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モスクワ・ターゲット・40(完)

 最終章 夢追う者たち・3

 結局、ビドロと話して得た情報は、さほど多くはなかったが、少なくともビドロは、セロ王子の問いかけに終始従順に答えており、急に襲いかかってくるような素振りを見せることはなかった。
 もっとも、この点については、
「実際にリッヒ姫が現れて号令をかければ、どうなるかわかったものじゃないが……」
 とユンが指摘する通りであり、さらには、
「でも、リッヒ姫には、いまビドロが何処にいるか、知る術はないんじゃないですか?」
 とセロ王子に確認してみたところ、
「ビドロは一応政治犯として専用の牢獄に封印されていたはずです。我が国では政治犯の中でも、特に危険度が高いと判断された者には、体に位置情報を発信するチップを埋め込むことになっているので、おそらくビドロの体にもそれが埋め込まれているはずです。もっとも僕には、その位置情報を知ることはできないのですが、王位継承順位が二位にして軍との関係が深いリッヒ姉上ならば、あるいは……」
 だそうで、リッヒ姫がレベジェフ城を嗅ぎつける可能性は、それなりに高そうである。
 もっとも、
「……それにしては、リデア王国の人たち、ビドロを全然探しに来ないみたいですね?」
 と私がツッコむと、セロ王子は首をすくめて、
「そう、一部の者たちにはビドロが現在モスクワにいることがわかっているはずです。それなのに、探しに来ないのは……たぶん、見つけたくないから、でしょうね。まあ、ビドロは政治犯といっても、特に深遠な考えを持っているわけでも、革命軍やテログループに属しているわけでもありませんし、放っておくわけにもいかないから牢獄に閉じこめていたけど、その先どうするという思案もなくて、責任者たちも内心持て余していたんじゃないですか。確かにビドロは同僚を殺してしまっていますが、故意ではなかったことは確実なようです。つまり、処刑というわけにもいかないわけで……」
 と、しれっと他人事みたいな顔つきで言う。
「そんな無責任な」
 理屈はわからないでもないが、おかげでビドロに追いかけまわされた私は顔をしかめた。モスクワ市民の方々にも迷惑だったことだろう。……まあ、一部面白がられたり喜ばれたりした気配もあったが。
 セロ王子は、小さく肩をすくめて、
「僕に怒られても。まあ、ビドロを持て余していた方の人たちにしてみれば、うまいことロシアで誰にも迷惑をかけずに凍死でもしてくれないか、くらいの考えでいるんでしょうけどね。うかつに探して、もし見つかったら、また大苦労して閉じこめ直す破目に陥るから」
 と弁明にも満たない、他人事丸出しの口調で言ってのけ、私は……、
「どいつもこいつも腹立つな!」
 とりあえず目の前にいるセロ王子に向けて怒った。
「やだなぁ、僕も一緒にしないでくださいよ」
 とセロ王子が文句を言うのに、
「あんたが筆頭でしょうが!」
 とキレたところで、ユンが、
「凪、……依頼人」
 と、ささやいたので、私は仕方なく口をつぐんだ。
 これだから雇われ探偵の身は辛い、というべきであろう。
 ……まあ、言いたいことは概ね言ってしまったような気もするが。

 ビドロと話した後、ジューダスに電話をかけた。セロ王子もセロ王子だが、もう一人の依頼人である『例の老人』に中間報告をしなければならない、と思って。
 電話に出たジューダスに、主にビドロ捕獲までの経緯を話す。
 ジューダスは、じっと黙って話を聞いた後、
『どうやら、シュウイチは、基本的にはあなたに協力的な態度を示しているようですね』
 まずはその点について触れた、のは当然のことであろう。
「そうだね。マノヒャの件に関しては、私を引っぺがしにかかったのかな、という気もするけど」
 と私が告げたのは、自分が感じたことを正直に言った、のでもあるが、シュウイチをかばうために嘘の報告をするつもりはない、とアピールしたのもある。
 私の推測に対してジューダスは、
『そうかもしれませんが、単にことをややこしくさせることを楽しんでいるのかもしれませんよ、シュウイチは』
「……お前らじゃあるまいし」
