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ラスベガス・ロストシティ・31

 十章 攻×防・3

 どうやら二人が敵の最後尾であったらしい。
 開きっ放しのドアが気になってわざわざ閉めに行っているサイレンスを尻目に、エサルは吹き抜けの二階にいる敵の姿を見上げた。
 見おろしているユンとエサルの視線が一瞬ぶつかった。

     *

 視線がぶつかった瞬間、エサルはユンが自分のことを知っていることを悟った。
(しかし、何者……?)
 というところまでは、わからなかったが。
 もっとも、一緒にいる男(ショージ)には見覚えがあった。おそらくはセロ王子の護衛として、クラブ内をうろついていた男……。
(ということは、背後にいるのはセロ王子か)
 とエサルは納得しつつ、
「サイレンス、左は任せた」
 と言い捨てて、ユンとショージのいる方に銃口を向ける。
 しかし、すぐに撃つことはせず、時短のため、階段の手すりに飛び乗ると、さらに手すりを飛び石の如く飛び移りながら、天井近くまで舞い上がる。

     *

 サイレンスは体力温存のため階段を駆け上がりつつ、
(エサルのやつ、一人でユンとショージの相手をするつもりか?)
 と訝った。そんなことをすれば、サイレンスとて無事では済むまい。
 もっとも、サイレンス的には、
(いいなぁ、なんておいしい状況……)
 と何の因果か、いつの間にかユンとショージが味方と化している現状に、いまさらながら首をひねりたくならなくもなかったのであるが、それはともかく、
(まあ、殺してしまったら、もちろん駄目だけど、いま少しの間エサルをだましておくために、多少は本気でアレハンドロと戦っておく必要がある……)
 と考え、サイレンスは、ついほくそ笑んだ。

     *

 サイレンスがほくそ笑むのを見た瞬間、アレハンドロの背中を嫌な予感が電流のように貫いた。
(無駄な危険が迫る予感……!)
 は一瞬後、的中した。
 とても芝居とは思えぬ拳が顔面近くに接近し、アレハンドロは慌てて身をひねるようにして避けた。
 避けたついでに、つい右脚でサイレンスの脇腹を蹴ってしまったのは、割に本気の危険を感じたが故の完全な反射的行為で、
(あ、しまった……!)
 とヒットの直前に気づき、力をゆるめたものの、攻撃そのものを止めることはできなかった。
 これが、エサルをあざむくための演技なのであれば(当然アレハンドロはそうであるはずだと考えていたのだが)、サイレンスは力をゆるめたアレハンドロの攻撃が効いたふりをして、こてん、と倒れるなり、痛がるふりをするなりしてくれるはずである。
 しかし、サイレンスは、ボスンとわき腹に当たったアレハンドロの脚をつかみ、軸足の方を払ってアレハンドロの背中を床に叩きつけると、自分はその腹の上に馬乗りになろうとする。
「サ、サイレンス! 何してるんだよ、やめてよぉ!」
 それまでサイレンスとアレハンドロの戦いをあきれたように見ていたエンリケ(彼もアレハンドロと同様、サイレンスは敵をあざむく演技をしているだけのはずだと思っていたのである)が、ことここに至ってようやく我に返り、サイレンスの腰にしがみついて、彼をアレハンドロから引き離そうとした。
 エンリケの力でなんとかなるサイレンスではないのだが、この状況にはちょっと困った。味方の非戦闘員であるエンリケに痛い思いをさせるわけにはいかないが、さりとて彼を腰にぶら下げたまま先を続けるわけにもいかない。
 仕方なくサイレンスは、エンリケに向かって、(このことは内密に……)のつもりの唇に人差し指をあてるポーズをしてみせてから、腰からエンリケを引きはがして、コロンと床に転がした。
 床に転がされたエンリケは、別にそんなに痛い思いもしなかったのであるが、目の端でその光景をとらえたアレハンドロは、仰天した。アレハンドロも思わぬ展開に少しパニックになっているのである。
「エンリケ!」
 仰天したアレハンドロは、思わずサイレンスのみぞおちを蹴飛ばした。
 サイレンスはとっさに後方へ身を引くことで、ダメージをやわらげた……が、痛いことは痛かった。
 一方、サイレンスのマウントポジションからは辛うじて脱出したアレハンドロも、だからといって、パニックを落ち着かせ現状の把握に成功したわけではなかった。
「エンリケ、逃げろ!」
 と、闇雲な指示を口走りつつ、対サイレンス戦のための体勢を作る。

