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ロサンゼルス・ロストシティ・20

 七章 過去・1

 ゴルドアはシオウをサンフランシスコへ送り出した後、昔のことを思い出していた。
 昔、自分を『英雄』の座にのし上げてしまった戦いのことを。
 正直なところ、その記憶はゴルドアにとって苦々しいものであった。
 後悔しているわけではない。
 いまでも、あの時の自分の選択は正しかったと確信しているし、その結果も、要するに『戦勝』で、そうである以上後悔すべき理由もない。
 かといって、誇る気にもなれない。
 アルドバドルの歴史には『ロンガ砦の戦い』という名で刻まれているその戦いに、ゴルドアは将軍補佐として参戦していた。
 将軍であった上司は、自らが抜擢した若いゴルドアを信用していたようだが、ゴルドアの方はそうでもなかった。
 ガリル、という名のその上司を、ゴルドアは内心あまり評価できずにいたのである。いい人ではあるのだが、戦場、という特殊な環境では通用しない人だ、と。
 その証拠に、といっていいのかはわからないが、ともかく、そのとき、アルドバドル側は劣勢で、ゴルドアの目にはガリルの作戦指揮が、ことごとく失敗しているように見えた。
 その割に落ち着いているように見えたガリルを、彼に対する数々の批判の言葉を押さえつけるようにして腹心の部下の仮面をかぶり続けてきたゴルドアが、たまりかねるようにして、総司令部のある砦の物見塔に連れ出したのは、リデア王国側の砦を攻撃しに行った部隊が返り討ちにあって殲滅した、という知らせを受けた直後のことである。
 ロンガ砦のあるロンガ山脈は、アルドバドルとリデア王国の国境沿いに横たわっている。
 砦、と一口に言っても、それに該当する建築物、及び、地点に簡単な土塁等築いた場所、は、アルドバドル側のものだけでも五十近くあり、お互いが最後方に陣取る敵の総司令部を最終目標として戦い続けている状態だ。
 アルドバドル側の旗色は、先述した如く悪かった。
 リデア王国側の部隊が、じりじりと着実にアルドバドル側の砦を落とし、その前線を伸ばしている。
「これ以上、粘る意味はありません。いったん、ロンガ山は捨てましょう」
 物見塔にいた見張りの兵士を追い払い、ガリルと二人きりになったところで、ゴルドアはそう提言した。
「これ以上、兵士たちを死なせるのは無駄なことです」
 とも。
「…………」
 それに対し、ガリルは、まず沈黙をもってこたえ、次いで、
「いま少し……時間が必要だ」
 と、ささやくような声を出した。
 当時若かったゴルドアは、カッとした。
「これ以上待てば、さらに犠牲が増える!」
 と思って。
 だが、ガリルは、きっぱりと首を横に振り、
「しかし、我々は待たねばならない。
 君には話していなかったが、いま、リデア王国に我々の味方がいる。
 その者たちは今、リデア王国軍の一部として戦っているように見せかけつつ、実はリデア王国側のロンガ砦の総司令部を急襲するタイミングをうかがっているのだ」
「……リデア王国に我が国からスパイを潜入させていたので?」
 ゴルドアは、眉をひそめた。眉をひそめたのは、そういう類の話は既にうんざりするほど敵味方ともに繰り返していて、だから、言うまでもなく、どちらの国もスパイや内通者の存在にはかなり神経をとがらせており、そうである以上、その成功に賭けるというのは、なかなか危険すぎる賭けのように思われたからなのだが、
「いいや、そうじゃない」
 ガリルは、これにも首を横に振った。
「我々が雇ったのは、リデア王国人だ。
 彼らは反王家グループの秘密結社で、その存在は、これまで固く秘されていた……のだそうだ。当人たちに言い分によると、彼らの親兄弟たちでさえ、身内がそのグループに属していることを知らない、ということだ……」
「そんな話を、本当に信じているんですか?」
 ゴルドアは、あ然とした。
 こいつは正気なのか、と上司の頭を、一瞬本気で疑った。
「もちろん」
 ガリルが自信たっぷりにうなずいてみせたのは、あるいは見せかけの演技に過ぎなかったのかもしれない。
「……百歩譲って、作戦自体は成功したとしても」
 反対の意思を隠そうともせぬ声で、ゴルドアは指摘した。
「その場合、勝利の大手柄は売国奴のリデア王国人ということになる。
 名声の問題ではない。
 この戦いは……いや、リデア王国を相手とする全ての戦いは、アルドバドルにとっては独立戦争なのです。である以上、勝利は、アルドバドル人自身の手によってつかみ取らねば意味がないのではないですか」
 と反対の理由を並べつつ、しかし、ゴルドアは、ガリルもそんなことは十分にわかっているはずだと思った。
 わかっていても、もはや手段を選んでいる場合ではないほどアルドバドルが追い詰められた状況であることを、かくいうゴルドアも十分知っている。
「仕方がないのだ」
 案の定、ガリルは、うめくにも似た声でそういった。
「それでも、負けるよりはましだ、と思っている」
 とも。
 当時、アルドバドルでは現在の首相のクネイルはまだ少年であり、リデア王国の王位は現在のルクスアウレではなく、その父のマニアールにあった。
 要するに、今と全く違った状況であった。
 強力なリーダーに恵まれぬアルドバドルは頭に血の昇りきった民衆と軍部の主張に引きずられるようにして戦争への道をひた走り、リデア王国では穏健派の息子とは似ても似つかぬ剛腕のマニアールが、アルドバドルとの長年の禍根を断つには、かの国を押し潰して己が支配下にねじ込んでしまうしかないと思いきわめていた。
 余談であるが、マニアール王がそう思いきわめた理由の一つには、後のルクスアウレ王である息子の、戦いを嫌う性質に、敵がつけこんでくることを恐れたせい、もあるらしい。
 いずれにせよ、
(孫子の代にまで戦争を継続させぬ……!)
