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ドバイ・イミテーション・29

 十章 それぞれの思惑・1

 マーロはサイレンスの尾行を振り切ったと思いこんでいたが、サイレンスは、ちゃっかり尾行を継続していた。
 と言っても、実際にサイレンスが尾行したのはマーロの仲間であるバイアの車の方で、空港に行きそびれたマーロが、たぶんこの後仲間と合流するだろう、という読みが当たった格好である。
 サイレンスにとって都合がいいことに、バイアはユンの車のお尻に噛みつくようにして彼らを追い払うことに成功したものの、サイレンス、という存在には気づいていなかったので、尾行は比較的容易であった。
 さて、マーロとバイアが合流したのは、市街地から離れた場所にある、近くに貨物船専用の港がある空き地で、サイレンスはマーロに見つからぬよう、かなり手前でバイクを停めねばならなかった。
 そこは小ぢんまりした食堂の駐車場で、サイレンスは食堂の建物の陰に隠れるようにして、愛用のリュックサックから双眼鏡を取り出し、マーロたちの様子を見守ることにした。
  
     *

 マーロは、リッヒ姫をバイアの車に乗せかえることにした。
 バイアにリッヒ姫をつれてリデア王国へ先行してもらい、
「俺たちは、ドバイでの用事を片付けたら、すぐに後を追う」
 ドバイでの用事、とは、セロ王子の始末であることは言うまでもない。
 もっとも、その本音はバイアのみに告げられ、リッヒ姫に向かっては、
「俺たちが敵をひきつけている間に、あんたはバイアと逃げてくれ」
 と告げるにとどめた。
 セロ王子を始末することにリッヒ姫が不賛成であることはわかっていたし、マーロは、この先も彼女の言いなりになる気はない。である以上、彼女を通さずにどんどん事をすすめて、主導権を完全に自分のものにしてしまう必要がある。
 もっとも、
「相手がセロなら、私が逃げる必要は、ないんじゃない?」
 とリッヒ姫は面白くなさげに文句を垂れたが、
「嫌なら、いい。あんたは、ここから一人で歩いて好きなところに行きな」
 マーロは冷ややかに切り捨てた。
 先述したように、彼らが今いるのは貨物船専用の港近くで、目先の道路をまばらに走るのは所用ありげな車ばかり、とても流しのタクシーなどは通りそうにない。
 結局、渋々のようにリッヒ姫はバイアの車へ移り(その様子をサイレンスは凪たちに報告した)、
「できるだけ早くいらしてね? でないと……あなたが来ないうちに、私が女王になっているかもしれないわよ」
 と捨て台詞を吐いて去ってしまうと(サイレンスは急いでバイクにまたがり、バイアの車の後を追った)、ようやくのようにしてフスキが口を開いた。
「なぁ、マーロ、お前、本気でリデア王国まで行くつもりか?」
 眉をひそめて問い詰めるのに、マーロは軽く肩をすくめて、
「もちろん。お前は反対なのか?」
「ああ、反対だね」
