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モスクワ・ターゲット・9

 三章 隠れた敵・2

 ところで、アレハンドロの問いに対するユンの返事は、
「ゴルドアには言っておいたが、ゴルドアからは、そのこと、ディデスには告げないでほしい、と言われた。既に引退している自分と違ってディデスはまだ現役だ、そのディデスが駐米アルドバドル大使館襲撃事件の犯人と、そうと知っていながら手を組んでいたということが他人に知れると厄介なことになるからって」
 なるほど、相変わらずゴルドアは部下思いなのらしい、と私は感心した。一方ユンは、何か気になるようで、
「それなら、エサルに話して何とかうまく人員を交代させましょうか? と、こちらから提案してみたんだが、それはまずい、ディデスは既にエサルに会っているし、敵も既にこちらの様子をうかがっているかもしれない、当面二人のことはそっとしておいてやってくれって言われて……」
「…………?」
 私は、ついアレハンドロと顔を見合わせた。
 ゴルドアの言い分は筋が通っており、私は素直にそうした方がよさそうだ、と思ったのだが、ユンは、どういうわけか何か気になるような顔つきをしている。
「……ま、いいや。じゃあ、エサルにはそのように伝えておくよ」
 アレハンドロは肩をすくめて、携帯電話をいじり始めた。ユンが、ここでどんなに問い詰めても、ある程度確信がつくまで何も話してくれないだろうことを知っているのである。
 同じくそのことを知っている私も、ここはあきらめることにして、
「じゃあ、私たちは、どうする? ここで、ディデスの方に何らかの動きがあるまで待つことにする?」
 と改めて、主にセロ王子の方に顔を向けて首をかしげた。何といっても彼は私の依頼人なのである。その彼が、
「暗殺者の存在が気になるから、ホテルで隠れていたい」
 と言い出せば、私も当然お付き合いせねばならない……のだが、ただ、この人絶対言わねぇだろうなぁ、と思っていると、案の定、
「ただ待つのも、つまらないですね。せっかくモスクワに来たんだから、暗殺者どもが襲いかかってくるぎりぎりまで観光でもしましょうよ」
 とセロ王子は、言い放った。
「命を狙われながら観光して楽しいですか?」
 私は、あきれるのとあきらめと感心(この人、こんなだからリデア王国の王族史上最もチャラい王子呼ばわりされるんだろうなぁ、と思った)の混じった声を出したのだが、セロ王子いわく、
「命を狙われながら、じっと隠れているのよりはましです」
 それもそうか。
 私は納得し、結局、そうすることになった。