 とツッコんでみたが、よく考えると、『例の老人』がそもそもシュウイチを雇ったのは、自分と似た趣味の持ち主であると感じたせいかもしれない、とも思われた。……もしそうであるならば、こちらとしては頭の痛い話である。
『それにしても、シュウイチは、まだモスクワにいるつもりのようですね』
 ジューダスの確認に、
「うん。色々情報を集めてくれてる。もっとも、だから、レベジェフ城には、あんまりいないみたい」
 私は、うなずいた後に、
「いても仕方ない、とこもあるけど。いま、レベジェフ、ビドロに夢中だから」
 と付け足した。どうやらシュウイチは超常現象興味ない派であるらしく、レベジェフのその手の趣味に巻き込まれぬようにしている節もある、と私は見ている。
『そのレベジェフですが、純粋に超常現象としてのビドロに興味を持っている様子ですか? それとも……何か別のことに役立てようとしているような気配は……?』
 次いでジューダスは、その点について確認してきたが、その口調からすると、警戒しているのではなく面白がって興味を持っているようである。
「わからない」
 と答える他、私にはない。
「あれはあれで、つかみどころのない人物だよ。私たちにはわりと協力的にしてくれているけど、どこまで本音で接してくれているか、はわからない。ただ、現状、こちらとしては当面彼のお世話になるしかなさそうだと思う。リッヒ姫がビドロに接触しないよう、見張っていた方がいいと思うし」
 と。
『なるほど。……どうやらリッヒ姫は、モスクワへ向かっていることが確定しているようですが、セロ王子は、彼女をどうするつもりなんでしょうねぇ?』
 というジューダスの問いに、
「それも、わからない」
 私は、我ながら重い口調になりながら、わからない、を繰り返した。
 セロ王子自身は人をだますことを楽しんだり、口先では平気ではないと言い張っているが、やらねばならないと思いこめば人殺しでもやってのける人物である癖に、あくまで現政権の安定感を保ちつつ平和外交、という路線で動いているようだし、私も、それならば協力することに意義はないと考えている。その路線の目的が、リデア王国の国民たちの日常を守るためであろうことは確実だし。
 ただ、私自身は、それが本当に正しい判断なのか、の確信は持てずにいる。今後も持つことはないだろう、とも。
 結局、望んでしているわけではないにせよ、私は今、思いっきり他人の国の政治にくちばしをはさんでしまっているのである。
 しかも、そこに、リッヒ姫の命、という案件がからんでくるならば、その居心地の悪さは半端じゃない。
『凪さん、もし、どうしてもと言うなら、戻ってきてもいいんですよ』
 私の口調の重さから何か察したらしいジューダスが、ふいにそんなことを言う。
『私が世話をしている老人も、心配なさっています。そろそろ、あなたには抱えきれない話になってきているのじゃないか、と。そもそもあなたは、ぬいぐるみの身代わりに旅行するのが精いっぱいな探偵のはずですし』
「誰がぬいぐるみの身代わり探偵じゃ! そもそも、そのぬいぐるみが誰かの身代わりでしょうがよ」
 補足説明しておくと、世の中には諸事情あって旅行できない人々からぬいぐるみを預かって身代わりに旅行させるサービス、というものがあるらしいのだが、以前私は、ぬいぐるみを持っていない『例の老人』から頼まれて、ぬいぐるみ代わりにバルセロナへ行ったのである。
『そもそも、ぬいぐるみ自体が狩猟用の動物の身代わりとして製作されたという説もあるようですしね』
 ジューダスは、そんな豆知識を披露してから、
『まあ、でも、本当に。これまでも、あなたを各所へ送り出しつつ内心で、今回こそ死んじゃわないか心配してたんですが……』
「今回こそ死んじゃわないかと心配したんだったら、いっそ依頼を取り下げてくれたらどうだ?」
『毎回奇跡の生還を果たしてくださいましたので、こちらとしては人知れず胸をなでおろしていて……』
「奇跡を当てにして人に仕事を依頼するなよ」
『まあ、いいじゃないですか。結局生きてるんですし』
「結果論かい」
『結果論ですけど。というわけで、私も私が世話をしているあの御老人も、別にあなたに死んでほしいわけではないのです』
「それは、ありがとう……なのかな?」