     *

 ところで、天井近くまで飛び上がったエサルの方であるが、空中にいる状態でユンとショージの顔をすばやく確認すると、懐から催涙弾を出し、二人のちょうど真ん中あたりへ向かって放り投げた。
 カツン、と催涙弾が床へ着地する直前にユンとショージは各々左右に分かれて逃げ、直後、着地した催涙弾からもうもうと煙が噴き出した。
 エサルは煙に突入するようにして廊下を横切り、そのまま正面の窓へ向かって飛びこんだ。
 手の込んだステンドグラスのはめ込まれた窓は、エサルの体当たりで簡単に割れ、バラバラに砕け散ってしまう。
(やはり、あの二人、素人じゃないな)
 窓の外へ飛び出し、今度は地面に向かって落下しながら、そう考える。彼らはエサルの行動に落ち着いて対処したし、ちらりと確認したその表情も、冷静そのものだった。
(少なくとも、あわてて俺を撃とうとして同士討ちを演じる、という愚はしなかった……)
 手強い敵、とみていいだろう。
(あれが、セロ王子の放った兵士……)
 彼らが、リデア王国の正規軍の人間ではないことは明らかだ。セロ王子は一体どこから、あんな優れた兵士を工面してきたのだろう……?
 エサルは脱出するべく裏門の方に向かって歩きながら、セロ王子について考えた。
 セロ王子という人物は、見せかけと違う人格を持っているらしい、ということに、テナイアはまるで気づかないようだが、エサルは既にいくつかの情報を仕入れている。
 情報、といっても、裏打ちの取れない風の噂に近いようなものの方が多いのであるが、その内の一つに、
(セロ王子が、某国に秘かに軍事集団を作り上げ、私兵として使おうとしている……という情報は、どうやら本当だったらしいな)
 がある。エサルは、(某国……)の正体まではつかめておらず、また、
(どうせ軍事集団といっても、その辺のならず者を金でかき集めているだけの話だろう、と思っていたが……)
 その考えは、改めねばならぬらしい。
(セロ王子は、なかなかいい兵士を雇っている……)
 ことは、認めないわけにはいかなかった。
 その、いい兵士を雇っているらしいセロ王子が、テナイアの(正確に言うと、エサルの、であるが)陰謀を止めるべく本格的に動き出していることも。
「…………」
 裏門に着いたエサルは、門の陰に身を寄せ、中の様子をうかがった。
 追手を恐れているのではない。サイレンスを待っているのだ。
 エサルはこの後、すぐにラスベガスに向かい、セロ王子たちと戦うつもりであった。
 そのためには、サイレンスの力がぜひとも必要である。何せ、
(ラスベガスには簡単な仕事ならできる、というやつしか残してきていないからな……)
 もっとも、
(……まあ、そもそも俺が雇う連中は、俺の指示がなければ何もできない、というやつがほとんどだがな……)
 サイレンスは、違う。
 サイレンスは指示がなくてもできるが、指示がなければ動かないだけであることが、エサルにはわかっている。
 しかも、サイレンスはごちゃごちゃと余計なことを言わない。
 彼こそ、自分にとって理想的なパートナーである、とエサルには思われた。今後、サイレンスはエサルの重要な戦力になってくれるに違いない、と。
 それほど待たぬうち、エサルの耳に誰かがこちらに向かって駆けてくる足音が響いた。
(……ん?)
 とエサルが内心で首をひねったのは、足音がサイレンスのものにしては軽く、たどたどしいものであったからである。
(サイレンスじゃないな……?)
 であることは、明らかである。
 足音の正体は、エンリケであった。
 エンリケは、「逃げろ!」というアレハンドロの声に従って、ともかくも大使館の敷地から外に出るべく、エサルの待ちかまえる裏門の方へ走ってきたのである。
(あいつは……!)
 エサルは、すぐにそれがユン(という名をエサルは知らなかったが)たちのつれていた『子ども』だとわかった。本当のところ、エンリケは既に成人しているのであるが、そんなことは無論エサルの知ったことではない。
(こいつは、使える)
 反射的に、エサルはそう判断した。