     *

 ゴルドアは自宅の寝室で、ユンからかかってきた電話を切ると、しばし考えこんだ。
 エサル。
 そして、ディデス。
 二人はともに、反王家グループに属していたリデア王国人の女戦士パドイアの息子である。
 さらに言えば、ディデスはゴルドアとパドイアの間にできた子どもである。
 つまり、エサルとディデスは、父親は異なるものの、同じ母親から生まれた兄弟なのだ。もっとも二人とも、そのことは知らないはずである。
 そのエサルとディデスが、いま、モスクワで手を組んで戦おうとしている。
 そのことに、ゴルドアは戸惑い、それでいて、
(知らずに、とはいえ、兄弟がともにいる……)
 ということに、どことなく心温まるものを感じずにはいられない。
 もっとも、現在二人……いや、凪たちやゴルドアをも含む人々の状況は決して心温まるものではない。むしろ、その逆といっても過言ではないだろう。
 ディデスにせよエサルにせよ、そうやすやすとやられてしまうことはないだろうが、既にクスパが殺されているのも事実である。しかも、犯人の正体も目的も、いまのところわかっていない。
「…………」
 ゴルドアは、少し考えてから、再び電話を手に取った。
 クスパを殺した人間が軍関係者である可能性は、ゴルドアのみるところ限りなく低い。もし、そうなら、例え隠居の身ではあってもゴルドアの耳に入らないはずがないからだ。アルドバドル軍の中には、まだまだゴルドア派の人間が粘っているのである。
 この時、ゴルドアの脳裏にあったのは、
(ひょっとすると、マコッタ会の連中が、何かと暴走しがちなクスパを、この機会に抹殺しようとしたのではないか……、あるいは、フリュードがかき集めた傭兵を横取りして、何か別の目的に使おうと考えたのかもしれない……)
 という推測である。
 ゴルドアは、マコッタ会のリーダーであるシンセという男に電話をかけてみることにした。
 ロサンゼルスの事件後、ゴルドアが引退を表明して以来、シンセとは、やや疎遠になっている。
 マコッタ会の、特に若いメンバーの中には未だにゴルドアを慕って何かと関係を持とうとしたり、相談と称して家に訪ねてくる者まであるのだが、シンセは違う。
 シンセは、どうやらクネイルの力が、またひとつ大きくなったことを悟り、ゴルドアに見切りをつけ、用心深く接触の機会を減らすことにしたらしい。
 その癖、自分以外の者には折に触れて、
「ゴルドア閣下に相談してみなさい」
 とすすめ、「シンセがよろしくお伝えくださいと申しておりました」と伝えさせたりして、要するに恐るべき二枚舌というべきであろう。
『閣下、お珍しいですね。閣下からお電話いただけるなど光栄の至り……』
 割とすぐに電話に出たシンセは、愛想のいい言葉を並べた。
 もっとも、彼がゴルドアからの電話をあまりありがたがっていないだろうことは明白で、
『それで、ご用件は……?』
 と、そそくさと問うて、明らかに早く電話を切りたがっている様子である。
 しかし、
(いつもより、落ち着きがないような……?)
 ゴルドアは相手の声の調子を観察するように注意深く耳を傾けながら、
「いや、何、クスパの件について、お悔やみを申し上げたいと思ってね……」
 と、あらかじめ用意していた口実を口にすると、
『それは……わざわざ痛み入ります……』
 シンセは、その話題には触れられたくなさそうな声で応じた。
 ゴルドアは、それには気づかぬふりで、
「私も、さっき知ったばっかりなんだ。すっかり驚いてしまってね」
『……はあ』
「それにしても、まさか、あの青年が自殺するとはね。将来有望な若者だと思っていたが、何か余程の悩みでもあったのかね?」
 無論ゴルドアは、クスパの死が自殺であるなどとは露ほども信じていない。
 信じていないが、シンセを油断させるため、あえて報道を鵜呑みにした(現在モスクワの警察はクスパの死を自殺とみて捜査している)ようなことを言ってみると、
『…………』
 シンセは電話の向こうで、安堵するというより警戒するような気配をさせ、
『さあ……どうですか……、それに、本当に自殺したのか、どうか……』
 などと言い出したので、ゴルドアは内心で、
(おや……?)
 首をひねった。
 ゴルドアとしては、
(もし、シンセがクスパ殺しに一枚噛んでいるとしたら、自殺の線に飛びつくであろう)
 とよんで、自分はその報道を信じている風に言ってみたのであったが、
「どういうことだ? ひょっとして、自殺に見せかけて実は殺された、という可能性でもある、と思っているのか?」
 ことがことだけに少し声を厳しくして問い詰めると、シンセは慌てたように、
『いえ、まさか、そんなことは……。ただ、クスパ君が自殺をしようとは、私は夢にも思っていませんでしたから、つい、そんなことを考えてしまって……』
「本当かね?」
 ゴルドアは、さらに厳しく念押ししてみたが、
『もちろんです』
 と答えたシンセの口調が少し断固とし過ぎているような気がしないでもない。
(これは怪しい……?)
 ゴルドアは、もう少し突っ込んでみることにして、
「そうか……。しかし、実は私も同じようなことを考えなくもなかったのだ。クスパのような青年が自殺するなど、考え辛いことだからね。それも、わざわざモスクワのホテルで……」
 と相手に同調するような格好で水を向けてやると、
『いえいえ、そんな……、……いや、私も、もちろんそのことについては意外に思っているのですが、しかし、一方、こうなってみると思い当たる節がなくもないのです。クスパ君は、どちらかといえば思い詰めやすいタイプの青年でした。ひょっとすると、我々からみればつまらないことを大仰に考えて、思い詰めて、とうとう自分から死を選んだのではないか、と……。今思えば、そういうところのある青年でした、クスパ君は……』
 とシンセは、ややしどろもどろな口調で推論を並べたてた。
 ゴルドアは、何度か言葉は交わしたことがあるクスパの姿を思い浮かべた。
 確かに、いつも何かに思い詰めたような目をした青年だった、と思う。
(もっとも、思い詰めたクスパが自殺するなら、いっそクネイルを巻き込んでの自爆テロ、くらいはやらかしそうだが……)
 ゴルドアは、そう考えたが、そんなことは口には出さず、
「まあ、……そうかもしれないな。いや、君がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。しかし、いまさら言っても仕方がないことだが、何か一言相談してくれていれば……」
『私も、そう思います。閣下にそのように気遣われて、クスパ君もさぞ、あの世で喜んでいることでしょう』
 この辺が限界のようである。
 ゴルドアは改めてお悔やみの言葉を述べ、電話を切った。
 別れの言葉を告げたとき、シンセは安堵したようだった。

