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ロサンゼルス・ロストシティ・23

 八章 悪い仕事・1

 ロスト・シティからロサンゼルスへ戻った時には、既に早朝に近い時刻になっていた。
 道中、クリスが、
「で、話は、ついたのか?」
 と気軽な口調で問いかけてきたのを除いては、それ以上の詮索はされなかった。
 クリスとリンダに向かっては、うなずく以上の返事はできなかったが、話はついた、といっていいだろう。
 エサルをロサンゼルス市内に移動させるのである。
 その決行は翌々日。
 間に一日おく理由は、無論動けないエサルを動かすためには、それなりの諸準備が必要なせいでもあるが、
「シュロンが敵にチクって、敵が俺たちに対する行動のための準備をするのを待つ必要がある」
 とサミーが主張したのにもよる。
 この場合、エサルをより安全な場所へ移動させることも重要であるが、ゴルドア側の人々を様子見の状態から動かす、ことの方を、ユンもショージも、より重要視しているらしい。
「まあ、どうせ殴り合いになるんなら、相手に先に殴らせとかんと、こっちの分が悪くなりますからな」
 と首をすくめたショージの弁が、その主だった理由であるようだ。私は……できれば殴り合いには巻きこまれたくねぇな、と思ったが、無論ショージの言う意味はわかっている。
 ゴルドア側の人々、というのは要するにアルドバドルの正規軍の人々で、さらには自国の大使館が襲撃された事件の捜査中という名目があるのに対し、こちらはその主犯である、とされるのだろう、エサルを連れて動かねばならないのである。
 確かに私はクネイル首相から依頼を受けて仕事をしているが、それは彼が首相としてではなく個人的に頼んできた仕事だ。
 間違いなく、そもそもこちらの分が悪い話なのである。
 ちなみに、
「シュロンは、ほんとにチクると思う?」
 と首を傾げたのには、
「チクるさ」
 サミーが確信をもって請け合った。
「あいつは、リンダとクリスにボコられて、頭にきているはずだ。その腹いせに敵さんとつるもうとするんじゃねぇかな。あいつは、そういう男だよ」
 と。
 しかし、計画を実行に移すには二つの問題点がある。
 一つは、サミーである。
 サミー自身は、
「エサルをロサンゼルスへ連れていくなら、俺も全面協力するぜ!」
 と張り切っているのだが、
「……でも、リンダとクリスがいるよ?」
 である。もし、今後、ゴルドアたちと全面抗争に入るのならば、米軍所属の兵士であるリンダとクリスは、私たちにとって、かなり重要な存在となる。
 もちろん、どの道、エサルをなるべく彼らに会わせたくない、という事情もあるにはあるのだが、肝心のエサルが自発的に身動きが取れない状態なので、たぶんサミーに色々がんばってもらわねばならないことになるんじゃないかと思われるのだが、
「もう、あきらめて会う決心はついたの?」
 と期待を込めて問うと、
「まあ、見てな。うまいことやってみせるから」
 サミーは、にっと笑ってそう言い、でも、どううまいことやるつもりなのかに関しては、何の説明もしようとはしなかった。
 問題点の二つ目は、
「しかし……エサルをロサンゼルスのどこに隠します? まさか自分で歩けないような重傷者を担いで、まっとうなホテルに入るわけにも行きますまい」
 とショージが首を傾げて指摘した点。
 そんなことをすれば、まず間違いなく通報されるだろう。
 その点については、トリッキーという意味ではサミーに勝るとも劣らないユンが、
「……そうだ、サギヤマの家に行こう!」
 と、さもいいことを思いついた、という風に言ったので、
「えぇっ?」
 私は驚きの声をあげねばならなかった。
 サギヤマさんは、ユンにとって直属の上司ではないが、それでも上位幹部にあたる人だ。
 確かに彼からは、
「厄介なことになりそうなら、速やかに報告するように」