 と思い詰めたマニアール王と思いを一にするリデア王国軍の猛攻にさらされ、アルドバドルは誰の目にも、
(風前の灯……)
 であると見えるほど、追い詰められている。
「君の言う売国奴のリデア王国人どもは、率直に言って『狂人』という他ない連中だ。
 私は個人的に彼らから連絡を受け、彼らと会った。
 その結果、信用すべき人物たち、とまでは思えなかったが、しかし彼らは、自分たちがやると申し出たことを必ずやり遂げるであろう、と確信した。
 やつらは、無論、アルドバドルのために祖国を裏切るのではない。
 本人たちは祖国に住まう同胞のため王家の支配を終わらせるために我々に協力するのだ……少なくとも、本人たちは、そう言っていたし、本当にそう思いこんでいるようだ。
 ともあれ、我々は、それを利用するしかない」
 ガリルが淡々とした口調でそう説明したのは、おそらく、ゴルドアに現実を悟らせようとしたのであろう。
 だが、アルドバドルが今のアルドバドルではなかったように、あるいは、リデア王国が今のリデア王国ではなかったように、ゴルドアもまた現在のゴルドアではなかった。
 若く、まだ理想に燃えていたゴルドアには、
「そうまでして勝ったところで、何の意味がありますか……?」
 としか思えなかった。
 率直に言って、そんな汚れた勝利を手に入れるくらいなら、いっそ潔く負けた方がよいとさえ思った。
 その汚れた勝利は今後長くアルドバドルに暗い影を落とし続け、アルドバドル人たちの心を荒ませ、下手をすれば国家を揺るがす災いとなって自分たちの方へ帰ってくることになるのではないか、と。
 ガリルのこたえは、
「負ければ、全て終わる」
 であった。
「ゴルドア、君の気持ちも言いたいこともわかっている。だが、ここは耐えるんだ。我々は……アルドバドルは、ひとまず勝ち残る必要がある。万が一、ここで敗北し、リデア王国の支配下に入るようなことになれば、アルドバドルは永久に消滅し、二度と再び独立することはないかもしれない……」
「…………」
 ゴルドアは言葉を失い、ガリルは腕時計を見た。
 戦いは、尚も続いている。
 その時であった。
「閣下!」
 と物見塔の下から、伝令の兵士が声をかけてきたのは。
 伝令の兵士はゴルドアも見知っている兵士であった。ガリルの遠戚に当たる人物である。
 このとき、ゴルドアは悟った。
 リデア王国の狂人を使った作戦は、ガリルの個人的な人脈を使った、軍を通さずに遂行されている作戦であることを。
 さらに、
「……来たな」
 と呼びかけに手招きでこたえつつ、ガリルが安堵の声でつぶやいたところを見ると、どうやら作戦がひとまずは成功したらしきことが察せられた。
「それで……、これからどうなさるおつもりで?」
 だが、ゴルドアは、まだ作戦は終わっていないと判断しながら、そう問いかけた。
(むしろ、これからが重要……)
 と思った。
 重要なのは作戦成功後の事後処理で、そういう意味では、ここから次の作戦が始まったも同然である、と。
「リデア王国の狂人どもを救出する部隊を、秘かに送り出さねばならない」
 伝令の兵士が物見塔へ上がってくるのを待ちながら、ガリルはゴルドアの問いにそう答えた。
 この次にゴルドアが発した言葉は、本人にとっては賭けのようなものであった。
「その必要は、ないのではありませんか。連中はリデア王国人である上に、祖国さえ裏切った。
 それより、指令本部を失い撤退せざるを得なくなった敵に、こちらは動ける者たちをかき集めて猛攻を仕かけるべきではないですか」
 ガリルは、静かな目でゴルドアを一瞬見つめた。
 その目は、(そのことは、当然既に考えつくした……)と訴えているようであった。
