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ロサンゼルス・ロストシティ・19

 六章 秘密・3

「面白い?」
 私が眉をひそめると、ショージは返事の代わりにアレハンドロに目をやってみせた。 
 今度は、アレハンドロが苦笑を浮かべて、
「エサルは、あいつからこっそり、クネイル首相を暗殺してほしいって頼まれているんだって。もっとも、まだ返事はしてないそうなんだけど……」
「えぇっ?」
 全然穏やかではない話に、私は仰天してショージを見たが、ショージは相変わらず苦笑いを浮かべたまま、
「あいつ、シュロン、いう名前なんですけど、本人の言葉を借りれば『戦災孤児』らしいんです。身内をリデア王国との戦争で亡くしとるんですね。で、やつの主張というのが、『自分はいつかアルドバドルへ戻り、兵士になって戦場へ行き父の仇を討つ、という夢を支えに、これまで生きてきた。それなのに、クネイルは平和を言い訳に自分勝手に戦争を終わらせようとしていて、まことに怪しからぬ』……というようなものでして。……まあ、正直なところ、一人で何ができるような人物でもなさそうですが……。
 ただ、これ、サミーの案だったんですが、シュロンを外に放り出しておいたところ、まあ要するに見張りをさせとったんですが、どうやらゴルドアの手先が接触をはかってきたようです」
「シュロンに……?」
 念押し、というより、考え込むような口調でユンがつぶやき、
「そうです。外におるやつが気づいて、現場の様子を探ってくれたんですが……」
 外におるやつ、というのがサイレンスのことであることに気づくのに、私は少し時間をかけた。
「……話の内容はわからなかったが、そんなに長い間話しこんではいなかった、シュロンはゴルドアの手先らしき男……シオウさんを尾行しとったやつと同一人物だったようです……要するにアルドバドル軍の兵士であろう男を信用していない様子だったが、渡されたものは素直に受け取っていたようだ、ということです。ちなみに、確認は取れなかったが渡されたものは、おそらく紙、たぶん連絡先の書かれたメモか金だろうって、外におるやつは言うとります」
「……両方だろうな」
 ユンはショージの説明を聞き終えると、小さくそう肩をすくめ、
「悪くない案だったな、シュロンの件は。これで、少しは何かが動くだろう。
 だが、問題はこの先だ。
 俺たちは引き続きリンダとクリスを連れて歩かなければならない。ショージの言う通り、サミーはともかく、エサルは彼らに会わせない方がいい。
 ただ……ゴルドアが、どういう形でエサルに接触をはかってくるか、は、わからないが、万が一襲撃を受けた場合のことを考えると、エサルをここに置いておきたくはない」
「……そんなこと、できる?」
 私は首を傾げつつ、ついでに眉間にしわを寄せた。
 確かにユンの言う通り、ゴルドアの手先であるところのアルドバドル軍の兵士たちが襲いかかってきた場合、いくらショージやアレハンドロやサイレンスがいるとはいえ、身動きのできないエサルを連れて戦うのは大変過ぎるだろう。
 しかし、今、私たちには米軍からもアルドバドル軍からも監視がついている状態である。……改めて自覚すると恐ろしい状態であるが、ともかく、それらの人々の目を盗んでエサルを移動させるのは、不可能に近いことに私には思われた。
 しかし、ユンは、
「考えようによる。正直、今、お互いが相手の出方をうかがっていて身動きが取れなくなっている状態だ。である以上、こちらからも何らかのアクションを起こして、相手を釣り、動かすことで開く活路があるかもしれない」
 と言う。
 私は……なんとなくユンの言わんとしていることがわかった気がし、でもその場合、
「……サミーは、どうするの?」
 と思って、さらに首を傾げた。
 私とユンとショージとアレハンドロの視線が、一斉にサミーに注がれる。
「まあ、たまには娑婆のにおいを嗅ぐんも、サミーにゃ悪くないでしょうよ」
