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モスクワ・ターゲット・39

 最終章 夢追う者たち・2

 なるほど、とシュウイチは薄く笑った。
「なるほど、あんたに情報をくれてる人ってのは、コヨゾミ族の中でも上の方にいる人なんだね?」
「お前は、情報をつかむのがうまいな」
 イワノフは、ちょっとシュウイチをにらむ真似をしてみせ、
「だが、情報源の正体については勘弁してくれ。あの人も、それなりに危険をおかして情報をくれているようだから……」
「もちろん」
 その辺の、情報屋同士の紳士協定はシュウイチもわきまえているのである。
「だけど、一つだけきいていい? その情報源の人は、マノヒャに対してどういう評価をしているの?」
 とシュウイチが食い下がるのに、イワノフは少し首をかしげて、
「少なくとも、明らかな悪口は言ってなかったが……」
 と前置きした後、
「俺が実際に話したときの感触では、どちらかといえば、その人はウトヨに同情的で、マノヒャに批判的な様子だった……ように思う。人柄の話じゃなく、改革賛成派だったんじゃないかな。マノヒャが伝統的なコヨゾミ族の在り方にこだわっているのに賛成できない、といった風な……」
 イワノフが考え考え意見を述べるのにシュウイチが聞き入っていると、ふいに、イワノフの携帯電話が鳴り始めた。
「ちょっと失礼」
 断りをいれてから電話に出たイワノフは、何やら短く会話を交わして、すぐに電話を切り、シュウイチを見てニヤリと笑うと、
「どうやら、お尋ねの件の二つ目のヒットが出たかもしれない。ちょっと観光客とは雰囲気の違うアルドバドル人らしき男が、いま、空港にいるんだそうだ」
 シュウイチは、報告が終わるのを待ちかねるようにして座っていたイスから腰を浮かせた。

     *

 レベジェフ城に戻り、いったん休んだ後、
「とりあえず、『ブルーリゾート・モスクワ』の方に戻らない?」
 と提案したのは、ビドロが口先で言う通りセロ王子暗殺をあきらめたかどうか確信が持てなかったからなのだが、当のセロ王子が、
「その前に、できればビドロと話してみたいんです」
 と主張したので、私の提案は、その時点では却下になった。
 かと言って、セロ王子の要望も、すぐには叶えられなかった。
「ビドロが少し落ち着くまで待ってくれ」
 とレベジェフに止められたからである。
 そのビドロは、レベジェフ城の中でも最も広い一部屋を与えられ、特に鎖をかけられたりすることなく、そこで寝起きしているそうで、いまのところ逃げ出したり暴れたりするような気配はない、という。
 結局、セロ王子がビドロと話すことができたのは、ビドロ捕獲成功から三日後のことになるのであるが、その三日の間、レベジェフと彼の同志であるところの未確認生物捕獲特殊部隊の人々は、ビドロの生態観察に夢中の様子であった。
 私はユンにつれられ、毎日レベジェフにビドロの様子を聞きに行った。
 その結果、ビドロが一晩寝ると、前日に負った様々な形でのダメージをほぼ完全に回復してしまう特異体質であることが新たにわかったのだが、それはそれとして、
「なあ、ビドロに何を食わせたらいいと思う? さっき生肉を与えてみたんだが、どうも食わない様子なんだ」
 ビドロ捕獲の翌日、新たに発見されたビドロの体質の特殊性について教えてくれた後、レベジェフがそんな相談をしてきたので、私は……、
(……いや、ビドロ、人ですから)
 というセリフを辛うじて呑みこんで、
「……ビ、ビーフストロガノフ、とかどうですか?」
 さっき自分が食べておいしかったものを言ってみた。
「雪男にビーフストロガノフゥ?」
 レベジェフは不満顔をしたが、
「でも、雪男が本当に人間が変異した……生物? であるのならば、むしろ食の傾向や味覚は人間に近いと考える方が自然なんじゃないですか?」
 私は、そんな推論を述べてみた。レベジェフは忘れ去っているようだが、ビドロはリデア王国で、基本的には普通の人間として生活していたはずである。
