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ドバイ・イミテーション・32

 十一章 バトル・オブ・ドバイ・1

 ところで、少し時間は戻るが、マーロの仲間が運転する二台の車につきまとわれていたアレハンドロの車に乗っていたエンリケは、助けに来てくれたのかと思っていたエサルが手を振りながら追い抜いて行ったのに、
「助けろよ!」
 と怒っていたのであったが、あにはからんや、マーロの仲間たちはエサルの車が猛然と走り去るのを見ると、慌てたようにそっちを追いかけて行ってしまった。
 言うまでもなく、新たな敵がバイアに危害を加えるのを警戒してのこと(もっとも、彼らは程なくバイアの車からエサルの車に乗り移るリッヒ姫の曲芸を見守ることになるのだが)だったのだが、マーロと仲間たちの秘かな内紛など知らぬエンリケは、
「なんだ、あれ?」
 と安堵の息を吐きつつも眉をひそめた。
「あいつら、こっちを本気で攻撃するつもりはなさそうだったな」
 当然アレハンドロは、そのことに気づいている。
 エンリケは、解放された車の中で、やっと生き返ったような気持ち(というのも、二台の車につきまとわれている間中、生きた心地がしていなかったので)を味わいつつ、
「さっきの連中、本当に敵の仲間だったのかな? ひょっとして……僕たち、ドバイの暴走族に、なんとなく絡まれてただけだったりして」
 ドバイという経済特化都市にそんなものがいるのかどうかはわからないながら、エンリケがそんな指摘を口にすると、
「暴走族ならエサルを追って行くわけない……と思うけど、万が一、ドバイの暴走族がテロリスト相手に、それと知らずにケンカを売ったらオオゴトだ。先を急ごうか」
 アレハンドロがアクセルを再び強く踏み、エンリケは、サイレンスの位置情報を確認すべく携帯電話の画面に目をやったのであるが、
「あれっ?」
 と首をかしげたのは、
「サイレンス、こっちに向かって戻ってきてるみたいだよ」
 であるからで、これにはアレハンドロも首をかしげて、
「何かあったのかな?……まあ、でも、じゃあ、とりあえずサイレンスと合流できるようにしておこうか」
 とユーターンに使えそうな中央分離帯の隙間を探して車線を変更した。

     *

『リッヒ姫に逃げられた』
 というバイアからの電話を受けたのはフスキで、これは、あらかじめ示し合わせた予定の結果だったので、何の驚きもなく、
「ああ、お疲れさん」
 フスキは、そう返した後、
「こっちは、リデア王国の王族専用の別荘ってやつに向かっている」
 と状況を説明する。
 フスキは、いま、車に一人で乗っている。
 マーロはストイをつれて、トランの車に乗っているのである。
 フスキは、『十分に武器を積んだ車』を、くだんの別荘近くまで運ぶ役目をおおせつかったわけで、
『マーロのやつ、本当にセロ王子を殺すつもりでいるのか?』
 とバイアが顔をしかめる気配をさせるのに、
「そうらしいな。一応、俺からも言うだけは言ってみたが……効果があったかどうかは疑問だ」
 フスキは肩をすくめて……だが、全く効果がなかったわけではないだろう、とも思った。マーロは、目さえくらんでいなければ、冷静に状況を分析し判断ができる人物なのである。
 ともあれ、
「まあ、しかし、さすがにマーロがセロ王子をやっちまうのは、いかにもまずい」
『もちろんだ』
 バイアは怒ったような声を出して、
『よし、じゃあ、俺たちもそっちへ行く。なんぼにもヤバそうなら、俺たちがセロ王子を保護してもいいし……』
「ああ、頼む。俺も俺で、できるだけやってみるが……」
 フスキは、そこで言葉を切り、つい小さく笑った。
「……世話の焼けるリーダーだな」
 と思って。
 バイアも、ちょっと笑って、
『言うな。……俺たちが世話が焼けたときには、マーロが付き合ってくれたこともあったはずだ』
「まあ……な」
 フスキにも、そんな風な身に覚えがある。
 もっとも、いまは思い出に浸っている場合ではない。
「ともかく、気をつけろよ。敵もなかなか楽な相手じゃなさそうだからな」
 この場合の敵とは、言うまでもなくユンたちを指す。
 サイレンスの実力を肌で知ったバイアもうなずく気配を送って寄こして、
『ああ、わかっている。そっちも気をつけてくれ』
「じゃ、後で……」
『後でな』
 あいさつをかわして電話を切ると、とたんに車内に静寂が訪れ、フスキがついた小さなため息が、思わぬ大きな音で響いた。