     *

 アレハンドロの「逃げろ!」という声に従って建物の外へ出てきたエンリケは、一生懸命裏門の方へ向かって走った。
 というのも、
「もし、途中ではぐれたら、裏門の近辺で待つこと!」
 と、あらかじめ言い渡されていたからで、ということは、つまり、
「エサル一行が別館の方へ行ってしまったら、俺たちは裏門から脱出する。最後まで付き合う必要もないような話だからな」
 というのが最初からの計画だったからである。
 その時のエンリケは、そこにエサルがいることなど、可能性としてすら考えていなかった。
 もっとも、それは『考える』という行為をする余裕がなかったせいでもある。
 エンリケは、サイレンスが自分たちに襲いかかってきたことに対するパニックが、まだおさまりきっていないのである。
 サイレンスの腰にしがみついたとき、彼がエンリケに向かって人差し指を唇に当てるポーズをしたのを、エンリケはちゃんと、
(大丈夫、これは演技だから……)
 という風な意味であろうと察してはいたのだが、アレハンドロがサイレンスのその動作を見ていなかったので焦った声を出してしまったことに加え、二人の戦いの激しさが演技とは思えぬ様子だったこともあって、エンリケはサイレンスを信じ切っていいのか、迷いを捨てきれなくなっていた。
 だいたい、サイレンスは強すぎるのだ。そのことをエンリケは、さっきサイレンスの腰にしがみついたとき、はからずも思い知らされた。
(あれじゃ、サイレンスは演技のつもりでも、うっかり相手のことを殺してしまいかねないんじゃないか……?)
 と、まるでサイレンスが飼育下の猛獣であるかのようなことを考えていたエンリケの前に、突然エサルが飛び出した。
 エンリケが、目の前に現れた人物がエサルであると認識するより早く、エサルがエンリケに襲いかかった。

     *

 サイレンスは、アレハンドロとの戦いに早々に終止符を打たねばならなかった。
 というのも、
「いつまでも遊ぶな、ボケ!」
 というショージのツッコミが、どういうわけか銃弾を伴って飛んできたからである(無論、銃弾はサイレンスに直撃せぬよう、その胸元をかすめるようにして何処へともなく飛んで行ったのであるが)。
 理由は、もちろん、それだけではない。
 サイレンスは、このとき、エサルに対する潜入捜査を続けるつもりであった。
 そのためにはエサルに追いついて、彼と行動をともにしなければならない。
 ユンたちも同じことを考えていた、とサイレンスが知るのは後になってからのことなのだが、それはともかく、サイレンスはあらかじめエサルから指示されていた脱出経路である裏門へ向かって走った。
 エサルはそこで自分を待っているだろう、とサイレンスは思った。
(何しろユンやショージと戦った後だからな、彼らを敵として認識した以上、エサルには、ぜひとも僕という戦力が必要であるに違いない)
 とサイレンスは、別にうぬぼれるわけでなく、冷静にそう判断した。
 サイレンスが裏門付近に到着したのは、エサルがエンリケに襲いかかろうとしている、まさにその瞬間であった。
(あ、まずい!)
 サイレンスは、その状況を前に、一瞬で今後の方針転換を考えねばならなかった。
 もちろんサイレンスには、エサルがこの場でエンリケを殺すつもりなどなかろうことは、ちゃんとわかっていた。
 それよりもエンリケを拉致して、今後ユンたち相手の戦いに活かす方が得策であろう、とエサルほどの男なれば当然考えるはずである。
 だが、エンリケが生かされている状態は、一時的なものでしかないだろう。
 サイレンスは、この一瞬の間に、いったんエサルと同調しておいて、後でこっそりエンリケを逃すという手もあることを考えなくもなかったのだが、でも、それは危険すぎる賭けだと判断した。
 エサルはサイレンスのことを気に入っている。
 さらにエサルは、サイレンスがユンの仲間として潜入捜査中であることに未だに気づいていない。
 そして、それにも関わらず、エサルはサイレンスのことを完全に信じているわけでもない。
 サイレンスは、そのことを充分に知っている。
 そのことだけで、決断を下すには充分であった。
(潜入も、ここまでか……)
 と考えつつ、サイレンスはエンリケに飛びついた。