「でも……パンダは、もともと肉食だったのが氷河期を乗り切るために竹を食うようになった、て聞いたことあるぞ」
 とレベジェフが抵抗してくるのに、
「でも、クマは雑食ですよ。鮭も食べるけど、木の実やハチミツだって食すわけですし」
 私は、そう指摘し返して、
「ね、ユン?」
 と同意を求めたが、
「うん……?……いや、俺、その辺の話は詳しくないから、何とも言いようがないけど……」
 困惑された。
 結局、レベジェフはビドロにビーフストロガノフを与えてみたらしい。
「喜んで食ってた」
 と後で報告してくれた。私は……それはよかった、と心から思った。
 ところで、私たちはビドロと話す許可がおりるまでの三日間、皆でじっと待っていたわけではない。
 エサルとディデスとは廃校で別れた。彼らはレベジェフ城には来ず、ポポフの入院している病院の近くに宿を移してペインを探してみる、という。
「まあ、この期に及んでペインがポポフに再度手を伸ばすことはないと思うが、念のために」
 とエサルの弁。
 ディデスとも、少し話した。
「ロサンゼルスでは、君たちに命を救われたらしいな。その節は、ありがとう……」
 気まずそうにそんなことを言われ、私は、
「いや、あの……」
 そもそも殺しかけたのもこちらですから、とは、さすがに言いかね、しかし、そういう状況である以上すんなり礼に対して「どういたしまして」とは言いづらく、
「……ゴルドアさんから頼まれただけですから。ね、シオウ?」
 とゴルドアから直接ディデス救出を頼まれた本人であるシオウに顔を向けて難を逃れた。
 シオウはディデスに向かってうなずいてみせ、
「何せ、君が大怪我をしたと知ったゴルドアが、ものすごく悲痛な様子だったから、ついお節介を申し出てしまった。それに、あの時、あれ以上ゴルドアが戦う気がなかったようだったし……」
 と当時の様子を説明すると、ディデスは複雑な顔をした。
(もしかして、自分のせいでゴルドアが負けた、という風にでも思ったのだろうか?)
 どちらかといえば、後悔、が一番強く出ていたように見えたその表情から、私はそんな風に推測してみたが、どうもそれだけのことではないような気もした。
 ひょっとすると、ゴルドアとディデスには私たちがまだ知らない何か、があるのかもしれない。
 そうも思ってみたが、無論そんな詮索をするつもりはなかった。それは、たぶん私たちには関係のないことである。
 さて。
 何処をどうほっつき歩いてきたのか知らないが、シュウイチが手土産にチョコレートケーキを持って姿を現したのは、ビドロ捕獲に成功した翌々日の夜のことである。
 シュウイチはチョコレートケーキの他にも手土産を持ってきていて、
「今日、空港で怪しいアルドバドル人の姿を見たよ。旅行者でも、仕事で来たのでもなさそうだった。しばらく空港でウロウロしてたけど、夕方になると引き上げて、『ブルーリゾート・モスクワ』へ入って行った」
 という情報に、私は、ついユンの顔を見た。
「おそらく、トウカだな」
 とユンは決めつけて小さくうなずいた。トウカはマコッタ会のメンバーで現在姿をくらませており、亡きクスパの秘めた同志である可能性が高いという。
 シュウイチは、さらに、
「その人、たぶん誰かを探しているみたいだった。ひょっとすると、その誰かを見つけるまで、空港に通ってくるかも」
 と付け加えたが、
「おそらく、リッヒ姫だろうな」
 とユンが再び決めつけた通りであろう。
 仮病(?)を使って王宮を脱出したリッヒ姫のことは、ニバルというゴルドアの手兵とドバイで一緒に戦ったベルリが尾行しているはずである。
 いま、私たちは彼らと直接連絡を取ることは控えているのだが、最後に聞いた情報からすると、さすがにリッヒ姫も自国の空港から直接モスクワ入りすることは避けたようで、陸路で第三国に向かっているらしい。
 そのリッヒ姫の行動が、フリュードと示し合わせてのものであるか、は、わかっていないのだが、セロ王子いわく、
「もし、リッヒ姉上が独断で動いているのだとしても、その行動は既にフリュードの耳に入っているでしょうね。どうせ、あの二人、心から信頼しあっているわけでもないんでしょうし、ね……」
