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ドバイ・イミテーション・30

 十章 それぞれの思惑・2

 この危惧に対して、シオウが片手をあげ、
「そういうことなら、俺が行こう」
 と名乗りを上げたのは、言うまでもなく、サイレンスやアレハンドロの位置情報を登録してある携帯電話をエサルに貸し出すことに反対だからだろう。
 しかし、ユンはエサルに向かって自分の電話を差し出し、
「俺のを貸そう」
「ユン……」
 とシオウが抗議の声をあげかけるのを、ユンが視線で制するのに、エサルが首をかしげて、
「いいのか?」
 と、でも、さほど意外そうでもなくきくのに、ユンは何でもなさそうな顔と声でしれっと、
「いいんだ。なんだったら……モスクワで返してくれてもいいし」
「…………」
 これには、私とシオウが顔を見合わせ、
「おい、ユン……」
 とシオウが今度は問い詰めようとするのを遮るようにして、エサルが自分の電話を差し出し、
「別に人質ってわけでもないが、俺のをあんたに預けておこう。モスクワか。気の長い話だな。あいにく俺は、そんなに気の長い方じゃないが……」
「そう気を長くするほど先の話じゃないかもしれないぞ」
 エサルから電話を受け取りつつ、ユンが肩をすくめ……結局、そういうことになった。
 ユンの携帯電話を持ってエサルが出て行ってしまうと、改めてシンが、
「大丈夫なの? ユンさんの携帯って、色んな情報が入ってるんでしょ?」
 と眉をひそめてみせたが、ユンは、
「いいんだ。エサルは相手の信頼につけこんで盗み見するようなケチなことはしないだろう。万が一、盗み見られても……まあ、その時はその時だ」
 と自信たっぷりにのん気なことを言い放った。
「それはそれとして、ユン、モスクワってどういうことだ? もう、行くって決まったのか?」
 のん気げなユンを腹立たしげに見やりつつ、シオウは、むしろその方が気になる様子で、ユンが返事をするのを待たず私の方に目を移してきたので、
「……さあ? 私は……別に、まだ、何も決めてないけど……?」
 と首をすくめてシオウの視線を避けようと試みた。シオウは……ものすごく怖い目で私とユンを見比べている。
「まだ何も決まってないけど、どうせそういうことになるだろう」
 一方のユンは、シオウに怒られ慣れているので、あんまり怖がってはないらしく、ケロッとしてそんな風に言い、
「そういうことになるんだったら、シュウイチと関係の浅くないエサルに俺たちの居場所がわかる状態にしておいた方が、後で色々便利だと思う」
 と付け足す。
 シオウは……ダメだユンは話にならない、と思ったのだろう、主に私の方を怖い顔で見て、
「凪……お前はシュウイチの先生だったかもしれないが、俺はシュウイチとやらの先生になった覚えはないぞっ」
 と怒った。私は……、
「ごめん」
 あえて逆らわずに謝った。というのも、これがシオウなりに事態を呑みこむ(というか、あきらめをつける)やり方であるとわかっていたからである。
 ともあれ、
「さて、では、ここにいる人たちに加えて、後着するだろうショージさんとベルリ、というメンバーで戦う、ということでよろしいでしょうか?」
 ここで、改めて、という風にセロ王子が皆の顔をぐるりと見まわし、
「僕としては、既にトランが、少なくとも僕相手には害意を持ったという証拠をいくつか確保したので、これで十分と言えば十分なのですが、トランとしては、ますます僕を放置できなくなったことでしょう。僕としては、別にトランをドバイで抹殺しようとまでは考えていなかったのですが、相手が襲いかかってくるのならば仕方がありません。返り討ちにするしかないでしょう」
 と言い放った。私は……本当の本当だろうな、おい、と念押したくなったのを喉元で呑みこんだのだったが、それはともかく、セロ王子は、しかし、と言葉を継いで、
「しかし、一方、マーロという兵士に関しては、未だにどのような人物なのか、単なる仕事としてリッヒ姉上に付き合っているのか、はたまた、むしろ隠れた目的を持ってリッヒ姉上に接近したのか、については、何もわかっておりません」
 と、こちらの意表をつくことを言い出した。
「隠れた目的……?」
 私が思わず眉をひそめると、セロ王子はにっこり笑って、
「実は僕、リッヒ姉上が何か企んでるんじゃないかって気づいた時に、手がかりを探して王宮の中を色々調べているうちに、面白い資料を発見したんですよ。『ロンガ砦の戦い』という祖父の代の戦争の極秘資料なのですが……」