「……しかし、彼らが彼らなりにはリデア王国のために、そして我が国に勝利をもたらすために、命懸けで戦ったことは確かだ」
 が、こたえであったとき、ゴルドアの次に取るべき行動が決定した。
 無論、内心では、この結末に絶望していた。
 ゴルドアは、内心ガリルの将軍としての能力を評価していなかったのであるが、それでも自分を抜擢し重用してくれた人であるし、日々接するときも偉ぶらず親切な態度を貫いてくれたことなど、人としては深く敬意を抱いてもいたのである。
 その一方、脳の隅で、
(これで、これ以上兵士たちが無駄に死ななくて済むようになる……)
 と冷ややかに考えている自分のこともゴルドアは自覚しないわけにはいかなかった。
 結局、今回の作戦もそうだった。
(この男は、リデア王国の狂人に手柄をあげさせるため、その時間を稼ぐべく、無駄な攻撃で兵士たちの命を消耗しつつ、敵の注意をこちらに向け続けねばならなかったのだ……)
 ゴルドアは、信頼しきった背中をこちらへ向け、伝令の兵士から報告を受けているガリルを見た。
 護身用、というよりは装飾品のようだと常々思っていたピストルを手に取る。
 ことは、簡単に済んだ。
 ガリルの背中に素早く三発。
 あっけに取られて事態が把握できずにいる伝令兵の額を一発で撃ち抜く。
 二人が倒れると、ゴルドアは足早に物見塔から出た。先ほどガリルと二人きりになるために追い出した見張り兵の他に、あそこでゴルドアがガリルと一緒にいたことを知っている者がいなかったか考えつつ。
 口止め、あるいは協力させて事後を処理するつもりだったのだが、ゴルドアが物見塔から一歩外へ出、そこで待機していた見張り兵と顔を合わせた次の瞬間、その必要はなくなった。
 突然轟音が鳴り、ゴルドアの体は風に吹き飛ばされた。
 自分の体がすさまじい勢いで見張り兵に衝突したかと思うと、そのまま両者壁に叩きつけられた。
 たぶん、数秒ほど失神したのだろう。
 気がついた時、ゴルドアと壁の間に挟まれるような格好で見張り兵が絶命しており、振り返ると物見塔のあった場所は何もない空間と化しており、黒煙がもうもうと噴きあがっていた。
 後で知ったところによると、こちらの総司令部の場所をつかんだリデア王国側のゲリラ部隊が放ったロケット弾が命中したのだったが、それは、ゴルドアにとって幸運以外の何ものでもなかった。
 彼が殺害した男二人の死体は、砲弾により粉々に打ち砕かれ、本当の死因が何であったのか探る術もない状態となったのだから。
(……神様……!)
 ゴルドアはこのとき、普段はあまり意識したことのないその存在を思った。
 まるで神が自分の考えを肯定し、お前がアルドバドルを救わねばならぬと背中を押しているような気がした。
 やがて、近くにいた兵士たちが救助なり様子見なりに駆けつけてきた。
 ゴルドアは、その者たちに、まるで自分をかばうように死んだ見張り兵を葬らせる一方で、砦中の動ける人間を一か所に集めるよう指示を出した。
 混乱に乗じて自分が指揮権を握るために、である。
(総司令部を裏切者どもに急襲された敵は、今頃、撤退準備に入っているに違いない……)
 戦いは、まだ続いているのだ。
 さらに、
(アルドバドル政府にガリルの死が伝われば、おそらく一時休戦及び撤退の判断が下されることになるだろう。次の将軍を決める、人事のための会議を開くために……。そうなれば、ここ一番のチャンスを逃すことになる)
 ゴルドアにとっては時間との戦いでもある。
 戦争において最も難しいのは撤退戦だと言われている。
 逃げる敵を追うチャンスは、今しかない。
「ガリル将軍は死んだ!」
 屋外の開けた場所に急遽集められた人々を前にゴルドアは、まずそのことを告げ、間を置かずに次いで、
「だが、今ここで敵に背を向けるわけにはいかない!