 相変わらずにやにやしているサミーを見ながら、ショージが小さくつぶやいた。

     *

 シオウとシンはサンフランシスコへ到着すると、まずはサンフランシスコ市警察署に向かった。
 ラトンの死体は既に発見され、現在司法解剖されているところで、シオウが自分たちも含めて関係者全員の本名を伏せた状態で来訪の目的を告げると、同事件の担当だったという刑事は、
「助かります。しかし、ずい分早手回しですね」
 とシオウとシンを鋭く見た。
 もっとも、
「どうせ、この事件、上から水が入ったんで、私たちの出番などなくなりましたが、ね」
 アレックスと名乗った刑事がぼやく通り、事件の捜査は既にロサンゼルス市警から離れてしまっているらしい。
(早手回しは、メイスンの方……)
 シオウは内心で苦笑した。『米軍の偉いさん』であるところのメイスンは、リンダとクリスから報告を受けるやすぐに手を打ったのだろう。
(どうやら、メイスン、個人的に俺たちの事件に興味を持っているのかもしれないな)
 アレックスに案内されて検死局へ向かいつつ、シオウは脳の隅でそう考えた。シオウの判断によれば、
(アメリカ合衆国が当該事件に関して過剰に興味を持つ可能性は低い……)
 ことは海を隔てた大陸の、アジアの小国の小競り合いなのである。
 その思案は、しかし、脳の隅にとどめておかねばならなかった。というのも、
「なあ、きいていいか?」
 こちらもおそらくは職務を越えた個人的興味に駆られているらしいアレックスが、口調をほぐして探りを入れ始めてきたからである。
「あんたたちは、どこの国から来たんだ?」
 と、きいてきたところをみると、『上からの水差し』であるところの捜査中断の理由を、アレックスも薄々は知っているものらしい。
「……日本」
 シオウはアレックスを改めて観察しつつ、事実に近いこたえを慎重に口にした。
「日本!……要するに、死んだ男は日本人だったわけだな?」
 と切りこんできたところを見ると、アレックスの事件に対する未練は、かなり強いようだ。
(この刑事、場合によっては使えるか……)
 脳の隅より、もう少し中心に近い部分でそう考えつつ、
「……どうかな?」
 とシオウは首を小さく傾げてしらばっくれてみせた。
 逆に、
「死んだ男は、アメリカ人なんじゃなかったのか? ニュースでは、そう言ってたぞ」
 と、さらにしらばっくれつつ、こちらから問うてみると、アレックスはニヤリとして、
「ニュースで、そこまで言ってたか? まあ、いいけど。
 カンだけどな、俺の。
 死体発見現場の近所に住む人たちに聞き込みはしたんだ。まさか捜査が中断するだなんて思わなかったから、熱心に。
 その結果、死んだ男が住んでいた家に引っ越してきたのは、ほんの数年前で、あまり近所付き合いはせず、さらに……何か気になったから戸籍も調べたんだけどな、それ自体は問題はないんだ、一見。中国系三世、独身、子どもはなし。だが……係累まで調べようとしたら、ないんだ、すっぱり」
「早手回しだな」
 今度はシオウがそうほめてやると、アレックスは面白くもなさそうな顔つきで、
「俺は、仕事熱心なんだよ」
「……殺された男は、日本とは関係がない。それは確かな話だ」
 とシオウが事実を少々開示したのは、アレックスが腹を割って話してくれている様子に対する返礼のようなものである。
 さらに、
「俺たちは、フリーランスなんだ。今は、雇われて動いているけど。雇い主はアメリカ人でも日本人でも中国人でもない……」
「殺された男は、あんたらの雇い主と同じ国の人間なのか?」
 アレックスが素早く口を挟んできくのに、
「そういうことだ」
 とシオウがうなずいてやると、アレックスは、
「そうか……! 野郎、やっぱり偽者のアメリカ人だったか!」
 と嬉しそうにつぶやく。
(どうやら、この男、職務を超えた部分で仕事を楽しむタイプらしいな)
 シオウはアレックスをほほ笑ましく見た後で、シンの方へ視線を転じた。