 なんとなく腑に落ちないような気がするのは気のせいか。
『何故、なのかな? なのですか?……それに、あなた、元来出不精の癖に海外任務が長引いているでしょう。そろそろ一休みさせるべきではないか、という点も御老人、心配なさっておりまして……』
 どうやら、じじい、口先では悪口ばかり言いつつも、色々と心配してくれているものらしい。
「私だって、帰りたいのはヤマヤマだけどさ」
 私は、つい唇を尖らせつつ言った。
「結局、何も終わってないんだよ。セロ王子を狙っているペインは、何処にいるかわからないし、リッヒ姫はモスクワに向かっているし、フリュードの手先としてクスパの仲間もモスクワ入りしてそうだし、……シュウイチの背後にいる誰か、の正体も、シュウイチ自身がどういうつもりでいるか、も、何もわかっていないし」
『それらの件に関しては、こちらから、あなたより仕事のできる誰かを差し向けようと思えば簡単にできますけど』
「私より仕事ができる誰かの心当たりがあるなら、はなからそっちに頼みやがれ!」
 ……というセリフを、私は辛うじて呑みこんだ。辛うじて。
 代わりに、
「そうはいかないよ。セロ王子に関しては、私が彼から直接依頼を受けているんだ。本来的には、あんたらが口を挟む筋合いはないよ」
 と正論を言って、電話片手に肩をすくめ、それに、と付け加える。
「それに、自惚れかもしれないけど、シュウイチは私が近くにいた方が悪いことをし辛いんじゃないか、と思うんだ。少なくとも、『例の老人』を裏切るような行動を取り辛そうにしている……ような気がする」
 重要なのは、そこだった。
 シュウイチが、腹の底で何を考えているのか、は、わからない。
 だけど、もしシュウイチが、特に『例の老人』に対して裏切りの心を持っていた場合……というか、持っている気配が濃厚である以上、私以外の『例の老人』からの追手が来れば即座に敵対関係が仕上がりかねない。
『自惚れじゃないと思いますよ。こちらとしても、そうなんじゃないかと期待して、あなたを送りこんだんですから』
 ジューダスの方でも、肩をすくめる気配をさせ、
『でも、このまま永遠にシュウイチを追いかけるつもりですか? そんなことは不可能でしょう。万が一、あなたがそうすると言っても、あなた以外の全員が止めますよ。無論、こちらから頼んだことですが、こんなことは一時しのぎでしかないことは頼む前からわかっていたことです』
「私の気が済めばいいか、と思った?」
『ありていに言えば』
「…………」
 私は、自分の気が、今のところどこまで済んでいるか、ちょっと考えてみた。
 確かに、考えるまでもなく、あのままシュウイチを見送って日本に帰国していたら、たぶん気は済んでいなかっただろう、当然のことながら。
 しかし、あの時、もしセロ王子が「モスクワへ行くからついてきてくれ」と言わなければ……いや、そもそも『例の老人』からシュウイチ探しの依頼を押しつけられなければ、私はモスクワへは来なかっただろうと思う。
 シュウイチを追ってモスクワへ、行きたい、行くべきだ、という気持ちはあったが、行ったからとて何がどうなるわけでもなかろう、ということは、初めからわかっていたからである。
「まあ……、何にせよ、もう少し粘ってみる」
 私は、そう結論してみせた。
「せめて、セロ王子の案件が、ひとまずにせよ落着するまでは、任務続行するしかない」
 と。
 シュウイチの案件には、わざと触れずにおいた。
 たぶん、どんな結末を迎えても、この件に関して私の気が済むことなど、ありはしないように思えて。
『わかりました』
 私がシュウイチの案件には触れなかったことを、ジューダスがどう解釈したのか、は、わからない。
 電話を切って部屋に戻ると、ユンとセロ王子が何やら話しこんでいた。
 言い忘れていたが、私は電話をするためにベランダに出ていたのである。サイレンスも一緒に。
 聞かれてまずい話でもしていたのだろうか、私にはリデアアルド語はわからないから、そんな必要もないのに、二人は私とサイレンスに気づくと、同時に口をつぐんでこちらを見た。
「凪、どうだった?」
 とユンが話をそらすようにしてきいたのは、電話のことである。
 私は二人の様子には気づかぬふりで、