 敵は、おそらく、将軍を倒したことでもはや勝ったと思いこんで浮かれているに違いない。
 そこを、叩く!
 我々は、ガリル将軍の死を無駄にはしない!
 この機を逃さず敵を猛攻し、やつらをこのロンガ山脈から一人残らず追い払うのだ!
 私が先頭に立つ!
 動ける者は……例え己が死んでもアルドバドルを守ってみせるという気概のある者は、全員ついてこい!」
 と檄を飛ばした。
 自らの言葉通りゴルドアは武器を手に、先鋒部隊に混じって戦った。
 あらかじめ斥候を放って敵の様子を探らせたところ、
「敵は消えてはいないようだが、試しに小当たりしてみたところ、明らかに応戦の勢いが弱まっているようだ」
 という報告をもってゴルドアのもとに帰ってきた。
 要するに、『ガリルの作戦』は、まんまと成功したとみて間違いはなさそうだった。
(この時点で各砦に残るリデア王国兵は、味方を逃す時間を稼ぐために居残っている、決死隊とも言うべき殿部隊であるはずだ)
 言うまでもなく、敵を殲滅する必要はない。彼らの姿が、国境を含むロンガ山脈から消え失せれば、それでよいのである。
 要するに、既に勝ちの決まった戦いを、ゴルドアは、きちんとやり遂げた。
 ゴルドアの檄に素直に反応した兵士たちは、疲れを忘れたかのように躍動し、逃げるリデア王国兵をとらえては、これを容赦なく倒した。
 結局、ゴルドアの率いる兵たちはロンガ山脈に点在した敵方の砦を全て占拠し、『歴史に残る大勝利』へと現場の判断によって導いたゴルドア、の名はアルドバドル中に轟いた。
 国家を救った大英雄として。
『ロンガ砦の戦い』の後、リデア王国側から休戦協定が申し入れられた。
 その条件として提示された最大の譲歩は、『ロンガ山脈全体をアルドバドル領土とすること』で、局地戦に勝ちはしたものの、その実、リデア王国側より大きな損害を受けていたアルドバドルは、即座にこれを受け入れる。
 休戦協定が成立した、わずか二日後、リデア王国の王マニアールが突然他界する。固く秘されていたのだが、彼は元々高齢の上、いくつかの病を併発している状態を隠して開戦に踏み切っていたのである。
 父王の死を受けて即位したルクスアウレは、国内の主戦派の邪魔にさらされつつも、リデア王国に対する強硬路線を排し、温和な態度で新たな外交路線を模索し始めることになる。
 戦後、アルドバドルにとっては特に名誉の勝利となった『ロンガ砦の戦い』は多くの研究者に研究され、様々の評価・批判・検討が加えられたが、どの研究者の意見も、
『残念ながらガリル将軍の作戦は無駄な犠牲者を量産し続けた観が強い』
 でおおむね一致しており、中には、
『彼が、ゴルドアの抜擢、という唯一の成功をしていなければ、ガリル将軍の名は不名誉な形で後世へ残ることになったであろう』
 とまでいう者さえあった。
 誰もガリルが秘かに成し遂げた作戦について語る者はいなかった。
 そのことをゴルドアも、ガリルとともに作戦に参加していたはずの人々(それが誰であるか正確なところをゴルドアが知ることはなかったが、まさかガリル本人と死んだ伝令兵のみで成し遂げたわけではなかろうことは確信していた)も、口外することはなかった。
 本音をいえばゴルドアは、
(バレるなら、バレろ……)
 と思っていた。
 自分から言いだそうと考えたこともあったのであるが、ガリルの弟に止められた。
 兄であるガリル将軍の勧めで軍人にはならず医者になっていたこの弟は、戦後秘かに彼を訪ね、本当のことを語ったゴルドアに、
「そのことは、誰にも言うな。私たちにとっても、その方がありがたい。この期に及んで君が何を言ってくれても、おそらくは兄さんが悪役にされるはずだ。
 今のアルドバドルには、英雄が必要なのだ。
 もし、償いたい気持ちがあるのならば、君は、その称号を背負い続けなさい。
 わかっているだろうが、茨の道だよ、それは……」
 と言って。
 その人も、その後数年を待たずして急な病に倒れて世を去った。
 今でもゴルドアは、年に一度はガリルの墓を訪れ、彼の遺族たちを見舞うことを欠かさない。
 何も知らないガリルの妻は、ゴルドアのそういう振る舞いが、夫の戦後の評価を多少なりとも救ってくれているのだと感じて感謝の言葉を口にし続けたものである。彼女も、数年前に他界している。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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