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ラスベガス・ロストシティ・36

 十二章 ロスト・シティ・2

 私は、今度はセロ王子の横顔に目をやった。
 ひどく無表情な横顔である。
(もし、ブラックバーンが私たちの言い分を受け入れれば、彼は敵ではなくなる……)
 だが、そうなればブラックバーンは上司に事の次第を報告し、テナイアの一件、米国の知るところとなるであろう。
(それは、セロ王子の望むところではない……)
 その場合、セロ王子がどのような判断をするのか。そして、
(事と次第によっては、私はどうすべきなのか……)
 という問題について悩みかけたとき。
 ふいに車が速度を落とした。
「何だ、あいつらは……?」
 と前方をにらんでブラックバーンがつぶやき、見ると、進行方向にバリケードが築かれ、大勢の男たちがこちらをにらんでいる姿があった。
「これは……逃げた方がいいんじゃないかな」
 とセロ王子がつぶやき、私は先ほどサミーが、「今頃ジョージが警戒警報をロスト・シティ中に発令しているだろうから気をつけろ」と言っていたことを思い出した。
(……まさか)
 と嫌な予感がしたのであるが、ブラックバーンは少し考えた後、
「……ともかく、ちょっと話を聞いてみよう。ついでに、『Cool Beauty』の看板についてきいてみてもいいし……」
 とつぶやき、車の速度を少し上げた。
「まあ、……近づいたからって、いきなり撃たれることもないだろう」
 とも。
 しかし、その予測は甘すぎたらしい。
 車をバリケードに近づけ、声をかけるべくブラックバーンが窓を開け始めたとき。
 パーンと銃声がしてブラックバーンの頭の横を銃弾が通過した。
「マジか?」
 というブラックバーンの叫びは、つられたように連続し始めた銃声に半ばかき消された。
「逃げましょう!」
 とセロ王子が、さすがに声を大きくするのと、ブラックバーンがギアをバックに入れるのと、ほとんど同時だっただろう。
 車は数メートル素早く後退し、さらにあわてたように左折して脇道へ入った。
 こうなるとハンズアップしている場合でもなくなった私は、両手で頭をかばいつつ座席に横たわるような格好になっていたのであるが、
(……サイレンス!)
 とカジュアルな格好でバイクにまたがっていた彼のことを思い出し、目だけを動かせて窓の外にその姿を探すと、サイレンスはこちらの車体に隠れるような格好で並走することで難を逃れていた。私は……サイレンス、ずりぃな、と思った。
 ともあれ車は、何発かの銃弾を浴びつつも、無事に脇道に入り、敵の目から隠れたようである。
「急に撃ってきやがった! 正気か、あいつらは……」
 と、文句を垂れる内容ではあるが安堵の声でブラックバーンがつぶやいたとき。
 ガシャン。
 と車のボンネットの上に植木鉢が落ちてきた。思わず、だろう、ブラックバーンが車を急停止し、上を見上げると、家屋らしき建物の二階の窓から植木鉢を持った女性がこちらを見おろしているのと目が合った。
「ヤバい!」
 とブラックバーンが、今度は車を急発進させる横で、
「……どうやら、僕たち、ロスト・シティの住人全員を敵にまわしてしまったようですね」
 とセロ王子がぼやきつつ首をすくめた、その直後、車の後方でガシャンと何かが割れるような音がした。音の正体は、振り向いて確かめなくてもわかる……と思う。
「……私らが何したよ?」
 ……などと、ぼやいている場合ではない。
(ていうか、サイレンス……!)
 とフルフェイスのヘルメットを被っているので、よもや死ぬこともあるまいが、それでも心配して彼の現在位置を確認すると、今度は前方に彼の背中(『絶好調なりすまし中』と書かれてあるのが読めた)を発見した。
 私は……サイレンス、ずっりーな、と思った。

