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ドバイ・イミテーション・6

 二章 再会・2

(ひょっとして、エサル……?)
 という思わぬ形で関係が深くなったテロリストまがいの傭兵の名を、しかし私は、ここで口にすることは避け、
「そういえば、ロドトスは、どうしてるんですか?」
 ラスベガスで戦った相手の消息を尋ねてみる。
「いまのところ、大人しくしているようです。どうやらアメリカ留学をしたがっているらしく、学業そっちのけでバイトしまくっていて留年しかかっているのだそうで。……まあ、彼のご両親の収入と学業の成績を見れば、王族からの留学支援金が望めるに違いないのですが、彼にそれを受け取る気はなさそうで……」
 セロ王子は微苦笑を浮かべて、すらすらと説明する。
 ロドトスも、相変わらず元気らしいが、やはり王室からの監視がついた状態で生活しているようである。
 まあ、リデア王国民主化の是非は別にして、
(ロドトスがアメリカで、また妙なことを考えついて、その話がこっちに回ってこなければいいんだけど……)
 と秘かに危惧する私を尻目に、セロ王子は本棚の本をせっせと動かし、
「これで、よし」
 ひとしきり本を出したりしまったりした後、満足げにつぶやいた。
「こうしておけば、この次にここへ来たとき、リッヒ姉上がまた来たかどうかわかるはずです」
 ……やはり、そのためのいたずらであったか、という点に関しては、相手がセロ王子であるだけに特に意外でもなかったのだが、
「リッヒ姉上、この本棚を見た瞬間に激怒するでしょうねぇ」
 と楽しげにつぶやいたところをみると、しょうもないいたずらの方も、それはそれでマジにやっているようである。
「リッヒ姫のこと、お嫌いなんですか?」
 つい私が、眉をひそめると、
「そんなことはありませんけど、リッヒ姉上は僕のこと、あんまり好いてはくれていませんね。たぶん、僕がリシア姉上と仲よしだからでしょう。……だから、まあ、こういう形でさりげなくコミュニケーションをとって、少しでも距離を縮めていこう、と」
 私は……それは、たぶん逆効果なんじゃないだろうか、と思った。

     *

 セロ王子が凪とユンをつれて別荘に行っている頃、リッヒ姫は砂漠地帯にいた。
 デザート・サファリなる砂漠を利用した観光アトラクションに参加するため……ではない。
 エサルは砂漠地帯にいるらしい、という情報を仕入れたからである。
 情報源は言うまでもなく、先日ようやく見つけた『エサルを知る男』で、腕のいい情報屋でサラーという名のアラビア人である彼は、普段はスーク(市場)でスパイスの店を営んでいる。
 サラーは最初、
「エサルに連絡を取っておいてやる」
 と請け合い、また、実際にエサルに連絡を取ってくれた様子なのだが、今日リッヒ姫がそのことについて確認に行くと、
「エサルは砂漠地帯にいるそうだが、いまは休暇中だから、仕事の話はしたくないと言っている」
 と(リッヒ姫からすれば)話が変わっていた。
(王族の私が仕事を頼めば、エサルは、すぐに食いついてくるはずよ)
 と、うぬぼれも含めて思いこんでいたリッヒ姫は、内心で大憤慨し、一瞬エサルに連絡を取ってもらうためサラーに渡した大枚の手間賃をもぎ取り返してやろうか、と考えたのであったが、同行していたトランに止められた。
「しかし、大まかに、であれ自分の居所を示したところをみると、相手の本音は別の所にあるのではないでしょうか」
 と指摘して。
(それもそうかもしれないわね)
 砂漠を使った観光ツアーを運営している会社に半ば無理矢理借りたラクダにまたがりつつ、リッヒ姫はやや冷静さを取り戻して、トランの指摘について考えた。
(テロリスト、などという危険な仕事をしているエサルは、常に自らの身も危険にさらされているような状態に違いない。少なくとも、会いたいと請われて、即座にのこのこと姿を現すようなヘマを、するはずがなかったかもしれない……)
 エサルの腹中をそう読んで、その用心深さに、むしろ手応えを感じた。
(おそらく、エサルは、いま、どこかから私を見ているのじゃないかしら……?)
 さらに、そう考え、我知らずリッヒ姫は背筋を伸ばして胸を張った。
 既に自分は、相手を釣り上げるためとはいえ、自分が王族の者であることを名乗ってしまっている。
 まだ見ぬエサルに侮られるような振る舞いはできない、と思う。
 誇り高く、堂々とした姿をみせねば……。
 ……と考えているリッヒ姫を、確かに『エサル』が見ているのだが、リッヒ姫には想像もつかぬことながら、もう一人、彼女を見張っている男がいた。
『バナナはデザートですか』ティーシャツ(背面には、『ティラミスは完全にデザートです』と書かれている)を着たサイレンスである。

