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モスクワ・ターゲット・10

 三章 隠れた敵・3

 ペインは、クスパの泊まっていた『ブルーリゾート・モスクワ』へディデスが来たことを知っている。その後、彼がクスパの携帯電話から情報を盗み出し、フリュードの集めた傭兵たちに再招集をかけたことも。
 実はペインは、コヨゾミ族出身の傭兵である。
 ディデスの再招集に応じたトリョフとヌガミは偶然にも古くからの知り合いである。
 これもまた、やりかけの仕事を捨てるには惜しい幸運、というべきであろう。

     *

 ゴルドアからかかってきた電話で告げられた報告は、ディデスを驚かせた。
 一つ目の驚きは、
『さっき、シンセが死体となって発見されたらしい。いまのところ詳細は何もわからないんだが、状況からみて、どうやら服毒死らしい、という話なのだが……』
「服毒死……」
 ディデスは、当然の如くクスパを思い浮かべ、
「ひょっとしてシンセは、クスパを毒殺した後、気がとがめて自殺を……?」
『私も、同じことを考えた。だが……。実はシンセは、死ぬ直前まで私と話していたのだ。その時の様子から察して、彼が自分から死んだとは、私には思えない』
「シンセと話していた? それは、一体どうしたわけで?」
 ディデスは、つい声をとがらせた。というのも、ディデスは官僚の集まりであるマコッタ会がゴルドアを利用しようと近づいてくることを、かねてから良く思っていなかったからなのだが、
『私から電話をかけたんだ。実は、ユンから電話があってね、どうやら彼ら、いま、モスクワにいて、しかもクスパ変死事件について調べているらしいんだ。それも……クネイルから頼まれて、ね』
「クネイルに……?」
 ディデスは、さらに声をとがらせ、全身を一瞬怒りでカッと熱くした。
(なるほど、クネイルのやつ、結局は私を信じていないのだな)
 と状況から理解して。
 ゴルドアは、ユンがゴルドアに話した現状と、彼と交わした取り決めについて話し、
『彼らもまた、今回のクネイルの二股契約に、決して気をよくしてはいない』
 とディデスの胸中にあるだろうユンたちへのわだかまりを少しでもやわらげるべく、さりげなく前置きをしておいてから、
『だから、君、悪いが、クネイルへの報告をこっちにも回してほしいんだ。それに、私から君に、いくらか頼みごとをするかもしれない。その時には、できる範囲でいいから、請け負ってくれるとありがたい』
 と非常に曖昧な言い方で、クネイル首相といったん距離を置き、ユンたちと手を組むことを、頼み事、という形で命じた。
「…………」
 ゴルドアの曖昧な、要するに命令を、ディデスは脳内で整理して理解する時間を作り、理解した瞬間、ついほほ笑んだ。
「つまり……閣下が久しぶりに陣頭指揮をお取りになる、ということですか?」
 引退後、ゴルドアが現場、というべき案件に乗り出すのは初めてのことだ。
 これが、二つ目の驚きであった。
 もっとも、
『陣頭指揮は、あくまでユン……のつれている探偵だ』
 ゴルドアは注意深く訂正し、
「なるほど……」
 今のゴルドアが、特に政治的な問題のからむ件では大っぴらには動けない立場であることを十分理解しているディデスは即座にうなずいて、
「こちらとしては、クネイル首相から『監視せよ』と命じられていたクスパが死んでしまった以上、任務は終了したともいえるので、即刻帰国してもよいのですが、クスパのモスクワ入りの目的くらいは知ってやろうと思って、半ば個人的にモスクワ滞在を伸ばしている状況ですので、御用があればいくらでもおうかがいしますよ」
 と自分の立ち位置を明確にしてみせた。ものは言いよう、というやつであろう。
 次いで、クネイル首相に報告済みの現状をゴルドアに向かって説明してから、
「現在、私のもとには、あなたがおっしゃった実はユンの仲間だというジョシュの他に二名……トリョフとヌガミという兵士が集まっていますが、この二人は全くの金目当てのようです。クスパが集めた他の傭兵たちが再招集には応じず離脱したことに不安を感じていた様子なので、ひょっとしたら早々にいなくなってしまうかもしれません。ところで……」
 ディデスは、『赤の広場』で会ったジョシュことエサルの姿を改めて思い返しながら、
「あの、ジョシュという男、どうもどこかで見た覚えがあるような気がするのですが……」
『……アルドバドル系のアメリカ人、だとか言っていたな』
 ゴルドアが、どことなく曖昧な口調で相槌をうつのに、でも、ディデスは、そのことには気づかずに、
「まあ、ユンの仲間なのですから、ロサンゼルスで見かけたのかもしれませんが」
 と、自分の言ったことを自分で流すようにして肩をすくめてしまったのは、いま、ユンたちが仲間であるからで、さらに、
「残念ながら、私は、そのロサンゼルスでユンたちに命を救われていますからね。その恩返しも兼ねて、彼らに協力してやることにしましょう」
 という事情にもよる。
 ともあれ、
「私は当面ジョシュと協力して、クスパの仕事を引き継ぐふりをして、さらに隠れた敵がいないか探ってみることにします」
『ああ、それがいいだろうな。あのフリュードが、クスパに任せきりにしてリデア王国でじっとしているとは思えない』
 ゴルドアは、そう同意してみせた後、
『それにしても……またフリュードを相手に戦う日が来るとは思いもよらなかった』
 と言って、喉の奥で低く笑い声を立てた。
 ゴルドアの若かりし頃、アルドバドルとリデア王国は史上最も激しく戦っていた。
 その当時のゴルドアの敵は、現在のルクスアウレ王の父親であるマニアール王であり、マニアール王に重用されていた若き右腕のフリュードだったのである。
「閣下……」
 ディデスは、ゴルドアの現役時代の戦いに思いを馳せて一瞬言葉を詰まらせ、
「この戦い、何としてもフリュードの思い通りにはさせますまい」
 と力をこめて請け合った。
 敬愛するゴルドアの怨敵と戦う、という事態に胸が熱くなるのを感じながら。