「…………」
 私は……辛うじて無表情を保ったが、内心では動揺した。
『ロンガ砦の戦い』におけるエサルの亡き両親が関わったらしい味方による自軍への攻撃は、リデア王国でも、その作戦の秘かな手引きをしたアルドバドルでも極秘扱いになっているのである。私は先日、ロサンゼルスでアルドバドルのクネイル首相の依頼で巻きこまれた事件の中で偶然そのような一件があったことを知ったのであるが、言うまでもなく私には守秘義務というものがある。
 セロ王子の方は、何をどこまで知っているのか定かではないが、リデア王国でも極秘であるはずの事項について、
「当時、我が国にいた反王家グループが寝首をかくようにして自軍の総司令部を急襲したそうなんです」
 と、しれっと言ってのけた。
 私は……なんとか、自分がそのことを既に知っていることが面に出ないよう努力しつつ、とりあえず、
「そんな極秘の話、しちゃってもいいんですか?」
 と適当と思しき相槌を打った。
 セロ王子は小さく肩をすくめて、
「いいですよ、どうせ昔の話なんだし。……それはともかく、さすがに当該事件に関わった王族の男は秘かに処刑されたようですが、その妻子は国外へ逃亡した様子なんです。さすがに、その者たちが、いま何処で何をしているかまではわからないのですが……」
 セロ王子は、そこでいったん言葉を切ると、どういうわけかちょっと照れくさそうに次の如く続けた。
「……それで、僕、ちょっと考えてみたんですけど、ひょっとして、マーロは、その国外へ逃亡した妻子の、子の方なんじゃないかって。……ちょっとおとぎ話みたいですけど」
「…………」
 私は、つい皆と顔を見合わせた。
 顔を見合わせた後、シンが代表して、
「それは……何らかの根拠がある話なんですか?」
「根拠、というほどでもないですが、リッヒ姉上がマーロを雇うことに決めた点からみても、ここまでの相手の動きからみても、マーロという兵士がそれなりに実力と経験のある兵士であることは確かです。
 しかし、正直なところ、リシア姉上の暗殺といったような仕事は、それなりに実力も経験もある傭兵が引き受けるようなおいしい仕事とは思えない。だから、これは、ひょっとすると、マーロの方にもリッヒ姉上の持ち込んだ案件に個人的なメリットを感じたのではないか、と考えただけで……」
「なるほど。確かに俺たちが同じ話を持ちかけられても断るな」
 セロ王子の解答を引き取ってシオウがうなずくのに、
「そういえば、トランの父親のフリュードは、『ロンガ砦の戦い』のとき、故マニアール王の側近として辣腕をふるっていたはずだ」
 とユンが意味ありげに付け足して、私を見る。
 私が、
「あ」
 と、そこで気づいたのは、フリュードは当然、当時のことに詳しいはずで、どころか、その裏切者たちの捜査や処罰にも大いに関わっていた可能性があることだ。
 このとき私の脳裏に浮かんだのは、エサルの姿、であった。
 おそらくフリュードは、エサルの正体を薄々見抜いているのではないか。
 もっとも、さすがにマーロが偽者のエサルであることまでは知る由もないだろうが、しかし、
(それにしても、だとすれば偶然にも程がある、ような気もするが……)
 もっとも、エサルがリシア姫の夫であるテナイアと交流を持ち続けたように、マーロもいずれ祖国や親族たちにつながりそうな話、を、なんとなくでも探し続けていたのだとすれば、単なる偶然とも言い切れまい。
 ともあれ、
「それで、もし、マーロの正体が、あなたの想像通りのものであったら、どうするんです?」
 と推理は推理として、具体的なところを問うてみると、
「僕、マーロと一度、直接話してみようと思うんです」
 セロ王子、無茶なことを言って、にっこり笑った。
 私は、つい眉間にしわを寄せ……るだけでは足りなくて、顔全体をしかめて、
「御冗談でしょう? 相手は、あなたを殺しに来るんですよ」
 話している場合じゃなかろう、という意をこめて指摘したのだが、
「ええ、それは、もちろんわかってます。でも、……たぶん、相手の方でも僕と話したい気持ちはあると思いますよ」
 とセロ王子は自信ありげである。
 とはいえ、これは、かなりのバクチであろう。なんといっても、マーロが『リデア王国の裏切り者の王族』の息子ではないか、というのは状況から仕立てた仮説にすぎないのである。
 私は、また皆と顔を見合わせた。