     *

「セロ王子の始末は、俺が一人でつける」 
 とエサルは言った。
 テナイアにもロドトスにも否やはなかった。
「君のいいようにしてくれ……」
 と浮かぬ顔つきのテナイアが、うめくような口調で言い、
「それじゃ、俺たちはどうすればいいんですか?」
 とロドトスは怒ったような口調で言ったが、その言葉つきは丁寧なものであった。
 いまや二人は、エサルには逆らえぬ、という気分に陥っているのである。
 ただ、テナイアとロドトスの間には、確実に温度差があった。
 テナイアは突然得体の知れない男たちに連れ去られたショックと、自分が大それた行いをしようとしていることを目の当たりにする格好で思い知らされたショックで、唯々諾々とエサルに従っている状態で、もちろん、ショックの底に捨てきれぬ野心達成への期待が蠢いてもいるのであるが、ロドトスの方は、
(万事、この男……エサルに任せておけば、きっとうまくいくだろう)
 と思うようになってきている。もっとも、もう少し正確なところをいえば、
(エサルは、利用価値のある人間……)
 と図太くも考えているのだが、しかし、
(セロ王子……)
 を始末する、という案には、不服であった。
 セロ王子はロドトスの思想に理解を示してくれたのである。その感激は、未だロドトスの胸のうちに残っている。
(セロ王子は、他の王族連中とは違う。ひょっとして、ちゃんと話せば、俺たちに共鳴してくれるかもしれない……)
 とも考えており、であれば、それをエサルに言えばいいようなものだが、
(……まあ、革命に犠牲はつきものだし、仕方がないか……)
 と内心でうそぶくことで、自分の考えを口に出すことは避けた。
 というのも、ロドトスは絶対に自分に対してそれと認めぬようにしているが、要するに彼もテナイアと同様、エサルに対して恐怖しているのである。エサルは、彼がこれまで出会った人間の誰とも種類を異にする人間であった。
「君たちは、二手に分かれて脱出してくれ」
 エサルは、ロドトスの問いにこたえて、そう言った。
「人をつける。行き先は、そいつらに伝えておくから、あなた方はそれに従ってくれ」
 と。
 まるで、テナイアとロドトスには自分の意志などないような言い草である。
(いや、むしろ、余計な差し出口は許さない、と暗に言われているのだ……)
 そう感じてロドトスは内心で腹を立てたが、だからといって、どうすることもできやしなかった。エサルは怖いし、ここから脱出するというエサルの案以外にいいアイデアなど何も思いついていなかったからである。
「人……というのは、さっきの連中か? 私を袋詰めにして、ここへ連れてきた……?」
 とテナイアが気のすすまぬことを示すべく眉をひそめてみせた。テナイアにしてみれば、ここから脱出したい(もっといえば、セロ王子と顔を合わせたくない)のはヤマヤマなのであるが、いかんせん、袋詰めにされたときの嫌な印象が気持ちの中にまだ生々しく残っているのである。
「大丈夫、もう袋に入る必要はない」
 とエサルは口先だけは穏やかに、しかし有無を言わせぬ口調で言い、なんだか負けが込んできているような気がしたロドトスは、
「まあ……あの袋も入ってみれば意外と悪くなかったけど」
 と辛うじて、自分でも謎の強がりを言った。
「入りたければ、どうぞ」
 エサルは冷ややかに言った後、思い直したようににっこり笑い、
「俺もすぐに行くから、心配しないで待っていてくれ」
 と付け加えた。
 そう言われて思わず安堵している自分に、テナイアもロドトスも気がつかない。