     *

 マーロと話してみたいセロ王子は、玄関前で彼らを待つという。
 私は、もちろん、
「危険ですよ」
 と、わざわざ口に出すまでもないような明白な事実を、これも勤めだと思って律義に口にした。
 マーロにせよ、トランにせよ、主にはセロ王子を倒しに来るはずだ。
「危険なことは、わかってますけど、でも、マーロは乗ってくると思うんです。だって、いかにも怪しいじゃないですか。狙っている人間が無防備に玄関前に立っていたら。そこをあえて突っ込んでくるようなことは、しない……んじゃないでしょうか?」
 セロ王子という当人は、衣服の下に防弾チョッキを着こみつつ、けろりとしてそんなことを言い、ユンは付け加えて、
「悪くない案だよ、凪。セロ王子が玄関前に立っていてくれれば、俺たちはその周辺だけを警戒すればいいってことになる。よしんば裏から狙われたにしても、少なくとも外にいれば、別荘内に閉じこめられて袋叩きにされる、という事態は免れるわけだから」
 物騒なことを言う。
 しかし、ユンの言うのは、つまるところ、
「最終的には、逃げちゃうの?」
「ありていに言えば。俺たちの方には、トランやマーロとその一味を皆殺しにする意味がない」
 さらに物騒なことを言われ、私は……その案件について深追いすることは避け、
「私は逃げちゃうの、大賛成。でも、セロ王子、本当に一人で大丈夫ですか?」
 とダメ押しの確認をするのに、セロ王子がにっこりと笑って、
「なんだったら、凪さんもご一緒にどうですか? 一人より二人の方が、何かと心強いですし。ドアの内側にいれば、相手に撃たれる心配もないでしょうから」
 完璧、とは言えないまでも、悪くないアイデアである。なんといっても、セロ王子は『私の』依頼人なのだ。ここは、ひとつ、私もお付き合いするのが筋ではなかろうか。
 ……と私がセロ王子の申し出について検討していると、ふいに、サイレンスからの連絡が来た。
 届いたメールの文面を読めば、
「ユ、ユン! エサルがリッヒ姫を確保したんだって!」
 だそうで、私の声に各々準備に奔走していたシオウやシンも手を止めて私の方へ近寄ってきた。
「……えらく、あっさりうまくいったもんだね」
 とシンが疑り深げな声を出すのに、
「何かの罠……てことは、ないだろうな。もっとも、だとしても、エサルとサイレンス……それにアレハンドロたちも近くにいるだろうから、たいがい大丈夫だと思うけど」
 とシオウが付け加えて肩をすくめるのに、
「そうなると、トランやマーロたち、本当にこっちに来るかしら?」
 私が首をかしげたのは、彼らがセロ王子の始末よりリッヒ姫奪還の方を優先する可能性があるのではないか、と考えたからなのだが、これにはユンがこたえて、
「なおさら、来るだろう。セロ王子の始末さえつけておけば、その手下たちなんかどうにでもなる……と、あいつらは考えるんじゃないかな」
 なるほど。
 ……それにしても、
「私たち、セロ王子の手下なの?」
 それは、相当不本意な表現である。
 セロ王子は、ちょっと首をすくめて、
「僕は、そんな風に思ったこと、一度もありませんけど」
「当たり前です」
 私は、ぴしゃりと言ってから、ユンの方に顔を向け、
「それより、どうやら私にも、何かしらやることがあったみたいだよ」
 と、さっきのお返しに言ってやった。