     *

 電話を切ると、シンセは、ほっと安堵の息を漏らした。
 思想は一致しないでもないが考え方はかなり違う上、引退を表明したことでいまや厄介者となった(まあ、少なくともシンセにとっては)ゴルドアをうまくあしらったことと、
(どうやら、クスパは確実に死んだらしい)
 ことに、ようやく確信を持てたような気がして。
 実は、クスパの愛用している清涼菓子に毒薬を数粒混入するよう、とある人物に指示したのは、他ならぬシンセなのである。
 理由は簡単だ。
(もはや、反クネイルの看板で選挙を戦える時代は終わった……)
 その流れに、クスパが抗おうとしたからである。
 マコッタ会の歴史は、クネイル首相の任期より、はるかに長い。
 したがって、シンセの考えるところ、反クネイルという看板など、
(長い歴史の中の、小さな流れの一つでしかないのだ。そこまでこだわるべきものではない)
 のである。が、クスパは違った。
 スパイ役などやらせていたせいもあるかもしれないが、クスパの中では、いつしか『反クネイル』が、アイデンティティの域まで転化してしまっていたらしい。
(要するに、クスパは狂人だったんだろうな)
 とシンセはクスパのことを見ており、しかし、ゴルドアが現役であったときには、それはそれなりに使える存在でもあったのである。
 だが。
「我らがマコッタ会は、いつまでも反クネイルにこだわっているべきではない。時流の変化に柔軟に対応すべきである」
 と、ゴルドアの引退表明を受け、シンセが示した方向転換に、クスパは猛烈に反対した。
 反対しただけでなく、
「もし、このままマコッタ会をクネイル側へ転換させるつもりなら、リオデジャネイロでの一件をマスコミにぶちまけさせていただく!」
 とまで食い下がられては、シンセとしても何らかの手を打たざるを得なかった。
 好機は、程なくやってきた。
 クスパが、再びリデア王国の誰かと連絡を取り合っているらしい、という情報がシンセの耳に入るのとほとんど時を同じくして、クスパが突然、海外旅行に行きたいので休暇を取ると申し出てきたのである。
 シンセは、この機を逃さず、かねてから用意しておいた毒薬をクスパの愛用する清涼菓子に混ぜ込むよう人を動かした。
 シンセにとってはうまい具合に、クスパがモスクワに到着してから、ホテルでそれを呑んだらしいことは、結果からみて明らかである。
(やれやれ……)
 シンセは、二重の安堵をこめてため息をつき、
(これで、我々の邪魔をするものはいなくなった。さすがのゴルドアも、モスクワで起こった事件には手も足も出まい……)
 と考えつつ、愛用している胃腸薬を手に取った。ここのところ、胃腸の状態が思わしくない。
 瓶に入った胃腸薬は小さく丸い白色の丸薬で、クスパが愛用していた清涼菓子とそっくりの形をしているのだが、シンセは、そんなことは気にもとめず、適当に取り出した三粒を水で喉に流し込んだ。
 程なく、シンセの手からコップが転がり落ち、遅れて、シンセの体も床に崩れ落ちた。
 床に転がったシンセは、しばらく苦し気に身もだえしていたが、やがて、ピクリとも動かなくなった。
 実は、シンセに毒を盛られかけていることを知ったクスパが、出国前にシンセの胃腸薬の瓶に毒を返却しておいたのである。
 つまり、シンセは、自分の用意した毒を自分で吞んで死んでしまったのだった。

