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ラスベガス・ロストシティ・33

 十一章 無駄話の効用・2

「まあ、秀吉に関していえば、自分が知恵者であることを大いに自認していたかもしれませんけど」
 と私が相槌を打つと、状況を察したらしいシオウが、
「凪、サギヤマに無駄話を早く切り上げさせろ!」
 と小声で指示してきた。私は……できるもんならとっくにやってるわい、と思った。
『だが、秀吉が真に知恵者であったかどうか、は、なかなか判断が微妙なんじゃないか? 例えば信長の草履を懐で温めて出世の糸口にした話など、成功したからいいようなものの、下手すりゃドン引きされかねないような話じゃないか』
「まあ……信長、すっげぇ冷え性だったのかもしれませんよ?」
 私は、完全にテキトーな相槌を打った。
『だとしても、人肌温度の草履なんて、はいた瞬間生ぬるくて気持ち悪くはないか。……まあ、もっとも、知恵などというものも、実際は多分に博打的要素の強いものなのかもしれんが。
 ことほど左様に。
 本人が思い自覚している人格と、他者からみた当該人物の人格への評価には、ずれがあってもおかしくない。自分の知らない自分を他人だけが知っていることもあろうし、他人が知らない自分を自分だけが自覚していることもあるだろう……』
「私は誰?」
『完全にテキトーな相槌を打つんじゃない。えぇい、ちょっと待ちなさい。私はこうやって関係ない話をしながら考えをまとめているんだから』
 妙な癖もあったものである。
「しかし、人格などというものは、この人はそういう人だというシンプルな発想で割り切れてしまうものではないでしょう」
 とりあえず考えをまとめてもらうべく、私はちょっとだけ無駄話に乗っかることにした。
「まあ、自覚的に、これが私という生き物であると設定して演じきってしまうことも可能でしょうし……」
『その通り。例えば、いま、私は、君の恋人の上司としての役割を演じきろうとしている。だが、私という人生は、その一人だけを演じていればいいわけではない。同時に『組織』の一員としての自分と、ブラックバーンの上司の友人である自分も含めて演技構成を考えねばならない……』
「大変ですね」
『他人事のように。誰のせいだと思っている』
「他人事ですよ。私のせいでもユンのせいでもないですから。私たちは、たまたま引き受けた依頼のせいで、思ってもみなかった事件に巻きこまれているだけですよ」
『セロ王子のせいだと言いたいのか?』
「と、さえも言えません。セロ王子は事前にテナイアとロドトスを止めようとしていたんですから」
 どうやら、無駄話もいつの間にか終わっていた様子である。
『…………』
 サギヤマさんは、いったん沈黙した後、
『君たちは、いま、ロスト・シティにいると言ったな』
「ええ、そうです」
『そこに、ブラックバーンがいるかもしれないぞ』
「えっ」
 と思いもよらぬ情報に驚きの声をあげると、サギヤマさんはフンと小さく鼻を鳴らして、
『驚いたか。驚いただろう。この情報は私しか知らない。ブラックバーンの上司にも話していないからな。
 ロスト・シティには、ブラックバーンの友人がいるんだ。元軍人……ブラックバーンと同じ特殊部隊に所属していたマディソンという男だが、いまはサミーと名乗っているらしい。なかなか……面白い人物らしいぞ』
 と教えてくれた後、
『ブラックバーンが、もし妙なことを思いつき、一人で事件解決に乗り出そうとしているならば、マディソン……であるところの、今はサミーに相談する可能性が高い』
「私たちは……鉢合わせするかもしれませんね?」
 と私はつい考えこんだ。それは……あまりありがたくない話である、といえよう。
『そういうことだ。……まあ、君が正直に情報を漏らしてくれた返礼として、私から米軍の友人に正確な状況を伝えておく。だから……もしブラックバーンと戦う場面が訪れても、気兼ねなく戦いなさい』
 私は……それも、あまりありがたい話ではない、と思った。できることなら戦う前提で話をしないでほしい……。
「ところで、サミーというのは一体どういう人物なんですか? ブラックバーンの友人という話ですが……二人は相当親しいんでしょうか?」
 しかし、いまは未来への不安より現状への対処である。さらなる情報を引き出すべく、そう粘ると、
『詳しいことは、わからない。マディソンは、軍にいたころは優秀な兵士だったが、口数が少なく好んで孤立するタイプだったそうだ。たぶん、思いこみが激しくて単独行動に走りがちなブラックバーンは自然と孤立するタイプだろうから、そういうところから二人は仲良くなったのかもしれない。……これは私の推測だがね』
 私はこのとき、ようやく、サギヤマさんが未だにブラックバーンに対して腹を立てているらしいことを悟った。
「……そうですか。ありがとうございます」
 ここら辺が限界か、と観念して礼を口にすると、サギヤマさんは、
『礼を言う必要はない。これは依頼遂行に対する報酬であると同時に、私が私の立ち場を守るための自衛策でもある』
 と、どういうわけかちょっと怒った風に言った後、
『いいか、うまくやれよ。私は汚れ仕事が嫌いだ。私のシマで勝手をした君たちを始末するなど、したくはないからな』
 と付け足した。
 これ要するに、サギヤマさんもなかなか親切で男ある、といっていいだろう。

