっちのことを、ちゃんとやらないと」
 と付け加える。
「わかってる」
 とうなずいてみせたとき、こちらへ向かって走ってくるセロ王子の姿が目にとまり、私は軽く右手をあげて合図した。
「行きましょう、ここを早く出るんです!」
 息を切らして駆け寄ってきたセロ王子は、私たちの前で一瞬だけ立ち止まってそう口走ると、駆け足を急ぎ足に切り替えて空港出口へ向かおうとする。
「ナバシスは?」
 と後を追いつつ尋ねると、
「飛行機の中。……たぶん」
 という返事。
「……たぶん?」
「離陸直前に僕だけこっそり降りてきたんです。ナバシスがそのことに気づくころには、既に飛行機は飛んでいる……はずなのですが、油断はできない」
 セロ王子は腕時計をにらみつつこたえ、さらに、
「それに……たとえ作戦が成功したとしても、ナバシスはニューヨークからこちらへとんぼ返りしてくるでしょうよ。できれば、その前に事件を片付けたいものです」
 などと言い放った。
 私は……今夜は徹夜になりそうだ、と思った。

     *

「本当に今夜中に来ますかね」
 アルドバドル大使館の入り口前にバリケード(館内にある家具備品のうち許可がおりたものを使って)を築きつつ、ショージは訝しげな声を出した。別にユンがそう推測してみせたのを疑っているわけではないのだが、もし今夜中にエサルが来なければ、バリケードを解体して使ったものをもとの場所に戻さねばならないのである。
「来るだろう」
 と深夜にさしかかってようやく到着したユンは、何が入っているのかわからないが重そうな段ボール箱を抱えたエンリケに向かって、
「もう、そのくらいでいいぞ。どうせ突破されるバリケードなんだから、そんなにちゃんと作らなくていいんだ」
 と声をかけた後、ショージに向かってこたえた。
「たぶん、今夜来なければ、今後しばらく来ないだろう」
 と謎なことを言い足され、ショージは説明を請う視線をユンに送る。ユンは小さく肩をすくめ、
「どうも俺は、今回の件は、テナイアとロドトスに向けてのデモンストレーションでもあるんじゃないか、という気がして仕方がないんだ」
「……というと?」
「あの二人が、このタイミングでさらわれたというのが、どうにもこうにも引っかかるんだ。もちろん、二人が俺たちの知らない別の案件にも引っかかっていて、そちらのもめごとに巻きこまれた、という説も絶無にしてしまうわけにもいかないかもしれないが……」
「限りなく絶無に近い話、と考えた方が良さげな話ですな」
 とショージは苦笑いでうなずき、
「しかし、やり口からみても二人を連れ去ったのはエサルと考えていいと思うんですが、あいつら、仲間割れでも起こしたんでしょうか……」
 と首をひねる横で、アレハンドロが、
「仲間割れも何も……、そもそも、そんなに仲間でもなかったんじゃないか?」
 と肩をすくめる。
 言い得て妙、とユンはついほほ笑んで、
「そういうことだろうな。少なくともエサルは、テナイアもロドトスも信用していないんじゃないか。彼らを国に戻そうとする人間との接触を断つためにも、いざ現実的な行動を起こした瞬間ビビッて逃げ出されるのを防ぐためにも、エサルには、ぜひとも二人の身柄をおさえておく必要があったんだろう」
「……どうかしてるよ」
 とあきれた風にエンリケは心からの感想をつぶやいた。
「まさしく」
 とショージは同意してみせ、
「なるほど、そういう事情やったら、エサルは今夜中に作戦を決行せんとまずいわけですな」
「そういうことだ。たぶん、戦果はそこそこでいいんだろう。それよりも素早く作戦を実行に移してみせることで、テナイアとロドトスが、こいつはもう逃げられない、と観念する……ついでに二人がエサルを恐れるようになってくれれば……」
「……逆に言えば、テナイアとロドトスが『エサルは怖い』と思い知る程度の戦果は必要ということですが。要するに……俺らはエサルのダンスに付き合わされる、ということで……」
 ショージが苦笑いで捕捉するのに、ユンは小さくうなずいて、
「おそらくエサルは正面から来るはずだ。その方が派手で自分という存在を誇示しやすいからな。俺たちは、ここで……」
 とバリケードに使っているイスの脚を手で叩いてみせ、
「いったん攻撃を受け止めて、適当に敵をあしらいながら建物内へ避難する……」
「主戦場は?」
 アレハンドロが横合いから口をはさむ。その表情は、さすがに緊張で強張っているようだ。
 ユンは、建物をあごで示して、
「もちろん、建物の中。この建物の中は、もう見ただろう? 入り口を入ってすぐが広間になっていて、吹きぬけの二階建てになっている。俺たちは、まず二階に行く」
「敵が追ってきたら?」
 と眉をひそめたのは、エンリケ。彼は武器を持つことは拒んだが、『一緒に戦う』つもりになってきているのである。
「普通に応戦するしかないだろう」
 当たり前のことを言う口調でユンがこたえるのに、エンリケはますます眉をひそめて、
「じゃ、僕たちが応戦している間に残りの敵が奥の方へ……居住区のある別館の方へ行っちゃったら、どうするの?」
「行ってもらえばいい」
 とユンはニヤリとして、
「どうせ二つの館をくまなく探したところで、そこに誰もいないことを発見するだけだ。俺たちさえ倒されなければ、エサルの攻撃で人的被害が出ることは絶対にない」
「つまり……僕たちが絶対に倒されないことも、このミッションの重要なポイントってことだね?」
 エンリケは抑えきれぬ安堵のこもった声で、そう念押しした。ユンが、『命がけで敵を倒す』と考えていないことがわかって、心の底からほっとしていた。
「その通り」
 とユンはエンリケに向かってうなずいてやったのだが、それにしても、もしユンたちが倒されたとしても、それはアルドバドル側の人的被害の数には入らないだろう。
 考えようによっては、この戦い、エサルは既に半ば負けているともいえるのである。
「……ゴルドア、いうんも大した男ですな」
 とユンと同じことを考えていたショージが、また苦笑いする。
「まあ、やつも要するに『偉いさん』だからな。これくらいの腹芸は……朝飯前だろうな」
 ユンはぼやく口調でそう応じた。
 おそらく万が一エサルの攻撃が明日に延期されたとしても、アルドバドルからの援軍は来ないだろう。
 とユンもショージも推測したが、口に出すことはしなかった。
 ここは、アメリカなのである。アルドバドル側がエサル退治に乗り出すとしても、アメリカを通さずには何もできないであろうし、そうなればアメリカが前面に出てきてしまい、アルドバドルはまるでそのサポーターのような扱いにされかねない。
「…………」
 ふいにユンは口を閉じ、正門の方へ顔を向けた。残る三人も、つられたようにそちらを見る。
「……来たんじゃないか」
 とユンが言うまでもなく、全員がこちらに向かう車の走行音に気づいていた。