 言葉の内容と反比例するような穏やかさで、フスキは肩をすくめ返して、
「正直に言って、こんなのは正気の沙汰じゃない。リデア王国へ行き、リシア姫を倒して……それで、あのリッヒ姫が王位に就いて、それが俺たちに何の関係がある?」
「我々は傭兵だ。一度雇われれば、雇い主が身を投じている戦いに勝てるよう、全力を尽くすのが仕事だ」
 というマーロの抗弁は、やや苦しいのを本人も自覚している。
「お説、ごもっとも」
 フスキは、あえて逆らわずにうなずいて、
「だが……たぶん、『俺たち』と言っていいと思ってるんだが……俺たち、は、誰にでも雇われるつもりは、ないぞ」
「要するに、リッヒ姫は雇い主として失格ということか?」
 マーロは冗談めかして言い、ついでに笑ってみせようとしたが、それはうまくいかず、唇の両端をひきつったように持ち上げただけに終わった。
「ああ、俺は、そう思うよ」
 一方、フスキは容赦なくうなずいて、
「俺たちにとっちゃ、リッヒ姫の手引きでリデア王国の王宮に侵入し、リシア姫の息の根を止める、など朝飯前のことだ。
 だが、その後は、どうなる?
 リッヒ姫は、なるべく国民の人気を得ながら次なる女王として立ちたいはずだ。そのためには、リシア姫殺人事件の真犯人を捏造しなければならなくなるだろう。どうせ、あの女、俺たちにも、その白羽の矢を向けてくるに決まっている……」
「そんなことは、お前に言われなくてもわかっている」
 とマーロが言い返したのは、嘘ではない。次いで、
「大丈夫だ。そうならないよう、打つ手は考えてある」
 と付け足したのも、別に嘘ではなかったのだが、フスキは首を横に振り、
「そういうことを言ってるんじゃない。俺が言ってるのは、俺たちに対して最低限の誠意もない雇い主につれられて、姫の暗殺などというクソみたいな仕事をするのが嫌だ、と言っているんだ」
「…………」
 マーロは、返す言葉を失って黙り込んだ。
 ここまでの自分の行動と判断を振り返ると、正直なところ、リデア王国の、自分が不可抗力で追い出された王族たちのトップの座を巡る騒ぎに、すっかり目がくらんでいて、仲間たちへの配慮など見失っていたことに、ことここに至ってようやく気づいたのである。
「おい、フスキ、その辺でいいんじゃねぇか」
 助け舟を出したのは、マーロとフスキの口論を、ずっと困り顔で見守っていたストイである。
 ストイは内心、フスキの言い分に共感していたのだが、さりとてマーロの気持ちもわからないではなく、だから、
「とりあえず、バイアたちが、まだ任務遂行中だし、何より一回引き受けちまった仕事を、今すぐに降りるってわけにはいかないだろ?」
 と、まずはフスキに向かって、とりなすように言い、ついでみたいにマーロの方を向いて、
「俺も、一回くらいリデア王国へ行ってみたいと思ってたんだ」
 と励ますように彼の肩を叩いた。
「…………」
 マーロは返事をせずに車に乗りこみ、ストイとフスキは一瞬顔を見合わせあってからマーロに続いた。

