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モスクワ・ターゲット・11

 四章 鐘とモンスター・1

 レベジェフと会った翌日、私はユンとセロ王子、本日は『史上最強ガードマン!』(背面には『最強の敵かかってこい!』と書いてある)ティーシャツを着用したサイレンスを連れて、モスクワ市内観光に出かけた。
 出かけるにあたって、私は、
「ひとまず、『クレムリン』と『赤の広場』へ行ってみよう!」
 と提案したのであるが、名探偵としては、やはり一度は現場を……生前のクスパが傭兵たちを集めた場所やクスパの代理と称してディデスが傭兵たちに再招集をかけた場所を見ておく必要がある、と考えたからである。
 もっとも、クスパ変死事件に関していえば、現場は『ブルーリゾート・モスクワ』の部屋、ということになるのだろうが、あいにくその部屋は現在モスクワ市警の管理下に置かれており、警察関係者以外立ち入り禁止となっているので、私は入れない。
 それにしても、変死事件の起こってしまった部屋は、今後貸し出せるものなのだろうか。
 出がけに報告かたがた、あいさつをしにハオランさんを訪ね、その件についてお悔やみを言うと、ハオランさんは困り顔で、
「残念ながら、こういったことは稀にはあることですが、当分の間、あの部屋は使えなくなるでしょうね。……まあ、ほとぼりが冷めてしまえば、何とか……」
 と語尾を濁した。私は……その件について、あまり深く追求しないことにした。
 ともあれ。
 ユンの運転する車で、まずは『クレムリン』へ向かうことにし、私は助手席に、セロ王子とサイレンスは後部座席に並んで座った。
 私はシートベルトをしめながら、ふと思いついてサイレンスの方を振り返り、
「サイレンス、もし、セロ王子を狙う敵が現れたら彼のことを守ってね? セロ王子に何かあったら……私も運命をともにするよ?」
 と念のため、口先だけの脅し、を言っておくことにした。
 というのも、昨夜ジューダスに電話をして、状況報告をしたついでに、
「なんか、モスクワに来てから、やたらとサイレンスがつきまとってくるんだけど」
 と相談したのである。その相談をしている、まさにその時も、サイレンスは私のそばにいた。ユンたちには声も聞かれたくないというジューダスのために、わざわざ皆から離れてバスルームで電話していたのだが。
 私の相談に対するジューダスの答えは、
『それは私が、そうせよ、と指示したからです』
 で、
『何せ凪さんは、特に元生徒のシュウイチみたいな存在が相手だと、途方もなくチョロいですからね。私が世話をしている老人も心配しています。だから、今回のシュウイチの件は、本当はあなたに任せたくなかったのですが、後でシュウイチが個人的にあなたに接触するリスクを考えると、そうもいかず。だから、サイレンスに頼んで、あなたを徹底的に見張っておくことにしたのです』
 で、
『たぶん、ユンたちも内心困ってると思いますよ。凪さんの手前、あまり力強くシュウイチを追っ払うこともできなくて』
 だそうで、
「……なんか、私が悪いみたいな言い方だな」
 私が、そう不満を表明すると、
『悪いです』
 ジューダスは、あっさり決めつけ、
『自覚してください』
 と重ねて決めつけ、さらに、
『いいですか。今のあなたは、例えれば、カモがネギだけではなくガスコンロと念のため予備のガスボンベまで背負って鴨料理専門店のシェフを訪ねているようなものなのです! そのことを、しっかり自覚して、とにかくシュウイチに何か持ちかけられたら、ユンか私に相談する前に決して動かないでください!』
「誰が大荷物背負った食用のカモだ!」
 私は、まずその不本意な例えを訂正し、
「……でも、まあ、わかったよ。何せ、何かあったらユンに相談してから決めるよ。どうせ今までもずっとそうしてたし」
 忠告にはうなずいておくことにしたのは、一応ジューダスが真面目に私のことを心配してくれている気配を察したからである。
 もっとも、私のうなずきに対するジューダスの返事は、
『今さら言うのも何ですが、どんだけ頼りないんですか、あなたは。ちょっとはしっかりして下さいよ、名探偵!』
 という罵りとため息であったが。
 ちなみに。
 迷いはあったが、私は、シュウイチの方から私に会いに来たことと、レベジェフなる彼の雇い主に会わされたことを正直に話した。まあ、隠してもどうせ後で知れることである。
『レベジェフなら知っています。名前だけのことですが。とある業界では、それなりに有名な人物ですよ』
 ジューダスは、その件については、あまり重くみていない様子であった。というのも、
『ただ、シュウイチにとって、そこは一時の仮宿に過ぎないと思います。たぶん、彼はモスクワに長居するつもりもないんじゃないでしょうか』
 と考えているから、らしい。私は……シュウイチというのは、そんなに落ちつきのない生徒だっただろうか、と昔のことを思い返してみたが、むしろ年齢に比して落ちついた雰囲気の子だった、という印象しかない。
 まあ、以上はいくらか余談として、結局昨夜は寝袋まで使って私につきまとい、ベッドの足元にいたが故に夜中寝ぼけて踏みかけたサイレンスは、
「…………」
 私の脅しに対して、親指を立てるジェスチャーで応じた。
 幸い、車は何者かに襲われることもなく、つつがなく目的地に着いた。
