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ロサンゼルス・ロストシティ・22

 七章 過去・3

「……君の言い分は、よくわかる」
 ゴルドアは即答を避け、まず、そう言った。
 次いで、
「しかし、あの時……エサルを生かす、という決断をしたのは私だ。
 そのエサルが、もしアルドバドルに災いをもたらすテロリストとして成長したならば、私にも責任はある」
『閣下……!』
「君の言うことを否定しているわけではない。ただ……私はエサルと話してみたい。話して……彼が本当にテロリストと呼ぶべき人間なのか、また、どんなつもりで駐米アルドバドル大使館を襲撃したのか、私自身が彼と直接話すことで確かめたい」
『……つまり?』
「…………」
 ゴルドアは、ディデスが先を促すのに、沈黙を作って束の間考え、やがて、
「君は引き続き、エサルを……彼がいると思しき廃屋を見張っていてくれ。できれば、彼がそこにいることを確認しておいてほしい」
『……承知しました。やってみましょう』
 ディデスがうなずく気配をさせるのに、ゴルドアも電話片手にうなずいて、
「それから……シュロンのことだが、彼のことも仲間に巻きこめるよう、本格的に働きかけてみてくれ。
 彼はアメリカ育ちのようだがれっきとしたアルドバドル人だし、何よりも、我々と敵を同じくする同士でもあるようだからな」
『…………』
 今度は、ディデスが沈黙した。
 ゴルドアは、構わず言葉を継いだ。
「彼を……クネイルのそばまでは、連れて行ってやろうじゃないか。その先、彼が己の悲願を遂げるか否かは、彼自身にかかっていることとして……」

     *

 シオウ及びシン及びアレックスは、無人であるはずの『ラトンの家』の中から不審な物音がしたことを悟ると、手分けして、音のした辺りにある部屋の窓と、凪たちから聞いていたトイレの小窓へ向かった。
 まずアレックスが玄関から入り、次いでシンが居間の窓へ顔をのぞかせると、その窓から外へ出るべきか迷っていたらしい中にいた侵入者は、身をひるがえして玄関方面へ向かおうとした。
 言うまでもなく、そこにはアレックスがいたのであるが、侵入者はそれに気づくとトイレの方へ逃げ去った。
 トイレの小窓、を眺めていたシオウは、ほどなく、そこから顔をのぞかせた女と対面することになった。
 シオウは、上半身だけ体を窓の外に出した女に銃口を向け、
「申し訳ないが、そこから出てくる前に君が持っている武器をこちらへ放ってくれないか」
 と話しかけると、女は宙ぶらりんのような姿勢のまま器用に首をすくめ、
「……武器は持っていないわ」
 と、こたえたが、一瞬後、アレックスがトイレに到着し、素早く女の携行している武器を奪った。
「シオウ、オーケーだ」
 というアレックスの声に、シオウは、
「話は、中で聞くよ」
 と女に向かってほほ笑みかけた。

