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ドバイ・イミテーション・31

 十章 それぞれの思惑・3

『どうした? 何か都合でも悪いのか?』
 再びイラついたような声で促され、トルスは慌てて、
「いえ、そんなことはありません。ただ、急なことで、びっくりしただけです。大丈夫、すぐに行きます」
 と請け合うと、そそくさと電話を切り、仲間たちの方を振り返った。

     *

 トルスからの通報を受けたベルリは、事態の把握に脳の処理能力が追いつかず、青い顔をショージに向けた。
「た、大変です! トラン殿が『エサル』をつれて王族専用別荘にいるセロ王子を襲いに行こうとしているそうです!」
 と告げたが、
「何故、エサルがトラン様と? いつの間に二人は知りあっていたのですか?」
 が、わからない。というのも、ベルリはマーロが『エサル』という彼らの業界では半ば都市伝説化した名前をかたって仕事をしていることはおろか、エサルの正体すら知らないでいるからである。
「エサルいうても、あのエサルと違うエサルや。マーロのことやと思うで? あいつ、エサルの偽者……イミテーション・エサルっちゅうやつやからな」
「イミテーション・エサル……」
 相変わらず全編日本語でお送りしているショージの言葉に含まれた辛うじての英語から、何とか状況を悟ろうとベルリは気合いをふりしぼって、
「エサルには、俗にいう『なりすまし』がいるのですか?」
「そうや。たぶん、マーロだけやないやろうけど」
 ベルリの出した答えに、ショージが、そううなずいてやると、
「それに、セロ王子がドバイにいらっしゃるとは知りませんでした。一体何故、このややこしい時にドバイに……? それに、トラン殿と偽者のエサルことマーロは、何故セロ王子を狙うんでしょう?」
 とベルリが首をかしげたのは、ベルリはセロ王子が『王族史上最もチャラい王子』という世評を信じこんでいるせいなのであるが、
「……リシア姫に小遣いでももろうて、遊びに来たんかもしれんな」
 ベルリ以下祖国の者たちには世評を信じこませておきたい、とセロ王子が口走っていたことをちゃんと覚えていたショージは、そうしらばっくれてみたが、どのみち日本語なのでベルリには通じなかった。
 ベルリは、『リシア』という名から再び推理を開始して、
「そういえば、リシア姫とセロ王子は仲がよろしかったようです。セロ王子という方は誰に対しても愛想のいい方なのですが、リッヒ姫は遊んでばかりいてリシア姫と仲がいいセロ王子を毛嫌いしていたような節が確かに見受けられました。なるほど、それで、トラン殿、リシア姫派と思われるセロ王子がドバイに遊びに来ているのをたまたま見つけて、この機会にやってしまおうと思いついたのかもしれませんね?」
 ショージがセロ王子に同行してドバイに来たことなど知る由もないベルリは、少々無理のある結論をひねり出し、一人合点している。
「まあ、毛嫌いしとるいうだけで殺しに行くようなバカも、そうはおらんと思うが」
 ベルリには通じないことを承知で言い、首をすくめつつショージは、しかし、ベルリがかなり強固にセロ王子を『遊んでばかりいるアホ王子』と思いこんでいる様子に、
(あのセロ王子、自宅の王宮でどんな風にふるまっとんやろ?)
 と内心で訝った。
 ともあれ、
「まあ、何にせよ、セロ王子を見殺しにするわけにはいかんやろ。一つ出しゃばって、ヘルプに行こうやないか」
 セロ、ヘルプ、の二語からショージの言わんとしていることを察したベルリも、
「セロ王子を助けに行くのですね? もちろん、行きましょう!」
 と否やはなく、二人はほとんど同時に立ち上がった。