     *

 ところで、さすがゴルドアのよみは、当たっていた。
 最盛期には国王の側近まで勤めたフリュードが、基本的には敵国のアルドバドル人であるクスパを全面的に信用するはずがなかった。
 といっても、
(どうせアルドバドル人めは、リデア王国人なら誰でも喜んで殺すだろう)
 しかも王族の誰ぞ、となればなおさらのはずだ……とフリュードは思いこんでいたので、クスパの裏切り的なことに関しての問題ではない。現に、セロ王子暗殺の件を持ちかけた時のクスパの反応は、予想に違わず、かなり乗り気といった風だった。
 だから、フリュードが信用できなかったのは、
(果たして、クスパとやらが、うまく事をやりおおせるか……)
 という能力値の問題で、もっとも、クスパにはペインなる協力者がいたのであるが、フリュードはその存在を知らされておらず、また、知ったところで特に安心はしなかったであろう。
 だからフリュードは、クスパがモスクワへ旅立つのとほとんど同時に、とある兵士を同地へ送りこむ準備を始めた。
 兵士、といっても、厳密にいえば現役の、ではない。
 その者は、リデア王国軍に所属していたのだが、リッヒ姫に恋をし、彼女を女王にするため、どういうわけかルクスアウレ王を殺そうと企てた罪で、数年前に投獄され、今も牢屋にいる。
 もっとも、企てただけで実行に移したわけではないらしい。
 企てたことを、同僚の兵士に語り、驚いた同僚が上官に報告し、報告を受けた上官が事情を聞きに行ったところ、大暴れした。その際、取り押さえに行った同僚の一人が死亡したため逮捕されたのである。
「とにかく、すごい怪力なの」
 と、この件をフリュードに漏らしたリッヒ姫は、あきれるとも感心するともつかぬ口調で説明した。
「三十人がかりくらいで取り押さえたらしいんだけど、牢屋に入れたら檻に体当たりして、鉄柵を壊してしまったらしいの」
 すさまじい怪力、という他ないだろう。
 無論、力が強ければ、全ての障害がクリアできるわけではない。
 しかし、
(セロ王子相手には、策謀で挑むより、いっそ圧倒的な力で押し潰しに行った方が効果的かもしれない)
 セロ王子相手に何かを企めば、こちらが秘かに伸ばした手を目ざとく見つけ、逆手にねじり上げるようにしてカウンター・アタックを食らわせてくることは、ドバイの事件で身にしみてわかっている。
 フリュードは、圧倒的な力を持つというその兵士がロシアへ渡れるよう、諸事万端手続きを整え、クスパがモスクワで死ぬ三日前、リデア王国の僻地にある、基本的には政治犯専用の監獄へ自ら赴いた。
 監獄には見張りの兵士が幾人もいるが、ここへ来る前に既に話はつけてある。
 フリュードが姿を現すと、そこの責任者であるらしい男が訳知り顔に迎え入れ、無言で牢屋のカギを手渡した。
 カギを手にしたフリュードは、一人、この場所に収容されている罪人たちの中でも、最も危険な者が収容されることになっている地下へと向かった。
「ビドロ……」
 明らかに他の牢屋に比べ鉄柵が驚くほど太いその檻の奥へ、フリュードは呼びかけた。実は、鉄柵は初めは普通サイズのものであったのだが、要するにビドロであるその男が破壊してしまったので、新しく、最高に頑丈なものに付け替えられたのである。
「…………」
 返事はなかったが、檻の奥で、重そうな足かせをはめられてうずくまっているビドロが、目だけあげてフリュードを見た。