 凪たちがいれば、女の正体は、
「あ、アルドバドル大使館の……!」
 と顔を見るだけで、すぐにわかったであろうが、あいにくシオウたちはテレスとは初対面であった。
 数日前、ラトンがそこで死んでいた居間へ入ると、テレスは三人の顔を見比べた後、主にシオウに向かって、
「あなたたち、何者なの?」
「それは、こっちのセリフだ」
 と応じたのはアレックス。
 ついでに警察手帳を出してみせながら、
「この家は、殺人事件の現場なんだ。あんた、ここで何をしていたんだ?」
「…………」
 テレスは再びシオウの方に目をやり、
「あなたたちも警察なの?」
「いや、俺たちは探偵の助手だ。故あって警察の方にご協力をあおいでいて……」
「探偵?」
 とテレスの目がきらりと光ったことが、アレックスにもわかった。
「じゃ、ひょっとして、あなた、凪の……?」
「…………」
 シオウは思わずシンと顔を見合わせた。
「ひょっとして、あんた、大使館の……?」
 シンと顔を見合わせた後、アレックスのもの問いたげな視線を避けつつ念押すように確認すると、
「テレスよ」
「…………」
 シオウは再びシンと顔を見合わせた。
 その名と彼女が何者であるかは、既にユンたちから聞かされている。
「それで……テレス、君は、ここで何をしていたんだ?」
 彼女に関する情報を脳裏に並べつつ、改めてそれを問うと、テレスはこたえる代わりに横目でアレックスを見た。
「彼のことなら、気にしなくていい」
 そのことについては彼女と同じくらい気にはなっているシオウは、アレックスの方に顔を向けてそう請け合った。
「アレックスは、いま、職務を離れたところで俺たちに協力してくれているんだ。警察は既に、この家で起こった殺人事件について捜査の中断を決定しているから」
 そうだよな? と念押すようなシオウの視線にアレックスは首をすくめて、
「その通り。まさか、あんたが犯人だったとして、俺が無理矢理逮捕しても起訴するところまでは持って行けないだろうな。ついでに言えば、俺は正義感を理由にあんたらの秘密を公に暴露して満足感に浸るような趣味はない。
 要するに、俺は、ただ真実が知りたいだけなんだ」
 と請け合った。
 テレスは束の間アレックスをじっと見て、
「……変わった刑事ね」
「署内でも、そう言われてる。ついでに、そのせいで、しばしば上から叱られる」
「…………」
 アレックスの軽口に無言で肩をすくめたテレスは、でも、とりあえずは彼を信用することにしたらしい。
「……探してたの。やつ……この家の住人が隠していたかもしれない証拠を」
 テレスのこたえに、アレックスは小さくうなずいて、
「ああ、じゃあ、俺たちと同じだな。この家の住人は誰かを恐喝してたって話だが……?」
「その通りよ。だけど、その恐喝の内容を、もし何らかの形で記したものがあったり、その証拠みたいなものがあるのだとしたら……私は、ぜひ、それを手に入れたいと思うの」
 テレスは、そこで言葉を切ると、じろりとアレックスをにらんで、
「本当は、警察の手で、それを見つけ出してくれるんじゃないかって期待してたのよ。でも、そんな気配、少しもなかったし……」
 まるで警察の不手際のせいで自分が不法侵入を犯さねばならなかった、と言わんばかりの口調である。
 アレックスは、また首をすくめて、
「ご批判は甘んじて受け入れるよ。言い訳させてもらえるなら、こっちはこの家に住んでいたじいさんが実は恐喝者だったなんて知らなかったから、強盗の線で捜査を始めかけてたんだからな
 しかし……、とすると、どうやらあんたは、ここで死んだ恐喝者のネタを横取りして、気の毒な恐喝被害者の秘密を暴露しようとしている……ということでいいのかな?」
 とシオウのことも横目でチラ見しながら、厳しい口調で決めつける。
 テレスは、それに冷ややかな声で応じた。
「それは……相手の出方によるわね」
 と。
 アレックスは、ますます表情を険しくし、
「出方による?……つまり、あんたも相手を恐喝するつもりか?」
「悪く言えば、そういうことになるかもね。でも……」