「一回、戻ってきたらどうだ? て言われた」
 と言って首をすくめてみせた。
 ユンは、ちょっと目を丸くして、
「日本に帰るのか?」
「まさか、ね。セロ王子から頼まれてる案件が全部片付いたら、て返事してきた」
「ふぅん」
 ユンは探るような目で私を見たが、それ以上何も言うことはなかった。
 さて。
 暇を持て余したのか、サイレンスとセロ王子がマトリョーシカ(先日サイレンスが『アルバート通り』で買ったものだ)を開け始めたのを眺めつつ、私はユンに、
「ねぇ、ユン、さっきセロ王子と何の話をしてたの?」
 と問うてみた。
「大人の話だから、凪には教えない」
 ユンは、ニヤリとしてそんな風に答える。
「何でだよ! 言っとくけど、探偵は私で、助手はユンなんだからね!」
 私が怒ってみせると、ユンは小さく肩をすくめて、
「大した話じゃない。凪は気にしなくていい」
 と言ったところをみると、大した話をしていたようだ。
 私は、でも、それ以上問い詰めることはしないでおくことにした。私が聞くべき話であるならば、聞くべき時にユンはちゃんと話してくれるだろう。
「ねぇ、ユン、今手がけてる案件が済んだら、どこかに旅行しようよ。仕事はぬきで」
 代わりに、そう頼んでみた。
「いいけど」
 とユンは、ちょっと不思議そうな顔をして、
「でも、珍しいな。凪が旅行に行きたがるなんて」
 と首を少しだけかしげる。
 その通り。
 私は元来出不精なたちで、あっちこっちへ出歩くより、家でゴロゴロしたり本を読んだりしている方が好きなのだ。
 だが。
「いや、そうなんだけどね。……なんか、自宅にいると、また何かの厄介事が舞い込んできそうな気がする」
 いつの間に、うかつに自宅でくつろぐこともできない人生になったのか、我ながら不思議である。
「いいけど」
 根が大らかなたちのユンは、もう一度言って、さっきより深く首をかしげ、
「結局、旅先で何らかのトラブルに巻き込まれる破目に陥るんじゃないのか? どっかの国のスパイに出くわす、とか、思わぬ要人にとっ捕まって頼みごとをされる、とか」
 と不吉なことを言った。
「何でだよ!……え? 私って、もはや自宅では安心してくつろげず、出かければ他国の厄介事に巻き込まれる人なの?」
 言いながら私は思った。……どんな人だ、それは。
 ユンは、くすくすと笑って、
「冗談だよ、冗談。で、凪は、何処に行きたい?」
 きかれて、私は初めて、肝心のそのことについて全然考えていなかったことに気づいた。
「うーん、そうだな……」
 と考えこんだのは、出不精のツケというべきか、普段からどこに旅行すべきか考えてみたことがあまりないので、ぱっと希望の行き先を思い浮かべることができないのである。
 それでも、何とか本やテレビやネットで得た情報を記憶から探り出し、
「国内旅行だったら、富士山」
「……ベタだなぁ」
「海外なら……ローマかなぁ。全ての道はローマに通じてるらしいし」
「……それは、世界一ベタだな」
 とユンが文句ばっかり言うので、
「じゃあ、ユンは何処に行きたいの?」
 と、やり返すと、
「俺?……俺は、どこでもいいけど」
「やる気ないなぁ」
 今度は私が文句を言うと、ユンは首をすくめて、
「……じゃなくて。凪と一緒なら、どこへ行くのも嬉しいよ」
「ならば、よし!」
 私は笑みを抑えきれず、即座に機嫌を直した。我ながら、こういうところがチョロいのだろうな、と思いはしつつ。
 私たちは、それからしばらく行き先候補の地名を出しあって遊んだ。
 そうやって手当たり次第に地名を並べているうちに、私はすっかり、もう旅行したような気分になったのだった。

 了。
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ふじきよ なお

Author:ふじきよ なお
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元教師の女私立探偵と傭兵たちの冒険譚を描く長編小説のシリーズを中心にお送りするブログ。最新作『モスクワ・ターゲット』完結。

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