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ラスベガス・ロストシティ・34

 十一章 無駄話の効用・3

『ブラックバーンは、いま、どうしている?』
 かわりに、そうきいた。セロ王子もセロ王子であるが、それ以上に米軍関係者に存在を知られることを避けたいエサルなのである。
「二階にいるよ。俺の頭の上辺りだ」
 こたえて、サミーはくっくっと笑った。エサルが、また驚く気配がしたからである。
「驚くことはない。やつが来れば、いつもそうすることにしているんだ。俺たちは……友だちだからな」
 それで、そう言ってやると、エサルはさらに続けて数秒絶句した後、
『お前は、一体、誰の味方のつもりなんだ?』
 と、もっともこたえの知りたい問いをストレートに口にした。
「俺? 俺は、皆の仲間だよ」
 サミーはそう言うと、またおかしそうにくっくっと喉を鳴らして笑い、
「まあ、逆に言えば、だから誰の味方でもないってことでもあるな」
 と付け足すと、今度はエサルの方が笑い出した。こちらは、ひどく開けっ広げな笑い方である。
『相変わらず狂ってるな、お前は』
 と笑う息の隙間から苦し気に言う。
「そうさ、全くその通り。……それで、お前はどうするつもりなんだ?」
 今度はサミーの方からきくと、
『言うと思うか?』
 エサルは楽しげな声で言い、
『まあ、適当にやるさ』
 と言い置いて電話を切った。
 直後であった。
「サミー、大変だ! 余所者が来て、お前のことを探しているぞ!」
 とシオウに声をかけられた路上で寝ていた男が、血相を変えて飛びこんできたのは。
「余所者? 俺を探してる……?」
 サミーは眉をひそめつつ、ゆっくりと立ち上がり、窓から外を眺めた。
 通りの向かい側に見知らぬ車が一台停止している。
「ジョージ、お前、尾行されたな」
 少し離れた場所にいるその車を眺めながら、サミーは冷ややかな声を出した。
 路上で寝ていた男ことジョージが息を呑んで驚くのに、
「どんな野郎だった?」
 と車から目を離さずに問う。
「東洋人だ。他にも仲間がいたようだが、車からは降りてこなかった」
 東洋人。
 サミーは思わず目線をブラックバーンがその上に寝ているであろう天井に向け、再び車の方を見た。
(なぁるほど、なるほど……)
 サミーは思わずニヤリと笑いつつ、ジョージに向かって、
「会ってやろう。ジョージ、連中に声をかけて、ここへ連れてこい」
 と告げた。

     *

「どうするの? 乗りこむ?」
 シオウが車を停めたままじっと動かないので、私は思わずそう尋ねた。もっとも、今が人を突然訪ねるのに適している時間であるとは言い難いことは、わかっているのだが……。
「もう少し待とう」
 不思議な確信のこもった声でシオウが言い、その確信にこたえるようにして、ほどなく、さっき路上で寝ていた男性がサミーの家と思しき建物から出てきて、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「行こう」
 相手が到着するのを待たずにドアを開きつつシオウが言い、その声に押されたように全員が車の外へ出た。
「サミーが会うと言っている。来い」
 男性は無表情にそう言うと、こちらの返事を待たずに踵を返し、元来た方へ戻り始める。
 その背について歩きながら、私はカバンの中に手をつっこみ、そこに銃があることを確認した。もっとも、サミーという人物がまともな、話の分かる相手ならば、これを使う気づかいもないわけであるが。
「…………?」
 ふいに、サミーの家の二階に人影が動いた気がして、私はつい足を止めてその方を見た。
「凪、どうした?」
 とシオウが眉をひそめるのに、
「いや……、いま、二階の窓からこっちを見てる人がいたような気がして……」
 とこたえたが、既に窓から人影は消えているようである。
「ブラックバーンかもしれない。せいぜい気をつけましょう」
 私と同じ影に気づいたらしいセロ王子が、私にもわかるゆっくりした英語でつぶやいたのだが、このとき、たぶん私はのん気すぎたのだと思う。サギヤマさんの指摘していた『ブラックバーンの思いこみの激しさ』と、セロ王子の『己の身を危険にさらしてでも目的を達成しようとする博打精神』に対して。
 そのことを、私は後で思い知ることになる。