     *

 セロ王子が前面に出て敵をひきつける、という作戦内容をシンから聞いたショージは、正直なところ、
(……大丈夫かな)
 と眉をひそめたのであったが、自分の命を賭け台の上に放り投げるようにして敵を振り回してやろう、という策は、いかにもセロ王子の考えそうなことだと思った。
(もっとも、あの王子のことやから、負けそうな賭けなら、はなからせんやろうが……)
 とも。
 さて。
 ショージの視線の先には、トルスたちの車のテールランプが光っている。
 彼らとは、『エサル』と手を組んだトランがセロ王子を始末しに別荘へ行く、という密告を受けて以来、話をしていない。
 トルスたちは、一台の車に大勢が詰め込むようにして乗っているらしく、いかにも危なっかしげに車体をふらふらと揺らしながら走っている。
 もっとも、走りが安定しないのは、乗車制限人数をオーバーしているせいばかりではないだろう。
(今頃、あいつら、結局どっちにつくんが得かで迷いまわっとるんやろうな)
 ショージが内心で苦笑した通り、心の動揺が運転に出てしまっているせいらしい。
「どうやら、彼らは頼むに足る人たちではなさそうですね」
 ショージと同じくトルスの運転からその心の動揺をみてとったらしいベルリが、冷ややかな声で指摘した時、ふいにトルスの車がウィンカーを出して、とある店舗(飲食店らしいが休業中らしく、全ての照明が消されて真っ暗である)の駐車場へと滑り込むのが見えた。
 ショージは念のため、駐車場の入り口を通り過ぎ、少し進んだところで車を道路の端に寄せて停止したのだが、
「様子を見てきましょうか?」
 ベルリが申し出たのは、通り過ぎざま暗闇の中に先客がいたのを見たからであったが、これにショージは首を横に振って、
「どうせトランとマーロやろ。いま、ここで下手に動いて見つかる方が、つまらん」
 とベルリを止め、
「それに、うちのエサルがリッヒ姫をゲットしたらしいからな。トランとマーロにしてみりゃ、是が非でも別荘へ攻め込むか……もしくは撤退するしかない状況やろ。ここで撤退、は、さすがに考えづらいんちゃうんか」
 と先ほどシンから聞いた情報を漏らしてやると、
「…………」
 ベルリの時間が、一瞬止まった。
「……エサル、ゲット、リッヒ……?」
 時間の流れを取り戻して、ベルリはなんとかショージの寄こした情報を理解しようとつとめ、
「えぇっ? ひょっとして、エサルがリッヒ姫を敵の手から奪還したんですか?」
 成功した。
「まあ、その表現が適当かどうかはさておき、いまのところリッヒ姫はエサルといっしょにおるっちゅうこっちゃな」
 ショージはベルリに向かって、主に首を縦に振る動作の方で伝えつつ言い、
「というわけやから、ここまで来たら戦うだけや。いまさらジタバタせんでええよ」
 と付け加えたのを、言うまでもなくベルリは一言も理解できなかったのであるが、
「……そうですね。ともかく、セロ王子をお助けせねばなりません。ここまで来れば戦う他ないようです」
 という結論を導き出し、緊張感をみなぎらせた顔つきでうなずいた。
 ベルリには、実戦経験というものがない。
 そのことを、なんとなく察したショージが、
「根性据えろよ。後は死ぬ気になりゃ、何とでもなる」
 と励ました内容は、やっぱり伝わらなかったのだが、ベルリは、
「はい」
 と反射だけでうなずき、ショージを苦笑いさせた。

