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ロサンゼルス・ロストシティ・21

 七章 過去・2

 まったく、それは茨の道であった。
 唯一の救いは、ガリルの遺児たちが健やかに成長し、ある者は家庭を持って子どもたちを育て、ある者は芸術家になって外国を飛び回ったりしていることだ。
 彼らもまた、折に触れてはゴルドアに手紙を寄こしたり、心のこもった贈り物をしてくる。大人になればなるほど、『国の英雄』が自分たちを『守った』のだという事実に気づかされ、感謝の念をその都度新たにしているからであるらしい。
 もっともそのおかげで、
(ますます本当のことを言えなくなった……)
 ゴルドアとしては苦笑いするしかない。
 正直なところ、自分のためには、
(バレるならバレろ……)
 という思いに変わりはない。
 別に、嘘をつくのが辛いからではない。
 ただ、指揮官としては確かに問題があったが、人間としては尊敬していたガリルが、不憫だった。
 確かに本当のことを言いさえすれば、みんなが幸せになる、というものではない。
 少なくとも、迂闊に本当のことを言えば、ガリルとその一族が、誰かの身勝手な憎悪の対象になることもありうる。
 だが、『ロンガ砦の戦い』は、ガリルの作戦で勝ったのである。その事実を、誰にも伝えられないことは、ゴルドアにとっても辛いことであった。
 少なくとも、ゴルドアだけは、自分が『英雄』でなどなかったことを知っている……。

「……はい」
 電話が鳴り、ゴルドアは過去から現在に引き戻された。
 かけてきたのは、ディデスである。
 ゴルドアはディデスを含め十名の腹心を伴って渡米してきたのであるが、その全員にすべてを打ち明けたのは、
(結局、これは汚れ仕事……)
 という自覚があったからで、その上、嘘までついて、だますようにして協力させるなど、考えただけでもうんざりしたからである。心のどこかに、
(誰かが、これを他に漏らす、あるいは、いっそ私を糾弾するかもしれない……)
 を期待する気持ちがなかったとは言えない。
 もっとも、そんな期待が馬鹿げたものであることなど、結果を知る前からとうにわかっていた、とも思う。
 ゴルドアの腹心たちは、いずれも異口同音に、
「誰にも口外しません」
 と請け合っただけであったし、一番若いディデスに至っては、
「ゴルドア閣下は、正しいことをなさったのです。ガリル将軍に対する処置に対して、あなたが気に病む必要などない」
 と涙まで流しつつ請け合ったのであるが、涙まで流して多くを語らずとも、他の九人も同じ気持ちでいるらしいことは明らかであった。
 そのディデスが電話越しに告げてきたのは、
『例の廃屋に、ユンが来ました。女も一緒です。米国人と思しき男女二人の同行も確認しました』
 である。
 ディデスは物陰からシュロンがリンダとクリスに取り押さえられる様子を見ていたのであるが、
『米国人二人は、おそらく兵隊です。あれは、素人の動きじゃなかった。……ただし、二人は廃屋内に入る気はないようで、外で待機していました』
「米軍が介入してきているのか?」
 は、言うまでもなくゴルドアにとって、ありがたい話ではない。
『さあ、そこまでは……。……しかし、そういえば、あの二人、どことなく見覚えがあります。確か私がシオウを見張っていた時、彼と仲間が活動拠点にしていた例のホテルでうろついていた人物に間違いありません』
「つまり、米軍兵たちもユンたちを見張っていた、ということか?」
『かもしれません。それも、考えてみれば何の不思議もない話です。エサルとの戦いで米軍兵が一人犠牲になったことは、ユンたちからの報告にもあったことですから』
「ブラックバーンとかいう人物のことだな」
 ゴルドアは電話片手にうなずきつつ、主にシオウから聞き出した事件の経緯を思い返した。言うまでもなく、
(連中が全てを正直に語ったわけではあるまい……)
 ということは、わかっているし、特に『彼らが、そもそも何故、当該事件に関わることになったのか』、という点については、触れることさえゴルドアは遠慮せねばならなかったのである。
 さらに、無理にその点について探ろうとしても、シオウが絶対に口を割る気がなさそうなことは明らかで、そのことからゴルドアは、
(ひょっとして……リデア王国がらみの案件だったか?)