     *

 モスクワ市内にあるビジネスホテルの一室で、ペインはアルドバドル時間とロシア時間の両方が表示された時計を見比べつつ、
(もうそろそろ、シンセのやつ、死んだかもしれないな)
 と考えた。
 ペインは、マコッタ会の人間ではない。
 もともとはアルドバドル軍に雇われていた傭兵だったのだが、ひょんなことからアルドバドル人の男女を殺した犯人として追われる身になった。
 追われる身になった後、国外逃亡しようとしていたところをシンセに拾われ、以来、主に用心棒的な仕事をしながら、彼に頼まれた様々な仕事を片付けていた。
 様々な仕事の一つが、クスパの見張り、である。
 リオデジャネイロの事件以降、ペインはシンセに頼まれてクスパを見張っていたのであるが、ペインは何となくクスパが気に入って、スパイとしての役割は果たしつつも、どちらかといえば友人のような付き合いをしていた。
 だから、先日、シンセからクスパの清涼菓子のケースに毒物を混入するよう頼まれたとき、クスパにそのことを教えてやることにした。
 シンセが自分を殺そうとしている、と知ったクスパは激怒した。
 激怒して、混入された毒薬を全てシンセの胃腸薬の瓶に戻しておくよう、ペインに頼んだ。
 ペインは頼まれた通りにしてやることにしたが、託された毒薬の中の一粒を手に入れておくことにした。
 というのも、
(クスパは友だちだが、そういや、俺はシンセに恩があったんだった)
 ということに、ふと思い当たったからである。
 ペインには、この場合、シンセだけが死んでクスパだけが生き残るのは不公平なことに思えた。
 それで、クスパがシンセに返そうとしていた毒薬の一粒を、クスパが新しく開封したばかりの菓子ケースの中に放り込んでおいたのである。
 無論、シンセ及びクスパが毒薬を呑みこむ前に気づいて助かる可能性はあったが、
(それは、まあ、どっちでもいいか……)
 十中八九呑むだろうと思われたが、ペインはそう切り捨てた。
 クスパを殺したがっていたのはシンセであってペインではなかったし、シンセを殺したがっていたのはクスパであってペインではなかったからである。さらに言えば、ペインはアルドバドルに戻るつもりは、もうなかった。
 ただ、ペインの考えるところ、
(クスパは死んだが、クスパの仕事が終わったわけではない……)
 もともと外国人傭兵であるペインは基本的にアルドバドル国内の政治には無関心である。正直なところ、クネイル首相を倒しさえすればアルドバドルが良くなると、一心不乱に思いこんでいるらしいクスパを、
(……そういうもんかなぁ?)
 と、不思議なものを見るような目でしか見られなかったのだが、
(しかし、クスパからフリュードとの密約の内容を打ち明けられた上、手伝ってほしいと頼まれたことだし……)
 そう頼まれたとき、「ああ、いいよ」と答えたのはスパイとして怪しまれないためであったが、でも、ともかくも、「ああ、いいよ」と答えたからには、何らかの責任が自分には発生しているのではなかろうか。
 さらに、
(クスパ本人が死んだことで、いまごろクネイルは安心しているんじゃないか。つまり、クスパの悲願にとって、いま、絶好のチャンスが到来していることになる……)
 という事情も考慮に入れると、やりかけの仕事を捨てるのが惜しいような気もする。
 ペイン自身は、クネイルにもフリュードにも興味はないが、強いて言えば、
(フリュードに関していえば、とりあえずセロ王子を倒すところまで持っていけば、成功報酬を支払わせることくらいはできるだろうし、うまく事を運べば新しい雇い主にもなってもらえるかもしれないな)
 その際、
(ことのついでに、クネイルもさくっとやっちゃっても別に文句は言われまいよ)
 ペインは、亡き友の悲願を叶えてやるのも、悪くないような気がしている。
 いずれにせよ、ここで手を引く、という手はない、とペインは決断した。

 
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ふじきよ なお

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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・ターゲット』完結。

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