 と言い渡されているが、それは彼自身が厄介事から己が身を守るためである、とも釘を刺されているのである。
 それなのに。
(テロリスト、という響きだけでも厄介なエサルという渦中の人物を、いきなり連れて行くような真似をして、大丈夫なのだろうか?)
 と思いつつ、
「……そんなことして、私たち、サギヤマさんに殺されない?」
 と確認してみると、果たして、
「その可能性は否定しきれないが、しかし、他にいい場所も思いつかない」
 とユンは、しれっとのたまい、さらに、
「第一、サギヤマの家はドラッグストアだ。怪我人を連れ込むのに、こんなうってつけな場所もないはずだ」
 と付け加えたが、私は……そのドラッグストアの店長に殺される危険性があるのなら、何一つうってつけなわけはない、と思った。
 ともあれ。
 ひとまずは、ユンの提案通りにしてみることで決まった話を、リンダとクリスには告げることなく私たちはホテルへ戻ったのである。
 どっと疲れた私は、部屋に入るなり、ほとんど倒れこむようにして眠り込んでしまったのだが、私が寝ている間にユンはシオウと連絡を取ったらしい。
 だから私は翌朝、シオウたちがサンフランシスコでラトンが隠していたゴルドアの秘密に関する資料と思しきものを見つけたことを聞かされたわけだが、
「ガリルって誰?」
 と問うと、
「ゴルドアの前にアルドバドル軍の将軍だった人だ。確か、ゴルドアを抜擢して自分の補佐官にしたのも彼だったはずだ」
 とユンが即答してみせたのは、さすが蛇の道は蛇、というべきか。
 しかし、資料によれば、そのガリル将軍は、アルドバドルとリデア王国が激しく争っているときにリデア王国に秘かに金を送っていたのだそうだ。
「要するに、その人、内通者か何かだったのかな?」
 という私の単純な推測に、
「いや、そういうことじゃないと思う。それだったら、ゴルドアが隠す必要がない」
 とユンは、きっぱりと首を横に振った。
「でも、ひょっとしたら、ゴルドアも一緒に裏切っていたのかも……?」
 私は眉をひそめつつ、さらに単純な推測を付け足したが、そもそもゴルドアたちアルドバドルが結局勝ちをおさめたことを考えると、結果と嚙み合わない推理であることは明らかである。ユンも眉をひそめつつ、
「しかし、あの戦争でガリルは戦死したということだし、ゴルドアは大きな戦果を挙げて国の英雄にのし上がっているんだ。
 そもそも、二人の人物像からして、敵国に内通など、ありそうもない」
 ということらしいので、その線は消えた、と考えてよさげである。
 さらに、
「そこに、エサルが、どう絡んでくるんだろうね」
 私はエサルの正確な年齢を知らないが、印象判断で、ガリルの送金記録のあった時期は彼が生まれる前のこと……であるように思われる。
「さあ、な」
 エサルの件に関しては、ユンは曖昧に首を傾げただけであった。
「…………」
 私はユンを無言でちょっと見つめた。どうやら彼が既に、とある答えにたどりついているのではないか、と思えて。
 しかし、ユンはそのことに関しては一切説明しようとせず、かわりに、
「それはともかく、シオウが、問題の送金記録を写真に撮って送ってきてくれているんだ。一応俺たちとしては、これをクネイルに見せないわけにはいかない。
 かといって、リンダとクリスを連れていくわけにもいかない。
 そこで、だ。
 俺が一人でワシントンD.C.に行ってくるから、その間、凪はロサンゼルスで二人を引きつけておいてくれないか」
 と言い出した。
 ちなみに、
「シオウとシンは?」
「ラトンの死体とゴルドアから預かった各種検体の照合の結果が、ある程度出てから戻ってくるって。でも、いましばらくはゴルドアに張りついていてもらうことにした。こちらがガリルの送金記録を見つけたことについては秘密にしておく必要があるし、それに、もう少しゴルドア相手に時間を稼いでおきたいからな」
