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モスクワ・ターゲット・38

 最終章 夢追う者たち・1

 ペインは、逃げたらしい。
 私たちがビドロと校舎の中で追いかけっこをしていた間、ペインは最初はエサルたちと、途中からはサイレンスを相手に戦っていたそうなのだが、校舎内でビドロが捕獲されたときにあげた悲鳴を聞いて、救出へ向かおうとしたのだという。
 しかし、彼の行く先には最後の砦みたいにしてマノヒャが、さらにはビドロ捕獲成功と見たショージが、一人、いつの間にか駆けつけていたことで、状況不利と見たペインは踵を返すようにして逃げた、のだそうだ。
 このペインの行動に関してユンは、
「これで、いったんは危機が去った、といえそうだな」
 と、ようやく安堵の息を吐いて結論した。
 いったんは。
(要するに……危機はまだ完全に去ったわけではない、ということだな)
 さすがに私でも、そのくらいのことは詳しく説明してもらわなくてもわかるのである。
 ペインがビドロ救出をあきらめるようにして(まあ、ひょっとすると、これも『いったん』の話かもしれないが)撤退したのは、別にセロ王子暗殺をあきらめたから、ではないだろう。むしろ、その逆であるはずだ。
 あくまでも、セロ王子暗殺、というミッションを果たすために、目先の戦いを深追いすることを避けた、と考えた方が妥当であろう。
 一方、ビドロ。
 ひとまずビドロをレベジェフ城へ連れて行くべく手配したトラックを待っているレベジェフの横顔に目をとめ、私はふと危惧を覚えた。
 危惧は二つあって、一つは、
(レベジェフは、本当にビドロを雪男として友だちになるだけ、で済ませるつもりであろうか?)
 という点。
 彼の本業は雪男研究家ではない、傭兵部隊のオーナーなのである。ビドロの強靭さとパワーを思えば、ちょっとした戦車くらいの役割りは果たせそうである。
 もっとも、レベジェフという人が、変人ではあっても悪党というほどでもない(まあ別に善人ということもなさそうだが)ことを思えば、この点、あまり心配すべきではないかもしれない。
 それよりも、
(ビドロは、やけに素直に説得に応じたようだけど、あれは本心なのだろうか?)
 という二つ目の危惧の方が、当面差し迫った問題なのではないか。
 そのビドロは、校舎の出入り口を背にじっと座りこんでいる。その両手両脚には、いまだにロープがしっかりと巻き付いており、レベジェフ隊の人々がしっかりとその端っこを握っているのであるが、ビドロは特に抵抗する気もないらしく、大人しくしているようだ。
(……本当のところ、危険は何一つ去ってはいない、と考えた方がいいのかもしれないな)
 私は、現状をそんな風に結論した。
 ビドロの内心は、わからない。
 だが、確実に、フリュードはセロ王子を狙う手を休めることはないだろう。
 亡きクスパにも、その遺志を継ぐ仲間の存在がありそうだという話だし、さらにリッヒ姫も動き始めているらしい。
「ふあぁ……。やっぱり、ちょっと疲れましたねぇ」
 その全員を敵にまわしている当のセロ王子は、のん気げにあくびをしつつ、そんなことを言っている。
 あくびは伝染する。つられて私もあくびをして、
「本当に。何せ……ビドロに加えて幽霊まで出てきたから……」
 と、ぼやいたのだが、セロ王子とエンリケはともかく、目撃者ではないシンとアレハンドロは、
「何か見間違ったんじゃない?」
「よくビドロに追われながら、幽霊が怖がれるね」
 と笑ったりあきれたりしている。
 私は……、
「怖さのジャンルが違うんだよ」
 と言い返してみたものの、……しかし、そう言われてみれば自分でも何かを見間違えたような気がしないでもなく、なんとなく校舎の方を振り返ったのだが。
「…………!」
 二階の窓からこちらを見おろしている少女と目が合った。
 少女は、私に向かってにこやかに手を振ると、瞬きした間に消え失せた。
 ……私は、
(眼精疲労かな?)
 と考えつつ、指先で目頭をもんだ。