 券売機でチケットを買い、若干ものものしい雰囲気の入場ゲートをぬけると、私たちはクスパが待ち合わせ場所に指定したという『鐘の皇帝』へ真っすぐ向かった。
「いまさら行っても、何も出ないと思いますけどね」
 とセロ王子は私に付き合ってくれながら、冗談めかせて肩をすくめたが、私は……そんなことは百も承知じゃい、という本音の方は封印して、
「でも、行かないよりは行ってみた方がいい……はずです! まあ……いま、他にできそうなこともないですし」
 と主張しておくことにした。
 もっとも、
「しかし、結局セロ王子護衛のミッションを完遂すれば、結果的にクネイルからの依頼も完遂できるんじゃないか?」
 いったんユンが通訳を離脱して指摘したことは、たぶん正しい……可能性が、現時点、とても高い。
 そして、そのために今、シオウやショージたちが手分けして、空港やら『ブルーリゾート・モスクワ』やらを見張っていたり、エサルがディデスとともにフリュードの手先をあぶりだすべく一芝居うってくれたりしているわけである。
 言いかえれば、……今、私、やることがない。
「……だからといって、何もしないでいるわけにはいかないじゃないか。一応仕事なんだし」
 ぼやきつつ、私は、世界最大ではあるが台座に鎮座しているため、おそらく永遠に鳴ることはないだろう鐘の前に、一応立ってみた。
『鐘の皇帝』は入り口ゲートからみると奥まった場所に位置しており、そばには『イワン大帝の鐘楼』という、建築当時はロシアで最も高かった、という塔がある。
 生前のクスパが、ここら辺に立って、フリュードがかき集めた傭兵たちと合流したのだ。
「何か、わかりましたか?」
 と鐘と私を交互に見つつセロ王子が問うてきたのは、からかわれている、と判断すべきだろう。
「全然」
 現場に立っただけで何かわかるなら世界中の迷宮入り事件が全部解決しとるわい、と思いつつ私は首を横に振り、火災で割れたという鐘の割れ目の中をなんとなくのぞきこんだ。
「何か手がかりでも中に落ちてるか?」
 とユンまでからかってきたので、私は内心……くっそぅ、と思いつつ、
「何も。……サイレンスは、何か気がつかない?」
 と、隣で一緒に鐘の中をのぞきこんでくれているサイレンスに顔を向けると、
「…………」
 サイレンスは、さも無念そうに首を横に振った。私は……彼が本気なのか私をからかっているのか、ちょっとよくわからなかった。
 それはともかく、
「何でこの場所だったんだろうね?」
 私は、クスパがこの場所を集合場所に選んだことについて、改めて疑問に思った。
 もっとも、
「それに関しては、エサルのよみが当たってるんじゃないか? ここなら武器が持ち込みにくい。おそらくクスパは、クネイル首相が自分に見張りをつけていることに感づいていたんじゃないか」
 という事情は、なるほど、納得できるものではあると思われたが、しかし、
「なんか……それだけじゃ不十分な気がする……」
 私は、自分が名探偵としての役割りを果たすべく無理に状況をややこしくとらえようとしていることを薄く自覚しながら、鐘と周囲を行きかう人々を交互に眺めた。
 もちろん、集合場所に大した意味などないのかもしれないし、ひょっとすると、単にわかりやすい場所とクスパが考えたのが、ここだっただけの話かもしれない。確かに大きな鐘は、目立つ存在である。
 しかし……と私は鐘の割れ目の中を未練たらしくのぞきこみながら、
「例えば、この中にさ、秘密のメッセージを書いた手紙をそっと忍ばせておいて……」
「……隠れたクスパの仲間が、それを取りに来て、またそいつも秘密のメッセージを書いた手紙を入れるかもしれない?」
 ユンは私の話の後を引きとって首をかしげ、
「まあ、考えられなくもないが……電話かメールでもした方が早そうだな」
「…………」
 そりゃそうだ。電話に限らず、現代社会は通信手段の宝庫みたいな場所である。
 それに。
『クレムリン』の中には大統領府もあるせいか、警備員の数がやたらと多い。歴史的価値のある鐘に余計なマネはできそうにない。
「……やっぱり無駄足だったか」
 あらかじめわかっていたことといえばわかっていたことではあったが、私が改めてそう肩を落とすと、
「そうでもないかもしれないぞ」
 別に慰める風でもなく、ユンが言った。
「さっきから、この鐘……か、ひょっとしたら俺たちのことを気にしているらしき見知らぬ男が、三回くらいそばを通って行ったからな」
「えぇっ?」
 私は驚いて周囲を見まわしかけ、寸でのところで首の動きを止めた。もし、相手が私たちに用がある方の人であれば、こっちがあっちに気づいたことを、あっちに悟られない方がいい……。
「クスパの仲間かな」
 それで、鐘に視線を固定したままつぶやいたのだが、ユンの方は至って無造作に周囲を見まわしつつ、
「かもしれない。ハオランが言ってたろ、クスパは『ブルーリゾート・モスクワ』に宿泊する際、後からもう一人来るって言ってたって。もっとも、実際に来たのはディデスだったようだが、実は本当に誰か来ることになっていて、でも、クスパが死んだのを見て身を潜めてしまったのかもしれない」
「もう一人の誰か……」
 という存在が確かにいるのは間違いないのではないか、と私には思われた。何せフリュードにせよクスパにせよ、暗殺、というろくでもない目的で利害が一致しているのであろう仲なのである。しかも二人は敵対する二つの国の人間であるだけではなく、その中でも前のめりに戦争をしようとしている派の人たちなのだから、お互いのことなど、実はてんで信用していないに違いない。
