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ドバイ・イミテーション・28

 九章 クラッシュ・3

 アレハンドロは相手の思惑に気づいて自分もアクセルペダルから足を離したが、時すでに遅し、スピードに乗りきったアレハンドロの車はマーロの車を追い抜いてしまった。

     *

 アレハンドロの車がマーロにうまく振り切られたのを見て、サイレンスは、
(おっと、僕の出番が来たな)
 と思い、減速した車の右側にはりつくようにして並走することにした。言うまでもなく、マーロの車線変更を阻止するためである。
 しかし、これまた言うまでもなく、このような状況の場合、マーロにサイレンスの安全を自分の目的より優先する筋合いもないわけで、
(もし僕がマーロなら……車体を僕にぶつけるか、銃撃して進路を開くかするだろうな。……よし、やられるまえにやってしまおう)
 と瞬時に判断したサイレンスは、束の間の片手運転を自分に許し、マーロの車に向かって銃弾を撃ち込みまくった。

     *

 バイクに乗ったサイレンスに車をぶつけて進路を開こうとしていたマーロは、突然猛烈に撃たれて、たまらず車をサイレンスから引き離した。
「おい、マーロ、空港を通り過ぎちまうぞ」
 こちらからも撃ち返すべく自分も銃を手に取りつつ、ストイが、そう眉をひそめるのに、
「どうやら、この仕事、ツキがないのかもしれないな」
 とフスキが応じたまではよかったが、
「うるさいっ」
 マーロが感情的な声を出したのは、珍しいことと言わねばならなかった。
 ストイとフスキは腹を立てるより意外に思って、ついお互いの顔を見かわしあったのであったが、そういつまでもお互いの顔を見ているわけにもいかなかった。
 というのも、猛烈に撃たれて、たまらず減速したマーロの車のお尻に、誰かがぶつかってきたからである。

     *

 サイレンスに銃撃されるマーロの車、を見た瞬間、ユンが、
「行くぞ!」
 と言ったのに、私は、
「え?」
 意味もわけもわからず首をかしげたのだが、すぐに首をかしげている場合ではなくなった。
 ユンが、マーロの車めがけて、ぐんぐん車を加速させたからである。
 当然、そうなると、マーロの車の後ろ姿が、ぐんぐん目の前に迫ってきて、
「ユン!」
 と私が叫んだ次の瞬間、ガシャン、と車と車がぶつかった。
「無茶だっ!」
 ついでみたいに、そう付け足して叫ぶと、ユンは……、
「無茶は承知だ!」
 と言い放ったので、私は……、
「そんな無茶な!」
 と思った。
 まあ、それはそれとして、ぶつかられたマーロの車に乗っている人たちが、たぶん怒ったのだろう、自分たちの車の後部ガラスを砕きつつ銃撃してきたので、私はとっさにダッシュボードの下に頭を下げた。
 再び頭をあげたときには、こちらの車のフロントガラスに複数個の穴が空いていたわけだが、私と同じく頭を下げて難を逃れたユンが、
「凪、右だ!」
 指示され、私はとっさに銃口をそちらに向けた。のであったが。
 私が撃つより断然早くエサルが同方向へ銃撃を開始したので、私は……引き金を引くことなく手を引っこめた。
 いつの間にか右側面に迫っていたマーロの車は、エサルの銃撃から逃げるように去って行ったが、それで安全になったわけではない。
 今度はこちらの車のお尻に別の車が追突してきたらしく、ガーンと音がすると同時に車が大きく揺れた。
 言われなくとも敵が後ろに来ていることがわかったので、私は後方に銃を向けようとしたのであるが、私が振り返るより断然早くエサルが銃を撃ち始めた。
 ここで、ようやく私は気づいた。
(ヤバい! いま、私、することがない!)
 ということに。
 ともあれ、後方の敵をいったん追い払ったエサルが、
「どうやら、マーロの仲間が、まだ他にもいるらしいな」
 と指摘するのに、ユンが、
「とりあえず、やつらを空港へは行かせないことには成功したな。しかし、これ以上カーチェイスをしていたら、いろいろまずいことになる。いったん離脱するぞ」
 と決断する横で、私は……、
「……私は、どうしてればいいかしら?」
 と問うてみたところ、
「……頭を下げてじっとしてるのがいいんじゃないか」
 と言われたので、そうすることにした。
(なんか、役に立てることがなくて申し訳ございません……)
 と思いつつ。