     *

 ブラックバーンが目を覚ましたのは、階下に人の来る物音がしたからである。
 サミーを訪ねるといつもそうしているように二階の客室(粗末なベッドが置いてあるだけの殺風景を極めたような部屋であるが、一応トイレと水しか出ないシャワーのついたバスルームを備えている)で寝ていたブラックバーンは、目を覚ましたついでに窓の外を眺めた。
 夜闇を太陽の光が払い始めている空の下、一台の車が目にとまった。
 ブラックバーンは、その車を知っていた。
(セロ王子……!)
 が、ロドトスのもとを訪れた際、乗ってきた車である。
 程なく、階下からロスト・シティの住人らしき男が走り出ると、それを待っていたかのように車から四人の人間が出てきた。
(セロ王子と、その仲間たち……)
 である。
 ブラックバーンは、セロ王子たちがこちらに向かって歩いてきているのを確認してから、窓から身を引き、素早く考えをまとめねばならなかった。
(セロ王子が、ここに何をしに来たのか……)
 と、まずそのことについて考えてみる。
 言うまでもなく、セロ王子がここへ来たことは意外という他ないことであった。
(俺を追ってきたのか?)
 が、とっさに思いついた理由であったが、その考えは自分でも不自然に思えた。ブラックバーンの考えによれば、
(セロ王子は、むしろ俺から逃げたいはずだが……?)
 であるし、万が一、彼が『真相に気づいたブラックバーン』を抹殺しようと考えたのだとしても、
(俺とサミーの関係は、誰も知らないはず……)
 というより、誰にも注目されていなかったような話だったはず、といった方がいいかもしれないが、ともかく、どういうわけかセロ王子だけがそのことを知っていた、など考えづらいとブラックバーンは思った。あるいは、
(もともとサミーがセロ王子の仲間のうちの一人と知り合いだったのかもしれない……?)
 のは、いかにもありそうな話ではあるが、しかし、助力を請うため事の次第を話して聞かせた際のサミーは、初めて聞くことを聞くような顔をしていた……としかブラックバーンには思われなかった。
(ともあれ、これはチャンスだ)
 ブラックバーンは考えるより本人にきいた方が早い疑問に見切りをつけ、電話に手を伸ばした。
 先日サミーから紹介された五人の手下は、いったん解散し、各々の居場所に戻っている。
 言うまでもなく、今日再び合流するつもりだった。おそらく、まだ全員寝ているだろうが……。
(とりあえずセロ王子を確保して泥を吐かせれば、テナイアやロドトスも芋づる式に捕まえられるし、そうすれば、やつらの企みを完全に暴くことができる)
 と考えつつ、ブラックバーンは手下どもを叩き起こすべく、電話を鳴らした。

     *

 ロドトスは、自分が今どこにいるのか、何が起こっているのか、わからなかった。
 連れ去られたときに詰め込まれた袋の中に、そのまま詰め込まれっ放しで夜を越えたからである(もっともロドトスには、今が何時なのかわからなかったので、夜を越えた、という感覚さえなかったが)。
 詰め込まれている袋は口の部分だけがぽっかりと穴が空けられているので息苦しくはなかったが、袋の上からきつく胴体と足を縛られているので、身動きもできない。
 いや、動こうと思えば芋虫のように床を這うことくらいならできそうなのであるが、ほんの少しでも動こうものなら、
「動くな」
 と冷ややかな声が降ってくる。
 一度、声を無視してもがいてみたところ、頭の骨が砕けるかと思うくらい強く蹴飛ばされたので、以来、自ら動かないように注意しているのである。
(俺は、死ぬんだろうな……)
 死んだように横たわったまま、ぼんやりとそう考えた。はっきりと考えてしまうと怖いので、ぼんやりと。 
(たぶん……、王家の連中が民主化革命の企みに気づいて、俺を消す必要に駆られたが、でも、リデア王国でやってしまうとまずいので、アメリカで殺そうとしてんだろうなぁ)
 と、こちらに関しては、割にはっきりと考えてみることができた。
 割にはっきりと考えてみることができたのは、実のところ、(……たぶん、そういうことじゃない)という気しかしなかったからである。