     *

 手配したトラックの荷台にビドロが乗りこむのを見守りつつ、
「これで、夢が叶っちゃいましたねぇ……」
 レベジェフの隣で、未確認生物捕獲特殊部隊の一人が、ふと、つぶやいた。
 どことなく寂しげな響きがその声に含まれていたのは、ことここに至るまでの道程が脳裏を駆け巡っているせいである。
 レベジェフ隊に所属する兵士たちが皆、レベジェフの夢に共鳴していたわけではない。
 というか、約半数は、
「雪男なんて、いるわけないだろう」
「というか、いてもいなくても、どうでもよくね?」
 という超常現象否定派の人たちであったし、さらに残る半数のうちの約八割は、
「いるかもしれないとは思うけど、実際に探しに行くのは、ちょっと……」
 という超常現象嫌いじゃないが参加はしたくない派の人たちで、その両派に属さない残る人々で結成されたのが、今宵ここに集った未確認生物捕獲特殊部隊なのである。
 彼らに向けられる世間(彼ら以外のレベジェフ隊の人々)の目は、決して温かいものではなかった。
 しかし、いずれ雪男を発見し、やつらを仰天させてやるという情熱とともに、同じ目標に向かい励ましあう仲間たちとの絆が、彼らを支えた。
 その道程は決して楽なものではなかったはずなのだが、こうして目標を達成し、振り返ってみると、
「……輝かしい日々だったなぁ」
 別の一人が、「夢、叶っちゃいましたね」にこたえて、歓喜とともに訪れた惜別の思いににじんだ涙をぬぐい、
「これで、わざわざ真冬にシベリアに遠征したり、少数民族の方々を雪男と間違えて追いまわした後平謝りに謝ったり、冬眠中のクマをうっかり起こして猛烈に怒られたりせずに済むんだな……」
 別の一人も、名残惜しげにつぶやいた。それらは、散々な記憶だったはずなのだが、どういうわけか楽しかった思い出であるように感じる……。
「は? 何言ってんだ、お前ら?」
 ただ一人、夢はみてしまった以上叶える以外に方法なしと信じて疑わない男レベジェフは、しみじみし始めた仲間たちの様子に首をかしげた。
「何言ってるの? って。だって、もう雪男は捕まえちゃったんだから、俺たち、もう解散なんでしょう?」
 と雪男探索の日々を思い返し涙しかけていた人たちが、きょとんとすると、レベジェフは、あきれ顔をして、
「何を言っているんだ。世の中にいる未確認生物は、雪男だけじゃないぞ。現に、さっきお前ら、この廃校に幽霊がいるのを見たって言ってたじゃないか」
「……幽霊って未確認生物なんですか?」
「いいんだよ、細かいことは! とにかく、ビドロの他にもまだ隠れた雪男がいるはずだし、この廃校も徹底的に調べる必要がありそうだ。それに、お前ら、知ってるか? 日本には、平たい蛇みたいな形をした謎生物がいるらしいし、イギリスには古代から秘かに生き残る恐竜の目撃情報がある。その上、世界中の空で日夜未確認飛行物体が飛んでいるんだ! 一つの夢を叶えたからといって、ゴールに着いたわけじゃないんだぞ!」
「えぇっ?」
 さっきまで泣いていた未確認生物捕獲特殊部隊の面々は、一瞬にして涙を乾かし、驚きの声をあげた。当然だろう。
「お、俺たち、それを全部探すんですか?」
 一人が震えながら、そう尋ねた。震えているのは、それが想像するだけで大変なことであるからである。
 一方レベジェフは、何でもないような顔をして、
「うん」
 あっさりうなずいた。
「そ、そんな無茶な!」
 一人があきれたようにわめいたが、しかし、その口元が、ほんの少しほころんでいることに、その場にいる全員が気づいていた。
 レベジェフは、改めて仲間たちの顔を見まわし、
「いいか。夢は、追い続けるものだ。一つの夢を叶えたら、次の夢が始まるんだ」
「ボ、ボス!」
「夢の先に、また夢がある。ビドロだって、捕まえたからといって全てが終わったわけじゃないぞ。これから俺たちは、あいつと仲良くなりつつ、その生態を観察したり、そこから人類の進化の方向性や可能性を妄想してみたり……まあ、色々やることがある。お前ら、休んでいる暇はないぞ! 夢は、まだまだ続くんだからな!」
「ボ……ボス!」
 レベジェフの言葉に、仲間たちは顔を輝かせた。
 どうやら彼らの冒険は、まだまだ続きそうである。