     *

「どの道、こうなったら空港へ行っても無駄だな」
 各種ミラーにサイレンスのバイクもユンの車も映らなくなるまで走ってから、マーロは、そう決断した。
「だったら、陸路でいったん外国に出て、そこから飛行機に乗る?」
 とリッヒ姫が小さく首をかしげて提案するのを、マーロはいったん無視して、
「バイアに連絡しろ。合流しよう」
「了解」
 ストイがうなずいて電話を手に取るのを確認してから、マーロはリッヒ姫とルームミラー越しに目を合わせ、
「作戦変更だ。敵が、はっきりとこちらの動きを阻止してきた以上、このままあんたのリデア王国へ戻っても、先回りして迎撃される恐れがある」
「つまり?」
 先を促したリッヒ姫の声は、少し震えたようである。
 マーロは運転のために視線を前方に戻したまま、小さく肩をすくめ、
「つまり、ここでセロ王子を倒さねば、俺たちは先へ進めないってことだ」
「セロを?」
 リッヒ姫は、眉間に大きなしわを寄せ、さらに顔をしかめて、
「そんなの……話が違うわ。あんな子、そうまでしなくてもいいわよ。私たちを追ってるのだって、どうせ遊び半分でやってるに決まってるわ!」
 と言い放ったが、自分でも説得力に欠ける言い草であることがわかった。というのも、
「だけど、あんたの弟の仲間は、あんたの乗っている車を攻撃してきたぞ」
 とマーロが、しらけきった声で指摘した通りだから、だが、
「そうだな。話が違うな?」
 と思いもよらず同意を示したのは、フスキ。
「…………」
 マーロは一瞬横目でフスキを鋭く見たが、何も言わずに視線を前方に戻した。

     *

 一方その頃、シオウに振りきられたトランと、リッヒ姫の携帯電話を握りしめたトルスが、ようやくのようにして空港で合流していた。
 両者が空港に着くころには、マーロやユンたちの起こした騒動が警察に通報されており、だからトランは窓ガラスが割れたり銃弾で作られた穴のあいた車をリバイとイレンに預けてタクシーで来なければならなかったので、その分の腹立ちも含めて、
「馬鹿者!」
 と、トルスたちの顔を見るなり吐き捨てた。
 トルスは内心、知らんがな、と不服の念を持ったのであったが、表面上は神妙な顔つきを作り、詫びの言葉を機械的に口にした。
 もっとも、トランにしてみれば、いつまでもトルスたちのヘマに腹を立てている場合でもない。
 トランは、まず父親に電話をかけ、ことの次第を伝えておかねばならなかった。というのも、既にリッヒ姫が飛行機に乗ってリデア王国へ向かっている、という可能性も考えないわけにはいかなかったからだ。
 電話で事情を聞いたフリュードは、
『わかった。こちらの空港へ人をやって、リッヒ姫が来たら身柄を確保するよう手配しておこう』
 と請け合った後、
『だが、まあ、もしリッヒ姫が雇った兵士をつれてリデア王国に戻ってこようとしているのならば、むしろ我々には好都合だ。彼女が大願を遂げるには必ず我々の協力が必要になるからな』
「それは……そうですが、しかし、これまでの動きをみるに、『エサル』なる傭兵は、我々の存在を邪魔にしているようです」
 のん気げな父の声に、トランが、ついそんな抗弁をすると、
『所詮、たかが傭兵に何ができる? 首尾よくリシア姫を亡き者にしたとしても、その後リッヒ姫に政権を取らせるには、我々の力なくしてはできない。彼女は、王位継承順位二位なのだぞ。もしリシア姫に何か起きれば、疑いの目が真っ先にリッヒ姫に注がれるはず……』
 フリュードは鼻をフンと鳴らして息子の抗弁にこたえ、
『それより、こうなれば、やはりセロ王子の方が捨て置けぬ。やつが帰国する前に、必ず仕留めろ。心配はいらん。王位継承順位十位の王子が海外でふいに行方をくらましても、誰も気にとめまいよ』
 と言った後、くっくっと喉を鳴らして笑い、
『それも……次期女王たるリシア姫の命運が尽き、継承問題で大きく揺れ動いている王宮、となれば、なおさら……』
 トランは、
「……わかりました。セロ王子を片付け次第帰国します」
 と、うなずいて電話を切った。
 これで、次にやるべきことが決まったようである。
 電話を切ると、不穏な話をしているトランを固唾をのんで見守っていたトルスたちに顔を向け、
「ひとまず、リッヒ姫のことは、いったん捨て置くことにする。それより、問題はセロ王子だ。あいつを、このまま野放しにするわけにはいかない」
 と告げた。
 トルスは……セロ王子を野放しにしたのは、あんたじゃないか、と内心だけでつぶやきつつ、
「了解しました」
 と口先だけは従順にうなずいたのだが、
「よこせ」
 と差し出された手の平を見て、
「は?」
 目を丸くせねばならなかった。
 トランの方は、トルスの察しの悪さにイラついたことを隠そうともせぬ表情と口調で、
「車のカギだ。私の車は使えぬ状態になったからな」
 さも当然、という口調で言われ、
「……それじゃ、俺たちは、どうやってホテルに戻るんです?」
 トルスは、さすがにいささかムカッとした。
 しかし、トランは、自分の部下には心も感情もないと思いこんでいる方の人である。トルスが、いささかムカッとしたことに気づくわけもなく、
「タクシーでも使え。どうせお前たちの交通費は、こっち持ちだ。遠慮は、いらん」
「……どうぞ」
 渋々と車のカギをトランに渡しつつ、トルスは……気合一発タクシーでドバイ中走りまわった後で領収書を顔面に叩きつけたろか、と思った。……やらないけど。