 電話を切った後、サギヤマさんから得た情報を話して聞かせると、セロ王子が、
「だったら……サミーなる人物を探してみませんか?」
 と言い出した。いわく、
「このままロスト・シティ中を一軒一軒しらみつぶしに探すのは大変なことですし、時間がかかりすぎます」
「悪くない案だと思う」
 とセロ王子の言葉を訳した後、引き取るようにしてシオウが同意を示すのに、
「でも……その人、ブラックバーンの友だちなんだよ。私たちに味方してくれるとは思えないけど」
 と心配してみせると、シンが小さく首を傾げて、
「サミーって人が本当にブラックバーンの友だちなら、逆に味方してくれるんじゃない? ブラックバーンが何考えてるのかわかんないけど、もし僕たちが敵だと思いこんでるなら大ヘマ確定って言っていいと思う。友だちなら、友だちを大ヘマから救おうとするんじゃないかな」
 と私の心配を一蹴しようとしたが、……そもそもサミーとやらいう人が、こちらの言い分に耳を傾けてくれるか、どうか。
「それに、サミーって人、たぶん、このロスト・シティの住人なんでしょ? だったら、その辺の人に聞けば、居所が簡単にわかるかもしれないよ?」
 さらにシンが付け加えるのに、私は眉をひそめた。
「……その辺の人って?」
 時刻は、既に早朝にさしかかろうとしている。歩いている人も、走る車の影も見当たらない。
「……あの人とか?」
 とシンが指さした先に目をこらすと、人が一人、ぐったりと地面に座りこんでいるのが見えた。たぶん、寝ているのだろう。ピクリとも動かない。
「……話しかけて、大丈夫な人なの?」
 私が、また心配すると、シオウが、
「そもそも、あいつ、生きてるのか?」
 と首を傾げたので、私はいらぬ想像をしてビビらねばならなかった。
「やめてよ! いくらここが治安の悪いエリアだからって、さすがにごく自然に死体がその辺に転がってるってことはないでしょうよ!」
「……まあ、でも、生きてるんだったら、ますます早く起こしてあげた方がいいんじゃない? ついでにサミーのことと、テナイアとロドトスらしき人間が連れてこられたのに気づかなかったか、ちょっときいてみようよ」
「……望みは薄そうだが、やってみるか」
 シンの提案にシオウはぼやくような調子で言いつつうなずき、再び車を動かせて路上にうずくまっている男性の前に移動した。