     *

 ところで、そのころ、ユンの運転する車のお尻をかすめるようにして、植木鉢が地面に落下していた。
「クソガキが!」
 植木鉢が落とされたと思しき窓から少年が顔を出していることを確認し、ショージが吐き捨てる。
「俺たち、いつの間にこんなに嫌われたんだろうな?」
 とアレハンドロがぼやくのに、
「相手が嫌いだという理由だけで、植木鉢をぶつける馬鹿も、そうはいないと思うが……」
 と、さらにぼやく口調で言いつつ、ユンは前方に何かを探しているらしき三人組の男を発見し、急ハンドルを切って脇道に逃れた。
 幸か不幸かロスト・シティは、ひどく入り組んだ構造になっており、脇道に不足はない。
「こういうの、ゾンビゲームでよくあるよ」
 携帯電話の画面で凪やシオウの位置を確認しているエンリケが、得意のゲームの話で二人のぼやきにこたえて、
「町に行くと、そこの人が全員ゾンビになってて主人公を取り囲んでくるんだよ」
「……参考までにきくが、そういう場合、主人公はどうするんだ?」
 とユン。エンリケは電話の画面に視線を落としたまま肩をすくめ、
「全部のゾンビを倒していたら、時間がかかりすぎるし、銃弾がなくなっちゃうからね。近くにいるゾンビだけを倒して、建物の中かどこかに逃げこんじゃうのが、セオリーだね」
「……現実は、ゾンビゲームのようにはいかないな?」
 とりあえず、なるべくロスト・シティの住人たちという名の敵を倒さないようにせねばならず、その上、逃げこむ建物もなければ、今は逃げこんでいる場合でもないユンは、そう感想を述べた。エンリケは肩をすくめ、
「当たり前だよ。だから、ゾンビゲームは面白いんじゃないか」
 と、わかりきったことを言わせなさんな、とでも言いたげな口ぶりで言った。
「ところで、方向はどうなってる?」
 無駄話を切り上げ、ユンが凪の位置を問う。
 何せ敵を避けては脇道へ入る、という作業の繰り返しをしている上、目標地点(凪の乗るブラックバーンの車)も同じ事情を抱えて終始移動しているのだから、これで道に迷わないはずがないのである。
「だいたい……この先にいるはずだよ。道が真っすぐ続いてれば、の話だけど」
 とエンリケがこたえたが、これも無理な話である。
 ただでさえ入り組んでいて唐突に突き当たりが現れたりするのがロスト・シティの基本構造である上に、今日はいつもより行き止まりが多いのである。
「シオウたちは、どうしてる?」
 今度は前方にバリケードがあるのを避けて脇道に車を入れつつユンがきくと、
「あっちも、同じ方向に向かおうとはしてるみたい。でも、だいぶん回り道してるんじゃないかな。位置的には、僕たちと離れて行ってる感じ……」
 というエンリケの返答に、
「ひょっとして……シオウさんたちも植木鉢に襲われとるんかな?」
 とショージが小さく首を傾げ、
「……まあ、ひょっとすると、これがロスト・シティ流のおもてなしかもよ?」
 とアレハンドロが肩をすくめたのは、若干ヤケクソの状態、というべきであろう。
「ウェルカム植木鉢か、ゾッとしない……な……」
 と二人のヤケクソを笑い飛ばそうとしたユンは、眼前の広い道路を左方から飛ばしてくる車の存在に気づき、急ブレーキを踏んだ。
 こちらはノーブレーキでユンたちの車の前を通過していった左方から来た車の後部座席に、
「テナイア!」
 が乗っていることに気づき、ユンは後を追うべく右にハンドルを切る。
「え、あの車にテナイアが乗っているのか?」
 と急な右折に斜めに傾げながらアレハンドロが目を丸くし、
「え、ちょっと待って、……だって、凪さんはどうするの?」
 と同じく斜めに傾げつつ、エンリケが抗議の声をあげる。
「サイレンスがおるやろ、あいつに任せとけば大丈夫や!」
 拳銃を手にショージがこたえ、
「それより、エンリケ、この後、おそらくドンパチやらなあかんからな。お前、始まったら、すぐに座席の下にでも隠れとけよ」
「……言われなくても、そうするよ」
 ドンパチ、とはおそらく戦闘を意味する日本語であろう(語源は銃声か)と察しをつけつつ、エンリケは肩をすくめた。