     *

 リッヒ姫を乗せた車は、クウェート行きの船の出る港を目指して走っていた。
 空港近辺は、しばらく警察の目が厳しそうなので避け、いったん海路で外国を目指し、そこから空路でリデア王国入りするつもりなのである。
「まだるっこしいわねぇ」
 リッヒ姫は遠慮なく、そんな感想を漏らしたが、バイアは取り合わなかった。
 車内には、いま、リッヒ姫とバイアしかいない。
 マーロの残る仲間二人は、各々別々の車に乗り、おそらくリッヒ姫を奪還しに来るであろう、リシア姫の手先ことセロ王子の仲間(という風にマーロたちはユンたちのことを解釈している)たちの襲撃に備えているのである。
「でも、こんな夜中に港に行っても、船なんか出てないんじゃなくって?」
 返事がないのも構わず、リッヒ姫がそう首をかしげるのに、バイアはようやく答えて、
「朝まで待てばいいだけの話だ」
「気の長い話ねぇ」
 リッヒ姫は、そう肩をすくめたが、そこで話すことをやめようとはしなかった。
 リッヒ姫は、いま、微妙な感情になっている。
 車内に『裏切者のリデア王国人』の子の仲間である武器を携帯している男と二人っきりという状態は、やはり薄気味の悪いことである。
 とはいえ、先ほどまで同じような三人の男たちことマーロやストイ、フスキらに囲まれて、うかつに手も足も出せないと思っていた時よりは、相手が一人ならつけ目はある、と思えるようになった安堵感。
 さらには、相手の正体を知ってしまったことで、もともと信用していいのか確信が持てていなかった信頼感が、さらに大きく揺らいでおり、それ以前の問題として、マーロたちを、最終的には始末するかリシア姫殺害の主犯に仕立ててしまおうと考えているリッヒ姫は、自分のそんな内心を悟らせぬためにも、しゃべらずにいられないような心境になっている。
 一方のバイア。
 彼はフスキと同じで、この任務にあまり熱心ではない。ただ、マーロの心情に対する同情心はあるので、渋々付き合っている、くらいの気持ちでいる。
 さらにいえば、
(きっとそのうち、マーロの目も覚めて正気に戻るさ)
 と信じている。
 先述のリッヒ姫が隠そうとしている内心などバイアにも読めるほどわかりやすく、である以上、マーロが気づかぬはずはない。
(いまはマーロのやつも目がくらんでいるようだが、その内我に返るに違いない)
 少なくともバイアは、例えばフスキほどは心配していないのである。
(まあ、目もくらむわなぁ)
 という点について、バイアは一般的な人情論として同情を持って理解しており、そういう意味でフスキがマーロに対して厳しすぎる、と思わなくもないのだが、それはそれとして、だからといって、リッヒ姫の横柄な物言い(もっとも彼女に自覚あってのことではないこともわかっているのだが)に我慢する筋合いはない、とも思っているのである。
 要するに、バイアはリッヒ姫をマーロたちから引き取って以降、ずっとイライラしている。
 もちろん、リッヒ姫という人物は、自分の言動が他者の気に障る可能性など夢想だにしたことがない。
 というわけで、
「あなたと二人で車中泊? ゾッとしない話ね」
 船が出るまで朝まで港で待つ、という案に対し、リッヒ姫は完全に軽口のつもりでそう首をすくめたのであったが、返事は、思いもよらぬ銃声であった。もっとも、銃弾自体は、誰も座っていない空席部分に吸いこまれたのであるが。
「…………」
 さすがに声を呑んだリッヒ姫に目を向けることもなく、バイアは、
「俺の勤めは、あんたを港までつれて行くことだ。車中泊が嫌なら、港で車を降りて歩いて帰ればいい」
 と吐き捨てた。
 しかし、すぐに言葉を継いで、
「もっとも……このまま港まで行くことだけでも、そう簡単にはできないかもしれないが」
 などと言われ、リッヒ姫はつい先ほどされた乱暴な仕打ちも忘れて、後部ガラスの方向へ目を向けた。
「あらっ、あのバイク、セロの仲間かもしれないわ……!」
 と、一台のバイクが、どんどん距離を詰めながら追走してくる姿を見て、そう声をあげる。
 リッヒ姫の指摘は正しかった。
 バイクに乗っているのは、サイレンスである。
 サイレンスはリッヒ姫の乗る車の中で発砲によると思しき閃光が走ったのを見て、追跡から攻撃に切り替えるべき時である、と判断して、堂々と姿を現して距離を詰めることにしたのだ。
 バイアが狙ったのは、実は、それであった。
 マーロからは、朝までに自分たちが来なければリッヒ姫をつれてリデア王国に先行しておくように言われていたが、バイアはそうするつもりはなかった。
 敵からの攻撃を誘うような行動に出たのは、だから、その口実作りのようなつもりである。
 敵の実力はわからないものの、バイアは何の心配もしていなかった。
 いざとなればリッヒ姫を差し出せば、敵がそれ以上深追いしてくることはなかろう、と思われたから。