     *

 トランがリッヒ姫の宿所であるリゾートホテルを訪れたのは、ひょっとしたらリッヒ姫が戻っているかもしれない、という淡い期待を抱いてのことであったが、本当のところ、
(どうせ、いないだろう)
 としか思えなかった。
 おそらく、リッヒ姫は、例え『エサル』にそそのかされた上でのことであったにしても、トランを邪魔にして自ら姿をくらましたのだろう、とトランは考えていたからである。トランというお目付け役を、リッヒ姫が頼りにしながらも(もっとも本当に頼りに思っているのはフリュードのことであったが)、なんとなく目障りに思っていたらしいことを、トランはちゃんと知っている。
 いや、目障りならば、まだよかったのかもしれない。
 実のところは、目障りどころか眼中にもなかったのではないか、と、ここにきてトランは薄ら寒い思いで考えた。
 もっとも、トランの方でもリッヒ姫のことを父親以下一族郎党を中央政権に戻すためのチケットとしか捉えていないので、そう考えることで傷つきはしなかったが、すさまじく面白くないことは面白くない。
 さて。
 リッヒ姫の宿泊している部屋の部屋番号と大体の位置は知っているので、トランはくだんのホテルへ入ると、フロントを通さず真っすぐ目的の部屋へ向かった。
 トランの知る限り、リッヒ姫は同部屋にもう二~三泊できるようにしてあるはずで、まだキャンセルはされていない、と思われた。そんな暇はなかったはずである。
 問題の部屋は、普通にカギがかかっていたのであるが、トランは念のため、ドアをノックしてみることにした。
「リッヒ姫、おいでになりませんか? 私ですよ。トランです」
 ノックしつつ声をかけると、
 カチリ
 と内側からドアが開いたので、トランはむしろ驚いた。
「やあ」
 部屋の中に見知らぬ男がおり、親し気に声をかけられ、トランは困惑すると同時に恐怖した。
 というのも、この瞬間になってようやく、『エサル』が、この部屋のことを知っていることに思い当たったからである。