     *

 ジューダスから、
「凪たちを手伝うように」
 という、ここ最近恒例となっている指示を受け、ドバイ入りしていたサイレンスは、リデア王国の王族所有の別荘が無人であるのを確認した後、
(ひょっとすると……リッヒ姫はセロ王子が追ってきているのに気づいて、別荘のある海沿いとは真逆の方向にある砂漠地帯に行ったのじゃないか)
 と思いつき、どうせ次の具体的な指示が来るまですることがないのをいいことに、各リゾートホテルの周辺やラクダ牧場(観光客を乗せたり一緒に写真を撮らせたりするために飼育しているらしい)の辺りをうろついていたのだが、先ほど本当にリッヒ姫とその家来らしき男が姿を現したのである。
(ビンゴ!)
 リッヒ姫たちにならってラクダにまたがり、そこら中に散らばる観光客にまぎれるようにしてラクダを歩かせながら(もっともサイレンスの乗るラクダにはひもを握ったガイドがついており、正確にいえば、だからラクダを歩かせているのはサイレンスではなくガイドの男なのだが、彼はサイレンスの指さす方へ何処へでも行ってくれるので、その差はあまり問題ではなかった)、サイレンスは小さくほくそ笑んだ。自分の予想が当たったことを素直に喜んで。
 それにしても、リッヒ姫たちは、観光を楽しんでいるわけではなさそうだが、かといって、特に何か明確な目的があって特定の場所へ向かっている、というわけでもなさそうである。
 残念ながら、あまり近づくわけにも行かない(無論、いまのところリッヒ姫はサイレンスという人間がこの世に存在することさえ知らないはずだが、今後もずっとそうであるとは限らない)ので、遠目にリッヒ姫とつれの男の様子を観察していると、二人がどうやら、主にリゾートホテル群、さもなくば、サイレンスも表面上はその中に含まれる観光客の、特に男性たちの様子をうかがっているらしいことに気づいた。
(ひょっとして、誰か探しているのか?)
 と眉をひそめかけたサイレンスは、ふいに、ラクダのコブの上にさりげなく顔を伏せた。
 リッヒ姫たちが気にしているリゾートホテル群の方から、誰かがこちらを見ている……ような気がしたのである。
 もっとも、その気配はすぐに消えたのであったが、その気配がすぐに消えてしまったことで、サイレンスは、むしろ、
(絶対に誰かが僕を見ていた……)
 確信を深めた。
 その誰かは、サイレンスが自分の存在に気づいたことに気づいて引き下がったのに違いない。
 そして、
(相手は……当然、それなりに強いやつに違いない)
 と考えつつ、サイレンスはラクダのコブを見つめたまま(「お客さん、大丈夫ですか?」とガイドが心配そうな声で話しかけてきたのに、手だけで応えながら)ある男の姿を思い浮かべた。
 ことは、リデア王国の内紛の話である。
 サイレンスがいったんは殺しかけ、でも、一番最後に会ったときには助けた、あの男がからんでいてもおかしくない、と思いつつ。