     *

 本物の方のエサルは、位置情報システムを使ってサイレンスを追いかけ車を走らせていたのだが、途中で、
(やつら、客船の来る港へ向かうつもりだな)
 と気づいた。リッヒ姫をつれて海路リデア王国へ向かうつもりなのだろう、ということは考えるまでもなくわかる……。
「……ん?」
 行く先に港しかない道路、という条件に加えて更け行く夜という時間帯も手伝って、自車しか走っていないように思える状況なのをいいことに、ちらりと位置情報を確認したエサルが、つい小さく声を出したのは、徐々に近づいてくる前方にいるアレハンドロの車が不自然に蛇行するような動きを示したからである。
(ひょっとして、隠れた敵、か?)
 という予測が正解であったことは、間もなく判明した。
 エサルがより強くアクセルを踏んだのと、アレハンドロが二台の車に挟まれるような格好で思わずのように減速したのとで、両者の距離は、瞬く間に縮まった。
 肉眼でアレハンドロの車が確認できる位置まで来たエサルは、マーロの仲間たちが各々操る二台の車が煽り運転よろしく幅寄せしたり行く手を塞いでみたりする姿を発見し、
「……ん?」
 もう一度小さく声を出し、ついでに首をひねった。
 というのも、アレハンドロを『攻撃』しているらしい二台の車は、しかし、相手の足を遅らせさえすればいいのだ、と考えているらしいことが見え見えの緩やかさで、エサルの目には、なんだかやる気なさげに見えたのである。
 その通りであった。
 別動隊として動いているバイアと仲間たちは、既に、
「どうせ止めに来るだろう敵を利用してリッヒ姫の移送には失敗しておこう」
 と意見の一致をみているのである。
 要するに、三人とも、リデア王国へなど行く気はないし、そうなる前にマーロの目が覚めると思っているのである。
 もっとも、さすがにエサルもそこまで相手の思惑を読み取ることはできず、
(偽者、やる気ねぇなぁ)
 そのぬるき手腕に内心あきれたのであったが、それはともかく、
(まあ、あれくらいの敵なら、アレハンドロ一人で何とか出来るだろう)
 と思い、エサルは、もたもたと小競り合いする三台の車の横をすり抜けるようにして追い抜き、さらに先にいるサイレンスのヘルプに向かうことにした。
 追い抜きざま、アレハンドロとエンリケがエサルに気づいた様子だったので手を振ってみせたのだが、エンリケが怒ったように口を動かすのが見えただけで、手を振り返してもらえることはなかった。
 さて。
 サイレンスとバイアは、さすがにもう少し派手にやっているようだった。
 エサルの目がサイレンスのバイクとバイアの車のテールランプの光をとらえた時、両者は既にお互いに銃撃を開始しており、うかつに間合いを詰められぬといった風情で、つかず離れずのチェイスを展開している模様である。
 ところで、その時リッヒ姫は、相変わらずバイアの車の後部座席にいたわけだが、こちらに向かって猛然と追い上げてくるエサルの車の存在に、当然気づいた。
 このとき、リッヒ姫は、エサルの車がセロ王子の仲間のものであるらしいことを悟っていた。というのも、同じくその存在に気づいたらしいバイアが、ちらりとサイドミラーに目をやって、
「チッ」
 と舌打ちしたからである。
 正直なところ、リッヒ姫は、バイアの車から降りたくて仕方なくなっている。
 さっきの威嚇射撃も威嚇射撃だが、それに加えて、セロ王子の仲間と思しきバイク男(サイレンス)の動きが、どうもただ者ではなさそうな感じであることをみるにつけ、これはヤバいかも、と思い始めている。
 そもそも『エサル』の仲間たちが、決して自分のことを快く思っていないらしいことは、バイアの態度からみても明らかである(ということに、リッヒ姫はここに来てようやく気づき始めている)。
 さらに、セロ王子の仲間、と小馬鹿にしていた連中が、『エサル』たちと互角……あるいは、それ以上の戦いぶりをみせている。