     *

 ところで、そんなトランとトルスたちの様子を、ショージとベルリは、ちゃっかり近くで見守っていた。ショージは元々トランに顔を知られていないし、トルスに尾行がついている、など思いもよらぬトランは、ベルリがそこにいることなど想像もしていない様子で、トルスから車のカギを巻き上げると、わき目もふらずに、とっとと去って行った。
 ベルリは小声でショージに、トランたちの会話を訳して(というのも、彼らがリデアアルド語でしゃべっていたからだが)聞かせた後、
「ああいうの、パワハラっていうんじゃないでしょうか」
 と、ため息まじりに評したのは、自らもリシア姫のヒステリー(まあ、いわば)に振り回される人生を送っているベルリにとって、トルスたちの様子が他人事とは思えぬせいであるらしい。
「そやなぁ……」
 ショージは相変わらず日本語で相槌を打ちながら、取り残されたトルスたちの様子を観察した。
 どうせ距離を詰めても、あいつら尾行に気がつかんやろ、と思って、けっこう近くにいるのだが、やはりトルスたちは、ショージが自分たちの様子を観察していることに、まるで気づいていない様子である。
 それより、トルスたちの頭を占めているのは、トランの自分たちに対する態度と今後のことであるようで、
「トラン様、俺たちの失敗にすっごい怒ってたけど、自分の方が大失敗してるじゃないか」
 とトルスが不満を述べると、仲間たちも大きくうなずいて、
「ていうか、あれ、俺たちの責任か? 俺たちは、指示された通り動いただけだぞ」
 そーだそーだ、とトルスと仲間たちは、ひとしきりトランの悪口に花を咲かせていたが、ふいに一人が、ふと真顔になって、
「でもさ……俺たち、このままトラン様について行って大丈夫なのかな。あの人の言う通り動いても、結局失敗するんじゃねぇか」
 と重大な心配を口走り、トルスともう一人の仲間はいっせいに口をつぐんで、お互いの顔を見まわしあった。
 その表情は、いずれも、
(ヤバい……)
 の字が刻まれている、のが、はたから見ているショージとベルリの目にも明らかであった。
 しかしながら、
「なぁ、トルス? こいつは早いうちに逃げた方が得策なんじゃねぇか。どうせ、あいつら……失敗するぞ」
 とトラン様とリッヒ姫をあいつら呼ばわりしつつ仲間の一人が言うのに、内心そうしたいのはヤマヤマな気分になっているトルスは、
「そうは、いくか。リバイとイレンは、どうする?」
 と、唇を尖らせた。リーダーとして、彼らの身を捨て置くわけにはいかないトルスなのである。
 もっとも、
「こっそり呼びだしゃいいじゃねぇか。そんで、とりあえずドバイで仕事探して、しばらく身を潜めていよう。俺、なんか、このままトラン様の言う通りに動くの、怖くなってきた」
「俺もだ、トルス。とにかく、トラン様は信用できない。失敗するだけなら、まだいいが、俺たちにその責任を全部なすりつけて逃げられたら最悪だ」
 仲間たちが口々に指摘することを、トルスもまた十分に危惧はしているのである。
 だがしかし、それでも仲間たちの提案にうなずいてしまえないのは、
「バカだな、お前たちは。ドバイで仕事を探す、なんて簡単に言うけど、それは、そんな簡単なことじゃない……と思う。それに、俺たちは観光客として入国しているはずだ。就労ヴィザなんて、持ってないぞ。よしんば仕事を見つけても、もし見つかったら、リデア王国に強制送還されちまう。そうしたら、結局トラン様に見つかって……いや、トラン様に見つかるのは、まだいい。リデア王国には、フリュード様がいるんだぞ。トラン様をおっぽり出してドバイで身を隠していたのがフリュード様にバレてみろ、俺たち、きっとただじゃ済まないぞ」
(なるほど、トランのことは内心バカにしているが、御大フリュードは怖いっちゅうわけか)
 ショージはトルスたちの本音を把握して、一計を案じた。
(ベルリをうまいこと使うたら、トルスらを仲間に引き入れられるかもしれんな)
 という一計を。
 ショージは早速その一計を実行に移すべく、立ち上がってトルスたちに声をかけた。
「よう、大将、盛況にやっとるようやな」
「…………?」
 突然見知らぬ男に日本語(であるともトルスたちには認識できなかったのだが)で話しかけられ、きょとんと立ちすくむトルスたちに、ショージは構わず、
「ちょいと、ええ話があるんやけど、……この人」
 と何の説明もされていないのでトルスたちと同じくらいきょとんとしているベルリを前面に押し出しつつ、
「実は……、リシア姫の腹心の部下なんや」
「!」
 リシア、の名にトルスたちが明らかに動揺したのが、ベルリにもわかった。
 わかったことで、ショージの狙いに察しがついた。
 念のためショージを見、ショージが小さくうなずくのを確認して、ベルリはトルスたちに顔を向け、
「……初めまして。私はベルリ。王宮の護衛兵をしているのですが、いま、実はリシア姫の密命を受けて、ここにいます。よろしければ……ぜひ、あなた方に聞いていただきたい話があるのですが……」
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ドバイ・イミテーション』完結。

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