 フリュードは、この場所の責任者を買収して手に入れた二つのカギ……目前の檻とビドロと壁をつないでいる足かせのカギを、鉄柵越しにかざしてみせ、
「お前を、自由にしてやろう。ただし、条件がある。モスクワへ行き、そこにいるセロ王子を殺せ!」
「…………」
 ビドロは、どんよりと無感動な眼差しでフリュードを見返しているが、その申し出に対して何の返事もしなかった。
 まるで、檻から出て自由になることに、何の興味もないといわんばかりに。
(ひょっとして、……ニ年、いや、三年か? ともかく、数年もの間地下牢獄に閉じこめられていたせいで、言葉を忘れてしまったのか?)
 フリュードは、両膝を抱え込んでうずくまっていても、なおこんもりと巨大なビドロを眺めながら、内心で首をひねった。
 常識外れの怪力の持ち主であるビドロは、その体型も人間離れしている。
 立ち上がれば身長は三メートル近くあるというし、体重もおそらくは三百キロ近くあるだろう。
 かつて……というのは、ビドロの逮捕前、ということだが、その当時彼の周囲にいた者たちからの情報によると、ビドロは三百キロ近くある巨体の持ち主とは思えぬほど素早く動くことができるらしい。
 性格は基本的には穏やか……というよりは、何に対しても反応の鈍い人物で、怒られようがからかわれようが、常に大きな体をちぢこめるようにして曖昧にニヤニヤしていた、という。そのうえ口数も非常に少なく、仲間内ではビドロのことを不気味がって近寄らない人間も多かったとか。
 もっとも、ルクスアウレ王殺害計画未遂事件によって、この人物が、思いこみが激しく何を仕出かすかわからないタイプでもあったことが判明したわけだが、
(ひょっとすると……牢屋にいる間にリッヒ姫への思慕など消えているかもしれないが……)
 フリュードは、正直なところ、檻の向こうにいる化け物じみた男をどう扱っていいかわからず、内心でそう首をひねりながら、どちらかといえば念のため、のつもりで、
「何故セロ王子を殺す必要があるか、わかるか? それはな、セロ王子が、リッヒ姫が女王になるのを邪魔したがっているからなのだ」
 と、主に『リッヒ姫』という名前を出すために告げてみると、
「リッヒ姫……?」
 自分の自由にも興味を示さなかったビドロが、ここで初めて反応を示した。
(この……狂人が!)
 フリュードはビドロの様子に嫌悪を抱き、内心でそう吐き捨てたが、しかし、そんなことは無論おくびにも出さず、
「そうだ。リッヒ姫だ。リッヒ姫がセロ王子を殺したがっているのだ」
 と、完全なる嘘でもないだろう、とフリュードが思っていることを、理解力がひどく乏しいらしいビドロに理解させるために、あえて簡素な表現で口にした。
 果たして、ビドロは理解したらしい。
「リッヒ姫! 彼女こそ女王に相応しい! 俺、セロ、殺す!」
 と叫ぶや、足かせを自力で引きちぎり、檻に突進してガタガタと鉄柵を揺すぶりだしたのには、さすがのフリュードも肝を冷やした。
(この……狂気の化け物を、外に出してしまっていいのだろうか……?)
 という躊躇が微塵もなかったとは言えないが、フリュードは、檻のカギをあけてやることにした。
 狂気の化け物ならば、尚のことセロ王子相手には効果的だろう、と思ったから、だけではない。
 おそらくビドロは、最高に頑丈な鉄柵も破壊できるだろう、ここで前言撤回して踵を返せば、自分の身が危なくなるような気がして。