     *

 とりあえず、マーロたちとのカーチェイスから離脱して、ユンが車を走らせたのは、リデア王国の王族専用の別荘へ、であった。
 その理由の第一は、
「この車で『ブルーリゾート・ドバイ』へ乗りつけるわけにはいかない」
 で、銃撃したりされたり、追突したりされたりした車は、折よく訪れた夜闇に隠してもらっても、ちょくちょく通りがかりの人が振り返って見るような有り様になっているからである。
 ちなみに、第二の理由は、セロ王子を奪還したシオウから、そこへ向かうという連絡が入ったからで、ここいらでいったん合流しようということになったのである。
 シオウたちの車も、なかなかの仕上がりになっているのを私たちが知るのは、別荘到着後のことになるのだが、別荘へ行く、という案はセロ王子の主張であるらしかった。
 いわく、
「ひょっとしたら、リッヒ姉上を見失ったトランが、彼女を探して別荘に来るかもしれない」
 だそうで、シオウは、その発言に自らの注釈を加え、
『セロ王子の発言にだまされるな。やつは、何か企んでいる様子だぞ』
 と言い放った。
 ところで、別荘へ向かう道中、私はリッヒ姫を追うサイレンスと、サイレンスのサポートに向かったアレハンドロとエンリケの位置情報を見守っていたのであるが、
「でもさ、リッヒ姫のこと、私たちも追わなくて大丈夫? まあ、サイレンスとアレハンドロなら、たいていのことは大丈夫だろうけど」
 と私は、つい首をかしげた。無論、シオウたちと合流した方が心強いし、何よりいったん車を降りて一休みしたいのはヤマヤマだったけれど。
 ユンの返事は、
「人の心配より、自分の心配をした方がいいぞ」
 であった。私は、つい眉間にしわを寄せて、
「え、まだ何かあるの?」
「あるだろう。サイレンスの報告によれば、マーロのやつ、リッヒ姫は仲間に預けて自分は別行動を取っているんだろう? それは、つまり、マーロが俺たちのことを放っておけないと思って、その対策をしようとしてるんじゃないか?」
「対策?」
「まあ、ありていに言えば、襲撃してくるってこと」
「…………」
 私は……、
「要するに、相手が目をつけやすいあの別荘に、あえて立てこもることで、敵の襲撃を誘発して返り討ちにしてやろうってこと?……いかにも、セロ王子が考えそうなことだけど」
 あきらめの境地でうなずいた。
 仕方がない、と思う。
 危ない目にあいたくないなら、ユンやシオウやショージたちと一緒にいるべきではないし、セロ王子の持ってきた仕事なんか引き受けるべきではないのだ。全部、自分が選んだことなのである。
 もっとも、
「なんだったら、凪はホテルに戻ってハオランと一緒に隠れててもいいんだけど」
 とユンが提案してくれたが、私は首を横に振って、
「大丈夫、一応私の仕事なんだから、私が逃げるわけにはいかないよ」
 と主張すると、ユンは小さく首をかしげ、
「その責任感には敬意を示すが、……でも、凪がいても何もすることがないだろう?」
「し、失礼な! あるよ! 何かしら、あるはずだ!」
「何かしらって?」
「何かしら、だよっ」
 ショージから連絡が入ったのは、そんな話をしていた時のことである。
 ショージはベルリというリシア姫の放ったスパイの人と一緒にトランの手先ことトルスとその仲間たちを追っているのだが、
『やつら、結束は、さほど固くなさそうですぜ』
 と空港でトランとトルスたちが合流した時の様子を説明した後、
『ベルリを使って、こちらから声をかけたところ、大いに脈ありでして。何せ、こっちのベルリには、リシア姫がついておりますから。リッヒ姫とトランの暴走を止めるのに手を貸してくれれば、リシア姫も悪いようにせんやろ、てトルスたちを説得してみたところ、連絡先の交換までは、できた次第で……』
 つまり、今後はトルスたちを内通者として使えるかもしれない、ということらしい。
 そのことを運転中のユンに告げると、ユンはちょっと首をすくめて、
「うまくいけば、こっちの戦いが少しは有利になるかもな」
 と感想を述べた。
「…………」
 私は、その感想について、ちょっと考えてから、
「……え、ひょっとして、トランたちの方も別荘を襲撃してきそうなの?」
「そりゃ、そうだろう」
 しれっとユンは、うなずいて、
「何しろ、トランのやつ、もう既に一回セロ王子をやり損ねているからな。それを、このまま放っておけば、いつリデア王国の最高権力者であるところのルクスアウレ王に通報されるかわからない……と少なくともトランは考えているはずだ。ことが露見すれば、リッヒ姫がリシア姫に手を出す間もなく、フリュード一族はリデア王国軍の兵士たちに囲まれることになるだろうよ」
 と説明する。
 なるほど、だとすれば、むしろマーロよりトランの方が必死こいて襲撃してきそうな雰囲気である。
 ユンは、さらに、
「まあ、セロ王子としても、むしろそこがつけ目なんだろうな。暗殺未遂のダメ押しに、トランが王族専用別荘を襲撃すれば、トランは確実に終わるし、うまく事を運べばフリュード一族自体も終わらせられる……かもしれない」
 と別荘に立てこもることにしたセロ王子の目論見を明らかにしてみせた。
 以上は、この時点では推測に過ぎない話ではあったが、程なく正解であったことが明らかになるわけで、私は……どういうわけか自分が、とんでもない悪人の悪事に加担しているような気にならなくもなかった。