     *

 突然現れたサイレンスがエンリケに飛びつき、彼を抱きかかえるようにして地面を転がるのを見た瞬間、エサルは全てを悟った。
「お前……だったのか……」
 半ばぼう然とつぶやきつつ、エサルはサイレンスが自分を裏切っていたという事実よりも、むしろ自分で自分に驚いていた。
 アルドバドル大使館に来てすぐに、味方の誰かが情報を漏らしていたらしいことを悟った。
 それなのに、エサルは、いまこの瞬間まで、一時たりともサイレンスを疑わなかった。
(なんという間抜けだ、俺は……)
 と思った。
 ふしぎなことだが、サイレンスに対して腹は立たなかった。彼が(おそらくはユンの)命令通りに動いただけで、与えられた任務を忠実に果たしきっていただけであることは知っていた。
 そのサイレンスは、エンリケを守るように抱きかかえたまま、いつでも戦闘体勢に入れる様子でエサルを見つめている。
「そうか……。そういうことだったのか……」
 まだぼう然としたままつぶやき、自分でも驚いたことに、くっくっ……と笑いが漏れた。
「そうか、なるほど……。よくわかった」
 そう言ってみると、自分でもまんまとしてやられた自分のことがおかしくなり、エサルはひとしきりゲラゲラ笑った。
 サイレンスは笑わない。まるで表情の読めない顔つきで、相変わらずエサルを見つめているだけである。
「……残念だ」
 ひとしきり笑った後、エサルはぽつりとそうつぶやき、サイレンス(とエンリケ。エンリケは恐怖に固まった表情のままサイレンスにしがみついてエサルを見ている)の横をすり抜け、門の外へ出た。
 この期に及んでサイレンスが背後から襲いかかってくるはずがないことは、わかっていた。

     *

「まあ、ええ判断やったな」
 が、エンリケを助けてエサルを逃がしたサイレンスに対するショージの評価で、それを聞いたサイレンスは嬉しそうな顔をした。
 ユンは無論、ショージが自分をおさえてサイレンスを仲間として受け入れようと努力していることはわかっていたので、内心でショージに感謝したのであったが、
「でも、僕たち、これでエサルに勝ったんだよね!」
 というエンリケの無邪気な言葉には、うなずくことができなかった。
(俺たちは……いまのところ、勝っているのだろうか?)
 微妙、という他ない。
 アルドバドル大使館襲撃作戦については、確かに人的被害を出さず、相手の思惑を食い止めたといってもいいだろう。
 しかし、一方で、エサルにつけたサイレンスという紐は切れてしまい、これで、エサルの行方が分からなくなった。
 しかも、テナイアとロドトスの身柄はエサルに押さえられているとみて間違いない……。
「とにかく、早くラスベガスに戻ろう」
 最初の予定通り裏門から脱出しながら、ユンは誰にともなくつぶやいた。
 エサルもおそらく急いでラスベガスに向かっているはずである。
 ふいに大使館の中から爆発音がして、ユンたちは一度だけ足を止めてそちらを振り返った。
 誰もいない建物の中で敵が爆弾を仕かけたらしい。おそらく、この場所でテロ行為があったことを強調するための措置だろう。
「行こう」
 いの一番に歩き始めながら、エンリケが怒ったような口調で言った。
「こんなバカみたいな話に、いつまでも付き合ってられないよ」
 と。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ラスベガス・ロストシティ』完結。

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