 おそらくシンは、シオウとアレックスの英会話を全て把握できたわけではないだろうが、シオウの視線を受け止めると、
「……面白そうな人ではあるね」
 と日本語で言いつつうなずき、
「仲良くできたら、いいかもね?」
 と付け足して、ニヤリとした。
 検死局の人々は、シオウの持ってきたラトンの資料の入った封筒を受け取ると、すぐに調べてみると請け合ってくれた。
「結果がわかるまでには、しばらくかかるぞ」
 封筒を抱えた職員を見送ると、アレックスはそう肩をすくめた。
「ついでに、死体の確認をしておくか?」
 肩をすくめた後、そう申し出たが、
「俺たちは直接の知り合いじゃないから、顔を見ても仕方がない」
 とシオウは肩をすくめ返しながら断った。
「……本当か?」
「本当だ」
「…………」
 アレックスは、あきれたように首を振り、
「妙な事件だな。殺されたのが結局誰なのかもわからないだなんて」
 と出口に向かって歩き出しつつ、ぼやく。
「それなのに、誰だかわからない偽者のアメリカ人が死んだことを、これまた誰だかわからねぇ連中が何度も確認に来やがる」
 と、さらに付け加えたのは、シオウは聞き捨てにすることはできなかった。
 あるいは、死体を発見した後、少々聞き込み捜査をしたらしい凪たちのことか、とも思ったが、念のため、
「……どういうことだ? 俺たちの他にも、死体を見に来たやつがいたのか?」
「いいや、電話だ。女の声だった。番号は一応控えてあるが、あまり意味がなさそうなやつだ。仲間が対応したんだが、『ハンさんは本当に死んだのか?』と、きかれたそうだ。それで、電話に出たやつが、確かに死んでいるが身元確認が十分にできなくて困っている、あなた、よろしければご足労願えませんでしょうか、とお願いしたところ、『今、私、外国にいるものですから……』と断られたそうだ。怪しい、と思ったから、すぐに調べたが、嘘だった。電話は、ロサンゼルス市内にある、誰でも入れるステキなカフェからかかっていた……」
(凪たちのことじゃないのは、確かだな)
 と考えつつ、シオウはうなずき、
「なるほど、それは面白い話を聞いた」
「何か参考になったか?」
「大いに」
「それは、よかった」
 とアレックスは、本当に嬉しげな顔をする。
「おかしなやつだな」
 ついシオウが、そう笑うと、
「犯人を捕まえたいだけだ。別に俺の手柄にしなくてもいい、ただ、このまんまじゃ、なんぼなんでも寝覚めが悪すぎるからな」
「…………」
 シオウは思わずシンと顔を見合わせた。
 シンは小さく首をすくめ、
「……まあ、サンフランシスコ中の弁護士を訪ねるより、アレックス一人を巻きこんだ方が、話は早そうだね」
 と意見を口にした。
 シオウは改めてアレックスの方を向くと、
「アレックス刑事、残念ながら俺たちの仕事は犯人探しじゃない。
 実は、殺された男は、とある人物を恐喝していたんだ」
「恐喝?」
 アレックスは目を見開いて驚き、
「なるほど。やつは殺されるべくして殺されたわけだな」
 と興奮を押し殺したような口調でつぶやく。
 シオウは慎重に言葉を選びながら、
「俺たちの雇い主は、男が死んだことで秘密が公になることを恐れている。あるいは、その秘密は死んだ男の脳の中だけにしかなく、当人の死とともに永久に葬り去られてしまったのかもしれない。
 だが、ひょっとすると男は秘密に関する何らかの証拠か、もしくは内容を記した文書を隠し持っていたかもしれない」
「……ちょっと待ってな」
 アレックスはそう断るや、一人検死局の中に戻り、程なく出てくると、
「先生に、もう一度死体を調べてみてほしいと頼んできた。今度は死体の中に異物がないか、を重点的に……。昨今、データを小型化して体内に隠すなんて、存外簡単にできることだからな」
 と首をすくめて報告したのは、さすが刑事の面目躍如というところか。
 次いで、
「一つききたいんだが……、あんたらの雇い主が殺したんじゃないだろうな?」
 とズケリときいたのには、シオウも苦笑いを抑えきれず、
「本人からは何も聞かされていないが、その可能性は俺たちも考えている。