 と推察してもいたのだが、それをディデスに向かって口に出すことはせず、かわりに、
「ところで、シュロンという人物は、どうだった? こちらの誘いに乗ってきそうだったか?」
 と話題をそちらへ転じた。
 ディデスは電話の向こうでニヤリとする気配をさせ、
『今は、まだ私のことを信用する気にはなれないようです。しかし、確実に興味は持った様子でした。
 面白い話があります。
 シュロンは、亡命アルドバドル人の息子なのだそうです。
 本人の弁によると、父は兵士だったが戦死し、本人は幼児だった頃、母親に連れられて渡米してきたのだそうで……』
「ほう」
 この話には、さすがにゴルドアもちょっと目を丸くした。その話が本当ならば、奇縁、という他ない。
 ディデスの『面白い話』は、さらに続く。
『シュロンは、クネイルを憎んで倒したがっているようです。本人の言い分は、自分はいつかアルドバドルに帰り、兵士となって戦場へ行き、父の仇を討つつもりだった、それなのにクネイルが勝手に戦争を終わらせようとしている……』
「……だから、クネイルを殺す? 要するに、シュロンという人物は狂人なのか?」
 後を引き取るようにしてゴルドアが尋ねるのに、
『狂人であることは間違いありませんが』
 ディデスは、まず、そう前置きし、
『しかし、狂人ならば狂人で使いようもあります』
「シュロンは、クネイルを本気で暗殺するつもりなのか?」
『本人は、至って本気のようです。で、この先が肝心なところなのですが、私が以上のような情報を引き出せたのも、やつがアルドバドル人であるらしいことを知ったので、試しにクネイルが今アメリカに来ていることを話題にしたからなのです。
 で、やつにクネイル暗殺の意思があることがわかったので、こちらとしては半ばからかい気味に、やるなら早くしないとクネイルがアルドバドルに帰国してしまうぞ、と言ってやったのですが、シュロンは、それに対し、自分一人では無理なことはわかっている、とこたえたのです』
「その程度の正気は保っているわけだな」
『そのようです。ただ、シュロンはその後に、早くあの人が動けるようになってくれるといいんだが、と漏らしました』
「……あの人?」
『もちろん私も、そこは突っ込んでみたのですが、シュロンのやつ、口を滑らせたという顔をして、以後何を質問してみてもこたえなくなったのですが……それにしても、おそらくシュロンは、暗殺実行に何者か協力者を得たとみて間違いないのではないでしょうか』
「エサルか」
 ゴルドアは、その悩ましい名前を口にしつつ、また過去が自分に向かって押し寄せてくるのを感じた。

 エサルの母は、要するに『リデア王国の狂人』の一人であった。
 アルドバドル人であるゴルドアに多くを知ることはできなかったのだが、リデア王国軍は味方の総司令部を急襲した裏切者を見つけることに、ほとんど成功はしたらしい。
 どうやってその捜査を逃れたのか、エサルの母は、ある日ひょっこりゴルドアを訪ねてきて、自分はその唯一の生き残りである、と告げた。
 名を、パドイア、と名乗ったが、それが本当に本名だったのかは疑わしい、とゴルドアは今でも思っている。
 パドイアとの出会いは、衝撃的だった。
 ある夜、ゴルドアが自宅で眠りにつき、人の気配に眠りを破られるようにして目を開くと、既にパドイアはそこにいたのである。
 ゴルドアの腹の上に馬乗りするような格好で膝立って。
「夜分遅くに申し訳ありません。ゴルドア閣下……」
 驚きのあまり声も出なくなっているゴルドアを見おろしつつ、パドイアはほほ笑みながらそう言い、
「ガリル将軍は、お亡くなりになったそうですね。お悔やみ申し上げます」
 と付け足したことで、ゴルドアには、目の前の人物が『リデア王国の狂人』であることがわかった。
「……どうやって、ここへ入った?」
 ゴルドアは、まず最も気になっていたことを問うた。今やアルドバドルの英雄となったゴルドアの屋敷は、首相官邸より厳重に警備されているのである。
「どのようにしてでも。……私には、入れぬ場所などございませんので……」
 パドイアは、くすりと笑ってそう言い、ゴルドアはこの質問についての答えをあきらめ、次に気になっていることを問うた。