     *

 シュウイチがイワノフのもとを訪れたのは、凪たちがいったんレベジェフ城に戻り、休息している間のことである。
「そんなに昨日の今日で来られても、大したことはわかってないぞ」
 朝一番に中間報告をねだられたイワノフは、そう苦笑いしてみせたが、それでも、
「お尋ねだった件のうち、コヨゾミ族の実情の話だが、結論から言うと、あまり芳しくはないらしい」
 と当面つかんでいる情報を披露し始めた。
「仕事が減ってるの?」
 シュウイチが、芳しくない、の意味をそう解釈してみせると、
「まあ、それもなくはないかもしれない。何せあそこは古くからの顧客を中心に仕事を取っているからな。
 しかし、一番の問題は、どうやらそこじゃないようだ。
 まあ、前々から噂のあったことだけど、コヨゾミ村の過疎化が、いよいよ進んでるんだそうだ。
 もともと主要産業が傭兵、の村だけに、村人の平均寿命は短かったんだが、加えて若者たちの市街への流出、さらにはレベジェフ隊の躍進、という事情が重なって、先細り感はかなり濃くなっている様子だ。もっとも……」
 とイワノフは、いったん言葉を切ってニヤリとし、
「以上のことは、ちょっとした情報通なら誰でも知っている話だ」
「まあ、噂レベルではあるけどね」
 と小さくうなずいたシュウイチは、無論情報通な人々のうちの一人である。
 イワノフは改めて、
「まあ、その状況を踏まえた上で、ここからが本題だ。
 実は、死んだ前村長のウトヨという人は、コヨゾミ族の村を大改革するつもりでいたらしい。
 具体的に言えば、古くからの伝統産業である傭兵部門を縮小……いずれは廃業して、村に新しい産業を作るつもりでいたらしい」
「大改革……」
 シュウイチは、ちょっと目を丸くし、
「そのウトヨって人、村人から集めた税金の一部を着服していたらしい、という情報が、あるにはあるんだけど」
 その点、確認すると、
「それは本当だったみたいだな。どうやら、その改革に使うため、だったようだ」
 イワノフは小さくうなずいて、
「でも、そのウトヨは道半ばにして死んでしまった。まあ、もともと評判は、あまりよろしくない人物ではあったらしい。善意の計画のためとはいえ横領くらいはやってのける人物なわけだし、何かにつけ豪腕をふるって他者を黙らせる、というようなところがあったみたいだから……」
「ということは、前村長殺しは、コヨゾミ族の人々の間で、あまり問題にされていない?」
「そんなことは、ないんだろうと思う。人それぞれ捉え方はあるだろうが、何せ、ことは殺人だ。いくら傭兵勤めが主要産業の村でも、殺人事件が重大事件であることに変わりはない。
 だが、それを重大事件として村人たちが動き出すのを抑えている人物がいる。
 現村長のマノヒャだ。
 マノヒャは、もともとウトヨと折り合いが悪かった。もっとも、あんたも知っているはずだが、マノヒャというのは育ちのいい、紳士的な人物だから、表立ってウトヨを批判したり面と向かってケンカをしたり、ということはなかったようだ。
 だが、内心で、特にウトヨの改革案には猛烈な反発心を抱えていたんだそうだ。これは、ウトヨともマノヒャとも親しくしている人物から聞いた話だから、まず本当と思っていいだろう……」
「ということは、ひょっとしてマノヒャは、前村長ウトヨが生きているときから、彼の横領の事実及び、その金を使った具体的な改革案を知っていた、ということ?」
 シュウイチは、忙しく頭を働かせながら念押し気味に確認した。
 もし、そうであれば、ペインによる前村長殺人事件に、また新たな色が加わるのではないか。
「当然知っていただろう。コヨゾミ族たちの間では、村長よりも族長の方が位が上だ。
 昔々は、コヨゾミ族の村は、世界中に点在していた、という話を聞いたことがある。点在するそれぞれの村の長が村長で、その全ての村の長が、族長、であったそうだ。いまはコヨゾミ族の村はロシア国内にある一か所だけだが、昔の名残の権威が、族長にはあるわけだ。
 だから、これまでコヨゾミ族の人々は、族長とその家族から村長になる者を出すことを許さなかった……はずなんだが、前村長が在職中に急に死んだという事情があるにせよ、ここにきて族長の息子であるマノヒャが、村長になった……」
「村人から批判は出なかったの?」
「大しては。もちろん、マノヒャが村人から信用されていて、頼りにされている存在だったからでもあるんだが、それ以前の問題として……」
「深刻な人材不足?」