     *

 ロドトスとは同じ家屋の別の部屋で、でもロドトスと同じく袋詰めにされた状態で床に転がされていたテナイアのもとにエサルが訪れたのは、太陽が全身を現して程もなく、の頃だった。
「手荒なことをして済まなかった」
 とテナイアを袋から出してエサルが笑顔で言ったとき、テナイアは正直なところ、腹が立った。当然だろう。エサルから事情をきくまで、率直に言って、殺されると思っていた。
 だが、その腹立ちを顔にも声にも表すことはできなかった。
 怖かったのである。
 仲間であるはずのエサルと、エサルの仲間であるとわかった以上、本当なら恐れる必要のないはずの『エサルの指示で一芝居打った』男たちが。
 テナイアは、エサルの誘拐芝居で、すっかり度肝を抜かれているのである。
 でも、恐怖を感じる一方、自分がますますエサルに魅了されていることも、感じないわけにはいかなかった。
(少なくとも、私の知っている人間の中に、エサルがしたようなことをできる人間など、エサルの他に一人もいないだろう……)
 と思って。
 だから、
「私をここへ連れてきたかったのなら、そう言ってくれれば、自分の足で来たのに」 
 と軽口をたたいて首をすくめてみせると、エサルは小さく笑って、
「普通にここへ来てもらうのも、つまらないと思って」
 と言った後、さらに、
「それに……俺に何ができるのか、あなたにも肌で感じる形で知ってほしかった」
 と付け加えたので、テナイアは、どういうわけか感動した。
「ところで……」
 エサルは備え付けのテレビをつけ、リモコンであちこちとチャンネルを変えていたが、
「ああ、これこれ……」
 と、『速報! アルドバドル大使館襲撃!』とテロップの出た局で指を止めた。
 画面にはアルドバドル大使館の姿がやや遠目に映っており、早朝にも関わらず一部の隙もなく身だしなみを整えた女性リポーターが早口で『いまのところわかっている情報』を伝えている。
 どうやら夜間何者かが侵入したが、大使や職員は『たまたま現場におらず』、人的被害はないが家屋内が相当ひどく荒らされているらしい、とテレビ画面の向こうで女性リポーターが並べたて、
「この通り、完全に成功した、とは言い難い結果に終わった……」
 とエサルがつぶやくのに、テナイアは一瞬ぽかんとせねばならなかった。彼はエサルから何も聞かされていないのである。
 しかし、何度かテレビ画面とエサルの横顔を交互に見るうち、ようよう事態が呑みこめてきて、
「お、お前がやったのか……?」
 と、さすがに青ざめた。
 テナイアには、為された所業にどんな意味があるのかわからなかったが、起こったことの重大性に、ただただ恐怖した。
「本当は、もっと大きな損害を与えるつもりだったが、途中で情報が漏れて相手に逃げられてしまった。そのことは、申し訳なく思っている」
 エサルは率直に自らの失敗を詫び、
「だが、我々は重要な一歩を踏み出した」
 と結んだ。
 我々。
 テナイアは、ぼう然とその言葉を耳に入れた。いつの間にこんな話になっていたのか理解できない、と思いながら。
「この一件、先に俺が想定したほどにはビッグなニュースにはならないだろう。人的被害を出せなかったのは、返す返すも残念だった。しかし、まあ、アルドバドルではもちろんのこと、リデア王国でもこのニュースは大きく報道されるはずだ。その情報を得た人々はそのことについて各々が好きなように考え、誰かにその考えを伝えることもあるだろう」
 さらにエサルは、淡々とした口調でそう説明し、
「無論、アメリカも含めて関係各国が調査に動き出すに違いない」
「…………」
 テナイアは完全に言葉を失って、テレビ画面を見つめた。
 いつの間にか速報が終了し、天気図の前で先ほどまで映っていたのとは別の女性がにこやかに今日の空模様の説明をしている。