 だそうで、要するに二人と合流するのは、もう少し先のことになりそうである。
「俺もなるべく大急ぎで戻ってくるつもりだが、もし、間に合わなかったら、後は頼む」
 とも。
「まあ、やれるだけはやってみるよ」
 私は、そう肩をすくめておくことにした。
 言うまでもなく頼まれたのはエサル移送の件のことであろうが、……たぶんその場合メインでがんばるのはショージ、ということになるのではなかろうか、と思って。……まあ、私も私なりにがんばらねばならないのではあるが。
 ともあれ、大変なのは、その先であった。
 リンダとクリスの目を盗んで、ユンをロサンゼルスから脱走(?)させねばならないからだ。
 ちなみにクネイル首相は、未だワシントンD.C.にいるのだそうで、ユンが電話で直接見せたい資料が手に入った旨告げると、時間を空けて待っている、と請け合ったのだそう。
 というわけで、ユンは一計を案じた。
「凪、たぶん、いま、ロビーか出入り口付近にクリスかリンダがいて、俺たちの動きを見張っていると思う。
 だから、凪が一人で先に出て、囮になって、あちこち動き回ってくれないか? 俺は、その隙にホテルから出て空港に向かうから」
 という一計を。
 十分後。
 私は慣れないサングラスにスカーフで頭を覆った、いかにも『これから人目を忍んで出かけようとしていますよ』と言わんばかりの格好で、ホテルのロビーに立った。
 言うまでもないことだが、この格好の発案者はユンである。
 いわく、
「クリスやリンダが、凪を見て即座に『こいつは怪しい』と思って尾行したくなるような格好で行くべきだ。……でないと、『凪が普通に一人で買い物か何かに行こうとしている』と思われてスルーされるかもしれないからな」
 ……だそうだ。
 要するに……私は、相当なめられているのだろうか。
 それはともかく、普段しなれない格好の私は、サングラスをちょいとずらしてロビーにリンダの姿もクリスの姿もないらしいことを確認すると、ぎくしゃくと出入り口の方へ向かって歩いた。ぎくしゃくとした動きになっているのは、自分が見るからに不審な格好をして歩いていることを自覚しているからである。
 私はひとまずホテルから出て、そこでもサングラスをずらしてリンダかクリスがいないか探してみたが、やはり、どちらの姿も見つけることはできなかった。
 それでも構わず再び歩きだしたのは、そうせよ、とユンから、あらかじめ言い渡されていたからである。
 いわく、
「相手は、プロだ。凪にうっかり見つかるようなヘマはしないだろう。むしろ、相手の姿が確認できない状態ならば、逆に尾行されていると思った方がいい」
 ……のだそうだ。
 ちなみに、
「……この格好で行って、私ってわかる?」
 とサングラス&スカーフで、ほぼ顔の隠れた状態である自分を鏡の中に見ながら顔をしかめて(というのも、このような格好で外に出たくなかったからだが)問うと、ユンは自信たっぷりに、
「わかる」
 と請け合った。
「顔は見えなくても、全体の体型や歩き方、ちょっとした仕草やなんかで、リンダもクリスも凪のことを見抜けるはずだ」
 と。
(……しかし、どうも、私は今、普段通りではない歩き方をしているような)
 相変わらず、ぎくしゃくと歩きつつ、ついでに自分の背後をチラ見しつつ(ちゃんと尾行されているのか、どうしても気になって)、私は突然そんな不安に駆られた。……おかげで、ますます動きがぎくしゃくしてきたことが、自分でもわかった。
 この有り様では、リンダやクリスが私を私と見抜けず、ただただ変な人が歩いているとしてスルーされてしまうのではないか。
(……ああ、もう、いいや。別に尾行されなくったって、私だけのせいじゃないやい。こんな無茶ぶりしたユンも悪い。ユンも!)
 結局私は、そう居直ることにして、見るからに怪しい格好のままロサンゼルスの街を、ひたすら練り歩いた。
 まあ……ヤケクソの上にヤケクソを重ねれば、人間、存外何でもできてしまうものである。