「望みは何だ? 金か、……それとも、事実の公表か?」
 と。
 これまでのところ、リデア王国は味方の裏切りによる敗北の真相をひた隠しに隠しているようである。
 これからも公表されることはないだろう、とゴルドアは考えている。リデア王国の首脳部にしてみれば、味方の裏切りで負けたことを国民や諸外国に知られるより、アルドバドルの英雄の猛攻に負けたと思われている方が、まだしもマシなはずだから。
 そこで、ゴルドアは気づいて、パドイアが自分の質問にこたえる前に、
「ガリル将軍の作戦のことを、リデア王国側は把握しているのか?」
 この質問にパドイアは、
「知りません。これからも知ることはないでしょう」
 とかぶりを振った後、作戦遂行時の詳細や、その後のことどもを語った。
 パドイアと彼女の仲間たちは、
「生まれも育ちも、身分も違う人間たちが、王家打倒の思いだけを共有して集まったのです」
 と曖昧に表現してみせたが、これは要するに、
(ひょっとすると、軍のかなり上層部にも彼女の仲間たちがいた、ということか……?)
 だけではなく、その後ゴルドアが秘かに調べさせたところによると、王族の一人が戦後突然死亡しており、それをどこまで単純に結びつけていいものなのかどうかの確証を得るまでには至らなかったのであるが、
(王族の中にも反王家の思想を秘めた狂人がいたのかもしれないな)
 という想像がゴルドアを苦笑いさせることになるのは、しかし、この夜から後のことである。
 その時のゴルドアは、自分を見おろすパドイアの顔を見上げながら、どのような意味でも笑えるような心境ではなかった。
 パドイアは、名誉はいらないのだと言った。
「私たちは、自分たちの名誉のために戦ったのではありませんから」
 と。
「ならば、何が望みだ?」
 と問うと、
「子を、産む場所が欲しい」
 いかにも平然とパドイアがそう答えたのに、ゴルドアは心底戦慄した。
 思わず、女の腹に目をやった。
 筋骨隆々と引き締まり、その下に子どもが入っているなど信じられないような、平らかな腹を。
「まだ、見た目には現れていませんが、確かに、ここにいるのです」
 パドイアは愛おしそうに指先で自分の腹をなでてみせ、
「この子を産む場所を作っていただきたいのです。……はばかりながら、閣下、私には、そのくらいの要求をする権利は、あると存じます」
 とゴルドアの顔へ自分の顔を寄せ、ささやくように言う。
「もし、嫌だと言えば?」
 ゴルドアが、つられたようなささやきで返すと、パドイアは、
「ガリル将軍の秘めたる作戦を公表します」
 とは言わなかった。
 代わりに口にしたのは、
「腹の子もろとも、死ぬしかありません」
 という奇妙な脅しであった。
 ゴルドアは、パドイアの要求を吞むことにした。
 パドイアは確かに『狂っている』と称するしかない女であったが、不思議と賢い女だった、とゴルドアは今にして思う。
 もし、あの時パドイアが、
「お前の隠していることをばらすぞ」
 と脅していれば、ゴルドアは、その要求を拒んでいただろうからである。
 パドイアの要求を呑むにあたって、ゴルドアはこの件を軍議にかけることにした。
 軍議、とはいっても彼の腹心を数名集めて秘かに行われたもので、この場で彼は全てを話した。
 ガリルの作戦、を含むすべてを。
 腹心の部下たちは、言うまでもなく驚いた。
 しかし、彼らを最も驚かせたのは、
「その女は、我々の警備をかいくぐって閣下の寝室へ侵入したのですか?」
 という部分で、ゴルドアがガリルを独断で倒した件には、一言の感想も漏らさなかった。
 当然といえば、当然かもしれない。
 彼らは以前からガリルに対して批判的なゴルドアと意見を一にする派閥であったし、もっといえば、いずれガリルは失脚するだろうと見込んでゴルドアのもとに集まった人々でもあったのだから。
 ともあれ、パドイアが厳重な警備を破ってみせたことで、そこに集められた全員が、これが狂人の妄言と切って捨てるわけにはいかないことである、と認識するに至ったわけだが、まず問題になったのが、