     *

 ロドトスが袋から出されたのは、テナイアより遅れること二十分後である。
(助かった……)
 とは思わなかった。
(……とうとう殺される)
 と思っただけであった。
 自分が誰にどうして何故に殺されるのかはわからなかったが、これはそういうシチュエーションであるとしか思えなかった。
「初めまして、ロドトス君。俺はエサル。手荒な真似をして済まなかった」
 だから、袋から出てきたロドトスにそうほほ笑みかけたエサルを見て、
(俺は、こいつに殺されるのか)
 と思ったわけで、次いで、エサルの背後に青ざめた顔のテナイアが立っているのに気づき、
「あっ、テナイア……! あなたも殺されるんですか?」
 と、わけのわからない質問を口走ってしまい、
「君は、何を言っているんだ? しっかりしなさい!」
 とテナイアに叱られたのであったが。
 エサルはロドトスの言をきくと、大きな口をあけて笑い、
「あっはっはっ……、大丈夫、君を殺したりしない。俺たちは、チームなんだよ。君は知らないけどね、俺はもう、君たちの革命のために一働きしたんだよ」
「俺たちの……革命?」
 ロドトスは、エサルの笑顔とその言葉が気に入った。
 ここでロドトスもまた、エサルがアルドバドル大使館を襲撃した件を初めて聞かされたのであるが、ロドトスはテナイアより呑み込みが早かった。
「これで、リデア王国の王家と国民の間の信頼関係が動揺するかもしれない……」
 と、すぐさまエサルの的を射抜いてみせると、
「その通り。だが、こんなものは、ほんの序章でしかない。我々は次々と手を打ち、王家から国民たちの心を離していかねばならない」
 とエサルがうなずくのに、ロドトスは興奮したような口調で、
「王家の立ち場が動揺しきったそのとき、俺の民主化論が、ようやくリデア王国民の耳に届くわけだな!」
 と目を輝かせながら言った。
 事実、興奮していた。
(願ったり叶ったり、とはこういうことではないか!)
 と思って。
 それは、たぶん、ロドトスがずっと夢見ていた『流れ』であった。その『流れ』を起こすべく、方法についてずっと頭を悩ませていたのに、それが、唐突に、現実のものとして現れたのである。
 目の前の、今日初めて会った(というのは正確ではないが、少なくとも、まともに会って話したのは今日が初めてな)男の手によって。
「ところで、一つ問題がある」
 エサルはそう言って、浮かぬ顔つきのテナイアと興奮しているロドトスの顔を交互に見た。
「どうも、セロ王子が我々の動きに気づいて、手を回してきているらしい」
「セロ王子が……?」
 と訝しげなテナイアと、その名前によって若干我に返ったロドトスの声が重なった。
 もっともエサルは、二人の様子に構うことなく、
「いま、この場を切り抜けること自体は容易なことだ。しかし……俺はセロ王子を放っておきたくない。彼は存外曲者だ。それに、いまは事を内密に、と思って行動しているようだが、それにも限度があるだろう。俺は、今のうちに彼を潰しておいた方がいいと思う」
 と告げた。
 ロドトスもテナイアも、各々の都合で、すぐには返事をすることができなかった。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ラスベガス・ロストシティ』完結。

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