     *

(相変わらず……)
 あの男ことエサルは、サイレンスに気づかれたらしいのを潮に双眼鏡から目を離し、ついでに、奮発して宿泊しているホテルの窓辺からも離れた。
 サイレンスの姿をここで見かけたことは、でも、大して意外ではなかった。
 リデア王国のリッヒ姫が自分を探しているのである。
 そのことを、おそらくセロ王子は嗅ぎつけるであろうし、嗅ぎつけた以上、以前会ったときに雇っていた凪たちを再び雇って何らかの形で対応しようとしてくるに違いないからである。
 リッヒ姫。
 その存在も、エサルはサイレンスを見つける前にちゃんと確認していた。
(本当に、リデア王国の王族の人間がドバイに来ているようだな)
 いまのところ、感想はそれだけにとどめておくことにする。
 エサルが今いるリゾートホテルに来た目的は、偽エサルを探すためである。
 偽エサルが、このリゾートホテル(一つ一つの部屋が広々としており、さらにバルコニーがついていて、砂漠の風景を楽しむことができるようになっている)におり、リッヒ姫をその近くへ誘導した、ということは、サトーから聞かされたのだが、
「くだんの情報屋に見てもらえば偽エサルがどいつか一発でわかるが、サラーは店を離れられないから行けないと言っている」
 と付け加えもされた。
 おそらく、サラーなる情報屋にとって表稼業であるスパイス屋も重要な生業なのであろうが、同時に、
(偽物と本物の争いに巻き込まれることを避けたんだろうな)
 エサルはサラーの胸中を察して、その意思を尊重することにした。情報屋、というものは、エサルにとってもかけがえのない存在なので大事にせねばならないのだ。それが、いまは自分の親しくしている者でなくとも、いつどんな形で世話になるかわからない。
(それに、偽物もそれなりに盛況にやっていて、情報屋にとって逃がしたくない客でもあるんだろう)
 とも考えてみる。
 ところで、
(それはそうと、偽物の方も、いま、どこかの部屋からリッヒ姫の姿を見ているはず……)
 そう考えながら、エサルは部屋を出た。
 正直なところ、ここに来てみたところで、偽物のエサルを一発で見抜くことなど不可能だろう、とは思う。
(しかし、偽物は必ずリッヒ姫と接触しようとするだろう。だから、リッヒ姫を見張っていれば、相手は必ず姿を現すに違いない)
 もっとも、偽物を見つけたからといって、すぐにどうこうするつもりはない。
 しばらく泳がせて、様子を見るつもりである。
(そこに、セロ王子が、どう関わってくるか……)
 も、エサルにとっては無視できない問題である。
 何故なら、いったんは自分を殺しかけたサイレンスに救われたエサルは、彼にそうするよう指示したのであろう凪に、
『助けてもらった礼に一回だけ何でも助ける』
 という約束をしてしまっていたから。