「その通り。特に若年層の流出が止まらないようだ。無理もないといえば無理もない話だがな。誰だって、特に若い時分は都会の華やかな、便利で快適な生活に憧れるし、より広い世界で自分の力を試したいって思うものだろう?」
「……まあ、ね」
 シュウイチはイワノフの一般論に曖昧にうなずいて、
「じゃあ、仮にコヨゾミ族に大きな仕事が舞い込んでも、応じられる兵力が確保できないような状況、というわけ?」
「いまのところは、本来なら退役している年齢の古猛者たちも動員することで、しのいでいるようだ」
 イワノフは苦笑して、
「何せその人たち、体力は落ちても経験豊富だからな。だが、本人たちも体はきついし、雇い主も……若い連中より思い通りに動かせないっていうんで、あんまり好評ではなさそうだ」
「経験豊富なだけに、ね……」
 シュウイチは考えこむような口調で相槌をうって、
「じゃあ、ペインがぬけたのって、コヨゾミ族にとっては結構大きな痛手だったんじゃない?」
 ペインならば、一人で数十人分の働きをするのではないか、と考えつつシュウイチが問うのに、イワノフはちょっと首をすくめて、
「それも、村人たちの意見は色々だな。ペインてやつ、強いには強いが、気に入らねぇってなると容赦なく相手を叩きのめすようなところがあったらしいから、いなくなって清々したってやつも少なからずいるようだが。
 でも、マノヒャにとっては痛手だったんじゃないか。
 というのも、マノヒャは、ペインに相当賭けていた節があるからな」
「賭けていた?」
「うん、まあ、要するにペインの強さに目をつけたわけだな。やつなら、一人で数十人分の働きができる……といわれているらしいからな。本当にそんなやつがいるのかは疑問だけど」
 とペインの戦いぶりを見たことがないイワノフは、もう一度首をすくめてみせ、
「それはともかく、でもマノヒャは、ペインに相当期待していたらしいんだ。一人で何十人もの働きができるってこと以上に、その強さが評判になってコヨゾミ族の看板となり、ひいてはその看板が村人たちの誇りとなりて若い衆の引きとめにも役立つはずだ、と。現実問題、そううまく事が運ぶかは別として、マノヒャは、そうすべきと思いこんでいたようだ。もっとも、当のペインに、その気が全くなかったようだが」
「……ところでさ、ウトヨの他にもペインが殺した、とされている殺人事件が、いくつかあるっぽいんだけど……?」
 シュウイチは、また考えこみながら、そう話を変えた。
 シュウイチのみるところ、前村長殺しの動機としては、ペインよりマノヒャの方が強いのではないか。
 もっとも、
「ああ、それ。俺に情報をくれたやつは、全部ペインの仕業だろうと確信しているようだった。何しろ、それらの事件、一番新しいのでも数年前のことになるし、コヨゾミ村の内部で起きた事件だから、ロシアの警察も動いてない。あの村は、自治区だからな。その上犯人不明のまま曖昧にうっちゃらかされていて、何の資料も残されていないんだ」
「コヨゾミ村内に、警察とか、それに類する人たちは……?」
「いない。どうやら、その手の話は村長を中心とした村議会で裁いているらしい。そういうところ、あの村はあまり近代化していないみたいだな。無理もないところもあるけど。何せ、成人男性が、ほぼ全員傭兵になる村だ。殺されたのが女子どもでない限り、殺人、というより、戦って勝った負けたという事件が大半だから……」
「それにしても、近代社会とかけ離れたやり方だねぇ」
「それも、仕方がないところもある。コヨゾミ族の村は、本人たちが主張するところによると、ロシア建国以前からそこにあった、て話だ。良くも悪くも伝統のある民族だからな」
「でも、そのやり方じゃ公正な裁きは……必ずしも期待できないんじゃない?」
 と首をかしげてみせたシュウイチの声には、含みがある。
「村長の人柄にもよると思うが」
 イワノフは慎重に前置きしてから、
「俺に情報をくれたやつは、こうも言っていた。ペインが殺した連中は、ひょっとしたらウトヨが差し向けた刺客だったのかもしれない。証拠がないのが、その証拠みたいなもので、ウトヨも自分がやらせていることである以上、ペインを裁くこともできず、証拠を握り潰していたんじゃないかって」
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・ターゲット』完結。

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