 とテレスは言葉を切って、一瞬シオウに目をやり、その視線をすぐにアレックスに戻しつつ、
「私たちが相手に要求するのは金銭ではない。我が国の……政界からの退陣よ。詳しくは言えないけど、これは一種の政治闘争なの。そして……私たちが勝つことが、我が国の未来をよくするの。……少なくとも、私はそう信じているわ」
「……なるほど?」
 アレックスはテレスに向かってうなずき、次いでシオウを見ると、
「道理で……捜査の中断を余儀なくされたわけだ」
 と、ニヤリと笑った。
「要するに……あんたのボスの依頼人ってのは、けっこうな大物なんだな?」
「まあな」
 シオウは仕方なく肩をすくめ、
「実は、うちのボスは知る人ぞ知る名探偵なんだ。名は明かせないが、いろんな国のV.I.P.の顧客を少なからず抱えているよ」
 と、ついでに、はったりもかましておくことにした。
 ともあれシオウは、テレスの方へ向き直り、
「ちょっと聞いておきたいんだが、あんたのボスは……例の人の秘密を知った場合、即座に公表に踏み切るつもりなのか?」
 と問いただした。その目は探るようにテレスを観察している。
 言うまでもなく、「あんたのボス」とはクネイルのことを指し、「例の人」はゴルドアのことを指すのであるが、テレスはこの質問に首をすくめ、
「そもそも内容がわからないんだから、どうとも答えようがないんだけど」
「しかし、あんたはさっき、俺たち警察がそれを発見して公表するのを待っていた、という風なことを言ったじゃないか」
 と横合いから厳しい声で問い詰めたのは、アレックス。その目も疑い深げにテレスを見ている。
 テレスは、また首をすくめて、
「それは、最悪一か八かの話よ。……そうね、もう少しわかりやすく説明すれば、もちろん私たちとしては、その……例の人の秘密を私自身の手で秘かに入手して、それをどう扱うかコントロールできるのが、ベスト。
 要するに、私たちが、相手とタイミングと手段を選んで公表するのと、我が国の政治とは全く無関係なアメリカの警察が、ひとまず手に入れた事件の情報をマスコミを通じて利害の意図なく公表したことが、我が国の国民たちの耳に『偶然』入るのとじゃ、結果に大きな差が出るわけ。……あなたには、わかると思うけど?」
 とシオウに顔を向ける。
 無論、シオウにはテレスの理屈は、よくわかる。予想の範囲内、というより、期待通りといってもいいほどだ。
 だが。
「…………」
 シオウは、ちょっとテレスをにらんだ後、アレックスとシンに目配せしてから、
「……まあ、お互い同じものを探しているんだから、ここは一緒に協力して探そうと言いたいところだが……」
「……ところだけど、何?」
 と先を促すテレスの口調は、やや挑戦的である。
 シオウは、その挑戦を受け流すように肩をすくめ、
「もし何か見つかった場合、それはこっちの手に渡してもらう。といっても、君のボスが、すなわち俺たちのボスの依頼人なんだから、結果は同じ事だ。ただ……成果、という話があるからな。俺たちのボスの手から、そいつを渡してみせるってことが重要なんだ」
 と口調を気軽な感じに装って言ってみる。
「……嫌だと言ったら?」
 テレスは、そう口答えしつつ苦笑いしている。この状況で、わがままは言えないことはわかっているらしい。……ついでに言えば、シオウたちが所詮は手柄を欲しがっている雇われ探偵である、と認識し、そのことに安堵しているようにも見えた。
「その場合、シンと一緒に外で待っていてもらってもいい」
 とシオウが肩をすくめてみせると、
「言っておくが、俺は職務外活動中とはいえ現役刑事だ。妙な考えは、起こさない方がいいぞ」
 とアレックスも調子を合わせてきたので、テレスはまた苦笑いし、
「オーケー、それでいいわ。……でも、探したって本当に何もないかもしれないわよ。ラトンのやつ、全てを自分の中だけに留めてくたばったのかもしれない。
 そうであってもおかしくないかも、て私も思い始めてたとこ。うちのボスはラトンに一銭も払わなかったけど、例の人は、あいつにかなり払ってたみたいだから……」
 地獄の沙汰も金次第、というべきか。