     *

 レベジェフは、モスクワ市内を中心に、ロシア全土にレベジェフ隊の人間をスパイとして放っているので、特にあるジャンルの情報に関しては国家機関のそれに負けないほどよく知っている、と自認している。
 ディデスを見失ったトリョフとヌガミが頼って行ったポポフは、実は、スパイ要員として市街地で生活するレベジェフ隊の一人である。
 トリョフとヌガミは、ポポフのことを単なる情報屋であり、かつ、なんとなくウマが合う親切な友人、と思いこんでいるのであるが、その二人からポポフが得た情報は、言うまでもなくそのままレベジェフに報告され、
「その、ディデスって野郎は、本当に……トリョフとヌガミの見込み通り、お前の家の近辺にいそうなのか?」
 レベジェフにその点、確認されると、ポポフは苦笑いして、
『さて、なぁ。あいつらの言うことだから、な。望みは薄いんじゃないか』
 少なくとも、ポポフは、トリョフとヌガミを過大評価はしていない。
「ひょっとすると、むしろ真逆の方向にいるかもしれないってか? そいつぁ、ご苦労なこった」
 レベジェフはトリョフとヌガミ(とエサル)の尾行をまいたディデスの行動をそう評して首をすくめ、
「それで、そのコヨゾミ族の二人は、これからお前の家を拠点にディデスのヤサを探しまわるつもりなのか? まあ、別に悪くはない判断だと思うが、しかし……トリョフとヌガミは本当にセロ王子をやるつもりなのか?」
『ああ、俺もその辺、突っ込んでみたんだが、よくよく話を聞いてると、あいつら、どうも逃げ腰なんだよな。かと言って、報酬は惜しいらしい。それで、念のためディデスを探って、よくよくヤバそうなら、とっとと逃げるつもりだが、このまま作戦が首尾よく成功しそうなら……』
「自分たちものっかって、ひと稼ぎしようってハラか。ずるいやつらだな」
『根は、てんでお人好しだよ。悪いやつらじゃない』
 ポポフは友人たちをかばったが、
「お人好しで傭兵が勤まるか」
 レベジェフは切って捨てた。もっとも、だから真逆の方向でディデスを探そうとし始めているわけでもあるが。
「よし、じゃあ、お前、さりげなく手伝ってやれ」
 切って捨てた後、レベジェフがそう命じると、ポポフは電話の向こうで首をひねる気配をさせ、
『いいのか? 日本から来た探偵と、セロ王子を助けるのに協力するって約束したんだろ?』
「別に真剣に手伝えとは言っていない。このまま、あさっての方を探させてろ。お前はお前で、隙があればセロ王子の敵らしき存在の情報収集をしてくれれば、なおいい」
 これ要するに、レベジェフは今のところ、凪たちに協力するという約束を真面目に守るつもりでいるらしい。
『了解。……で、ディデスの方から、いよいよセロ王子を殺しに行くぞって声がかかったら、どうする?』
 ディデスが実は凪たちの味方であることなど知る由もないポポフが少々先走った質問を口にするのに、レベジェフは耳に電話を当てたまま、首をすくめて、
「そん時は、そん時だ。じゃ、その辺適当に……」
 と言い置いて電話を切った。
「すごいね。もう何かつかんだんだ」
 レベジェフが電話を切るのを待って、シュウイチは、にこにこと、そうほめた。事実、レベジェフの情報網の力に感心している。
 レベジェフは、じろりとシュウイチをにらんで、
「俺を誰だと思っている」
 と冗談めかせた口調で吐き捨て、
「ま、ひょっとしたら、あのユンとかいう野郎、この程度の話は既につかんでいるかもしれないが」
「まあ、でも、あなたの知り合いのポポフのところにトリョフとヌガミがいるってことは、さすがに知らないんじゃない?」
 相変わらずにこにこと顔を笑ませたまま、シュウイチは指摘し、
「どうする? このこと、先生に教えてあげる?」
「……お前は、誰の味方だ?」
 問いに答えるかわりに、レベジェフはシュウイチをじろりとにらみつけた。
「別に誰の味方ってこともないけど」
 シュウイチは、おどけた感じで肩をすくめて、でも、
「僕は、凪先生と仕事を手伝う約束をしたけど、今の僕の雇い主はあなたですから」
 と存外真面目に言い放った。
 それを、レベジェフが信じたかどうかは、わからない。
「上等」
 特に嬉しそうでもなく、レベジェフはつぶやいた。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・ターゲット』完結。

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