 別荘には、そのとんでもない悪人ことセロ王子が先着していて、
「凪さん、ご無事で何より! 僕の方も、うまくいきましたよ。トランのやつ、ハオラン氏にがっつり顔を見られた上、まんまと逃げる僕に向かって銃撃までしてくれた次第で……。ほら、動画まで撮っちゃいましたよ!」
 と上機嫌で、『シオウに救出されたセロ王子をトランの車が銃弾をぶっ放しながら追う』様子を撮影した動画を見せてくれ、さらに、
「この動画さえあれば、今後トラン及びフリュード一族は、僕に頭が上がらなくなるでしょうね」
 と満足げに言い放った。
 私は……この王子も別に悪いばかりの人ではないはずなのだが、折に触れしばしば悪いとこばかりが目立つなぁ、と思いつつ、
「……でしょうね」
 と相槌だけ打っておくことにした。
 さて。
 ショージはベルリとともにトランの泊まるホテルを見張ることにしたそうなので、彼とリッヒ姫を追跡中のアレハンドロ、エンリケ、サイレンスを除く全員が顔を揃えたわけであるが、セロ王子はここでようやく、
「さて、皆さんは既にお察しのことと思いますが、いかにも敵が念のため一度はのぞきに来そうなこの別荘へ皆さんに集まっていただいたのは、むしろ敵にこちらを見つけてもらうためです」
 とユンの推測通りの思惑を正直に口にした。
 この場合、敵とは主にトランを指すものらしい。
 もっとも、
「サイレンスからの報告によると、マーロというリッヒ姉上が雇った兵士は、仲間に姉上を預けて自分は別行動を取っているということですが、おそらくその目的は、リシア姉上に対して本格的な行動を起こす前に僕を葬っておくつもりなのに違いありません。
 ところで、トランにはマーロの手先と思しき尾行者などはついていなかったようですが、マーロは当然トランという存在を知っているはずです。
 もし、僕がマーロなら、この場合においてのみであれ利害目的の一致するトランに声をかけ、ともに別荘に向かいます」
 との推測はユンやシオウたちも一致して考えているようで、
「マーロが普通にマーロでも、そうするだろうな」
 ユンが同意を示してうなずくのに、
「その場合、トランの手先の……トルスだっけ、その人たち、ちゃんとこっちの味方になってくれるかな」
 シンが首をかしげた。
 ユンはシンに向かって小さく肩をすくめてみせ、
「そういう場合、そういうやつらの常として、どっちが勝ちそうか見極めてから、どっちにつくか決めるんじゃないか?」
「……やな連中だなぁ。まあ、だったら、できるだけ早いうちに、こっちが勝ちそうな雰囲気を作れば、戦況はこっちに有利に動くことになるんだね」
 シンがぼやき口調で言うのを、シオウの通訳を介してきいたらしいセロ王子は、さらに付け加えて、
「その話に関していえば、初手の戦況は、むしろ敵有利とみた方がいいかもしれない。向こうにはリッヒ姉上と直接つながるトランとマーロがいますから。ベルリが口にしたリシア姉上の名前が、名前だけでどこまでトルスたちに響くか……」
 と考えこむような口調で言った後、
「まあ、トランにそんな人望があるとも思えないので、トルスたちがあっさりこっちに寝返っても別に不思議ではないですが」
 と失礼なことを、さらりと付け加えた。もっとも、ショージからの報告によると、セロ王子の失礼な付け加えも根拠なきことでもないようなのだが。
 それは、ともかく。
「だったら、迎撃準備が大事になるな」
 ここで、やはりシオウの通訳を介してシンの言葉を理解したエサルがおもむろに口を開くと、皆の顔を見まわして、
「もし、トランがトルスたちをつれてくるのであれば、トルスたちを追うショージたちも、おっつけ来るはずだ。
 となれば、こちらの戦力は足りている、と思う。
 だったら、俺は、サイレンスとアレハンドロの方へサポートに行った方がいいと思うんだが……」
 エサルの提案に、私とユンはちょっと顔を見合わせた。というのも、
「え? いまから行って間に合う?」
 とシオウの通訳を借りつつ私が首をかしげてみせると、それに対してエサルは小さく肩をすくめ、
「車と位置情報だけ貸してもらえれば、なんとか。それに、俺が気になってるのは、その先だ」
「先?」
 と私がまた首をかしげると、エサルはあきれ顔を作ってみせ、
「言葉、だよ。前に、アレハンドロ、言ってたぞ。自分はスペイン語と日本語しかしゃべれないって。サイレンスは……そもそもしゃべらないし。それとも、リッヒ姫はスペイン語か日本語がしゃべれるのか?」
「あ」
 そのことをすっかり失念していた私とユンとシンは同時に声をあげ、念のためシオウがリッヒ姫の言語能力についてセロ王子に問い合わせたところ、セロ王子はちょっと考えてから、
「……たぶん、リッヒ姉上は日本語もスペイン語もわからない、と思います。海外での公務のため王族の人間は全員、英語は勉強させられるんですが……。断言はできませんが、リッヒ姉上の性格からして、あまり外国に興味を持つタイプではないのは確かですし……」
 とのこと。
 結論から言えば、いまの状態では確かにリッヒ姫を救出(?)した後、意思の疎通ができず、ややこしい事態を招いてしまうかもしれない。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ドバイ・イミテーション』完結。

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