     *

 ところで、その頃、トルスたちもホテルにたどり着いていた。
 ホテルといっても、「リッヒ姫を見張れ」と命じられて宿泊していたリッチなホテルの方ではなく、リバイとイレンがいるカジュアルタイプのホテルの方に、である。
 彼らは、今後のことを相談するためにがん首揃える必要があった。
 言うまでもなく、今後の活動方針について相談するため、である。
 トルスが、ショージとベルリから持ちかけられた、
「リシア姫側に寝返る」
 という案を口にすると、リバイは賛成し、イレンは反対した。
 まず、リバイの意見は、
「セロ王子ってのはアホだアホだと評判だが、とんでもねぇ、なかなかキレる方だ、と俺はみたね。少なくとも、トラン様になんとかできるような人じゃねぇ。度胸もおつむもトラン様の比じゃねぇぞ」
 で、対してイレンは、
「トラン様を裏切るなんて、そんなのダメよ。私、そんなことするくらいなら、今すぐトラン様に電話して、このことをバラしちゃうから!……ねぇ、兄さん、よっく考えてみて? 妹の私がトラン様と結婚すれば、兄さん、トラン様とは義兄弟の間柄になるのよ? そうしたら、兄さん、名門のフリュード様の御一族に仲間入りするのよ? どこの馬の骨ともわかんない私たちが、突然名門の人になるのよ!」
 と主には自分の都合を並べたてた。
 兄さん、ことトランは、しかし、この妹を親代わりに育てた男である。イレンの扱い方は誰よりも熟知しているので、
「イレン……、よく考えてみるのは、お前の方だぞ」
 と説得を開始した。……まあ、ここで説得を開始するということは、トルスは既に内心でトランを見限っている、ということになるわけだが、それはともかく、トルスは穏やかに言葉を継いで、
「トラン様はな、リッヒ姫を愛しているわけじゃないんだ。リッヒ姫と結婚することで、王族の一員となり、政界へ復帰したいだけなんだ」
 イレンは……、
「えぇっ? そ、そうだったの?」
 驚きで目を丸くした。
 もっとも驚きで目を丸くしたのはイレン一人で、リバイ以下三人の仲間は……こいつ、そんなこともわかってなかったのか、と言いたげな冷たい目でイレンを見たのだが、トルスだけは妹の思わぬ純情(?)に胸を打たれた。
 それはともかく、
「逆に言えば、女王にならぬリッヒ姫など、トラン様にとっては無と同じこと。……ここは、むしろリシア姫と協力してリッヒ姫を失脚させた方が……お前にとっても都合のいい結果になるんじゃないか?」
 トルスが、そんな風に説得すると、
「…………」
 イレンは頭の中を整理する時間を作ってから、まず、
「かわいそうなトラン様。わざわざドバイまで来て、失敗の上に失恋するなんて……」
 と一応同情の意を痛ましげにつぶやいたが、すぐに表情を狩人のそれへと一変させ、
「きっと、トラン様、失敗した後は傷つくわね? しかも、リッヒ姫も用無しになって孤独に陥るわね? そこへ私が現れて、全力でお慰めして差し上げれば……心弱り孤独に陥ったトラン様など、簡単に落とせるはずっ! 兄さん、私、やるわ! これは、愛の聖戦よ! 権力に目がくらみ愛を見失ったトラン様を、私の愛で救って差し上げるのよぉぉぅ!」
 と目をギラギラさせつつ、右の拳を天に向かって突き上げた。
 トルスは……お前、さっき、トラン様と結婚して名門の仲間入りするとか口走ってなかったか? と思ったが、それは口には出さず、妹の手をしっかりと握りしめ、
「わかってくれたか、妹よ!」
「私、やるわ、兄さん!」
 しっかり手を握り合った兄妹を眺めつつ、
「んじゃ、ま、俺たちは今後リシア姫とセロ王子の味方として動く、てことで」
 とリバイが結論を言葉にしたとき。
 まるで、その言葉が聞こえたかのようにトランから電話がかかってきたので、一同飛び上がるほど驚いた。
 何せ、たった今、裏切る、という決断を全員一致でしたところなのである。
「どど、どうすんの、兄さん?」
 イレンが動揺しきった声を出すのに、
「落ちつけ! いま、ここで電話に出なかったら、俺たちが裏切ることにしたのがバレてしまう。まずは、いったん相手の話を聞いて……後、どうするかは、後で決めよう」
 トルスは冷静さを装って電話を耳にあてたが、リバイが即座に注意を促した。
「落ちつくのは、お前だ、トルス。電話が上下逆になってるぞ」
 と。
 トルスは注意に従って電話を持ちかえると、改めて、
「もしもし、トラン様ですか? こちら、トルスです。何か御用ですか?」
『…………』
 電話の向こうで、トランは一瞬沈黙した。
 というのも、
『……どうかしたのか? お前、何か変だぞ』
 と疑うような声を出したのは、敏感にトルスの声から異変を察したからである。
 といっても、その疑いの内幕など、どうせ何らかの失敗を隠すか経費をごまかすか、はたまた事態に怖気づいて逃げ出すか、くらいのものだろうとしか考えていないトランは、
『まあ、いい。それよりも、お前たち、やっと出番が来そうだぞ』
 暗に、これまでお前たち役に立っていないぞ、という含みをもたせて言い(トルスは……少なくとも、あんたよりはがんばってるわ、と思った)、次いで、
『いま、私は『エサル』とともにいる。彼も、セロ王子をこのままにしておけぬと思い、私に協力を依頼してきたのだ』
「はぁ、『エサル』が。……ということは、リッヒ姫、見つかったんですか?」
 トルスは、仲間たちとともに、『エサル』にさらわれたリッヒ姫を追いかけた……はずである。
『その話は、後だ』
 トランは、イラついた声を出し、
『それより、今すぐ出かける支度をしろ。私たちは、これから、セロ王子を襲撃に行く。場所は、例の……リデア王国王族専用の別荘。そこにセロ王子がいることを、『エサル』の仲間が、つきとめたのだそうだ』
「…………」
 急な話に、トルスは、とっさに返事ができなかった。
 いったん脳裏に閃いたのは、
(もしもリッヒ姫側が勝利した時、リシア姫側に寝返った俺たちの立ち場は、どうなる?)
『エサル』が乗り出してきた以上、その確率は高くなったのではないか。
 もっとも、これまでのトランの自分たちに対する態度を思い返せば、もし寝返るのをやめてリッヒ姫側にとどまったとて、
(あんまり、いい思いはできそうにないなぁ)
 正直なところ、思う。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ドバイ・イミテーション』完結。

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