 もしも、このまま『エサル』が敗北すれば、リッヒ姫はセロ王子の手によってリデア王国へ戻されるであろうし、その先は……まあ、まさか殺されることはあるまいが、それにしても一生リシア姫に対して頭を上げられぬ次第になろうことに疑いの余地はない。
 しかし。
 いまならば。
 実はトランの暴走に付き合わされているうちに『エサル』に拉致され、嫌だったけど怖くて逆らえず、渋々言いなりになっていただけである、とセロ王子に対して申し開きができるのではないか。
 リッヒ姫は、即断即決の人である。
 そう考えがまとまった次の瞬間、窓を開いて上半身を車外に乗り出すようにし、エサルの車に向かって、
「ヘールプ!」
 と大きく手を振った。
 バイアは、
「よせ、撃つぞ!」
 と言ってみたが、それは言ってみただけのことで、強いてリッヒ姫の動きを止めるつもりはない。
 むしろ、これは渡りに船というべき状況である、と認識している。
 一方のエサル。
「……ん?」
 リッヒ姫に手を振られ、首をひねらねばならなかった。
 彼は、どちらかというと、とっさに、
(何を企んでやがる?)
 とリッヒ姫の行動を、こちらをだますための小芝居である、と見たのであったが、
(まあ、いい。ひとまず乗ってやるか)
 と決め、リッヒ姫の方へ車を寄せたのは、ひとまずにしてもリッヒ姫の身柄を押さえ、彼女がドバイから出ぬようにすることが重要であると考えたからである。
 エサルは後部座席の窓を開き、バイアの車と並走しつつ、
「乗れ!」
 と叫んだ。
 疾走する二台の車の窓から窓へ乗り移る、など、よほど腕に覚えのあるスタントマンででもなければ不可能に思われる技であるが、そこはリッヒ姫、彼女もそれなりにただ者ではないのである。
「わかったわ!」
 叫ぶと、エサルの車をつかみ、ぐいっと身を乗り出した。
 バイアは……リッヒ姫が安全に乗り移れるようエサルの車にスピードを合わせつつ、車を安定して走らせるよう配慮した。
「……ん?」
 それに気づいて、エサル、思わずバイアの方を見た。
 一瞬エサルと目が合ったバイアは、ニヤリと笑ってみせてから目をそらした。
(……なんだ?)
 エサルが眉をひそめているうちに、リッヒ姫は車の乗り移りという曲芸に成功した様子である。
 どさり、とリッヒ姫が文字通り後部座席に転がりこんできた瞬間、車内が一気ににぎやかになった。
「まったく、もう! ひどい目にあったわ! 私はアクションスターじゃないのよ! もっとマシな助け方は、なかったの?」
 とリッヒ姫が矢継ぎ早に言葉を並べるうちにも、仕事は済んだと言わんばかりにバイアの車が、するーっと去って行き、代わりにサイレンスのバイクが並走してくる。
 が、リッヒ姫の声は、まだ止まぬ。
「ちょっと、それより、あんたたち、誰? セロの仲間なんでしょ? セロのやつは、何処にいるの? 私、あの子に話したいことがあるのよ。いまから、セロのいるところにつれて行ってくれるんでしょう?……何で、返事しないの? え、もしかして違った? あんたたち、セロに寄こされたんじゃないの?」
 ……と限りなく続く姫トークを聞きつつ、エサルはサイレンスと顔を見合わせ……。
 はっと気づいた。
(あ! あの野郎、厄介払いしやがったな!)
 とバイアのことを思い返したが、とっくの昔に彼は車ごと姿を消している。
 もちろん、敵を追いかけてうっかり背負い込んだ厄介者を返却するわけにもいかない。
 エサルは……、
「俺たちはセロ王子の命令で、あんたを迎えに来たんだが、まずは黙れ。それから、両手を上にあげておけ」
 とリッヒ姫に命じた。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ドバイ・イミテーション』完結。

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