     *

 ちなみに、凪は気づかなかったが、ユンはクリスがロビーにいたのを、ちゃんと確認していた。
 そのクリスが、変装している上に緊張感をみなぎらせて歩く凪の姿をすぐに発見し、
「怪しすぎるだろ!」
 と言わんばかりの勢いで、彼女を尾行し始める様子も。
(すべては、計算通り……)
 クリスの背中が消えていくのを見送り、さらに、リンダの姿もそこら辺にはないことも念のため確認すると、ユンは一人、悠々とホテルから出た。
 出たところで素早く周囲を確認したのは、ゴルドアの手先であるアルドバドル軍兵士も、その辺にいるかもしれないと考えたからだが、それらしき人影はないようである。
(はなからゴルドアは、俺たちを見張る必要はない、と手先を寄こさなかったのか、それとも、見張っていたが凪……というよりも、もしかするとクリスの動きにつられて、そちらを尾行しているのか……)
 両方の可能性が考えられる、とちょうど停まっていたタクシーに乗りこみつつ、ユンは思った。
 というのも、シオウにはゴルドアから命令を受けたと察せられる尾行者がついていたことが確実で、そいつは、おそらく既に、こちらがロスト・シティにエサルを隠していることを知っているのではないか、と思われるからである。
(つまり、ゴルドアにしてみれば、俺たちを尾行させるよりエサルをどうにかする方に人員を割きたかった……?)
 のかもしれない。
 一方、逆に尾行はちゃんとついており、でも凪……を尾行するクリスを追って行ったのであるならば、
(ゴルドアは、俺たちがリンダとクリスを連れていることを……そして、二人が米軍兵であることを、知っている……?)
 ということではないか。
 もし、先日リンダとクリスも連れてエサルに会いに行った際、あの廃屋をゴルドアの手先が見張っていたのだとすれば、リンダたちがシュロンを取り押さえる様子を見ていたかもしれないし、ならば、二人が特殊な軍事訓練を受けた人間であることを、容易に悟るはずである。
(つまるところ……ゴルドアとしては、俺たちより米軍兵の方が気にかかる……?)
 であっても不思議ではない、とユンは考えた。アメリカの介入は、クネイルのみでなく、ゴルドアにとっても避けたい事態であろう。
 何せ、話はアルドバドルのトップ二人による政治闘争なのである。
(俺たちの任務は、基本的にはクネイルを当面の戦いに勝たせること……)
 それは、ユンにとって、単純に『早い者勝ち』ということでしかない。
 たまたま先にクネイルの依頼を受けた。
 だから、たまたまゴルドアと敵対することになった。
 それだけの話でしか。
(しかし……強いてもう一つ理由をあげるとするならば、ともかくも平和路線を推進するクネイルに内心反対であるらしいゴルドアに、もし味方した上に勝たせて、さらに先々アルドバドルに再び戦争が起こってしまった場合、俺たちの立ち場は微妙なものになるだろう……)
 傭兵斡旋を通じてもアルドバドルと関係がある以上、ユンとしては、これは無視できない問題である。
 もっとも、細かい話をしてしまえば、
(だが、実のところ、俺たちという存在や傭兵部隊を重要視しているのは戦争に関しては素人のクネイルであって、軍事顧問のゴルドアの方は、さほどでもないのだ、とツッコむこともできなくはない……)
 のが現実の話であったりもするのだが、ユンたちの世界、をも含める世間、というものは、そんな複雑な事実など見て見ぬふりをするものである。
 本音をいえば、ユンは別にクネイルが勝とうがゴルドアが勝とうが、どちらでもよい。
 その結果、アルドバドルがどのような運命を迎えるにしても、ユンや彼の仲間たちには傍観者であること以外の選択肢は与えられていないのである。
 一方、
(ゴルドアを首尾よく失脚させて、クネイルを勝たせたとして。さらに、クネイルがその後どんなにうまくやろうと、建国以来続いている戦争、というものが、本当におさまるものなのかどうか……)
 という懸念もある。
 残念ながら、これまでのアルドバドルは、リデア王国の王家の支配からの独立、という部分に大きなアイデンティティをもって成立してきた国……であるとユンは見ている。
(いずれにせよ、どんなオチがついたところで、大変なのはその先、だ……)
 ユンは首をすくめつつ、携帯電話を出して、シオウが写真にして送ってきたガリルの送金記録を改めてチェックした。
 この記録に加え、エサル、という実はリデア王国人であるアルドバドル人の存在、及び、そのエサルの名につられるようにして渡米してきたゴルドア、を脳内に並べたててみる。
 それらのピースを組み合わせ、ユンは、とあるこたえを脳裏に思い描いた。

     *

 交代で仮眠をとっていたショージが目を覚ますと、室内に見知らぬ男がいた。
「……誰じゃい?」
 と思ったことを口に出しつつ身を起こすと、
「サミーだよ。……ほんと、言われなきゃわかんないよね」
 と笑いの余韻を噛み殺すような声でこたえたのは、アレハンドロ。ちなみにアレハンドロとエサルは、ショージが仮眠に入った後、
「ちょっと支度してくるわ」
 と言い置いて出て行ったサミーが、見違えるような格好で帰ってきたのを見て、ひとしきり爆笑し終わったところである。
 さらにちなみに、ショージは、人が入ってくる気配と二人の笑い声で目を覚ましたようなもので、それ以前の問題として、サミーがいったん出て行ったことも眠りの隙間にちゃんとチェックしており、だから、そこにいる『とてもサミーには見えない』サミーがサミーであることはアレハンドロの説明を待つまでもなくわかっていたのであるが、それでも、
「……誰じゃい」
 と、あきれ声でつぶやかねばならぬほど、目の前のサミーはサミー離れしていた。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ロサンゼルス・ロストシティ』連載中。

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