 テレスの推測はともかく、しかし、念のため総出で探し物をしつつ、シオウはアレックスにラトンの正体と彼を挟んだ首相と英雄のバトルについて語った。
 シオウが語り終えると、アレックスは小さく口笛を吹き、
「なるほど。……確かに、その事件じゃ、俺たちアメリカの警察の出番はないな」
 と言った後、少し声をひそめ、
「しかし……あんた、あの女をどう思う?」
 とテレスの方を横目で見る。
 テレスはシンとともに台所の方を漁っている。
 シオウはアレックスの真似をしてテレスの方に目をやってみせ、内心で、
(どうやら、アレックス、俺と同じことを考えているらしいな)
 と考えつつ、
「あの人は……たぶん、自分が信じていることのためならば何を犠牲にしても許される、と考えるタイプのようだな」
 と控えめな表現で指摘してみせた。
 テレスと話しながら、ふいにシオウの脳裏をよぎった想像がある。
 それは、ラトン死亡時の、あくまで想像の話だ。
 想像の中で、まずラトンは食事をとるためにピザ屋に出前を頼む。このとき、彼は、自分の身に危険が迫っているなど、思いもよっていない。
 一方。
 テレスは、おそらく焦っていたはずだ。
 テレスがユンと凪相手に語ったところによると、彼女こそがクネイルとラトンの間の連絡を取り持っていたのだという。
 テレスにしてみれば、ゴルドアが渡米しラトンと会い、何か証拠の品を完全に自分の手のうちにおさめてしまう前に、ラトンからそれをもぎ取っておく必要があったのだろう。
 さらに、先ほど彼女自身が漏らした言葉から察するに、どうやらラトンは、当初自分に指令を出したクネイルより、ゴルドアの方になびいていたのではないか。
(原因は金か……、いや、もしかすると、秘密の内容のせいかもしれない……?)
 真相はわからぬが、いずれにせよ、テレスは……いや、ひょっとすると、クネイルも、ラトンに見切りをつける決断をした。
(しかし、テレスは、プロの殺し屋ではない)
 それでもテレスは、自分の手で始末をつけることにしたのではないか。さっき自分で言っていたように、一か八かアメリカの警察の手からゴルドアの秘密が明らかになることを期待して。
 たぶん、彼女が決断を実行に移すことは、簡単なことだっただろう。
 テレスは、そもそもラトンとは知り合いだったのだから、彼女が行けばラトンは自宅のドアを自分から開くに違いない。
 そして、ラトンがドアを開いた瞬間に、テレスの銃が火を吹いた。
 彼女にとって、思いもよらぬ出来事が起こったのは、その直後だった。
 ピザ屋が、ピザを配達してきたのだ。
 普通に考えれば、死体を置いて自分はいったん身を潜め、ピザ屋が去ってから改めて逃げればいいことくらいわかりそうなものだが、プロの殺し屋ではなく、おそらく生まれて初めて人を殺したことで、テレスはその時逆上しており、焦って死体ごと居間へ隠れた……。
 以上の想像を、大差なく脳裏に思い浮かべているらしいアレックスは、小さくうなずき、
「どうやら、この家で死んでいたのはクソ野郎だったようだ。しかも、俺には……サンフランシスコ市警には捜査権もない状態だ。
 だが、殺人は殺人じゃないか。
 クソ野郎ならば勝手に殺してもいいのなら、司法は崩壊するしかないし、俺たちは法の番人なんだ。
 何より……犯人が目の前にいるのに、逮捕できないのは悔しい」
「わかるよ」
 シオウは心からの同情をこめてうなずき、
「……後で電話番号を教えてくれたら、任務終了後に結果を報告するよ」
 と精いっぱいの慰めを口にした。
「いま、教えとくよ。きっとだぞ」
 アレックスは、ニヤリと笑い、本当にシオウに電話番号を教えた後、
「ところで、俺、妙なニュースを思い出したんだ。いつだったか忘れたが、とある男が古道具屋でソファを買ったら、中から大量の現金が出てきたってニュースだ。そのソファをもともと所有してた老人が、中にへそくりを隠してあるのを忘れて、うっかり売り払っちまった、てのが真相だったそうなんだが……」
「……試してみるか?」
 とシオウが応じ、ナイフを取り出した。
 正直なところ、二人は冗談半分の気持ちで居間の窓辺に置いてある一人用のソファの座面の端を切り取った。
 切れ目から手を入れて中を探っていたシオウは、指先にビニールの感触を得て、それをそっと引っ張り出した。
 透明なビニール袋の中に、折りたたまれた紙。
「中身は?」
 いつの間にかそばに来ていたテレスに促され、紙を開くと、そこには何らかの送金記録が、ずらりと並んでいた。
「ずい分古い記録みたいだな。送り主は『ガリル』、送金先は……『リデア王国』の銀行らしいが……」
 シオウは説明しつつ、テレスの様子を観察した。
 テレスは無言であったが、何か心当たりがありそうなことは一目瞭然であった。
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プロフィール

ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ロサンゼルス・ロストシティ』連載中。

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