     *

 ところで、シオウたちは植木鉢に襲われ、植木鉢自体は車の鼻先に落ちた(攻撃側が焦ったのだろう)のであるが、
「どえらくいい町だな、ロスト・シティは!」
 とシオウはブチキレた。言うまでもなく、この場合、「当たらなかったんだから、いいじゃない」なわけはないのである。
「まあ……来訪者に植木鉢をぶつけるのが風習の町、なんて、世界中でここだけでしょうね」
 シンは助手席で携帯電話の画面と外の風景を忙しく見比べつつ、テキトーで流そうとした。
「そんな風習が現代社会に存在してたまるか!」
 とシオウがもうひとキレするのに、
「ですよねー」
 とシンは完璧な形でスルーした。
 シンは凪から、
「ユンとシオウとショージの中で、実は一番怒りっぽいのはシオウなんだ」
 と、こっそり教えてもらっているのである。さらに、凪によれば、
「でも、シオウはひとしきり怒らせとけば、後はすぐに忘れるから、放っといた方がいいよ」
 だそうで、だからシンは、いま、そのアドバイスを実行しているのである。
「くそっ、またバリケードだ!」
 とシオウが急ハンドルを切って脇道へ車を滑りこませ、
「こっちに来ると……ブラックバーンの車からは、また少し離れちゃいますね。その細道を行けば、少し広い道路に出られそうです」
 とシンがナビゲートすると、シオウは素直にその言に従った。
 シンの言う通り、車一台が通るのにも苦労するような狭い道のその先に、割に広そうな道路が左右に伸びている。
「そこを右折すると、またちょっと凪先生たちに近づけると思います」
 とシンに告げられ、右折しようとする二人の乗った車の鼻先を、右方から猛スピードで走ってきた車が、かすめるようにして通過した。
 通過する一瞬、シンの目が後部座席に座る人物の横顔をとらえた。
「ロドトス!」
 である。
「シオウさん、あの車、ロドトスを乗せてる!」
「何?」
 シオウは右折しかけていた車を強引に左へ向け直し、とっさの判断でロドトスを乗せた車を追い始めた。
「でも、シオウさん、凪先生は……」
 拳銃を手に取り、いつでも撃てるように構えつつ、シンがそちらの方を心配してみせると、シオウはアクセルを踏みこみつつ、
「ひとまずは、サイレンスに任せる!」
 とショージと同じことを言い、
「それより、シン、車を寄せるから、敵の車のタイヤを撃て!」
「了解!」
 無論シオウとしては一刻も早く敵の車を足止めしてロドトスを奪還し、当初の目的地へ向かいたいところなのであるが、二台の車の距離は、もどかしくもなかなか縮まらない。

     *

『Cool Beauty』の看板を見つけたのは、偶然といえば偶然のことであった。
 こちらを見れば攻撃してくるロスト・シティの住人たちや彼らの作ったバリケードを避けつつ、何処をどう走っているのかわからない入り組んだ道を行きつ戻りつしている内に、偶然広い道路に出た。
 どうやら、私たちがさ迷い出たのは、ロスト・シティのメイン・ストリートであるらしい。
 ふしぎなことに、人間の姿は全然なく店も全て閉じてしまっているのだが、普段はほとんどの店が営業しており、それなりににぎやかなのであろう風情は感じ取れた。
 よく見れば、店舗の二階部分からこちらの様子をうかがっている顔が、通り過ぎざまにいくつか見えたのであるが、私がそちらを見上げていることに気づくと、あわてて顔を引っこめてしまうばかりで、他の場所にいた人たちのように攻撃してくる様子はなかった。
「ここは、少し安全なようですね」
 とセロ王子がつぶやく通り、であるらしい。
「おっと、見つけたぜ、クールな美女だ」
 ふいにブラックバーンが右前方上を指で示してみせ、見ると、その言葉通り、『Cool Beauty』の文字が、想像していたよりも何倍も大きく、隠れることなき威風堂々さで、そこにあった。
 もっとも、その巨大看板は、今は機能していないことが明らかな状態、でもあった。『Cool』の『o』と『Beauty』の『t』が欠落しているし、その二つの単語の間にある、おそらくは女性が横座りしているような形の人型看板は全身のっぺらぼうとなってしまっている。
(……これは、確実に罠だな)
 と相変わらず両手をあげたまま(でも疲れたので後頭部で手を組んでいる状態で)私は首をすくめた。
 こんなメインストリートにでかでかと掲げられた看板を目印として特定できる場所に人を軟禁して助けを求めるような真似をさせるなど、罠以外の何ものでもないのではないか。
 ブラックバーンは看板の見える位置で車を停め、
「テナイアが拉致されているのは、このあたりの建物のどれか、だろうな」
 と看板の向かいに並ぶ建物の列に目をやってみせた。確かに彼の言う通り、看板のついている建物及びその両隣の建物からだと、かなり窓の外に身を乗り出さなければ看板が見えない、と思われた。
 もっとも、
「たぶん、正面の建物でしょうね。これはおそらく罠で、敵は僕たちから隠れたいのではなく、僕たちをおびき寄せたいのでしょうから」
 というセロ王子の推論通りであろう、と私も思った。そして、たぶん、だが、テナイアもロドトスも既にそこにはおらず、
(おそらくエサルだけが、中で待ち受けているのではないか……)
 で、そんな風に考えつつ、私は後方に目をやった。
 そこには、バイクをとめてヘルメットを脱いでいるサイレンスの姿。
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プロフィール

ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ラスベガス・ロストシティ』完結。

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