 暗殺。
「ねぇ、クスパの目的ってさ、本当にクネイル首相の暗殺だと思う?」
 ついでに『クレムリン』内を足早に観光し、次いで『赤の広場』の方へ向かう道すがら、私は、ふとその点を疑問に思った。
 私たちは、クスパの前科を知っている。
 だから彼が再び動き出したのを見て、すわ、またクネイル首相の命を狙っているのか、という結論に飛びついてしまったのだが、
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」
 どうやらユンも、その点がずっと引っかかっていたらしく、
「ただ、その件に関しては、わかるどころか推理するにも材料が少なすぎるからな。まあ、傭兵を使って何か企んでいる、というんだから、どうせ血なまぐさい話なんだろうけど」
 ……血なまぐさいのか。
 私は、これ以上その件について追及することは、やめておくことにした。
 さて。
『赤の広場』とは、『クレムリン』北東の城壁に隣接する広場のことで、別に赤くはないのだが、ロシア語の『赤の』にはもともと『美しい』という意味があることから、そう呼ばれるようになったのだそうな。
 だだっ広い広場のぐるりには、先ほど歩いた『クレムリン』の外壁や『レーニン廟』の他に博物館や百貨店等、歴史的価値の高い建築物が、ずらりと並んでいる。
 この『赤の広場』の中央でエサルはディデスと合流したのだそうだが、
「そういえば、ディデスは何故ここを選んだんだろうね? クスパと同じ場所にした方が、クスパの仲間を見つけやすそうに思うけど」
 私が、そちらの方にも疑問を持つと、ユンは小さく肩をすくめ、
「本人に確認してみなけりゃわからないが、たぶん、ロシア政府の方を気づかったんじゃないか? ディデスはアルドバドル軍の正規兵だからな、政治の中枢である『クレムリン』で傭兵と会合する気になれなかったんだろう」
 その件についてディデスに問い合わせるのは後のことになるのだが、ユンの推測は当たっていて、やはりディデスとしてはロシア政府の鼻先で傭兵たちとセロ王子暗殺の話をするのは、ためらわれたらしい。アルドバドル及びリデア王国、というアジアの小国が『世界』の気を引くことは滅多になくても、大国同士のイデオロギー戦から完全に解放されている、というわけでもないのであろう。
 ちなみに、
「まあ、リデア王国とアルドバドルの戦争が、諸大国の代理戦争にでも使われたら、たまりませんからね」
 ディデスの措置についてセロ王子は、しれっとそんな感想を述べた。私は……不吉なことをあまり気楽に言わないでほしい、と思った。
 それはともかく、
「要するに、クスパはディデスを恐れて、『クレムリン』の中に傭兵たちを招集した……のかな?」
『赤の広場』の名所の一つである聖ワシーリー寺院の玉ねぎ型の屋根を見上げつつ、そう首をかしげたのは、そうは言ってもディデスが内心ではいまだに反クネイルなのであろうことが昨夜のゴルドアの話で明らかになっていたからで、ユンはこれに対し、
「クスパの属するマコッタ会のリーダーも死んだという話だからな。ひょっとすると、マコッタ会の中で何か重大なもめごとが起こっていて、そっちからの刺客を恐れていたのかもしれないが」
 マコッタ会のリーダーが昨夜突然死亡した、というニュースは、今朝ゴルドアからユンに伝えられた。
 その件に関してゴルドアは、
『マコッタ会のことは、少しこちらで探ってみよう。何かわかったら、すぐに知らせる』
 と請け合ってくれたそうだ。ユンはそれに対し、
「あの人も引退後、暇を持て余していたらしいな」
 と苦笑いしていたが。
「セロ王子は、マコッタ会の存在はご存知でしたか?」
 ふと思いついて、セロ王子の方に顔を向けたのは、むしろ敵国の情報には敵国の人々の方が詳しいところがあるのではないか、と考えたからだが、果たして、
「ええ、知っています。マコッタ会は、リデア王国でもちょっと知られた存在ですよ。もっとも……特にクネイルが政権を握って以後は選挙でも苦戦しているようですね。さらに、頼みの綱のゴルドア元将軍も引退なさったようですし。彼ら、いま、かなり追い詰められた状態なんじゃないですか」
「…………」
 ユンの通訳越しに答えを受け取った私は、まじまじとセロ王子を見つめた。
「……何か、気づいてます?」
 と思って。
 セロ王子はニヤリと笑って、
「何も? 僕は、至って鈍感なたちですから」
 私は……ほざいてやぁがれ、と思ったが、それは口には出さず、代わりにユンに顔を向け、
「例の人……ついてきてる?」
 例の人、というのは、先ほど『鐘の皇帝』の周辺に三回姿を現したという謎の人のことである。
 ユンは小さく首を横に振り、
「ひょっとしたら、俺たちが車で来たのを知っていて、『クレムリン』の近くで待ち伏せしているかもしれない」
「…………」
 私は、ちらりと横目でセロ王子を見た。
 もし、問題の人物が『鐘の皇帝』及びそれを気にしている私たちの様子をうかがっていたのであれば、それは、そこにセロ王子の姿があるのに気づいて、であった可能性が高い。
 そして、どうやらユンは、ぎりぎりまで相手の尾行を許すことで、こちらからも相手の正体を探る手を使うつもりでいるらしい。