     *

 静まり返った道路で車を走らせながら、エサルは、でも、作戦終了後のことを既に考え始めていた。
(作戦終了後は、サイレンスをつれてラスベガスに戻るか……)
 ということを、である。
 テナイアとロドトスを拉致する役割を与えた人員からの報告によれば、既にリデア王国側は異変に気づいて、それを阻止するために動き出している、と解してよさそうである。
 もっとも、
(セロ王子にせよ、もう一人の誰かにせよ、つれていたのは外国人らしいという話だからな……。おそらく事が露見するのを恐れ、自国から兵を派遣できないでいるのだろう……)
 テナイアの反乱、というだけでも、リデア王国にとっては、それなりにダメージの大きなスキャンダルに違いない。
(愚かなことよ……)
 この一事をもってみても、敵が、テナイア一人では大したこともできまいとタカをくくっている様子は明らかで、
(ということは、『俺』という存在には気づいていないということか……)
 と考えてみると、たまらない優越感がこみ上げてきた。
 エサルは、ここでふいに、そんな風に考えている自分が、
(まるで……死んだ母さんの霊が、のりうつってきているような……)
 という、まるで有名なスプラッター映画の殺人鬼のような感覚にとらわれ、
(……まあ、それもよかろう)
 と唇を不敵な笑みに歪めたエサルの心の声を聞いた者があれば、ひょっとするとエサルの妄想は事実なのではないか、と訝ったかもしれない。
 エサルの目には、徐々に近づいてくるアルドバドル大使館の姿が、既に見え始めている。
「サイレンス、適当にアルドバドル大使館を叩いた後は、作戦終了を待たずに速やかにラスベガスへ戻るぞ」
 とサイレンスに向かってささやきつつ、アクセルを踏む足に力をこめる。