 だそうで、どうやらセロ王子は、リデア王国の王宮内にフリュード側のスパイがいると確信しているらしい。
 ちなみに、リッヒ姫に睡眠ガスで眠らされたナバシスは、被害にあったのが病院の敷地内であったことも幸いして、単に車の中でひと眠りしただけで済んだ、とのことである。
 以上の状況を踏まえて、
「とにかく、念のためセロ王子にはここにいてもらうとして、皆でじっと隠れていても仕方がない。ポポフのいる病院周辺はエサルたちが警戒してくれているから、俺たちは『ブルーリゾート・モスクワ』の周囲を見ておこう」
 と言って、シオウがアレハンドロとエンリケを連れて出て行き、
「ほんなら、俺らは空き家跡をちょっと見てきます。……ひょっとしたら、ペインのやつが、いったんあそこへ戻ってくるかもしれませんから」
 とショージは言って、シンとともに出て行ったのだが、空き家跡、と表したように、ペインがビドロとともに使っていた空き家は、既にビドロによって破壊されている。ペインは、いったん戻ろうとしたとしても、別の拠点を探さねばなるまい。
 ペインに関しては、もう一つ心配なことがある。
 マノヒャだ。
 シュウイチが仕入れてきてくれた情報によると、そして、レベジェフがマノヒャから直接聞いたという話からしても、彼がコヨゾミ族の未来をペインに託したがっていたことは確からしい。
 問題はレベジェフが、
「あの若年寄、俺の手前、ペインのことはあきらめたように言っていたが、本音では未練があるんじゃねぇか」
 と指摘してみせた点で、事と次第によっては、マノヒャは私たちの敵……とまではいかなくても、対ペイン戦の邪魔をしてくる恐れもなきにしもあらずなのではないか。
 そのマノヒャは、トリョフとヌガミを連れていったんコヨゾミ村に戻って行った。
 いったん、というのは、
「ペインが来たら、すぐ知らせて下さい」
 と私も頼まれたのだが、レベジェフも頼まれたのだそうで、
「どうする?」
 からかい口調でレベジェフに問われたのに、私は、すぐに返事をすることができなかった。
 マノヒャは、悪い人ではないと思う。
 ただ、
「確かにペインの戦闘力は遊ばせておくには惜しい。その意味で、マノヒャの気持ちもわからんでもない。もっとも俺は、あんなふらふらしたやつは、好かんけどな」
 とレベジェフは肩をすくめてみせ、そのレベジェフがどうせ伝えてしまうのではないか、と思われ、だったら、いっそ私の口から知らせた方がいいような気がした。その方が、少なくともマノヒャの動きはつかみやすくなるのではないか。
 ともあれ、そんなこんなで私とユンとセロ王子、それに、私のストーカー業を続行するつもりらしいサイレンスがレベジェフ城に取り残された翌日。
「ビドロも大人しくしているみたいだし、一度、話してみるか?」
 レベジェフから許可がおりたので、私たちは四人そろってビドロの部屋へ向かった。四人そろって、なのは言うまでもなく、セロ王子を一人で行かせるわけにはいかなかったからだ。
 約三日ぶりに会うと、ビドロは思っていたより大きかった。
 特に縛りつけられたりはしておらず、立派なベッドだけが目立つ、だだっ広い部屋の真ん中にでんと座りこんでいたビドロは、私たちが行くとぎろりとにらみつけてきたが、少なくとも、顔を合わせるなり襲いかかってくることはしなかった。
 以下、ビドロとセロ王子の会話はユンが訳してくれたものである。
「やあ、ビドロ」
 恐れを知らぬセロ王子が、にこやかに声をかけたのに、ビドロは返事をしなかったのだが、セロ王子は構わず、
「まだ僕のこと、殺したい?」
「…………」
 セロ王子のストレートすぎる問いかけにビドロは首をかしげた。
 もっとも首をかしげて考えたのは、
「……俺、別に殺したくない。でも、フリュードが、リッヒ姫が殺してくれって頼んでるって言ってたから……」
 と、そもそもの動機の話の方だったらしく、おそらくセロ王子の問いに含まれていたであろう、今後もセロ王子を狙うつもりなのか、という点についてはスルーされたようだ。
 スルーされた、というか、
(……うまく、ごまかされた?)