     *

 残る三人を車に残し、一人車を降りたシオウは、おそらく誰かの家であろう建物に腰をひっつけ、抱えた膝に顔を埋めた状態でピクリとも動かない男の前にしゃがんだ。男の服は散々着倒されたことが一目でわかる擦り切れぶりで、そろそろ手入れの必要そうな髪がぼさぼさと乱れている。
(酒に酔っているのか……それとも、悪い薬でぶっ飛んでいるのかもしれないな……)
 などと考えつつ、
「もしもし……?」
 と、とりあえず声をかけてみる。
 返事はない。
 シオウは仕方なく男の肩に手をかけ、軽く揺さぶりつつ、
「もしもし、大丈夫ですか? こんなところで寝ちゃ駄目ですよ」
 と、さらに声をかけてみた。
「…………」
 ようやく目を開いた男は、じろりと無言でシオウをにらみつけた。別に危険は感じないが、敵意は感じる。
 シオウは、なるべくにこやかに男の目を見ながら、
「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが、この辺に住んでいるサミーという人物を御存知ないですか?」
 と問うてみた。
「サミー?」
 ぴくり、と、ようやく声を発した男の肩が一瞬震えた。
 だけでなく、みるみるうちに額に筋が立ち、白濁した白目が赤く血走っていく。
 怒っているのだ。
(……急に、何だ?)
 男の反応に、シオウは戸惑った。
 というのも、シオウはサミーなるブラックバーンの友人を、『このエリアに住む、単なる住人の一人』……なんだったら、目の前の男の知人の一人であればいいが、くらいに考えていたのだが、
「てめぇ、サミーに何の用だ?」
 と怒鳴るように返事した男の様子からみると、違ったらしい。
(どうも……サミーという男、このエリアで相当重要な人物なのだな)
 とわかったときには、でも、少し遅かった。
 さっきまでピクリとも動かなかった男は、軽やかな動作で立ち上がると、しゃがんでいるシオウをにらみつけ、
「サミーなんて俺は知らねぇよ、そんな人間、ここいらには住んでねぇ!」
 と明らかにさっき自分が口にしたセリフと矛盾したことを吐き捨てるや、一目散に駆け去っていった。
「シオウさん、大丈夫ですか?」
 異変を察したシンが車から飛び出してくるのに、軽く手をあげてこたえつつ、シオウは男の走り去る背中を見送った。
 男は足元がふらつくらしく、途中何度も転んでは、でも、すぐに立ち上がって懸命に走っていく。
「あの男、サミーを知ってたんですか?」
 つられたように走り去る男の背中を目で追いながら、シンが尋ね、
「らしいな」
 とうなずいたシオウは、先に立って車に乗りこみつつ、
「あいつ、今からサミーのところへ向かうのかもしれない。後をつけてみよう」
 と言った。