「その女は、果たして本当のことを言っているのか? ひょっとして、狂人を装ったリデア王国のスパイなのではないか?」
 であったのは、当然のことであろう。
 ゴルドア自身は、
「女は完全にイカれているようだったが、嘘をついているようには見えなかった。
 もちろん、女がスパイとして送りこまれた可能性も否定はしきれないが、それだったら、もう少しマシなやり方があるのではないか」
 と口に出して指摘してみせた通りのように考えており、さらに付け加えれば、
(それが、どんな人物であろうとも、腹に子を持つ女を殺すのは、忍び難い……)
 という思いがあったので、次いで提案された、
「いずれにせよ、その女は危険人物です。祖国を裏切り敗北へ導いた上に、ゴルドア閣下の住居に潜入し直談判に及んだ。さらに……女は『ガリルの作戦』の全容を知ってしまっている。どころか、その女自身が、そんな作戦があったことの生きた証拠であるのだ。
 ここは、いったん女の要求を受け入れるふりをして罠にかけ、一刻も早く抹殺すべきではないか……」
 にも、うなずくことはできなかった。
 話し合いの中、
「閣下、ここは、閣下の口から直に国民に向かって真実を告白してはいかがでしょうか?
 正直なところ、ガリル将軍の無能と不手際は誰の目にも明らかです。我々も彼に殺されかけた……、いや、現に、我々の部下が多数、やつの無能の犠牲となったのです。
 おそらく、このことが知れても、閣下の名声に傷がつくこともございますまい……」
 と提案する者もいた。
 結局、秘密というものは、それが秘密である以上、こちらの弱味になり続けるからであろう。
 これには、ゴルドアは、
「私の名声など、どうでもよいのだ」
 と、こたえる他なかった。
「私だって、そんなことはわかっている。
 だが、そんなことをすれば、ガリル将軍の遺族たちはどうなる?
 これは、正しいとか間違っているの問題ではない。
 私は既に、彼らから、父であり夫であり兄であり、息子でもあった人を奪ったのだ。
 その上、死後の名声まで奪えば、遺された者たちの平穏な生活さえ奪わなければならなくなるかもしれないのに……」
 と、こたえる他。
 結局、話し合いの結論が出ぬまま、ひとまずパドイアを秘かに亡命させ、やがてパドイアは子を産んだ。
 その子が、エサルである。
 エサルには、いつの間にか父親ができており、その男が何者なのか、また、エサルの本当の父親だったのか、は、ゴルドアには確認できないまま、今に至っている。
 というのも、エサルが生まれて数年後、故マニアール王派の主だった者たちが、新王ルクスアウレが完全に権力を握りきる前にと焦るようにして、マニアール王の意思を引き継ぐかのような格好で開戦に踏み切り、パドイアとその夫は自ら志願してアルドバドル軍の兵士として戦場に立ち、やがて各々のタイミングで戦死してしまったからである。

『……ともかく、ロスト・シティにエサルがいる可能性は、より濃厚になってきています。
 今、クネイルが何をどこまで知っているのかは定かではありませんが、エサルをクネイルに渡さない方がいいことは申すまでもありません』
 ディデスがそう主張するのに、ゴルドアは意識を現在に戻す努力をしつつ、
「何が言いたい?」
『クネイルが、やつに会う算段を整えるまでに、エサルを消すべきです。
 それ以前の問題として。エサルは、我が国の大使館を襲撃したテロリストです。
 無論、エサルを犯罪人として逮捕するのが法的に正しい処置であることは、十分にわかっておりますが、事件はアメリカで起こったこと……。
 下手をすれば、エサルの身柄はアメリカ合衆国に引き渡されてしまう結果になるかもしれません。
 そうなれば、アドバンテージを握るのは、クネイルの方になるのではありますまいか。
 閣下、御決断の時です。
 エサルを消すのならば、今をおいて他にはありません』
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ロサンゼルス・ロストシティ』連載中。

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