 という気がして、私はビドロの表情をじっと観察した。
 一見粗野で何も考えていないように見えるビドロだが、思わぬずる賢さを持っているのではないか。
 もっともビドロは何を考えているのかわからない……というか、何も考えていなさそうなぬぼっとした顔つきでセロ王子を眺めており、私には、その表情から何もみてとることはできなかったのだけど。
 セロ王子は、さらに、
「君は、一人でモスクワまで来たの? フリュードは、君に……例えば、モスクワで待っている仲間の存在に関して何か言っていなかった?」
 と問うた。クスパのことである。
 ビドロは、また首をかしげて、
「俺、一人。フリュード、もう既に一人セロ王子にやられた、と言っていた。だから、くれぐれも油断するなって……」
「その一人、の名前は?」
「知らない。ただ、もう既に一人失敗してるってだけ言われた」
 どうやらフリュードは、クスパがセロ王子に返り討ちにされたとみて、ビドロを送りこんできたようだ。
 クスパが集めていた傭兵についても、フリュードはビドロに何も言わなかったようである。もっともそれに関しては、ビドロにそんな話をしてもあまり役に立たない、と判断したのか、それとも、現地の様子が全く分からなかったので言うことができなかったのか、は不明である。
 それにしてもビドロは、リッヒ姫がセロ王子を殺したがっている、というその一点だけを頼りに、本当に何も知らぬままモスクワに単身乗り込んできた様子である。
 それだけ、リッヒ姫の存在は、ビドロにとって大きいらしい。
 私は、不吉な思いを持ってそう考えた。
 そのリッヒ姫もまた、いま、単身モスクワを目指して動き始めているからである。
「ペインは?」
 次いでセロ王子は、そちらの方へ質問を移した。
 もともとペインはクスパの仲間であったはずなのだが、フリュードと連携している様子は薄い、と私たちは判断していたのであるが……。
「仲間」
 まずビドロが端的に答えるのに、
「フリュードは、彼のことを何も言ってなかったの?」
 とセロ王子が確認すると、ビドロは、こっくりうなずいて、
「こっちに来て、初めて会った。俺、助けられた。何で助けたかってきいたら、仲間だからって言った。ペインも、セロ王子を殺しに来た、だから俺たちは仲間だ、て」
「ペインが、フリュードと連絡を取っている様子はなかったのかい?」 
 とセロ王子がきくのに、ビドロはまた首をかしげて、
「わからない」
 と答えたのは、無理もない話かもしれない。ビドロとペインは仲間であるとはいえ、必ずしも行動をともにはしていないのだから。こちらも、彼らが同時に襲いかかってくる事態を避けるべく、あの手この手と打ち続けたわけだし。
 ただ、
「君のみている前でペインがフリュードに電話した、ということもなかったの?」
「ない、と思う。なかった」
「君は? こっちに来てから、フリュードと話すことはなかったの?」
「俺、電話、ない。電話、小さすぎて使えない」
「ペインに頼めばよかったんじゃない?」
「別に、話、なかった。フリュード、リデア王国にいて、俺、モスクワにいる。話しても意味ない」
 という状況から見て、やはりフリュードは、ペインがクスパの意思を継ぐようにして動いていることを知っていない可能性が高そうである。もし知っていれば、他にいくらでもやりようはあったはずなのだ。
「そう……」
 セロ王子は小さくうなずいて、さらにいくつか質問を重ねたが、その結果わかったのは要するにビドロはフリュードの「リッヒ姫がセロ王子を殺したがっている。彼女が女王になるにはセロ王子を殺さねばならない」という嘘(とも言い切れないかもしれないが)を鵜呑みにする格好でモスクワへ来ただけで、当のリッヒ姫から何も言われたわけではなく、というか、そのリッヒ姫が何故女王になれないのかについての明確な理解さえなく、フリュードが敵国アルドバドルの首相秘書クスパと手を組んで秘かに何か企んでいたらしい件に至っては、
「フリュード、裏切者! 俺、だまされた! 俺、知らなかった!」
 と、ことここに及んで初めて知ったらしく、大いに憤慨していた。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・ターゲット』完結。

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