 ただ、その場合、犯人を挙げることは難しいだろう。俺たちの雇い主は、その気になれば数百人でも殺し屋を用意できる人物だ。もちろん、同案件に関しても直接手は下していないことは確実だ」
「そいつは……いけ好かねぇ話だな」
 アレックスは、ぼやきつつ後頭部を指でがりがりかき回していたが、やがて、
「……よし。どうせ各種検査の結果が出るまで時間もかかるし、こういう時は現場百回だ。あんたら、どうせ暇だろ? 俺と一緒に死体発見現場の家に行ってみないか?」
 などと誘われたので、シオウはまた苦笑いした。
「別に暇じゃないが、御一緒させてもらおうか。しかし、現場は、もう調べつくしているんじゃないのか?」
「調べつくしたが、それは、犯人の手がかりを探して、のことだ。殺された男が恐喝者だったと知れば、もうちょい別の調べ方ができる」
 アレックスが張り切って言うのに、シオウは少々心配になった。何せ、この事件、上からの命令で捜査が中断させられているのである。
 それで、
「大丈夫……なのか?」
 と、つい心配顔に問うと、アレックスは、
「まあ……ばれたら叱られるだろうけどな」
 と首をすくめた後、
「大丈夫だ。俺は、叱られるのには慣れている」
 と胸を張って言い切ったので、シオウは……ちょっとだけ親近感を抱いた。
 さて。
『ラトンの家』へシオウたちが到着したのは、太陽がその姿を半分隠した夕暮れ時のことである。
「いいところに住んでるなぁ」
 アレックスの運転してきた車を降りるなり、シンがそうつぶやいた通り、家の建つ丘から赤く染まった海が見渡せ、まことに結構な眺めである。
「要するに、恐喝御殿だったわけだな」
 とアレックスが相槌を打ち、シオウは、
(なるほど、ラトンのやつ、相当ゴルドアから絞ったらしいな……)
 と腹の内だけで考えてみたが、
(とうとうゴルドアがブチ切れて、やつを殺したくなった、と考えても不思議ではない……?)
 正直、しっくりこない推理に、自分でもつい首を傾げてしまう。
(そもそもゴルドアが恐喝に屈するような人間だろうか……?)
 その点が、しっくりこない。
「事件の第一発見者はピザ屋だ。なんでも、この家に住んでいる中国人について見知らぬ連中に色々きかれたので、心配になって様子を見に来たら、ドアの前に昼に出前したピザが手つかずのまま置いてあったんで、警察に通報したらしい」
 アレックスが玄関の前で鍵を開けつつ、そう説明する。次いで、
「さっき、あんた、あんたの雇い主は数百人の殺し屋を用意できる人物だとか言ってたが、それが本当だとすると、よりによって一番無能なやつを寄こしたのかもしれないな。
 というのも犯人は、このドアを開いた瞬間に、この家の住人に銃をぶっ放したらしい。近所に住んでいる誰の耳にも銃声が届かなかったところを見ると、サイレンサーを使っていたんだろう。
 そこまではいい。
 だが、この犯人、おかしなやつで、男を玄関で殺した後、車イスごと居間まで移動させてるんだ。意味が分からない。
 それで、少し考えてみたんだが、ひょっとすると犯人はピザ屋がこの家に来る直前に男を殺したんじゃないか。
 男を殺して、さて逃げようと思ったら、ピザ屋にドアを叩かれて、びっくりして死体ごと居間に逃げこんだんじゃないか。
 だとすれば、これは全然手馴れていないやつの仕業……」
 ふと、アレックスは推理の言葉を途中で途切れさせ、鋭くシオウとシンを見た。
 二人とも、アレックスが気づいた音に気づいており、無言でうなずいてそのことを伝えた。
 家の中から物音がしたのだ。
「……中に、誰かいるね」
 シンが不慣れな英語でつぶやいたのを、アレックスもちゃんと理解できた。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ロサンゼルス・ロストシティ』連載中。

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