     *

「エサルか。……早いな」
 と電話の音に起こされたサミーは、そう言って小さく笑った。
 窓の外を見ると、夜の向こうに白々と太陽の光が漏れ始めている。
『実は、いま、ロスト・シティに二つほど荷物を預けているんだ』
 とエサルは言った。
『今から、そいつを取りに、そっちへ行く』
 と。
「お前、今、何処にいるんだ?」
 とサミーがタバコに火を点けながらきくと、
『ロサンゼルス。一仕事終えたところでな。いま、そっちに向かっているところだ』
 と、一仕事終えた後とは思えぬ元気な声で、エサルは応じた。
 サミーがエサルと会ったのは、エサルがそれまで勤めていた大手メディアを退社した後のことである。
 そのとき、既にサミーはロスト・シティに『流れ着いて』おり、そこへ、どういうわけかエサルが尋ねてきたのである。
「俺のことをどこで知った?」
 当然それを尋ねたサミーに、エサルはかつてサミーが身柄を確保したテロリストの名前を告げた。
 以来、エサルはたまにロスト・シティへ来てサミーの手を借りたり、情報を交換しあったりするようになった。
 ちなみに、ブラックバーンはそのことを全然知っていない。もし知れば、現役の米軍兵士として黙っているわけにはいかないはずである。
(そもそも、ブラックバーンは未だに、この世にエサルという存在がいることすら知らないらしい)
 そのことを脳の隅で思い返しつつ、サミーは一人でおかしがった。当然といえば当然だろう。エサルの存在は、米軍および米政府筋もつかんでいない情報なのである。
 サミーはおかしがりつつ、
「荷物ってのは、テナイアとロドトスのことか」
 と指摘した。
 エサルが電話の向こうで絶句し、そのことが、またサミーをおかしがらせる。
「ロスト・シティは俺のシマだ。勝手なことをされては困る」
 内心ではおかしがりつつも、口調は冷ややかに装って言うと、エサルは、
『済まない。他に、適当な場所を思いつかなくて……』
 と率直に詫びた。
「まあ、いい。それより、昨夜、昔の同僚が来てな……」
 サミーはエサルに向かって、ブラックバーンの話をしてやった。無論サミーはブラックバーンからも、テナイアとロドトスという二人のリデア王国人が拉致されている件について聞かされている。
『お前、その……ブラックバーンとかいう米軍関係者に、二人の居場所を教えたんじゃないだろうな?』
 話を聞き終わると、エサルは不穏な声を出した。サミーはちょっと肩をすくめ、
「二人の居場所は話していない。二人が、ロスト・シティのどこかに連れ込まれている可能性ならある、とは言ってやったが」
『同じことじゃないか』
「違うね。ブラックバーンは、誘拐された人たちを救いたがっているんじゃない。誘拐犯をぶっ倒して自分の手柄にしたがっているだけだ」
『つまり、俺を狙って……』
「と、ばかりも言えないぜ。あのバカ、ロドトスがテナイアとセロ王子と組んでリデア王国に反乱を起こそうとしているって、ほざいてたから」
『…………』
 エサルはサミーの言ったことを頭の中で理解すべく間を取り、
『つまり、あんたの元同僚の現役軍人は、ロドトスとテナイアはさらわれたのではなく、自発的に姿を消したのであって、さらに、ロスト・シティで仲間と合流しようとしている、と考えているのか?』
「もっと正確に言えば、テナイアとセロ王子が仲間割れを起こして争い始めているのにロドトスが巻きこまれている、と思いこんでいるようだ」
 サミーはエサルの解釈を修正してみせ、さらに、
「いいか、エサル。ブラックバーンは生粋のアメリカ人だ。アメリカってのは、民主主義の国だ。そこで育った人間は、本能的に王族は馬鹿で邪悪、一般市民は利口で善良、と思いこんで生きるものだ」
 と指摘してみせた。エサルは、小さく笑い、
『必ずしも……の話だと思うが』
「人間てやつには事実なんて必要ないのさ。あるのは、こうであってほしいって願望だけだ」
『つまり、ブラックバーンは実際よりもロドトスの存在価値を重く見ている?』
「むしろ、リーダーはロドトスであると思いこんでいる風だったな。……まあ、そういう俺も、あんたがロドトスとテナイアの身柄をおさえているらしい、という情報を得ていなかったら、やつの考えを鵜呑みにしていたところだ」
『お前は……ブラックバーンに、本当のことを教えてやらなかったのか』
 念を押すような口調でエサルはそう確認し、次いで、
『何故だ?』
 と問うた。声音は無表情なものであったが、ここにきてエサルがサミーを不気味に思い始めているらしいことを察し、サミーは、そんなエサルの反応に笑いを噛み殺しつつ、
「一つには、いま、お前から電話があるまで、誰が何のために二人のリデア王国人をロスト・シティへ連れてきたのか、確信が持てなかったからだ」
 しれっと、そんなこたえを口にし、さらに、
「もう一つは、ブラックバーンの仕事はブラックバーンのものだ。俺の仕事じゃないからな。余計なおせっかいは控えただけだ」
 と付け足したが、それらのこたえはいずれも、エサルが発した問いの真をついたこたえではないことは、言っているサミーにもわかっていた。
 でも、エサルは、ひとまずはこの問題について深追いすることを避けることにしたらしい。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ラスベガス・ロストシティ』完結。

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