     *

 ところで、偽のエサルは女連れで、それと知ることなく本物のエサルと同じホテルに泊まっていた。サラーは強かな情報屋なので、本物のエサルを敵にまわす愚を犯さぬべく、偽エサルに本物の話は一切しないことにしているのである。
 偽のエサル、本名をマーロという。
 連れている女は、アニマという普段は劇場で舞台役者をやっているアルドバドル人で、いまは、友人の頼みにこたえる格好で妻役を演じている。友人、という称号はあながち嘘ではないのだが、アニマはマーロの本業のことは露知らず、マーロのことを「時々ビジネスのためにドバイに来るアルドバドル人」だと思いこんでいる。
 そのマーロが、
「一度泊ってみたかったリゾートホテルがあるんだが、男一人で行くのは恥ずかしいから、妻役として付き合ってくれないか」
 と頼んできたのに、
(ははーん)
 と思いながらもついてきた女、それが、アニマである。
 ところで、マーロは、実は、もともとはリデア王国人である。
 リデア王国人の父と母を持つが、アメリカで生まれ、アメリカで育った。
 父親は、マーロが母のお腹の中にいるときに死んだという。
 殺されたのだ。リデア王国の王族たちに。
 父自身、王族の一員だったのに。
「ねぇ、あなた、さっきからずっと砂漠の方ばかり見ていらっしゃいますけど、何か面白いものが見えまして?」
 しとやかな妻、を、なかなか堂々と演じつつ、アニマがきくのに、マーロは双眼鏡を目に当てたまま、
「ああ」
 と、こたえた。
 視線の先には、ラクダにまたがるリッヒ姫の姿。
(あの女、俺が実は血縁者……同じ王族の血を引く人間だと知ったら、どんな顔をするかな)
 そんなことを考え、つい口元だけでほくそ笑む。
 リッヒ姫は美しかったが、その顔つきはいかにも傲岸な様子で、にらみつけるような視線を辺りに投げかけている。
(俺を探しているんだろうな)
 であろうことは、聞かなくてもわかる。
 リッヒ姫の後ろを少し遅れて家来らしき男がついてきており、マーロはその男の容姿もしっかり記憶に焼きつけた。
 無論、最も気になっているのは、
(二人だけで来たのか? 他にも伏兵が隠れているんじゃあるまいな)
 で、少なくとも視界の範囲内にそのような人影はないようであるが、でも、油断はできない、と思う。
 これまで、自分の身元が割れるのを防ぐため、リデア王国及びその敵対国であるアルドバドルに関係する仕事は注意深く避けてきた。そのため、彼らから追われる気づかいはないことに自信はもっていたが、何せ商売柄、『追われる』ことだけに関していえば身に覚えがありすぎる。雇われ者という格好で敵対した国々の司法にせよ恨みにせよ、ともかく自分を追う何者かが、リッヒ姫に協力を要請し、彼女がそれを引き受けたのかもしれない可能性を否定する材料を、いまのところマーロは持っていない。
 それでも、リッヒ姫に会って、依頼を受けるかどうかはさておき、ともかく話だけでも聞いてみようという気を起こしたのは、一つには当然、実は祖国であるところのリデア王国と、実は血縁者である同国の王族たちに対する興味が抑えきれなかったからであるが、もう一つ、
(ひょっとしたら、本物のエサルの情報が何か手に入るかもしれない……)
 とも考えたからである。
 エサル、の名を耳にしたのは、マーロがとある傭兵部隊の一員として世界中を転戦していたころのことである。
 その名前を聞いた瞬間に、
(リデア王国人か、アルドバドル人か……)
 であると、わかった。エサルという名、いまは敵対している両国がかつて一つの国だった時分から男児につけられる名前としてはメジャーなものだったからで、同名の著名人も、多数いる。
 もっとも、世界的にはマイナーなその両国の存在は知らない人の方が多いので、マーロの知る限り、エサル、という名前からリデア王国やアルドバドルという国名を引き出せた外国人はいなかったが。
(俺も、エサルの名を拝借して、ずい分経つからな……)
 それまで所属していた部隊を離れ独立するときに、『エサル』と名乗ることにしたのは、その方が仕事に多くありつけると考えたからである。
 思惑通り、仕事は面白いほど取れた。風の噂にエサルを知る雇い主はもちろんのこと、それまで知らなかった者も、雇おうとする人間の情報を確認することで、エサルの存在を知ることになったからである。
 もちろんマーロは、自分の他にも『エサル』が何人かいるのを知っている。ひどい場合になると、
「この間、あんたの偽物を雇ったぜ」
 と雇い主に言われたことすら、ある。
 問題はなかった。
 彼の業界では、実力が一番大きくモノをいう。
 マーロは自他ともに認める実力者である。おそらく、本物のエサルと比べても引けは取らない自信はあるし、いまの調子で仕事を続けていけば、
(偽物が本物を超える日が来る)
 と思っている。
(しかし、そうなれば俺という偽物は、本物にとって目障りなものになるかもしれない)
 とも。
 もちろん、頃合いを見て『エサル』の名を捨てることなど、簡単にできる。しかし……、
(そうすると、いまのように、風の噂でエサルの存在を知った連中からの仕事が入らなくなるだろう)
 それは、ちょっと惜しい、と思う。
 何より、ここにきて、
(本物、何ほどのことがあるか)
 という気分も出てきている。
 無理もない話といえば、無理もない話だ。
 本物のエサル、といっても名前ばかりで、本当のところ彼がどのような仕事をしたのか確たることは何もわからない状態なのである。
(どうせ、ちょっとした成功に尾ひれがついて、さらに噂となって泳ぎまわっているうちに肥え太っただけなんじゃないか)
 そんな気もしてくる。
 マーロは今後も、手を広げつつも従来通り手堅くやっていきたいと思っている。
 当面、エサルの名前を捨てる気にはなれない。
 だが、本物のエサルが、それをいつまで大目に見るつもりなのか、は、見当のつけようもない話である。
(いつか、エサルが俺を殺しに来るかもしれない……?)
 その予感は、これまでもふとした瞬間によぎり続けてきたものであるが、
(その、いつか、が、ふいにやってくるよりは……相手をおびき寄せて、こちらから攻撃する方が得策ではないか?)
 という考えも、同時に抱き続けている。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・デスティニー』完結。

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