     *

 ガーンと鉄の扉を吹き飛ばしてトラックが走りこんできたとき、エンリケは車中の人たちが死んだのじゃないか、と思った。
 敵が来た、というより事故が起こった、という風にしか見えなかったのである。
 もっとも、そう思ったのはエンリケだけのことだったらしく、ユンもショージもアレハンドロも、当然のように各々武器を手に取り銃口をトラックの方へ向けた。
「エンリケ、しゃがんでろ!」
 脳内辞書から日本語を引き出すゆとりのなくなったアレハンドロがスペイン語で言い、そう言われるより一瞬早くエンリケはアレハンドロの足元にしゃがんだ。
 やがて耳を塞ぎたくなるような銃声の応酬がひとしきり響いた後、敵からの銃弾を避けたアレハンドロがエンリケの隣にしゃがんで、
「ヤバいなぁ、こんなのクレイジーだよ」
 と文句を言った。
 そのセリフの終わらぬうちに、アレハンドロを追うようにバリケードの下に頭を下げたユンが、
「退くぞ!」
 とスペイン語で声をかけた。無論ユンはアレハンドロとエンリケが日本語を引きずり出す余裕をなくしていることを察して気を利かせたのだが、いっぱいいっぱいになっている二人は、そのことにすら気づかない。
 エンリケが、
「え、もう?」
 と目を丸くする間も惜しむように、
「走れ!」
 とユンが追加し、わけもわからないような気持ちで、あらかじめ言われていた通り、大使館の建物の方へ走りだす。
 エンリケに少し遅れて、アレハンドロ、ユン、ショージも走り始めた。
 エンリケには振り返って確認することはできなかったのだが、エンリケ以外の三人が、時々振り返っては引き金を引いて、敵の追跡を遅らせようとしていることがわかった。
 もちろん、敵も撃ってきている。
 エンリケは、怖いとは思わなかった。
 他の三人が、エンリケが無事に建物内に入れるように守ってくれているのがわかったから。
 時々驚くほど近くを(とエンリケには思われた)銃弾が通過したが、エンリケはまるで気にせず夢中で走り続けた。
 程なく、大使館の玄関に到着し、あらかじめ鍵を外してある扉に飛びつき、中へ転がりこんでも、でも、一息もついている暇はなかった。
「エンリケ、がんばれ!」
 アレハンドロがそう声をかけつつ、エンリケを追い越すようにして二階への階段を駆け上がっていく。
 アレハンドロの背中を必死に追ったエンリケが、二階に到達する前に、敵の先頭集団が姿を現した。
 アルドバドル大使館の建物は二つに分かれており、一つは各種業務を行う本館、もう一つは大使一家が住まう別館として使われているのであるが、ユンたちが駆け込んだのは本館の方で、玄関を入ってすぐの場所が吹き抜けの広間になっていることは、先述した。
 二階へ上がる広い階段は、踊り場で突き当たり、左右にそれぞれ再び階段が伸びる構造になっている。
 ユンとショージは右側に、アレハンドロとエンリケは左側に、と階段を上がった。
 つられたように階段を上がってくる方の敵を撃ちつつ、ユンは敵の群れの中にエサルの姿を探した。

     *

 言うまでもなく、エサルは、アルドバドル大使館の建物の前にバリケードが築かれているのを見た瞬間、今夜の作戦の計画が狂ったことを悟った。
(情報が漏れた……?)
 らしいことも同時に悟ったのであるが、後で考えると自分でもおかしいと思うほど、隣にいるサイレンスのことを疑いはしなかった。
 もっとも、状況を考えれば、『疑いはしなかった』というよりも『誰かを疑っている暇もなかった』といった方が正しいかもしれない。
 ともあれエサルは、バリケードと、その向こうにいる敵の姿を見つつ、この後の行動について考え直さねばならなかった。
 当然エサルはトラックごとバリケードに突入することも考えたのであるが、そうする前に敵が素早くタイヤを撃ち抜いたため、その案は捨てざるを得なかった。
 さて。
 既にやるべきことは説明されている状態の荷台に積まれていた人々は、トラックが停止した瞬間我先にと車を降り、基本的には指示された通りのことを為そうと、各々武器を手に持ち、なんとかバリケードを突破しようと、てんでバラバラに行動している。
 エサルはしばらく運転席に座ったまま、その様子を眺めた。
(作戦は失敗だな……)
 ということは、考えなくてもわかる。
 敵が自分たちを待ちかまえていた、ということは、今回最大の目当てというべき大使一家は、この先には既にいない、ということであろう。
(つまり、今夜は、どうあがいてもこちらの負け、ということだ……)
 それでもエサルは、手下たちがバリケードを突破(というより、敵が程よきところで自ら後退した、というようにみえたが)するのを見て、運転席から降りた。
「サイレンス、今夜はバカを見るぞ」
 そう声に出してつぶやくと、自分でもおかしくなって小さく笑ってしまい、
「バカのついでに、敵の顔も見ておくか」
 と軽口をたたいて、銃声のし始めている建物の方へ向かう。
 サイレンスは少し遅れて、エサルを追った。

     *

 ユンの予測通り、館内になだれ込んできた敵のうち数人はユンたちに食らいついてきたが、残りは全員、居住区というべき別館へ向かって走っていった。
 適当に撃って敵の注意を自分たちの方へ向けながら、ユンは敵の群れの中にエサルの姿を探そうとし続けていた。
(来ないかもしれないが……)
 とも考えていた。エサルはバカではない。ユンたちがバリケードを築いて待ちかまえているのを見た瞬間、アルドバドル側に情報が漏れていたことを悟ったであろうし、である以上、
(グズグズせずに一刻も早く現場から離脱するのが得策のはず……)
 だからなのだが、一方で、
(でも、エサルは、それでも来るんじゃないか……)
 とも思った。
(そもそも必要性の話をするならば、エサル本人がわざわざアルドバドル大使館に来る必要もなかったのではないか……)
 そのことが表すのは、つまり、
(エサルは珍しく熱くなっているんじゃないか……)
 で、
(もし、本当にそうだとすれば、そこが俺たちの付け目になる……)
 と考えるユンの視線の先に、ふいにエサルが現れた。
 エサルの後ろには、サイレンス。
 エサルとサイレンスが入ってきたのを見て、こちらに向かって発砲していた先着の敵が、後は任せたとばかりに走り去る。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ラスベガス・ロストシティ』完結。

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