     *
 
 ペインが
(セロ王子……)
 の姿を直接見たのは、初めてのことであった。
 ペインは、ユンのよみ通り『クレムリン』の出入り口付近をうろつきつつ、主にセロ王子が姿を現すのを待っている。
(護衛は三人か)
 とみたのは、言うまでもなく、ユンと凪、それにサイレンスのことである。
(手薄なような気もするが……お忍びなんだろうし、継承順位十位だとあんなもんなのかもしれないな)
 とも考えてみたが、いずれにせよ、今すぐ襲いかかるつもりはなかった。
 昨日、トリョフとヌガミに電話した。
 二人は、たいそう驚いていた。
 無理もない。ペインが故郷であるコヨゾミ族の村を出てアルドバドルに赴いてから数年間、村人の誰とも連絡を取っていなかったのである。
 トリョフとヌガミを含むコヨゾミ村の人々は、だから、ペインが出稼ぎに行った先で戦死したと思いこんでいたらしい。
(死んだと思っていたやつから、いきなり電話がかかってくれば、そりゃ驚くわな)
 他人事のようにそう考えてペインはひっそりと笑い、数年ぶりに会うことになるトリョフとヌガミに関する記憶をたどった。あいつらはいいやつだった、とペインは思い出した。
 少なくとも、あいつらを殺そうと考えたことは一度もなかった、と。

     *

 数年ぶりに同じコヨゾミ族のペインから電話があったトリョフとヌガミは困惑……というより、戦慄していた。
「何をそんなに怖がってるんだ? ペインってやつ、いい情報を持ってきてくれたじゃないか」
 二人からペインからの電話について打ち明けられたポポフは、そう首をかしげた。
 昨日トリョフとヌガミが『赤の広場』で会ったディデスは、実はクスパの正式な代理ではなかったことが、ペインから二人に知らされたのである。
「そりゃ、そうなんだけどさ」
 とトリョフが口ごもるそばからヌガミが、
「けど、ペインは……村長殺しの犯人かもしれないんだ」
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・ターゲット』完結。

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