     *

 ところで、ショージの読み通り、
「結局、リシア姫側についてセロ王子を助けるのがいいか、リッヒ姫側についてセロ王子を倒すのがいいか」
 という問題について結論の出ぬまま(といっても、イレンは既に「セロ王子をお助けしてトラン様をゲットするのよ!」と決めこんでいたし、リバイも「『エサル』ってのが、どんなやり手かしらねぇが、結局は俺たちと同じ雇われ者だ。どうせトラン様が指揮をとるんだから失敗するに決まってる」と裏切り推奨派であることを表明しているのだが、トルスは一味のリーダーとして様々な可能性を考慮し、仲間たちにとって最良の結果が得られるような判断をする必要があった)、トランと見知らぬ二人の男と合流することになったトルスは、
「やあ、どうも、お待たせしてすみません……」
 と、なんとなく気まずくて、おどおどとあいさつを口にした。
 もっとも、トランは『エサル』を得て気が大きくなっているのか、セロ王子を襲撃する、というヤバい状況にさすがに緊張しているのか、トルスの様子などには目もくれず、いつも以上に居丈高に、
「遅かったな」
 と決めつけ、
「こちらは、『エサル』と、その部下のストイ。リッヒ姫に雇われている兵士の方々だが、我々に協力して、ともに……別荘へ向かうことになった」
 改めて、『エサル』ことマーロと、同行しているストイの紹介をする。
 ちなみに、トラン、リッヒ姫が既にセロ王子側の人たちによって確保されていることを知らない。
 同じく、そのことを知らないマーロが、
「どうも。俺たちの仲間は、他にもいる。もうすぐ来るはずなんだが……」
 と軽くあいさつをしたとき、フスキの乗った車が駐車場内へ入ってきた。
「やあ、皆さん、お揃いで」
 とぼけたあいさつをしつつ車から降りたフスキに、マーロは、
「……遅かったな」
 と文句を言ったが、その目がすっとフスキからそらされたのを、マーロのそばにいるストイだけが見ていた。
「悪い悪い、つい手間取って……」
 と気楽げな口調で返したフスキは、しかし、どういうわけかリッヒ姫がセロ王子側にさらわれたことを口にしなかった。
 もっとも、以上のような微妙な空気感がトルスたちに伝わるはずもなく、
「まあ、武器さえあれば、こっちのものだ」
 いつもの調子をやや取り戻してマーロが車の中に積まれた武器をみせると、トランもトルスも息を呑んで立ち尽くした。
 ちょっとした戦場になら、今すぐ参戦できそうなほどの武器の山。
(こ、こりゃ、ヤベェことになった!)
 とりわけトルスは、愕然として目を見張った。
 こんな物騒な物を持った人たちを相手に、セロ王子たちは本当に勝ちをおさめられるのであろうか。

     *

 エサルとアレハンドロ及びエンリケ、さらにはサイレンスが合流したのは、港近くの駐車場である。昼間になれば、さらに港に近い駐車場に入れなかった車でにぎわうその駐車場も、夜間は犬の子一匹おらず静まり返っている。
「ねぇ、もう手をおろしてもいい?」
 エサルの指示通り、両手を天井につけるような格好であげっ放しだったリッヒ姫が、エサルがエンジンを止めるのを待ちかねるようにして言ったが、返事は銃口であった。もっとも撃たれはしなかったけれども。
 やがて、エサルの車の周囲にアレハンドロとエンリケ、サイレンスが、ばらばらとそれぞれの乗物から降りて近寄ってくる。
「エサル、久しぶり。……この人が、リッヒ姫?」
 エサルが開いた窓から中を確認し、アレハンドロがそう問うのに、
「エサル……?」
 と眉をひそめたのは、リッヒ姫。
 一方エサルは、リッヒ姫のことなどまるで無視して、
「そうだ」
 アレハンドロに向かってうなずいてみせ、ついでに、
「やつらの様子からみて、どうやら我々は、このうるさいのを押しつけられたようだな。敵の方でも持て余していたんだろう」
 と付け加えてみせたが、エサルとアレハンドロの会話はスペイン語だったので、リッヒ姫には一言もわからなかった。
 しかし、聞き捨てならないのは、アレハンドロがエサルに向かって、「エサル」と呼びかけたことである。
「ちょっと!」
 リッヒ姫は周囲の目を自分に引くべく、どんどんと天井を手の平で叩き、
「あんたたち、勝手に話してないで、こっちの話を聞きなさいよ!」
「……もう十分聞かされたが」
 エサルが、うんざりしているのを隠さぬ調子で返したのは、リッヒ姫がここに至るまでの間、嘘なのが見え見えの自分は被害者話を延々ピーチクパーチクさえずり続けていたからである。……無論、聞くまでもないし聞いていられないような話だったので、エサルもがんばって聞き流そうとはしたのだが、あいにくリッヒ姫の声は大きく、周辺道路は交通量も少なくて静かだった。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『ドバイ・イミテーション』完結。

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